| 2001/7/27(金) ↑↓ →題名目次 | Solaris 8 on VMware on Linux |
懸案の、仮想マシンへの Solaris 8 のインストールだが、Windows 2000/NT をホストOSにした場合、Solaris 8 はインストールできないという貴重な証言を目にした。逆に言えば、Linux をホストOSにすればできる、ということだ。 ・・・・そういうわけで、つつがなくインストールが進行している。まったくいつも寝る直前になって解決策が浮上し、睡眠時間が削られるのであった。 ↑翌日へ |
| 2001/7/27(金) ↑↓ →題名目次 | メモリー 1.5G 搭載・・・・しかし |
注文していた PC133/512MB DIMM を引き取りに行く。1枚 \7,177 だと思っていたが、1週間でさらに下がり、 PC133/512MB DIMM \6,977 x 3 = \20,931 (x 1.05) であった。 そういうわけで、アスロンマシン4スロット全部に、512MB メモリを突っ込む。・・・・ま、例によって、3枚しか認識されない。それでも夢の1.5Gメモリである。 Windows 2000 Server では問題なく起動して、きちんと1.5G で認識されている。そして、VMware を起動すると、1.5G で認識され、うち、1.2G 分がゲストマシンに回せる。ところが、VPC for WIN では、たった 171MB しか使用可能にならない。1G 搭載時には、512MB 使用可能だったのに。 さらに、Windows 98 SE。1G 搭載時には、MS-DOS プロンプトが「プログラムを実行する十分なメモリーがありません」とまったくナンセンスなメッセージが表示されるという問題があった。これは、system.ini の、Vcache (ディスクキャッシュ管理プロセス) 値を 512MB 以下に設定すればよいらしい。 [vcache] MaxFileCache=16384 # 最大 16MB に制限 MinFileCache=512 # 最小 512KB に制限 ところが、1.5G にすると、ついに、Win98SE は起動しなくなった。これも、win FAQによれば、system.ini に、 [386Enh] MaxPhysPage=30000 を加えればよいそうである。 そうやって Win98SE の場合、回避法があるのだが、VPC for WIN の場合、もしかしたら再インストールでどうにかなるかもしれないが、メモリ上限が 171MB ではぼっけぇ具合悪い。したがって、512MB 2枚刺しの1Gに戻して置いた。TurboLinux 6.0 Workstation でどうなるかは試さなかった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/24(火) ↑↓ →題名目次 | 5G のそれが出たらしい |
週間アスキーによれば、東芝の、TypeII の PCカード用HD、「モバイルディスク5GB」が、5万円程度で発売されているらしい。うー、欲しい。2Gのそれを同じくらいで買ったが、そういやどうしているだろう。 ツクモ高田馬場から、メモリが入荷したとの連絡。うー、取りに行けない。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/23(月) ↑↓ →題名目次 | Solaris のインストール |
唯一CDを起動できるベアボーンマシン実機に、FUJITSU の流体軸受けの20GのHDを着けてインストール。どうやら、Darwin x86 と同じように、ブート用とルート用と、基本パーティションを2つ用意して(もしかしてスワップも入れて3つ?)インストールするもののようだ。i815 のX用ドライバは用意されていないようで、800 x 600 の SVGA で起動するしかなく、オンボードの Realtek RTL8139 をなぜか認識せず、PCI に挿してあった Intel PRO 100 を認識してくれたので、LAN 接続は可能になった。 「1 of 2 CD」だけでインストールは終わり、「2 of 2 CD」や、言語パックなどを挿入するタイミングは指示されなかった。ところで、デバイス名はおろか、シャットダウンの方法さえ分からない。「reboot」かけて BIOS 画面で電源スイッチオフ、というみっともないありさま。 高崎の、450円 CD-R(10枚)は、残念ながらもう売っていなかった。最低で 590円 CD-R であった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/22(日) ↑↓ →題名目次 | 困った Solaris 8 |
R70 に Solaris 8 の iso イメージを移して、Easy CD を使って CD-R に焼く。「Easy CD 用に用意されたイメージではないがかまわないか」という Warning が出たが、構わずGO。そのせいだろうか、アスロンマシン上の VMware でも、PenIII のベアボーンマシン上の VMware でも、「boot.ini が見つからない」と表示されて起動しない。実マシンではどうか。アスロンでは、起動プロセスの途中でエラーが表示されて止まってしまう(ファイルシステムが理解できないからマウントできないとかなんとか)が、ベアボーンマシンでは、ちゃんとインストール画面になった(実際のインストールはしていない)から、CD-R に焼くのをしくじったわけではなさそうだ。Solaris 8 のブートディスクイメージをダウンロードしてきたので、これを使ってみようか。 Bochs がバージョンアップしたから、前にフロッピーから作った WIN98SE のイメージが再利用できないものか、と思ったが、状況は変わらず。旗の起動ロゴまでは出るのだが、その後画面が乱れて、コマンドラインになってしまう。なお、Bochs で起動できるOSのディスクイメージもいくつかアップされているが、面白そうなやつに限ってリンクが切れていて残念。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/22(日) ↑↓ →題名目次 | Bochs 1.2.1 |
Bochs のサイトが移動して、the Bochs IA-32 Emulator Projectとなっているのを今朝発見した。しかも、1年以上バージョンアップがなかったのが、Bochs 1.2.1として登場した。 ZIP file with Binaries for all Win32 Systems (1.7m) RPM Binary for all RPM-based Linux x86 Distributions (1.8m) RPM Binary for all RPM-based Linux Alpha Distributions (1.8m) Coming soon: RPM Binary for all RPM-based Linux PPC Distributions DEB package for Debian i386 platforms (1.8m) が用意されている。いずれも「DLX Linux」の 10M ほどのイメージディスクを含み、すぐに起動を試せる。まだ WIN 版しか試していないが、解凍したフォルダで、 C:\Bochs-1.2.1> cd dlxlinux C:\Bochs-1.2.1\dlxlinux> start.bat と、これで OK。 ところで、昨晩の、順調に行くと見えた、Solaris 8 のインストールだが、頓挫してしまった。まあ、ラクしてインストールするために、iso イメージをそのまま CD にマウントできる VPC for WIN では失敗してしまった、という話だが。アスロンがいけないのかなあ、と思って、PenIII 800MHz のベアボーンマシンでも実験したが失敗。初回インストール時には VPC for WIN ごと落ち、2回目以降はリブートがかかってしまうのだ。 仕方ない、VMware にインストールしよう。しかし、そのためには CD-R に焼かねばならない。ところが、なぜか、Nero5.5 のやつ、イメージからディスクに焼いていると見せて、全然焼いてくれないのだ。今回は諦め、気を取り直して、Solaris 8 の他のイメージもすべてダウンロードしておいた。 さて、気分を変えて、WINEでもインストールしてみよう。結局インストールに成功していないので、もしかしたら違うかも知れないし、もともと勘違いしていたのかもしれないが、前は、実際の Windows のシステムフォルダが HD 上に必要だった(と思う)が、現在のバージョンでは必要ない(ようだ)。それはそれとして、.tar.gz も、.rpm も、インストールに成功しなかった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/21(土) ↑↓ →題名目次 | Good Timing |
ADSL 開通後まもなく、Solaris 8をダウンロードしようとして、あまりに時間が掛かりそうなのにおそれをなして、中断した覚えがある。しかし、私もダウンロードずれしてきた。挑戦しよう。 ・・・・改めてログインしてみると、たいした量ではない。 sol-8-4_01-fcs-bin-ia-v1.zip sol-8-4_01-fcs-bin-ia-v2.zip の2つがあれば充分で(約500M)、日本語化するには、 sol-8-4_01-fcs-doc-asian.zip が、日本語マニュアル(約260M)として、 sol-8-4_01-lang-fcs-bin-ia-ml.zip をダウンロードしても、全部で1G程度だ。デスクトップマシンでなく、PCG-C1S でも充分だ。夜通し動かしても音はしないし、その方がいいや。 IE を使って、様子を見ながら取得するファイル数を1つずつ増やしてゆく。3つ目までは順調。最長のもので4時間ほどの表示。しかし、4つ目を指定したところで、急に動きが鈍くなり、7時間からの時間を表示したかと思うと、接続が切れ、ルータが落ちたようだ。WAN 側アドレスが「0.0.0.0」になっている。ルータを再起動して再ダウンロード。 今度は1つ目から6時間以上の表示。しかし、2つ目は、2時間程度。1つ目をもうひとつダウンロードかけると、4時間ほどになった。どうやら、異常に時間の掛かる表示になったときは何か問題のある接続がなされており、それでルータが落ちると見た。最初の1つ目をキャンセル。4つ目まで順調に増やして、4時間台で終わりそうな表示が出たので、起床時には終わっているだろう。 ・・・・5時間後、出勤のため起床。げっ、まだ終わっていない。後何分で終わるのだろう、最悪、出勤を遅らせてやれ、と思って見ると、「あと1分」の表示。なんというタイミングの良さ。これは、インストールも問題なしに成功するだろう。希望的観測。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/19(木) ↑↓ →題名目次 | Etherboot を使ったディスクレスブート |
Win4Lin 3.0 のインストール法は、2.0 までと違うようなので、とりあえず延期。 今日はツクモ高田馬場店に出かけてゆく。目的は2つ。 1つは、ベアボーンマシンには AGP スロットがあるので、Matrox の G450 でも刺せるように確保しておこうということ。もう1つは、前の土曜日、床屋で耳にした話の確認。その床屋の、店長かなんかだと思うが、私の担当になったことはないが、他の客とよくパソコンの話をしており、相当なオタク、しかもワレザーのようだ。それが、「DOS/V だと今や 512MB メモリが7千円だからねー」と言っていたのだ。うそ!? それなら買っておかねば! 昨夜、TWOTOP のサイトで調べてみると、7千円台はなくとも、1万円を切ったものがあったから、あながち嘘ではあるまい。 まずは、 Matrox G450/DDR32MB Dual Head \16,800 を購入。メモリだが、軒並み安くなっており、256MB が4千円台だったが、在庫がほとんどないようだ。展示されているものがあまりない。512MB は・・・・見あたらない。諦めて帰ろうと思ったら、カウンターの中にある空箱に、「512MB \7,980」と貼ってある。本当だったのだ。問い合わせてみると、本店には在庫があるらしい。取り寄せて貰うことにした。1枚 \7,177 だそうだ! さて、今日は、Etherboot を使ったディスクレスブートに成功した(といっても仮想 FD は使うが)。VPC for WIN の中で2つの仮想マシンを起動しての実験だ。NIC は dc21041 のエミュレートなので、kernel の再構成をしなければならなかった。VGA カードはホストと同じだから、夢の、ディスクレスマシン内での X-Window 起動にも成功した。 次は netboot を使ったディスクレスブートである。どうやらパケットドライバが必要なようだが、dc21041 の、DEC は今はもう存在しないので、ドライバ探しに奔走して、ネットで見つけることはできず、落胆していたが、幸せの青い鳥ではないが、Netboot の中に含まれていた。うー、時間を無駄にした。というわけで、仮想 FD からの起動には成功したが、そこで時間切れ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/18(水) ↑↓ →題名目次 | Win4Lin 3.0 |
時々覗いてみる、いがぴょん の日記ウェブページを見ていた。新情報は意外なところからもたらされる。 そこに引用されている、Linuxデスクトップは死んでしまったのか?という記事に目がいった。そこを開いて読んでゆくと、「最近ではNetraverseの「Win4Lin 3.0」のおかげで,Officeを含むWindowsアプリをLinuxシステム上で利用できる。実際,私はこのコラムをRed Hat Linux 7.1上で,「Word 2000」を使って書いている。」 ん?「Win4Lin 2.0」のやつ、いつのまに「Win4Lin 3.0」にバージョンが上がったのだ? netraverseにアクセスすると、「Log In せよ、NeTraverse Account を取得していないならすぐとれ」とのこと。前はこんなのなかったよなあ。アカウントは、メールアドレスを入力してサインアップすると、そこにパスワードが送られてくる。それでアクセスして、Win4Lin 2.0 からのアップグレードが無料であることを知る。えらいぞ、netraverse! ライセンスID を入力すると、メールで新しいライセンスが知らされると思いきや、意外にもブラウザにそれが表示された。恐ろしいことに、いったん取得したあとで、もう一度、2.0 のライセンスを入力しても、「取得済みである」と表示されてしまう。ブラウザにライセンスが表示されたら、すぐに保存なりメモなり取っておこう。 その後のインストールが面倒そうだ。インストーラをダウンロードして、それをインストール、その後の本当のインストールは、ネットでつないだまま、10M 〜 20M のファイルをダウンロードしながら行う模様(斜めにしか読んでいないので)。とても今のほろ酔い加減でやるべきことではない。 かわりといってはなんだが、もはや必要もなくなる、「Win4Lin 2.0」を、「2.0.2」にするアップグレードファイルをダウンロード。・・・・してみたら、どうも最初から「2.0.2」であったようで無駄。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/17(火) ↑↓ →題名目次 | 一太郎Ark プラグイン |
発売直後に買ってから Linux にいきあたりばったりに試しにインストールして成功して以来、まともに一度も使ったことのない、一太郎Ark のプラグインが加わったとのお知らせ。プラグインの類は一度も加えていない。この機会に、と、すべてダウンロード。 そして起動しようとしたら・・・・起動しない。とりあえず、デフォルトで入っていたプラグイン以外はすべて消し、順々に入れ直してみた。 上書きされた3つのプラグインは問題なし。新たなやつを加えてゆく。結局、XTSamplePlugin.jar を入れると起動しないことがわかった。XTSamplePlugin.jar だけを入れてみたわけではないので、必ずしもこいつのせいとは限らないが。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/16(月) ↑↓ →題名目次 | FreeBSD 4.2r をホストとして、FreeBSD 2.5.5 をディスクレスマシンから起動する |
一昨日、PXE でクライアントをディスクレスブートさせられるホストに、PXE に対応していない Accton EN2216 を使った FreeBSD 2.5.5 クライアントをディスクレスブートできる環境を両立させられるか試してみた。 前者は、dhcpd で、後者は、bootpd で起動する設定のみ知っているのだが、当然といえば当然、dhcpd と bootpd を同時に走らせると、後に起動した方が無効になるようだ。さりとて、FreeBSD 2.5.5 のディスクレスブートの設定を、dhcpd.conf に(適当に)書いても、バージョンが古いむね表示されて、ip アドレスが設定されない。試しに、手動で、root ip と hostname を入れてみると、ディスクレスブートに成功した。まああまり面白くはない。 どうやら、他のディスクレスブートの方法として、netboot や etherboot や Grub を使う方法があるらしい。忙しくなってしまったが、暇を見つけてトライするのだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/12(木) ↑↓ →題名目次 | FeeBSD マシンをホストとして、Linux をディスクレスマシンから起動する |
VPC for WIN で、同時に2台の仮想マシンを動かす設定があることに気付いたので、FeeBSD マシンをホストとして、Linux をディスクレスマシンから起動することが可能なら、要領はわかっているからすぐにできるだろう、と思って昨晩行ったが、これが非常に時間が掛かった。 アスロン上の2台の仮想マシン間で、ファイルをやりとりするのに思いの外時間がかかったのだ。たぶん3時間近くで1Gほど。Turbo Linux 6.1 Workstation のファイルを FreeBSD 4.2-RELEASE 上に移したのだが。その誤算とちょっとしたミスを除いて、ディスクレスブート成功。しかし、不思議なことが。/etc/fstab に、nfs でドライブをマウントするのだが、ホストマシンのIPアドレスを誤り、存在しないアドレスを指定し、かつ、/etc/hosts に実際のホスト名を記述していないにも関わらず、起動したのだ。もちろん正しく直しても起動したが。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/11(水) ↑↓ →題名目次 | Linux マシンをホストとして、FreeBSD をディスクレスマシンから起動する |
昨午前中は、TL61 の X-Window の設定に悩まされた。結局、turboxcfg は見限って、xf86config で設定したが、今思うに、ちゃんと動いているマシンから設定ファイルを持ってくれば良かった。ケッ。 午後から深夜にかけて、bpbatch を使って、TL61 をホストとして、TL61 をディスクレスマシンから起動するのに成功した。PXEを使ってPCもディスクレスにしよう(YAMAMORI Takenori氏)の記述通りには bebatch が振る舞ってくれなかったので、少々汚らしい形になったが、とりあえず成功。ホストと同じ構成のファイルシステムなので、X-Window も起動するはずだが、ここでも、turboxcfg が仇となって失敗。xf86config には、i810 の設定はないし。これも、今思うに、ちゃんと動いているマシンから設定ファイルを持ってくれば良かった。もし、ディスクレスマシンから X-Window が起動できるなら、ここに VMware もインストールできるし、Win4Lin もインストールできるはずだ。 なお、TL61 には tftp がインストールされていないので、次の rpm をダウンロードして使った。 tftp-0.16-5.i386.rpm tftp-server-0.16-5.i386.rpm さて、今日は、TL61 をホストマシンとして、FreeBSD 4.2-RELEASE をディスクレスマシンから起動する試みに挑戦した。ファイルシステムが異なるから無理だろうな、と思いつつも、bpbatch に換えて pxeboot を使うと、どうやらいけそう。考えてみるに、ファイルシステムは nfs としてマウントされるのだから、可能でもおかしくない。 ・・・・案外あっさりと成功。奇観である。W2K にインストールした VPC for WIN 上で動いている Turbo Linux 6.1 Workstation から、別のマシンに FreeBSD 4.2-RELEASE を起動させている。そして、それが決して遅くないのだ。ああ、ここに X-Window を動かしたい! もうひとつやり残していること。逆に、FeeBSD マシンをホストとして、Linux をディスクレスマシンから起動すること。できそうである。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/10(火) ↑↓ →題名目次 | PXE を使ってディスクレスブート |
一昨日とその前日、lods を起動させる努力をことごとく粉砕された。Red Hat 4.2 の kernel を、2.0.33 にしてカーネル再構築をしたり、Pocket Linux のカーネルを移植してみたり、hal91 のカーネルは大きすぎて入らなかったり。 その間、FreeBSD 4.1.1、4.2、TurboLinux Server 6.0、Workstation 6.1(English) の iso イメージ、FreeBSD 2.2.8 のディレクトリをダウンロード。丸2日マシンを起動しっぱなしだった。 その FreeBSD 4.2-RELEASE を VPC for WIN にインストールして、PXEを使ってPCもディスクレスにしよう(YAMAMORI Takenori氏) に全く頼り切って、ベアボーンマシンを、pxeboot を利用して、FreeBSD 4.2-RELEASE を起動成功。 同じく、pxeboot の替わりに bpbatch を利用して、WIN98 のセットアップディスクを起動。感動的である。しかし、Floppy Linux の類は起動しない。 そこで、本格的に、Linux 上で bpbatch を利用して、ベアボーンマシンから Linux を起動しよう、と決心。そのために、VPC for WIN に、軽めの Linux をインストールしよう、として虚しき4時間をかけた。 まず、Mandrake 7.0(English)をサーバ構成でインストールしたことがハマリの始まり。どうやら、いきなり root でログオンできない仕様になっているようで、いったん user でログオンして su で入らねばならない模様。ところが最初のインストール時にキーマップがおかしくなっていて、user でもログオンできなかったので、きっとインストールに失敗したのだろう、と思ってやりなおし。 root でログオンできなかった段階で、jp106 を選んだのがいけなかったのかと思って、us でまたインストール。やはり root でログオン失敗で再インストール。この後、上記の「仕様」に気づき、もう一度 jp106 で再インストール。 せっかく jp106 でインストールしたのに、X デスクトップ上では us のまま。えい、もう仕方ない、このままGO! ところが、dhcp-2.0p15.tar.gzを make しようとして気付いた、「make がない! いや、開発環境がインストールされていない!」と。 Mandrake 7.0 は見放して、TurboLinux 6.1 Workstation(English) を使おう。これはインストールに時間がかかる・・・・。X の設定で躓いた。turboxcfg は、S3 Trio 32/64 を autoconfigure してくれない。手動で設定すると、X が起動しないか、VPC ごと落ちるか。x86config を使うが、gnome デスクトップに合わせて巨大化するはずの VPC ウィンドウが小さいまま。午前3時半に諦めて寝る! 起床は6時。子に起こされた。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/7(土) ↑↓ →題名目次 | kernel 2.0.33 を探して |
lods を動かしたい。いや、lods の svncviewer を動かしたい。そのためには、svncviewer とその関係のライブラリを、lods から出すか、lods に pcnet32.o を入れなくてはならない。 まず、前者を試みる。当然、関係ファイルは圧縮されているわけだが、どうもうまく展開できない。それで起動した lods から抜き出そうにも、hd をマウントできないので、fd に移すしかない。しかし、なぜだか /lib をコピーできない。 そこで、kernel 2.0.33 を探すことにした。まず、うちにあった、Red Hat 4.2 をインストールしてみる。2.0.30 でした。そこで、linux-2.0.33.tar.gz を探してきて、カーネルのアップグレードをしてみたが、どうもうまくいかん。 KDD の ftpから、hal91-0.2.0.img をダウンロードしてみると、これが 2.0.33 で作られているが、残念ながら、pcnet32.o は含まれていない。 同じところから、何気なく、Pocket Linux をダウンロードしてみると、2.0.35。惜しい。ところで、この Pocket Linux はなかなかすぐれものである。最初の起動時に Configure して、その結果が Registry として、fd に書き込まれるのだ。だから、IP アドレスなどは全回と同じものが使えるわけだ。 で、別に意味もなく、Mandrake 8.0 の iso イメージをダウンロード。現在、Yellow Dog のそれをダウンロード中。 あと、VPC for WIN に、超漢字2をインストールしてみた。超漢字3と違って、ポインタが止まったりしない。超漢字、いい感じ。 なお、子の保育園の近くで、PC-9821 BX とディスプレイが捨てられていた。本体だけ拾って帰った。妙に軽かったから、中身はすべて抜かれているかもしれない。まだ、起動するかどうか確かめていない。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/3(火) ↑↓ →題名目次 | Yahoo BB から通知 |
先日(6-22)申し込んでみた、Yahoo の ADSLから通知が来て、正式申し込みを受け付けるとのこと。 工事の進捗具合も見られるようだ。 lods の元となった、hal91(kernel 2.0.39)を、VMware で起動、pcnet32.o を動かすことに成功。フロッピーイメージにわずかに空きがあり、pcnet32.o をコピーすることができた。この hal91 は、lods と違い、loadlin.exe で起動するので、それ以上の書き換えが難しい。でも、なんとかしてみたいものだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/1(日) ↑↓ →題名目次 | 今日うまくいかなかったこと |
・ネットワークブートで読み込む FreeBSD 2.2.5 カーネルの代わりに、Floppy Linux のイメージを置いたが、起動できなかった。vmlinuz でも起動できなかった。 ・pxe ブートに対応したカードからは起動しないものかと、MAC アドレスを換えてみたが、ダメでした。bootp でなく、dhcp からアドレスをもらっているからだろうか。 ・ルータの DHCP サーバからアドレスをもらい、FreeBSD 2.2.5 をホストマシンとする tftp から、という分業を考えたが、失敗。DHCP サーバと同じところに tftp サーバが必要なようだ。いや、それ以前に、やはり pxeboot か BeBatch が必要なのだろう。 ・プレビュー版でだめだった VPC for WIN への Darwin x86 のインストールはやはりだめだった。 ・hal91 用にコンパイルされた、pcnet32.o を発見。lods.img に仕込むが、やはりバージョン違い。「kernel 2.0.39 用にコンパイルされているが、kernel 2.0.33 でコンパイルしなおしてくれ」とのこと。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/7/1(日) ↑↓ →題名目次 | へへへ、成功 |
FreeBSD 3.5.1r をホストとして、ディスクレスのリモートマシンを FreeBSD 2.2.5 として起動することに成功。失敗の原因は、ホストマシンの ip アドレスを換えたときに、すべての設定ファイルのアドレスを書き換え損なったこと。 そもそも、ホストマシンは DHCP サーバからアドレスを取得する設定だったのだが、ディスクレスブートの都合上 bootp を走らせた瞬間に、ip アドレスを取得できなくなったので、inet.d を停止して、手動でアドレスを与えたのだが、それが偶然、結局はつぶすはめになった Mandrake 7.0 が DHCP サーバから取得していたアドレスとぶつかってしまい、もう一度手動でアドレスを書き換えた結果、書き換え損ないが出て、こういう手間が掛かってしまった。わかってはいるが、こういうときは、付け焼き刃で修正するのではなくて、最初からやり治した方が早い! ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |