| 2001/1/31(水) ↑↓ →題名目次 | VMware 上の Vine 他の X デスクトップ起動 |
VMware 上にインストールした、Vine などの X が起動できない件だが、すべて解決した(一応)。 まず、Vine 2.1。これは、デフォルトで VGA16 でさえ起動しなかったので、いきなり vmware-tools を入れたが、起動しなかったといういきさつがある。そこで vmware-tools を再インストールしてみた。先日、./install.pl とやったときは、distribution を選べ、とリストが出て、other を選んだのだが、今度は Red Hat を選んでみたら、あっさり起動した。なるほど、こつがわかった。 次に、Red Hat 7J。これは、デフォルトのこぎたない VGA16 が起動していたが、vmware-tools を入れてもだめだったものだ。./install.pl のとき、distribution を訊かれないのが、distribution を認定し損なっていたのだろう。./install.pl RedHat と、distribution を指定すると、案の定成功。 最後に、FreeBSD4.2r。Linux や Windows の vmware-tools は、仮想FD で提供されるので、インストールは簡単だが、これは FreeBSD 上で tar xzf として解凍せねばならない。ということは、何とかして FreeBSD 上にこのタールボールを持ってくる必要がある。結果として、いろいろ考えた上で試みた正当な作戦は全滅したが、VMware の乗るホストマシンの Windows2000SERVER の Services For Unix を介して、nfs でマウントしてファイルを持ってきた。それができる設定にはなっていないはずなので、セキュリティ的には問題があるが、結果よしとしよう。 これも vmware-tools を入れることで X の起動に成功したが、問題は、FreeBSD を再起動するとなぜか X の設定がもとに戻ってしまい、その度に vmware-tools をインストールせねばならぬこと。ま、いいさ。 ↑翌日へ |
| 2001/1/30(火) ↑↓ →題名目次 | 仕様か、しようがない |
昨夜は VMware に FreeBSD 4.2r の再インストールと Vine Linux 2.1 のインストールをおこなった。いずれも X は起動しない。どちらもひじょ〜にインストールに時間が掛かったぶん、残念である。 初期不良(と思われる) マザーボードをツクモ高田馬場に持ち込む。例の、メモリが1枚認識されない件だ。うちでは特定のスロットが死んでいた(ように見えた)が、ショップで再現すると、不定のスロットでそれが起こる。交換してもらう新マザーボードで、256MB でなく 128MB を刺しても3枚しか認識されない。仕様か限界か、とにかくしようがない。スロットが4つあるのに認識されないなんて仕様があってたまるか! まあいい、諦めよう。新しい方のマザーボードを受け取って、うちでもう一度試したが、やはり3枚分しか認識されないのであった。あ、マザーボードを持ってゆくのに、CPU を装着するのにあれだけ苦労したのだからはずすのも大変だろうとそのまま持っていったら、クーラーがコアにちゃんと着いてなかったそうで、よく焼けなかったものだと感心された。そういえば、装着するのに苦労したのは、RescueII の方だっけ。 新しい方のマザーボードでも、その RescueII は動かない。我が家第2位のスピードを持つ CPU が遊んでいる状態はかなわんわい。 Tomcat の 3 mode FD を装着しているのだが、先日もそうだったのだろう、切り欠きに併せてケーブルをつなぐとエラーになってしまうのだ。幸いにも、というかそうなっているのか、裏返して刺すことが出来、使用できている。 組み直すついでに、オンボードの SCSI が遊んでいるのは惜しいので、3.5inch ベイに カードリーダをつけた。あと、前回はつけていなかった IEEE のコネクタも。サウンドもオンボードなのだが、スピーカがない。ほんとうに意味もなくオーバースペックのマザーボードを買ったものだ。それにつけても、肝心の1Gメモリが実現できないとは! そういえば、BIOS のアップグレードができるかどうか確認してない。まずそこから始めるべきか。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/29(月) ↑↓ →題名目次 | CD 革命 Virtual ver.5 のばかぁ! |
CD 革命 Virtual ver.5 を Windows2000SERVER にインストールすると成功しちゃうんだな、これが。きちんと仮想CDのアイコンもエクスプローラで確認できる。しかし、マウントとかするユーティリティを起動すると「Windows2000Professional でしか起動できません」と来た。それじゃインストールの段階からその旨伝えろよ、ばかぁ! そういえば、CD 革命は、今でこそ、Windows95 の流れと WindowsNT の流れと両方にインストールできるが、Ver 2 くらいのころまで、Windows 95 版と、Windows NT4.0 Workstation 版とが別々に出ていた。それで、善良なユーザたる私は、NT 版をも買おうと思ったが、NT は SERVER 版しか持っていない。電話をして、SERVER でも使えるかどうか訊いたら、いかにも何も知らなそうなおっちゃんが電話口に出て、「Workstation と書いてあるからには、SERVER はだめなんじゃないですか?」と無責任にのたまった。あの時は、調べもせずにいいかげんなことを、と憤慨したが、あのおっちゃん、正しかったのね。人を侮るとよくないのか。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/28(日) ↑↓ →題名目次 | マザーボード初期不良 |
Athlon 上の VMware で、FreeBSD(2.2.1, 4.2r)や NetBSD をインストールしようとしたら、起動ディスクの起動に異様なほどの時間が掛かる。その後のインストールは遅滞なく行われたが、起動するとやはり異様に遅い。まさか VMware で動く FreeBSD はバージョンが限られているのか? そうではなかった。Pentium III の乗った PPC の方の VMware では、問題なく起動する。結局 CPU のせいであった。こりゃまいった。 新 Athlon マシンでメモリが3枚しか認識されない問題だが、おそらく MB の初期不良かと思われる。いろんな組み合わせでメモリを差し込んだ結果、3番目のメモリスロットに差し込んだときだけメモリが認識されないことが判明。交換してもらうことになった。 RescueII だが、やはり新マシンでは起動しない。やはり電源の問題ということになろう。 いよいよ危ないので、PCG-C1S への環境移行を急ぐ。解体して HD を取り出し、Athlon マシンに装着。前に実験で移した内容を、Athlon マシンにいったん移し、FDISK で全領域を Windows 用に確保しなおした。 その HD を PCG-C1S に再装着、しているところに悲劇が起こった。フィルム状のケーブルを留めるプラスチックのピンが折れてしまったのだ! セロテープで留めて組み直したが、マウスクリックが効かない。いざとなれば、死亡した PCG-C1 の部品を使えばよいのだが、もう一度解体して、ピンの折れたままでケーブルを固定させ、それをセロテープで押さえてみた。おお、今度は大丈夫。しかし、爆弾を抱えているようなものだ。ちょっとした振動ではずれるやもしれない。だましだまし使う緊張感! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/23(火) ↑↓ →題名目次 | 下学して上達す----何が役立つかわからないものだ |
RescueII のレスキューをせねば気に掛かって何も出来ない。ピュアな環境で試してみよう。そのためには、使っていない MB と電源が必要だ。ふと、思い出した。高田馬場ツクモが新装開店したとき、Win98SE OEM版を買うために買った MB があるじゃないか。電源は、現在の潮流として当然のように ATX 電源が必要だ。AT なら裸の電源があるというのに....。またもふと思い出した。トイレの物置台になっている段ボール箱には、ずいぶん昔に買った未使用の筐体が入っているはずだ。確かめてみると、ATX 電源付き! 以上のシステム(?)に RescueII をつなぐと・・・・あっさり起動した。CD-ROM をつないでないので、Windows の起動には至らなかったが、壊れていないことだけははっきりした。 Athlon 1.2G マシンも調教を継続中。Linux MLD5 も、Turbo Linux Workstation 6.0(TL6) も、すんなりとではないが、X の起動に成功した。これでこわいものなしだ。しかし、MLD5 は、VMware のインストールに失敗した。しゃあねえ。TL6 は、カーネルの再構成を(ひさしぶり!)にして、ntfs が読めるようにした。pcnfs は、xconfig のメニューには出てなかったなあ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/21(日) ↑↓ →題名目次 | マシン組み立てと PCG-C1 修復 |
新マシンだが、Athlon 1.2G マシンについては、メモリ 256MB x 4 枚のはずが、3 枚しか認識されないが、なんとか元気に動いている。問題は、RescueII、つまり、PCI に刺す、マシン内マシンだ。どうもこいつがまずい。PentiumIII 850MHz を採用したのだが、何かまずいことがおこったようだ。これについてはペンディング。 PCG-C1 を分解して、HD を取り出し、新マシンに接続。そもそも 2.5inch HD が着けられるリムーバブルを目指していたのだが、諸般の事情で、直接ケーブルとつないぐことになった。ウィンドウズのことはウィンドウズに聞け、だ。問題のあるファイルを除いて、手動でコピーするのは簡単であった。やっぱめちゃ早い。その後、スキャンディスクをかけると、手動で問題を発見したのと一致した。これで何がどうなっても安心だ。1GB ほどのファイルが死んだ模様。 おかげで空き容量が増えたので、Windows98SE のセットアップファイルをそのままコピーして、PCG-C1 を組み立て、修復セットアップに成功して、現在がある。 失われたファイルの内、重要なものは、メールの一部である。もう少し復旧できよう、がんばってみる。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2000/1/20(土) ↑↓ →題名目次 | 買い物は済んだがPCG-C1が |
早朝は動いていた PCG-C1 のHDがいかれた。どうやらファイルのFATエントリが広範囲に破壊されているらしくて、一部のファイルは絶望的だ。そもそも Windows が起動しない。必要なファイルが壊れている。ドキュメントの類は、1月2日にバックアップを取っているのだが、その後に書かれたドキュメントは、なんとか救出できたが、メールの一部が、だめだ。幸いにも、Linux は起動できたので、smbmount でウィンドウズ機に移すのだが、これがうまくいかない。日本語ファイル名は、読めても移すと化けてしまう。また、エントリが壊れていると、ハングに近い形になったり、壊れたデータをディスクが満杯になるまで書き込んでしまったり。だから、個別に移さざるをえない。まいった。 PCG-C1S にサルベージしようとしている。これにシステムを移したのはいつだっけ? そういうわけで、今日手に入れたシステムは、一部しか組めていない。 予告:あわせて、cpu:2.05GHz HD:400GB Memory 1.256GB のマシンとは! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/19(金) ↑↓ →題名目次 | 気が狂いそうだ(楽しみで。明日はマシン組み立てぇぇぇぇ) |
仕事帰りにツクモ高田馬場に寄ると、ほとんどパーツがそろっているようだ。明日、明日、明日、取りに行く。そして明日、明日、明日組み立てだ。 概略は現状で、Athlon 1.2GHz(バルク)、Maxtor 80GB x 3(うち、2台はリムーバブルにする予定)、メモリ 256MB x 4、ビデオ Matrox G450 ダブルヘッド、サウンドとSCSIはオンボード(MB は MSI製)、LAN は Intel Pro、キャラベルのCD/RW+DVD-ROM、3mode FD てな感じ。ケースは、450W 電源付きのフルタワーの予定だったが、在庫がないというわけで、400W のものに変更せざるを得ないのがすごく残念。今後の拡張が心配される。しかし、このままでは、せっかくの SCSI に何もつながれていない。なんとしたものか。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/16(火) ↑↓ →題名目次 | 中古HP200LX(4MB)購入 |
昨日は仕事の空き間に横浜ソフマップに行こうと思ったのだが、寒さのあまり断念。代わりといっちゃなんだが、仕事帰りに大宮ソフマップに立ち寄る。中古屋やジャンク屋は夢のパラダイス! \34,800 で、中古HP200LX(4MB)が出ていたので買っちゃった。未使用品(5.5万円ほど)もあったが、こちらを選んだ。それでよかった。状態は最良で、ほとんど使用した形跡がない。裏面のシリアルナンバーのシールもかすれさえしていない。マニュアルもビニールのパッケージを開いていない。ないものといえば、バックアップのボタン電池だけ。これはよい買い物であった。 ツクモ高田馬場店により、かねてより温めていた VMware SERVER マシン自作計画の見積もりを出してもらう。最初はあと1店くらい競合させてみようと思っていたが、結構親身になってくれたし、めんどうでどうでもよくなってきたし、意外に安くつきそうなので、ま、いっか、という気になり、在庫切れの商品を注文して、大体ツクモで揃えることに決めた。Athlon 1.2G を使い、かつ、メモリ1G達成のためのスロットが4本ある MB は意外に少なく手に入りにくいのね。むろん 256MB x 4 で1G目指すわけだが、安定を考えれば 514MB x 2 にすべきだと勧められた(うまくすれば 514MB x 3 あるいは x 4 !!)。だが、予想通り、514MB はバカ高い。1本5万ほど。256MB は1万台後半なのに。・・・・ふふふ。近いうちに全貌を明らかにできるだろう。 「岩波日本史事典(CD-ROM版)」(定価 \8,500)が届いた。早く使える環境に移行しなければ(PCG-C1S のことである)。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/15(月) ↑↓ →題名目次 | worm091.zip |
worm091.zipを走らせてみた。 worm091.zip は、vMac-0.1.9.6-Win32.exeのようなものである。心なしか、vMac より起動も動きも早い気がする。以下、「worm.txt」を訳してみた。 WORM 0.91 ウィンドウズ版マッキントッシュ WORM は vMac の代わりとなるプログラムである。Mac Plus のエミュレーションをウィンドウズ上でおこなうものである。 コマンドライン上で動くプログラムなので、DOS 窓か、コマンドライン用のパラメータをセットしたショートカットから動かす。 動かすには、「WORM」に続けて、ROMファイルの名前、さらに続けて、vMac用のイメージファイルの名前を続ける。たとえば、「WORM VMAC.ROM SYS755.IMG」というふうに。 特別な操作はなにもない。終了するには、他のウィンドウズプログラムと同じく、マウスで「閉じる」のボックスをクリックする。 (Julian と Lars からあなたに) ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/14(日) ↑↓ →題名目次 | MS-DOS をファイルサーバーにする--soss-nfs-9806.zip 編 |
soss-nfs-9806 編 soss-nfs-9806は、 sossntr4.zipを、 odagiri氏が、Win95/98 で動くように改良なさったもののようである。 これを、VMware 上の Win98SE で動かしてみた。「export.us」ファイルは、「c:\」とのみ書いた。runsoss.bat で起動する。 ・・・・のはずだが、Turbo Linux Workstation 6.0 の mount では 「mount: RPC:」が反応しない旨出てマウントできない。しかし、MLD4 Linux なら難なくマウントできた。WarNFS と違って、ハングもしない。優秀である。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/14(日) ↑↓ →題名目次 | MS-DOS をファイルサーバーにする |
WarNFS 編 www.jgaa.comの WarNFS という Windows 上で動く NFS Server アプリを使って、Linux の NFS クライアントからアクセスを試みる。 設定は非常に簡単。解凍して、exports.conf という設定ファイルにエクスポートするフォルダとその共有名を書いて、WarNfsD.exe というアプリ本体をダブルクリックするだけ。 ・・・・のはずだが、Turbo Linux Workstation 6.0 の mount では 「mount: RPC: Timed out」が出てマウントできない。しかし、Windows2000 に入れた Services for Unix の mount でなら、マウントできる。・・・・これじゃ導入する意味がない。しかし、MLD4 Linux なら難なくマウントできた。しかし、cat でファイルを読もうとするとハングしてしまう。困った。 SOSS 編 soss(Son of Stan's Server) という MS-DOS 上で動く NFS Server アプリを使って、Linux の NFS クライアントからアクセスを試みる。VMware 上の DR-DOS にインストール。 ・soss31.zip を「c:\soss」に解凍する。 ・「cd c:\soss\exe」に移り、「custom netdev.sys」として、ip アドレスなどを設定(ハードウェア設定などは適当でよいと思う)。 ・「Export.us」が設定ファイルだが、デフォルトで Cドライブの設定があるのでそのままで可。 ・config.sys に、「device=c:\soss\exe\netdev.sys」を加えて再起動。 ・「SET TZ=EDT4」などとしてタイムゾーンの設定。 ・パケットドライバ起動。肝心なのは、interrupt vector が 0x7e でないとならないこと。(私の場合、「pcntpk int=0x7e」) ・「soss」で起動。 ・・・・のはずだが、Turbo Linux Workstation 6.0 の mount では 「mount: RPC: Timed out」が出てマウントできない。しかし、Windows2000 に入れた Services for Unix の mount でなら、マウントできる。・・・・これじゃ導入する意味がない。しかし、MLD4 Linux なら難なくマウントできた。 The Microsoft Network Client for DOS 編 The Microsoft Network Client for DOS(以下、MS Client))を、ファイルサーバーにできるという。 ・MS Client は、デフォルトではインストールされない。NetBEUI か TCP/IP を入れる必要がある。デフォルトのままではハングしてしまう。 ・イーサーネットアダプタカード・ドライバ「pcntnd.dos」が自動ではインストールできないので、NE2000clone で仮インストールして、「protocol.ini」「system.ini」の該当個所をすべて修正。 ・The Workgroup Add-On for DOS bugfix をダウンロード。 ※The optional user interface もあってもよい。 ・解凍して得られた「NET.EXE, NET.MSG, NETH.MSG」を MS Client をインストールしたフォルダに上書き。 ・「system.ini」を2ヶ所修正。 filesharing=no --> filesharing=yes printsharing=no --> printsharing=yes ・再起動後、「c:\net share C-DRIVE=C:\ /full /yes」で、Cドライブの共有名を「C-DRIVE」とする。 ・「c:\net server start」で、共有開始(Windows のネットワークで確認しよう!)。 ・「c:\net workstation start」で、同時にクライアントとしても使える! と、めずらしく大成功を納めた(紆余曲折はあったが)。 おまけ:Windows で基本領域を二つ使う PCG-C1 のディスク残量が 30M 台になったので、「超漢字 2」の入っている 約500M の領域をDドライブに転用することにした。 fdisk.exe で、領域の開放はできるが、それを基本領域としても論理領域としても作成しなおすことができない。それぞれすでに作成されているからだ。しかたなく、Linux の fdisk で、FAT32 で領域確保してから、Windows 上でフォーマット(MS-DOS モードではなぜかできなかった)。こんな時、OSが複数あると便利だなあ、と思いました。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/8(月) ↑↓ →題名目次 | Windows 98 SE(英語版) on Bochs on VMware の結末 |
帰ってきてすぐ、Windows 98 SE(英語版) を VMware 上の Turbo Linux 上の bochs にインストールした結果を確かめた。なんと、インストールが継続された。どうやら、再起動ができなくて bochs が終了していたに過ぎないようだ。 プロダクツ・キーを入れて、しばらくすると、ハードウェアの設定が始まった。よしよし順調。 ふと、目を離した隙に、終了していた。再起動すると、スキャンディスクが始まる。 結果からいうと、インストールには成功したようだが、MS-DOS モード以外では起動しない。通常起動はいうはおろか、Safe モードでも起動しない。例外なんとやらのブルースクリーンが出て、終了以外なんともできないのだ。空白期間も入れて、足かけ一週間に渡ったインストールは失敗であった。しかし、かすかな可能性は、実マシンの Linux で動かすことだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/6(土) ↑↓ →題名目次 | 高崎の中古ソフト屋 |
飲み会に赴く途中で、「パソコンショップ」なる看板を見かけた。足が赴く。 ウィンドウから覗くと、前にも前を通りかかってゲームしかないな、と見放した店だ。しかし、どうせ飲み会には遅れつつある。毒を食らわば、と立ち寄る。 やはり、ゲームばっかり。ほんのわずかにユーティリティの類がある。たぶん、もっているだろうが、 NetJapan「Drive Image Ver.2.0」 \2,200 を買った。Ver.1.0 は間違いなく持っていて使った記憶があるが、どうなのだろう。 そういえば世紀が変わる前に、「A-FTP Server - Eirik Helgeland 」という、WIN 上の FTP Server を DL して試したっけ。これは設定もなにもいらない、便利(反面、危険)なものである。でも、いいね。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/5(金) ↑↓ →題名目次 | 驚き桃の木充電器 |
ただいま宿泊中のホテルには、「パソコン通信・FAX用」モジュラージャックがついていて、ケーブル一本で通信が可能だ。「ダイアルアップネットワーク」で、該当のエントリ名をクリックするだけではダメで、「ダイアルのプロパティ」をクリックして、「外線発信番号」を入力しなければならないのだが、実は、これも、電話番号の前に「0,,」を入力すればすむ(カンマの数は適当でよい)。 終業後、ホテルに戻って、調べものがあったので、愛機を起動して用を済ませてから、めんどうだからそのまま食事に出かけた。 1時間半ほどして戻ると、フル充電のはずが、充電中ランプが点滅している。バッテリのプロパティを見ると、「残容量23%(充電中)」という表示。わけがわからない。だって、コードの接触などに問題があるのなら、残容量が減っているのは当然としても「充電中」の表示は出ないはずだ。すると、バッテリが死につつあるのか?ああ、まだ充電サイクル13回なのに!常にフル充電にして、劣化しないようにしておいたのに!(それがいけなかったのか?前のバッテリも同じ感じだったなあ。) しかし、見る間に、残容量が、24%となり、ぐんぐん数字が上がっていく。ますますわけがわからない。 デジタルの世界にオカルトは理論上起こり得ない(とはいえ、実はあるんだよね、そんなことが)。禍々しいものを感じていたが、しばらくして気付いた。・・・・このホテルは、部屋を出ると、すべての電源が切れるのだろう(冷蔵庫は別、だろうが、たぶん)。ワシントンホテルみたいに、カードを刺して電源を入れるわけでもない、普通に鍵を締める、しかもオートロックでないホテルだが、注意書きによると、内鍵でなく外鍵を掛けると、中に人がいても消灯されるという。もし、うっかりひよこの飼育器とかICU(集中治療室)とかの電源を採ったまま外出した人がいたりしたら、大変なことになる(そんなやついない?)。お気をつけあれ。 訂正を申し入れても二日に渡って私の宿泊日数を間違えてやがるやる気のないこのホテルは、ホテルメトロポリタン高崎である。「私たちは駅に近いだけがモットーではありません」のような宣伝をしているが、私にとっては、単に、仕事場に近い、対抗ホテルと違ってカミソリがついている、ただそれだけのメリットしかない。うそつけ、である。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/3(水) ↑↓ →題名目次 | bochs に Windows 98 SE(英語版)のインストール結果はいかに? |
夜通し、しゃこしゃこというクーラーの音で眠りも浅い。時折目覚めては、OFF になったモニタ画面を起こして様子を見たものだ。 結局、朝になっても終わってなかった。強制終了するのも、寝不足の代償としてはもったいない。VNC だの Desk Top On Call だのでリモートコントロールできる態勢にしておけばよかったが(といいつつもそんなセキュリティ上危険かつのろくていらいらしそうなことはしない)、今さらいってもしかたない。イモートコントロールだ。ん?万葉語で、妻のことを「妹人(いもひと)」というの知ってた? ちゃっちゃっとメモを残して、出勤。手順は、「サスペンドしてたら起こして、Bochs がにっちもさっちも行かないように見えたら、Bochs を消して、VMware 上の TurboLinux を shutdown して、VMware を消して、WIN2000SERVER を shutdown して、最後に PPC370 の電源を抜く」という順序。果たして、WIN95/98 しか知らない奥さんにできるか? 夜になっておそるおそる電話すると、いつのまにやら Bochs は消えていたらしい。はたしてエラーか、それとも再起動しかけて止まったか。それは帰宅後のお楽しみ。で、どうやら電源を抜くところまで成功したようで安心だ。不安は、子供が R70 の電源を入れでもしたら、ディスプレイ分岐をしているのでディスプレイは点灯せず、マウス、キーボードとも無反応な状態から、いかにして分岐器の切り替え方法を教えて shutdown させられるか、だ。電源を抜いてくればよかった。あるいは、無害な FD でも刺しておくか。 ところで、昨晩作った WIN98SE(英語版)のイメージは、Services for Unix 2.0 の、NFS サーバを使って WIN2000SERVER に送り込んだ。Samba の設定を行ってあればよかったのだが、いまだに samba.conf には近寄りがたいものがあるので。Linux マシンから WIN95/98 マシンにファイルを送るには、smbmount か smbclient を使っているし、逆なら、VNC を使って、やはり同じく smbmount か smbclient を使うというややこしい段取りでやっている。Mac と WIN2000SERVER の相性は非常によいので、それはよしとする。netalk もマシンによっては使える。WIN31 と Mac については....このへんについては、いずれまとめなおすことにしよう。ん?思うに、SFU に、NFS サーバがあるなら、PCNFS サーバの出番はどこにあるのだろう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/2(火) ↑↓ →題名目次 | bochs に Windows 98 SE(英語版)をまたもインストール中 |
前に、Bochsに FTP が見あたらない旨書いたが、実は、 Bochs FTPからダウンロードできるのでした。 今日は、実マシンのフロッピ・ドライブを使って、dd で、Windows 98 SE(英語版)のイメージを作った。やはり、実マシンだと問題なしなので、ディスクのエラーではなく、VMware では 1,660KB フロッピを読めないのだろう。 昨日は、bochs に Windows 98 SE(英語版)を CD を使って入れようとして失敗したので、今日は、HD イメージに必要ファイルをコピーして開始した。実は、時折無反応になっているように見えるところで、待っていればインストールが続けられているようだ。もしかしたら、昨日も短気で台無しにしたのかも知れない。10時間ほどかかりそうなので、明日、目覚めたときにどうにかなっているかどうか、だ。期待もせずにお休みなさい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/1(月) ↑↓ →題名目次 | bochs の再コンパイル |
年をまたいで、VMware に、MS-DOS 5.0/V、MS-DOS 6.2/V のインストールを試みる。 前者は、日本語環境にすることはどうしてもできなかった。 後者は「device=c:\dos\jdisp.sys /HS=OFF」としておかないと画面がブラックアウトしてしまうことがわかった。MS-DOS 6.2/V には、adddrv.exe があって、config.sys で組み込むべきドライバを後で組み込めるから、LAN Client の類を組み込むのに便利だ。最初から組み込んでおくと、エディタも起動できないほどメモリが圧迫されることが再々だから。 今日は、bochs を再コンパイル。CD-ROM が使えるようになった。また、.bochsrc の編集で、実ドライブから、CD、FD とも使えることがわかった。FD は、VMware で、実ドライブのかわりにイメージを指定すれば、それも読んでくれる。そこで、WIN98 英語版を入れてみようと思った。 結果、2度行って、2度とも失敗。あ、「:」が入れられない件は、「bochs-2000_0325a.jp.patch.gz」というパッチをあてることで、解決(どこにあったか忘れました....作者の方、ごめんなさい)。FreeBSD 2.2.5 のインストールも失敗。 実家のパソコンのメモリを、64MB に 128MB を加えに行った。ところが、メモリを認識しなくて困ってしまった。DIMM にありがちの、刺しが甘かったのだが、それを知ってかなり強く押し込んだのだが、ケーブルの固まりで片端がしっかり刺さっているかどうかよく見えなかったのだ。事なきを得てよかったよかった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/1(月) ↑↓ →題名目次 | 新年第一四半期の目標 |
謹賀新世紀新千年紀 1.デスクトップマシン環境 VMware Server Machine新造予定。まともな DVD 環境がないことが幸いし、「あたらしいマシンを作れば DVD が見られる!」と奥さんを説得することに成功(実に大変でした)。建造時にどうなるかはわからないが、現時点での予定では、 CPU: 1GHz 以上(今なら Athlon 1.2G) HD: 大きければ大きいほど良し(今なら Maxtor 80 GB x 3) CD: CD/RW + DVD-ROM のマルチカード Memory: 1GB くらい(なるべく大きく) FD: 3 mode(ANEX86 のため) MB: 以上のスペックを満たせるもの ケース: 置き場所の高さに制限される。できれば 350W 電源。 ビデオボード: X-window が動けばなんでもよし サウンドボード: こだわらず イーサーネットアダプタカード(NE2000 互換がよろしい) ゲームをいっさいしない、硬派のマシンだ。もし、ベイに空きがあれば、PC カードスロットをつけたい。PCI に空きがあれば、 アイデクソン中央 レスキューII(PCI スロットに装着する MB) を付けたいものだ。 2.モバイルマシン環境 パルディオ632P を導入して、P-Link(P-in Comp@ct を子機に使う)による 64k 接続をめざす。複数の空の P-in Comp@ct を手に入れるのが最大の難関だろう。あと、携帯電話は、データスコープを使ってるのだが、これは重いので、自宅据え置きのまま使うこともなく基本料金だけ払っている。こいつをどうするか、だ。i-mode も検討の余地はあるが、二の足を踏んでいる。だって、クソ情報を、こっちがパケット代を払って見る義理はないもんネ。 3.接続環境 これはもう、ADSL が近所で使えるようになるやいなや申し込む予定。ルータやISDN 電話が使えなくなるが、犠牲は付き物。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |