| 2001/1/14(日) ↑↓ →題名目次 | 子のおんもデビュー 生後464日(1歳3カ月6日) |
靴の大きさが 14.0 なんだ。小さいような意外に大きいような。 まずはうちの中で、靴を履かせて練習。・・・・なんだか歩きにくそうだが、手を引いてやると数歩歩く。よし、これならいけそうだ。 おもて、っていっても、ベランダである。今日は外はめちゃ寒い。さて、外に出して立たせる。 しかし、一歩も歩かない。手を引こうが、呼ぼうが、全然足を踏み出さない。別にこわがっている様子もない。ひたすら突っ立ってかわいい顔をしている。写真を撮るのにおあつらえ向きだった。今日は初日、ということで、10分ほどで撤退。 【子の歩いた距離の総計】0歩(2001年 1月 14日 現在) 2年前の今頃は、ふつうに15日に成人式があって、連休が取れたので、結婚前の奥さんの神戸の家に泊まっていた。12月の8日ごろからもしばらく神戸にいたっけ。正月はうちで。・・・・その年の10月8日が子の誕生日だ。 林雄司(Webやぎの目)編「死ぬかと思った」(アスペクト)読了、ってほどのもんじゃないか。 ↑翌日へ |
| 2001/1/14(日) ↑↓ →題名目次 | 自ら食卓につく 生後464日(1歳3カ月6日) |
久しぶりの重労働(?)で疲れ切っていた私は、休憩時間に眠るわ帰りの電車の中で寝るわで、寿司屋でも酔いが回るのが早かった。 昨夜の日記を書いてすぐくらいに、もう眠くて、寝ている子に添い寝したままうとうとしてしまう。子の寝顔は、起き顔と違って、おちょぼ口がへの字を書いて盛り上がっている。むじゃきというよりふてぶてしい。そういえば、先日の起き抜けの顔は、乾燥したせいか、肌がしょぼしょぼ目が小さくて鼻水の跡がついて、「ばあさん」のおもむきをしていたっけ。 よく覚えてないが、そうこうしているうちに、子が目覚めた。たいそううれしそうにしていたっけ。その笑顔に満ち足りた気持ちで、いつの間にか寝入っていた私。 朝は、私の寝床に侵入しようとする吾子に起こされた。1時間半ほど一緒に遊んだが、何度叱ったことか。再三にわたって、包丁を格納している戸棚を開けようとした。これは命に関わることなので、涙を飲んで激怒せねばならない。 どうやら腹が減ったようだ。奥さんを起こそうとして起きないと泣いたりする。ジュースを飲ませると一気に飲んで落ち着いた。子が、TVを点けると、デジモンをやっていた。楽しそうに見入っている。わかってんのかね? いつの間にやら子は横を向いて、父の私が見入っていた。 奥さんが食事の用意をしはじめると、子は、自力で食卓椅子によじ登った。奥さんによれば昨日からそういうことができるようになったそうだ。食欲ってすごい! 子が食事をしている今になってやっと、この日記を書くことができるようになった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/13(土) ↑↓ →題名目次 | 吾子が子分 生後463日(1歳3カ月5日) |
吾子を今日も託児室に預けたときの話。今日は、子より年長の2、3歳の男の子二人がいたそうな。今日は吾子の方がその二人に付き従って走り回っていたと保母さんに報告を受けたそうだ。 奥さんが引き取りに行ったときにのぞき見ると、ちょうどその二人でおもちゃをもて遊んでいたところに、子が、さぁーっと駆け寄って、その一つを盗って走り去って行ったという。その二人は、唖然として眺めていたそうだ。・・・・物怖じせずにいずこでも我が物顔の吾子である。 50歳くらいの仕事場の先輩が私に問う。「携帯電話の画面に文字が出ているが、あれは、話した言葉が文字になるのか?」----うむ。それは理想のデバイスだ。そもそも携帯電話にも留守番電話機能があるのをご存じなく、携帯電話の留守番電話に吹き込んだ声が音声認識されて画面に出るのかと思っての問だそうだ。----ますます利用価値のある理想のデバイスではないか! それはすごい便利だと思う。 新年初の寿司屋通いから帰ると、当然、子は寝ていた。きっと託児室で我が物顔でふるまったのが楽しかったのだろう。今日も寝ながら笑うのではないか? 【近日予定】奥さんが、同時期に生まれた向かいの双子がすでに靴を履いておもてを歩いているのを見て発憤して、一昨日、子のための靴を買ってきた。明日、おもてのベランダなりとも歩かせてみる、と張り切っている。(私は撮影係) ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/13(土) ↑↓ →題名目次 | 寒いよ寒い 生後463日(1歳3カ月5日) |
今世紀になって一般に仕事量が軽減されているが、土曜日はそうはいかない。朝は早く、寒い。 子は、夜中にずいぶん長い間泣いていた。奥さんも寝惚けていて何がどうだったか覚えていない様子。 そういうわけで、出かけるときは熟睡中。足を地を蹴ってジャンプしたカエルのように広げて寝ていた。なんだかおもしろい。行ってきます。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/12(金) ↑↓ →題名目次 | 箱入り吾子 生後462日(1歳3カ月4日) |
仕事の空き間がずいぶんあったから、一度帰宅。昼間からパチンコ屋にいかにも仕事をさぼったサラリーマンが入り浸っているのを見るが、あれがいかに快感か理解できたよ(私は仕事中ではないが)。 子はまだ父の髪型に慣れていないのだろうか、いささかきょとんとしていた。しかしちょうど寝るところだった。私も一緒に昼寝。 子の目覚めによって私も目覚める。母子が外出したあとで、私も再出勤。 今度はにこりと笑って私を迎えてくれた。ネコの絵を見てもイヌの絵を見ても「にゃーにゃー」らしき言葉を発している。久しぶりに「いないいないばあ」も口にしていた。他にも、聞き取れないがさまざまな言葉を発している。 ちょうど子の体がはまる大きさの段ボール箱があり、それにおしめが詰め込んである。そこに入り込むのが最近お気に入りの遊び。今日はそこからおしめをひとつずつ運び出して並べていた。からっぽになった箱を頭にかぶせてやる。相当気に入ったようだ。箱入り吾子。いないいないばあのつもりでいるようだ。下からのぞくと大喜び。箱を外からノックすると、中からノックし返してくる。 最近甘えん坊だ。すぐに抱き上げてもらいたがる。特に叱られでもしたらすぐに懐いてくる。かわいいものだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/12(金) ↑↓ →題名目次 | やれやれ寝ていらっしゃる 生後462日(1歳3カ月4日) |
子は子なりに気疲れするのかね、朝は、昨日並みに遅いのに、熟睡してらした。 私も昨夜はよく寝ていたので、記憶の隅に、何度か子が夜泣きしている声が残っている。奥さんによれば、寝ながら泣いた反面、寝ながら笑っていたという。どんな夢を見てるのかね。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/11(木) ↑↓ →題名目次 | 父を見てきょとん 生後461日(1歳3カ月3日) |
帰るとちょうど起きてしまった。おお、早くベッドから降ろしてやるぞ。 近づくと、いつものようには寄ってこない。ちょっと及び腰で手を伸ばしてくる。降ろしてすぐにおむつ替え。その間泣いている。そこに奥さんがジュースを持って登場。役目交代。 ジュースを飲み終えた子が、妻の膝に手を置いて私を見ている。ひたすら見ている。きょとんとした感じ。 妻の指摘で気付いた。散髪行って短く切った上に脱色した、いや、されすぎたせいで、認識に手間取っているのだ。いつものように手を広げて呼ぶと、にこにこして近づいてきた。よくぞ父だとわかってくれたわい。 今日は、少しベビーシッターの手を焼かせたようだ。そのかわりよく寝たそうだ。おかげで深夜にいたってまだ寝やしない。お、いつの間にやら静かになった。おやすみなさい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/11(木) ↑↓ →題名目次 | 通常の生活に戻る 生後461日(1歳3カ月3日) |
今日から通常の生活に戻る。といっても、日によっては以前より仕事量は軽減されている。その反面、在宅でせねばならないことが。 今日は比較的出勤が遅い方の日だ。それでも子は寝ているから、諦めて出ようとしたら、もこ、と頭もたげてきょときょとしている。目が合うと、手を広げて、だっこをねだる。まだ寝惚けまなこなのに。いったん下に置いて、奥さんに抱いてもらおうとしたら、仰向けのまま上に両手を差し伸べて、泣く。そんなにパパがいいのかい、と思ったが、奥さんが抱いても泣き止んだ。ふ。行ってきます。 あ、そうそう、今日もベビーシッター(最初の人)に来てもらって、奥さんは入園などいろいろ事務上の手続きに飛び回る。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/10(水) ↑↓ →題名目次 | タイミングが良かった?[Yes / No] 生後460日(1歳3カ月2日) |
帰ると母子は入浴を開始するところだった。すかさず、奥さんにはゆっくり入浴してもらい、子を私が引き受ける態勢にチェンジ。といっても、子は寝ているが。起きていると、日記を書くのを邪魔しに来る。キーを叩いたり、蓋を閉めたり、120度しか開かない蓋を180度開こうとしたり、閉じたマシンの上に乗っかったり。 日記を書くについて何が大変かというと、子とのこの攻防戦だ。なんだか、本末転倒のような気もするが、何事にも犠牲は付き物。お、奥さんが子を連れてこいって。 先日来、子は入浴を嫌がって仕方がない。一昨日は平気だったが、昨日は浴室で泣き続けていた。私が体を拭いている間もぐずぐずしていた。いつもが心なしに肌着に手を通すのに協力的であったことが再認識された。本人がその気のないのに手を通すのは大変だ。 で、さっきは、奥さんに申し訳ないが、起こして服を脱がす時点でもはや泣かせてしまった。脱がせ方がよくなくて、起き抜けにびっくりした上に、ちょっと痛かったのだろう(スナップをはずし忘れたまま脱がせていた)。私の罪のもたらした泣き声が浴室から聞こえている....。 長足の進歩。例のちゃぶ台に、自由に乗り降りするようになった、と妻が私にひけらかしている矢先に、転落して泣き始めた。しかし、懲りることなく、乗ったり、降りたり。都合、2回、落下して泣いた。2度目は、顔をちゃぶ台の端でこすって跡がついた。もはや、ちゃぶ台で恐怖体験をさせるのは無理のようだ。今度は、21インチのTVの上に乗ろうとしはじめている。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/10(水) ↑↓ →題名目次 | すわ、ジャンプ? 生後460日(1歳3カ月2日) |
一瞬、もののはずみか、ジャンプ、つまり両足同時に地を蹴って中空に滞在したようにみえた。特に、妻にはそう見えたらしく、「ジャンプした!ジャンプした!」と喜んでいる。すかさず、両親がジャンプしてみせる(夜中なのに)。「ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ」と口ずさみながら。・・・・しかし、子は、それを見て、ただ面白がるだけ。「グプ、グプ、グプププ」って。親ばかじゃなくてばか親。 今日も中途半端に出勤して、早く帰ります。いってきます。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/10(水) ↑↓ →題名目次 | 子の頭はたく心が痛む 生後460日(1歳3カ月2日) |
凶悪な吾子は、両親の怒りの度合いを計ってか、悪事を一度の制止でやめたりしない。制止が強硬になって行くと、泣いてみせて、それで制止がゆるめば凶行を続けるし、強まれば、けろっ、と諦めて他の遊びを探す。 積み木を積んでは、「キー」とか「キャー」とか、何ゆえか奇声を発して興奮していた。やがて、ぬいぐるみを抱き締める。父母が自分にしてくれるように、ぬいぐるみをいつくしんでいるのだろう、と思って、微笑ましくなる。「子は親の鏡」そう思って、目を細めて眺めていた。私にぬいぐるみを渡してきたので、腹話術(の真似事)で子に話し掛けていた。 ふと、積み木をつかんで投げつけてくる。「やめましょうね」「こらこら、だめだよ」「だめ!」----しだいに強くなる制止を無視し、狙いがだんだんぬいぐるみにロックオンされてきた。 断じて現状は「子は親の鏡」ではない! 我が手ににぎったぬいぐるみの顔面に、積み木が直撃。思わず「こら!」といって子の頭をはたいていた。・・・・一瞬の間を置いて泣き出す。奥さんに叱られた時は、すぐに機嫌を取るくせに、私のもとから去って長いこと帰って来なかった。私の近くを通っても、目もあわさず、他の障害物のように扱われた。ごめんね。お前は頭も心も傷ついただろうが、パパの手のひらは痛んでしかたがない、パパの心の痛みのせいだろう。・・・・なんて書いたりして。 「叩いたな!父さんにも叩かれたことがないのに!」という台詞があるが、ぬいぐるみに積み木を投げつける子を叱らずにたしなめるにはどうしたらよいのか。世にはすごい親がいるもんだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/9(火) ↑↓ →題名目次 | 死にかけたり(大げさ!)殺されかけたり 生後459日(1歳3カ月1日) |
昨晩、ちゃぶ台に、するり、と乗るのに驚いた。いつ落ちるか分からないので、常に周りにいなければならない。といわんこっちゃない、後ろから落下しかけた。 そういう恐怖体験にも関わらず、今日も、同じように、するりと乗る。奥さんの監視に委ねて場を離れた瞬間、奥さんの悲鳴。どうやら、また後ろから落下しかけたのを奥さんが抱き留めたらしい。そういう相次ぐ恐怖体験にも関わらず、上に乗りたがってしかたない。怖い目に遭わせようと、落とすに近い激しさで下に降ろすが、面白がるだけだ。 横になっていると、赤ゲットを掴んだ手で、的確に私の鼻と口を押さえてくる。く、くるしい。寝たきりの老人や赤子と一緒に置いておくと殺しかねない勢いだ。 それでも横になっていると、口に手を突っ込んでくる。しばらくしなかったことだ。前は指を少し突っ込むだけだったが、今日は手首から容赦なく突っ込んでくる。おお、喉まで達してへど吐きそうだ。これも痛い目に遭わせようと、指を噛んでやるが、痛そうな顔もしない。それでも手を抜いて、こんどは手に赤ゲットを巻いて突っ込んできた! もはやお手上げ。起きあがって脱走。 奥歯もいつの間にかちゃんと生えている。確認できたのは下の歯だけだが。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/9(火) ↑↓ →題名目次 | 自宅から出勤久しぶり 生後459日(1歳3カ月1日) |
10時ごろという、ここ最近身に覚えのない時間にうちにいて、これから出勤するところ。 無駄に早く出勤するのも、混雑を避けるという目的に添うものなので、このような時間に出るのは不本意である。しかし、疲れは溜まっていたし(もはや元気!)、子は興奮して夜間徘徊をするし、仕事は午後からだし、休みはずっとないしで、妥協してこんな時間に出勤だ。 さすがの子も、起きてお見送り。起きると同時に私に抱き付いてきた。それから母のもとに。いつもは起き抜けの顔ははれぼったいが、今日は最初から二重瞼。いい眠りだったのだね。お互いのぬくもりを確認して、安眠できたってわけか。父ちゃん、今日もなるべく早く帰る! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/8(月) ↑↓ →題名目次 | 高崎は銀世界 -- 我が家は極楽浄土 生後458日(1歳3カ月) |
宵の口から雪が降り始めたようだ。朝起きると一面の銀世界。普通の靴は相変わらず履けず、ずっとサンダル生活だったのだが、私にしては準備よく、ライダー・ブーツを持参してあったので事なきを得た。 高崎を出たときはまだ雪が数cm積もっていたのに、都内にはほとんどかけらもない。ずいぶん積もったとのことなのに。 うちに帰ると、寝起きであった。母に抱かれてきょとんとしている。しばらくして人心地ついたか、ものもいわずに私に抱きついてきた。それからしばらくはぴたりと貼り付いて離れない。私が寝ころんでも上に載って静かにうつぶせている。しばらく見ないうちに大きくなったようだと妻も言う。わがまま度もアップしたようだ。目についたものに手を延ばして、「あん」と言って取らせようとする。まあ大抵無視するが、すると、地団駄踏んで、「キー」と叫ぶのだ。まあほんの一瞬だが。 初めて三人で食事。奥さんは嫌がる子に飯を食わせるんだから食べた気になっていないだろうなあ。私がいない間にあんな苦労してたんだ。デザートのイチゴは私が手づから与える。こんなに次々押し込んでいいの、というくらいばぐばぐ食ってくれる。離乳食はあんなに嫌がるくせに。 ・・・・押さえて書いているが、本当は子に会えてうれしいったらありゃしない!のだ。家族3人の幸せ。陳腐な表現が思い浮かぶ私が恥ずかしいが、ああ、我が家が一番だ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/7(日) ↑↓ →題名目次 | 今晩は3度も電話で話す 生後457日(1歳2カ月30日) |
旧暦で1月7日は古くは人日(じんじつ)という節句だ。正月気分は今日で終わりの日。ホテルのお飾りは今朝でなくなっていた。正月は2日しか家で過ごせなかったわけだ(昨年は1日だけだから、それに比べりゃまだましだが)。 夕方、調べてもらいたいことがあって自宅に電話。妻は受話器を置いて調べてくれている。「ウギャ」という声。妻に何か起こったか? 子が受話器を取ったようだ。すかさず歌を歌ってやる。「ムフー」とか「ハァイ」とか言って反応している。パパの電話に自分から出た、というシチュエーションだ。 今日は雪が降るらしい。ホテルの外に出ず、駅ビルの中の食堂街に行く。日曜日らしく、乳幼児連れが多い。いわずもがな、吾子を思い出す。なぜか高崎で関西弁で話している親子がいた。関西弁で話す女児って可愛いな。他に、うちの子とほぼ同じくらいの子で、すでに靴を履いて歩いている子が、母親にだっこしてほしくて座り込んでストライキしてた。あの喃語の様子は、たぶんうちの子と同年齢だ。うちの子も、おんもに出してやらねば。 夜になってもう一度定時の電話をする。またも歌を歌ってやるが、妻によれば、こそばゆそうな顔をしているそうだ。その後、積み木で遊んでいると思われる音が聞こえていたが、奥さんが、悲鳴を挙げ、10分ほど後にもう一度電話をしてくれ、と言う。子が、大便をして、手をおしめに突っ込んでいるという、緊急事態が生じたらしい。これで、一日3度の電話だ。 で、かけ直す。爪にうんこが少しついていたそうだ。BGM の子の声がすさんでいる。「キー」やら「ヒー」やら悲鳴を挙げている。おしめを変えたばかりなのにもうおしっこをして機嫌が悪いそうだ。その悲鳴がだんだんエスカレート。「ギャァアー」とか聞こえる。調味料棚を開けて、中の胡椒瓶を取り出そうとする子と、それを阻止する妻とのせめぎ合いの産物らしい。なんてわかがままなのかしら、と妻が言っている。積み木に味をしめた子は、さまざまなものを積み重ねて悦に入っているそうだ。調味料を重ねたり、妻の化粧品を積み上げたりして、したり顔で見せるそうだ。ああぁああ〜!早くみたいものだその顔を! 飛ぶ鳥の明日かへりなむ雁がねに連なりとくも都へもがな 泣き顔も笑顔もなにも吾子が顔 かなしくぞする 汝が父 我は 朝夕に父をえ見ぬ間埋まらなむ 積みき 嘆きは 杜ともぞなる 如何にせむ 忍びぞあへぬ 飲むほどに まなかひかかる をかしき我が子 生きながら 死ぬる思ひぞ 延び延びて 七日あづまを 見ですぐしけり ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/6(土) ↑↓ →題名目次 | パパパパパパ、ハァイ 生後456日(1歳2カ月29日) |
仲間と飲みに行ったもので、ホテルの部屋に着いたのがいつもより1時間遅れ。自宅に電話をしたが、今日は都内はメチャ寒くて(高崎もです)、子がくしゃみしたので薬を飲ませてすでにベッドで入眠儀礼に入っているとのことで、子との会話は諦めた。 子の一日を聞く。くしゃみ以外はさして変わり映えなし。風呂恐怖症は相変わらず。パパが居なくて淋しいらしく、やたら妻に甘えて離れようとしないとのこと。無力な我が身を恨む。 そんなつもりもないが、いつもより淋しげなのは私の方だったらしい。奥さんが、「まだ寝てないようだから連れてくる」と言って、子を連れてきてくれた。う・れ・し・い。 「糸巻き巻き」「大きな栗の〜」の順で歌っていると、目頭が熱くなってくるぜ。最初は無口な子が、しばらくすると、「パパ」と言う。これまでも、その発音は何度も聞き、奥さんは、認識して発声していると言い張るのだが、今まで私は認めなかった。でも、今日を期して、私がパパだと認識して発声していると認めよう。私の、「もちもち」に対して、すごぉく軽やかなはっきりした声で「ハァイ」(ヒャァイのように聞こえる高い声)という。それから、「パパ、パパ、パパ」の連発。「もちもち」に対してまたも「ハァイ」。きちんと会話している。電話口から離れて、「マンマ、マンマ」とママに呼びかけている。その後もいっぱいぐじゃらぐじゃらしゃべりだした。憂鬱だった私の気分は、塵も飛び、梁も震える歓びに満ちる。パパだよ、パパはここにいるよ。もうすぐお前に会いに帰るよ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/6(土) ↑↓ →題名目次 | 育児の悩みも一丁前にあるのです 生後456日(1歳2カ月29日) |
前から世に溢れていたのだろうが、やはり人の親になってから、育児関係の記述が目に飛び込むことが多い。前と変わらぬ購読新聞を読んでいても、その手の記事を目にする機会が多くなった。 保母さんが赤子に話しかけているのを見た母親が、「話しかけたってわからないのになぜ話しかけるのか?」と問うた話。子供との遊び方がわからない親がいるという話。 実は、それぞれの話がいちいち身につまされる。一昨日だっけ、妻とそんな話になった。 私は、よく父親をやっている、意外だ、と言ってくれたが、劇場型人間である私は、子に話しかけるのも妻の目の前に限られるのだ。子と二人きりでいる時は、話しかけるのが恥ずかしい。叱ったりあやしたりするのも、何かしら遠慮がある。後者は、妻の目を意識しているのだろう。妻が見ていてくれるから、こんなふうに叱っても大丈夫だし、こんなあやしかたも認められている、というふうに。 こうして離れて子を思い、まだまだ足りない自分を反省する。子と会えないで離れて過ごす期間を、人生の損失だ、と思っている私の、合理化に過ぎないのかもしれないが。なにはともあれ、早く帰って、ぎゅっ、と子を(苦労を掛けている奥さんも)抱き締めて、もっともっと遊んでやらねば。いや、遊んでもらわなければ(「赤ちゃんに遊んで貰う本」とかなんとかいう本もあるらしい)。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/5(金) ↑↓ →題名目次 | 泣く子も笑う父の声 生後455日(1歳2カ月28日) |
電話を掛けた時は入浴直後であった。昨夜のトラウマなのか、入浴直前までシーツと戯れたりしてご機嫌であった子が、風呂に入ると火の点いたように泣き出したそうだ。だから、電話を掛けた時は不機嫌で、送受器に出た子は、「グー」と威嚇するような声を挙げていた。 私は、たった2つのレパートリー、「大きな栗の〜」と「糸巻き巻き」を歌う。妻によると、最初はおこっていた子が、不思議そうな顔になり、ついにはにこにこしはじめたという。父の声はわかってくれるのだなあ。 昼間、私の布団を干すときに、子が布団に戯れながら「パパ、パパ」と言っていたそうだ。パパのいつも寝ている布団、ってわかるのだ、というのが妻の解釈。ん?それにしてもなんで私が不在の時に布団を干すのだ?奥さんよ、これを見たら理由を述べよ! デパートで託児室に預けたそうだ。今日もすんなり過ごしたという。帰宅するとすぐに、子が、積み木の箱の中から的確に、丸い大きな積み木、棒状の積み木、最初のと同じ積み木を選び出して、その順序に、アレイ型に積み重ねたのを見て、感動したという。----私は、何が?と思った。奥さんは、その知恵を託児室から仕入れてきたと思っているようだ。でもねえ、私の前では4段重ねまで達成しているのだ(2000年12月31日付け日記参照)。当然、父親の教育の賜(たまもの)だろう。 賜(たまもの)と言えば、年末に、私の同僚が、もらった人の息子からもらった「恩賜の煙草」の1本を分けていただいた。畏れ多くも私は喫っていないが、味は「峰」の味だという。ためつすがめつ眺めて余香を聞いたが、中身が詰まっていて、重みが違う(気がする)。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/5(金) ↑↓ →題名目次 | うつくしきもの 生後455日(1歳2カ月28日) |
二つばかりなるちごの、いそぎて這ひ来る道に、いと小さき塵などのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。(小学館古典全集版「枕草子」) 二つばかりなるちごの--「二つ」ってずいぶん先だと思っていたが、どんなに遅くとも現在の満1歳が数えの「二つ」に該当するわけだから、子はとっくにこの段階を越えていたわけだ。ハイハイの期間が短かったもので、この名文を掲載する機会を逸してしまっていた。むろん、これと同じ情景は経験済みで、いまや、これを読むと、他ならぬ吾子が、ヴーと言いながらモノを私に見せつけているあの顔が彷彿としてくる。生物として当然といえば当然だが、千年前と今と子供の姿の変わらないことを改めて感じる。変わった変わったといわれることのすべてが、実はそんなに変わっていないのではないかとまで思ってしまう。「これからの子供は大変だ」などと言うし、私も思いもするが、実はそう言うのは老人のたわごとかもしれない、などと最近思う。 いそぎて這ひ来る道に、いと小さき塵などのありけるを、目ざとに見つけて--ハイハイのスピードは意外に早い。聞くところによると、ハイハイでスピードを極めた子供は、立って歩く不安定な遅さよりもハイハイの便利さを選ぶという。渋滞の車を後目にすり抜けてゆくチャリ(自転車)みたいなものか。 子供は、大人の視線では見えない角度からモノを見ているせいもあろう。それよりも、大人が当たり前として見過ごすモノのひとつひとつが新たな体験なのだ。ささいな物音、遠くの雲、小さな塵。嗅覚・味覚に触覚は鈍い気がするが、視覚・聴覚は鋭く見える。 いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる--「いとをかしげなる指」。小指の爪なんかしじみの中に入っているカニくらいの大きさだ(このカニについて奥さんが、「しじみってカニを食べるのね。こわーい」とかわいいことをいっていた)。今でも、なんの意味があるのか、モノをつかんでは「ふん」と言って見せつける。くれたのかな、と思って取り上げると「うー」と言って取り返すのだが。 いとうつくし。--いふもさらなり。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/4(木) ↑↓ →題名目次 | 子の顔見えぬもどかしさ 生後454日(1歳2カ月27日) |
今晩も高崎。今晩はまともに飯を食えた。昨日もかろうじて飯にありつけたわけだが、一昔前といえば、正月三が日には、吉牛(吉野屋の牛丼)しか食い物がなかった。あとは田舎から送ってきた餅を食いつないだりして。季節感が無くなった代償として、便利になったわけだ。 電話をする。子をやっとのことでベッドに置いたから、と抗う妻に命じて(なんと恐ろしいことを!)子を電話口に出させる(子を思う愛は恐怖をも乗り越える)。・・・・すみません。「奥さんに懇願して子を電話口に出してもらう」というのが真実に近いでしょう(後難を懼れて自粛)。 歌ったりすると、ヴーとかガーとか反応を返してくれる。父だとわかっているのかなあ。妻によれば、やはり私がいなくて淋しげだそうだ。うぉぅ!早く帰りたい。顔が見えないもどかしさよ。夏に家から離れて仕事をしていた時にはここまで寂しさを感じなかったように思う。しみじみ勝手なことを思うが、こうして反応が如実に顕われるようになると、離れがたさがいっそう増す自分。あのころはあのころで寂しかったのに、と思うと、情けないやら、愛に際限はないのだと思うやら、もうわけがわからない。 昼間、台所ですっころんだそうだ。その時は気付かなかったのだが、風呂に入れているときに、大きなコブができているのに気付いたという。しばらくは平気だったが、石鹸が滲みてきたのだろう、泣いて泣いてどうしようもなくなったので、風呂から出して横たえたそうだ。すると、泣きながら小便を飛ばしたそうだ。50cmほどの水柱が立ち上がったという。ふだん、おしめのない時は小便をしないように気を遣っているフシがあるが、考慮する余地もないほど痛かったのだろう。そしてその痛みを原動力とした放尿の強さよ! 後始末をするはめとなった奥さんには申し訳ないが、藤原道長の、孫の敦成親王(後一条天皇)の生誕1ヶ月に、小便をひっかけられて喜んでいる気持ちも理解できないでもない。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/4(木) ↑↓ →題名目次 | 出勤前にやっぱ日記を書いたりして 生後454日(1歳2カ月27日) |
寿司食へば吾が子思ほゆ すき焼きにまして偲はゆ いづくより来たりしものそ まなかひにもとなかかりてやすいしなさぬ 不動産、現金、株もなにせむに まされる宝、子にしかめやも ・・・・うろおぼえだが、山上憶良も、「たび」に身を置いていたからこそなのだなあ。昨日は、午後くらいから、子の面影が、それこそやたら目の前にちらついてたまんなかったぜ。夕方見かけた親子。母の手から放たれた子が、まじめな顔でととととと階段に突進。うちの子は、まだおんもを歩いていないが、同じくらいだろう。そして、同じように行動するだろう、階段の一段目で手を突いてしまったところで親が追いついた。あの、周囲のことは視角外に置いて、自分がしたいことに没頭している時の、ひたすらまじめな顔。誰であれ美しいが、その萌芽は1歳すぎから見えるのだ。 あらたまの年をふた歳(とせ)吾子(あこ)迎ふ百歳(ももとせ)千歳(ちとせ)刻みの歳を 父母(ちちはは)も祖父(おほぢ)祖母(おほば)も越えにける吾子が世紀ぞ新千年紀 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/3(水) ↑↓ →題名目次 | 食うものがない -- 高崎の夜 生後453日(1歳2カ月26日) |
新年早々の高崎の夜はかつて痛い目を見たのでよくよく注意していたつもりだ。ホテルの店もさっさと終業してしまい、コンビニも棚がずらりとがらがらになる。前は、1月2日だったが、今年は3日だから大丈夫だろう。 それが大丈夫ではなかったのだ。ホテルのレストランはどうやら休業。ホテル提携の中華ウソツキ「東天紅」も、本日8時ラストオーダーと銘打っておきながら、なぜか7時半には閉店してやがる。文句を言って暴れている場合ではないので、隣のホテルで飯食うはめに。まるで総檜風呂を誂えておきながら断水でもらい風呂をしているような気分だ。そのホテルは、宿泊客は10%引き、逆を言えば、宿泊してない私は、消費税5%、サービス料10%(閉店ギリギリだから追い立てられるように食わされて)、それに10%の割り増しを食ったわけだ。105% x 110% x 110% = 127.05%、つまり3割近く不条理な金を払ったわけだ。せこいことを言えば、宿泊客にはポイントも溜まる。その分も。だいたい、ビールはすでに消費税が含まれているんじゃなかったっけ? 来年も同じ状況になったら、新春は宿泊しないことにすろぞ! さて、自宅には、妻の姉、つまり子の叔母が遊びに現れたという。そして、妻に対するよりも私に対するよりも、子は懐いていたという。この八方美人め。以上を電話で耳にしたのだが、子に電話に出てもらった。前にも何度か電話に出てもらったが、子の鼻息が、はふーはふーと聞こえるだけだったのに、今日は、「ハーイ」とは「フン」とか「ウー」とかの反応有り。やはり、大きな栗の木の下で、や、糸巻き巻きを歌った効果があったのだ。妻によると、子は照れくさそうにしながらも、電話に興味津々だとか。父ちゃんだよ。父ちゃんはお前に会えなくてひじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉにさびしい! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/3(水) ↑↓ →題名目次 | 仕事始め、午前五時半家を出づ 生後453日(1歳2カ月26日) |
車通りも皆無に近い。バス来るのかしらん。 昨晩は寝かせるまで手間がかかった。私を慕って慕って仕方なかった。夜中にひと泣きしてたっけ。今日からの事を本能で察知しているのではないかと思うほど。 今朝は、熟睡しているので、頭を撫でるだけで出てきた。さみしいものだが、それを言っても詮無い。 今日からしばらく泊りで仕事だ。会えないのだ。もはや、父がいない、という喪失感を感じるだろうか。そう思うと、なおのことつらいのだ。 そういうわけで、ほぼ1日2回更新を続けてきた本日記ですが、しばらくの間、1日1回の更新になるかと存じます(夜か早朝か)。愛読者の皆さん(何人いることやら)、ご寛恕のほどを。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/2(火) ↑↓ →題名目次 | パパよりもミルク 生後452日(1歳2カ月25日) |
私の夕食はお雑煮。子がやたら興味を示す。奥さんの許可を得て、次のようなものを箸で直接食わせてやる。百合根、伊達巻き、牡蠣、餅、烏賊。百合根を一番多く食わせたが、何度かは熱すぎて吐き出した。全部5mm〜1cmにして食わせる。しかし、烏賊はずっとあとになっても口の中に残っていた。他のものも烏賊のあとに食わせたのだが、シマリスのように頬袋に貯めてあったのかな。手づから与えたものをはぐはぐ食ってくれる姿を見ていると、本当に父親冥利につきる。同僚の誰だっけ、子供と一緒に食事をすると楽しいよ、と言っていたが、本当にそうだと思う。 子がくるくるくるくる回っている。妻が名を呼ぶと、回るのを止めて....なぜか私の方に両手を掲げて寄ってきた。奥さんショック。 しばらくベッドの上に一人置いておいた子にミルクをやる時間。私が近づくと、降ろしてくれるのかなあ、と不安そうな、それでいったん私が姿を消しかけたら何とも情けない顔をしたもので、すかさず抱き上げて私の部屋に連れて行こうとしたところでミルクを持って現れた奥さんとすれ違った。 すれ違うやいなや、いぇ〜ん、と顔を歪めて泣くのである。目ざとに哺乳瓶に目を留めたのだ。ふふ。父の愛も食欲には勝てない。こういうときは奥さんの独擅場。 自ら体重計に載った。11kgになっていた(私じゃないよ)。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/2(火) ↑↓ →題名目次 | 休みの末日 生後452日(1歳2カ月25日) |
というわけで、新年の休みは今日で終わり。3日目ともなると私も容赦なく寝てしまうなあ。今日は明日からの準備をしなけりゃならんのに。 たぶん10時ごろだろう、妻が子に飯を食わせているのを感じながら、寝続ける私。 そろそろ起きようかなと何度も思いながら、次に目覚めたのは、子の悲鳴で昼12時に。何で悲鳴かというと、ベッドの下に潜り込んだ子が、ベッド側のふすまを開けて私の部屋に侵入しようとして、抜き差しならぬ状況になっていたから。やっかいなことに、そこにめちゃ悪い奥さんが起き出して子を助けようとする。奥さんはその間のことをまったく覚えていないそうだ。無理矢理足をひっぱるもんだから子の頭がベッドにごんごん当たってよけい泣き出す。助かった後もしばらく母ちゃんを見ておびえていたな。 午後、妻と寝ころんでいると、またも子が泣きながら突進してきて、妻の額に爪を突き立てて髪を掴んで私から引き離した。2度も。そして2度とも、私の胸の上に乗っかってにこにこしていた。----今年もパパの方が好きならしい。 昨日、行きの電車は結構込んでいて、座れはしたが、子が騒ぐと周囲の迷惑だろうな、と思っていると、母の胸に抱かれたまま子が居眠りを始めた。首が軽くかくっかくっと前後に揺れて入眠してしまった。かわいい寝方をするものだ。電車の中で寝たので、実家について起こした時は、環境の変化に驚いてしばらくは泣き止まなかった。 さて、先ほど。子が、大型封筒に入っている私の書類を散らかして、封筒だけ台所に持っていってしまって本人だけが帰ってきた。書類を片づけて、あとは封筒に入れるだけ。そこで、子に、「おい、取って来い」と指さすと、しばらくは何の事やら、という顔をしていたが、やがて理解したらしく、とことこと封筒の所に向かって、封筒を取ってきてくれたではないか! すごい進歩である。2001年は飛躍の年だ!(当たり前だ!) しかし、その後の出来事は気の毒で書くに忍びない。封筒を私に手渡した子は、バランスをくずして側頭部をテーブルで強打してしまったのだった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/1(月) ↑↓ →題名目次 | 私の実家に 生後451日(1歳2カ月24日) |
午後から私の実家に親子3人で行って来た。もうじいちゃんもばあちゃんも甘いんだから。帰って来てからわがままが板について困った。なお、何年ぶりだろう、私の弟に出会った。妻子が会うのは初めてである。 帰りの電車はがらがら。だっこひもからはずしてやる。やや暮れ方の電車の窓外を見て、飛んで行く景色に併せて首をぶんぶん振ったり、180度首を回して、反対の景色を見てきゃーきゃー言ったり、楽しげであった。 帰ってきて、疲れ切った私が寝ようと目を閉じると、ウーと唸って不満を表明する。眠りを強行すると、眼鏡を取ったり、目に指を突っ込んだりしてあくまで眠りを妨げようとしてまいった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/1(月) ↑↓ →題名目次 | 大便のおしめ換えけり新千年紀 生後451日(1歳2カ月24日) |
世紀を越えた瞬間を、子は私の膝の上で迎えた。全日本的に大晦日の夜は早く寝てしまう子供も起きているものらしい。だいぶ前に薬を飲ませたのに、効き目(?)がなかったくらいだ。 年を越えてからワインを一本とビール1缶飲んで寝た。 謹賀新世紀新千年紀 子が音楽を奏でるおもちゃで遊んでいる。最初はベビーメリーの音とかと思っていた。夢心地で、どうやってベビーベッドに子は登ったのだろうと勘違いしながら寝ていたが、便意が盛り上がったので、起床してトイレに入る。 子の、足音がパタパタ聞こえる。父ちゃんトイレから出たら遊んでやるからな。 と思ってたら、子が遠くから覗くのが見える。なんせトイレのドアは開放してあるからな。どうやら子が自力で隣室から脱走したらしい。まずい、子の手の届く範囲には、昨日の残りのチーズのかけらがある、それはいいとして、脆弱なメタルフレームの眼鏡が危殆に瀕している。しかし、出物腫れ物所嫌わず、トイレから出られない。ああ、金属音がする、だめだ、眼鏡が犠牲になったか。 子が私の方にやってくる。手にしているのは、まさしく眼鏡だ。眼鏡を手に握って私の方に差し出しながらやってくる。案外にも父ちゃんに眼鏡を届けに来てくれたのだった。 おむつが重そうだ。何げに開くと・・・・大便がこんもり。油断していたのであわ食ったが、最近諸所におしりふきが配置してあるので事なきを得た。ふぅ、びっくりした。 洗面台に置いてあった母の歯ブラシを取り、自らの口に突っ込んで磨いている。大きさは違えど、何に使う物か同定できているわけだ。 子が流しに手を延ばして私の顔を見る。何だろう。何度か繰り返しているうちに、何かを欲しがっていることがわかる。手を延ばした先にあるのが、ストロー突っ込んだ幼児用牛乳のブリックパック。ああ飲みたいのか。しかし、口元に寄せると、ううん、と顔を背ける。さては、ジュースが欲しいのか。妻に訊ねてジュースを渡す。ぐいぐい飲み始めた。複雑な意志疎通が成功した瞬間である。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |