| 2001/2/14(水) ↑↓ →題名目次 | 不調は続くよいつまでも |
昼間は動いていたが、夜になって起動すると、またもだめ。いままでは、OS が起動してからパワーオフすることはなかったのに、何度も Windows98SE 起動後にパワーオフしてしまう。その後の、81G に対するスキャンディスクの長いこと。 メモリ以外も一応疑ってみた。蛸足配線による電源不足、ATA カードのせい、LAN カードのせい、本日になって行った Wake On Lan のせい。全部ちがった。あえて時期的に附合するのは、ADSL 導入以降であり、すると ADSL のせい、ということになってしまうがいったいどうして? 高周波がメモリを不安定にしているのか。まさかそんなことは・・・・。 もちろん、BIOS の設定もいじくってみた。しかし、BIOS 書き込み中に電源断となったら・・・・考えるだに恐ろしい。したがっておそるおそるである。 ついに、ファイル書き込み中にパワーオフしてしまった。今回のスキャンディスクの結果やいかに。あ、また切れた。 ↑翌日へ |
| 2001/2/13(火) ↑↓ →題名目次 | アスロンマシンまたも不調 |
またもマシンが起動しない。前回と同じ現象、いや、前回より早くパワーオフする。 同じように、メモリを抜いたりスロットを移したり戻したりしているうちに、またもや起動した。安いメモリがいけないの? ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/12(月) ↑↓ →題名目次 | BasiliskII の MacOS 8.0 -> 8.1 |
そうそう。どうってことない話だが、BasiliskII の MacOS 8.0 をアップデータをあてることで、8.1 にアップグレードするのに成功しました。それだけ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/11(日) ↑↓ →題名目次 | 動かぬマシン + HD 購入 |
我が所有のマシンでこれまでに動かない・壊れたマシンは3台。 1.Libretto20 -- LAN カードを差したまま落としたので、マザーボードまで突き刺さり、ディスクコントローラの類が壊れたらしい。落とした直後は、PCMCIA 接続の FD では起動したが、次第に浸食が進んだらしい、いっさい起動しなくなった。ディスプレイなどはいかれていないので、惜しい。 2.PCG-C1 -- クリスマスにワインをこぼしてショートさせた。動いているマシンが突如動かなくなるのは悲しい。このマシンの HD は現在の PCG-C1 に引き継がれている。 3.V200(NEC) -- 留守電として起動しっぱなしにしていた。それが、ある日を境にして起動しなくなった。サスペンドになっているのに構わず奥さんが KB にものをおきっぱなしにしやがったくらいしか原因が思いつかないが、そんなことで動かなくなるわけはない。このマシンは、最初から SCSI ボードがついており、そこにデフォルトで CD-R がつながっている。1つしかない空き PCI には LAN ボードが刺さっている。デフォルトで IDE 4GB HD がついているが、ベイもないくせにあと3台、4.3GB HD をぶらさげている。空き3.5インチベイの1つには、FDD(併せて2つのドライブ。98x1テクノロジーはこうでなくちゃ)、もう1つには、カードスロット(どういう接続方式だっけ)というすごい構成のマシンだ。 1・2の復活の目はないが、3については原因不明であった。そのまま2年ほったらかしてある。 しかし、今回のアスロンマシンの不調から、つらつら思うところはある。故障の状態が似ているのだ。 途中まで起動する。そしてハングする場所が不定である。当初、熱暴走を疑い(そのしばらく前に、Pentium MMX 200MHz から、ゲタをはかせて、Kー2 400MHZ かなんかに換装してみた)、ドライブなどの不調を疑い、電源不足を疑い、あとは、SCSI カードのせいとしか思えないところまで絞り込んであった。近いうちに、時間ができたら、SCSI カードを抜いてみる予定だった。 それが、にわかに、メモリを疑うに値することになったわけだ。 そういえば、プレサリオの 486 マシンがあって、これは、かつてソフマップが、目玉商品として、毎週抽選をして、破格値で商品が買える権利を与える、という行事をしていたときに当選して1万円ほどで購入したものである。ビギナーズラックで、当たったものなので、それ以降毎週通ったものだっけ。それ以降、当たりやしない。 で、そのマシンだが、AMD の 133MHz あたりに交換するキットがあって、若松通商で買ったのだが、やはり起動しない。いや、不定の場所でハングする。その機種に対して保証されたキットなので、そんなことがあるはずはないのだが、だめだったのだ。やはり熱暴走だろう、と思って諦めていたが、やはりメモリかもしれない。64MB メモリ(懐かしきパリティ付き SIMM)を増設したのだが、それとの相性かもしれない。このマシンについては、いまさら 133MHz になってもあまり意味がないので、どうこうしようとは思わないが。 仕事帰りに新宿ソフマップに寄る。 Maxtor 98196H8 81G HD (\27,499) を買ってしまった。これで6台目。安いのが理由だった(T・ZONE と違って箱無し)が、よく考えれば、修理から帰ってくるマシンには HD がないのであった。そのマシンが、私に買うように呼びかけたのだろう。しかし、私は購入する経済的余裕があるのだろうか。先のことを考えるのが心配である。 中古で、Libretto50 が、\9,800 で、「売約済み」の札が掛けられて売られていた。うらやましい。欲しかったなあ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/11(日) ↑↓ →題名目次 | 恐怖、アスロンマシンの死と再生 |
下のドキュメントをアップして、さあ寝ようと思ってマシンをオフにして回る。 まずはソニーの R70 を PCG-C1 の vncviewer から終了にする。次に、アスロンマシンを、と思ったら、あの激しいファンの回転音が聞こえないのに気付いた。いつのまにやら死亡なさっていたのだ。 その後、何度スイッチを入れても、不定の場所で電源が勝手にオフになってしまう。ある時はメモリカウントの最中で、ある時は、不正な終了にともなうスキャンディスクの最中で、またある時はバイオスが周辺機器を認識している最中で。 とりあえず寝ました。しかし、睡眠中も、修理する夢ばかり。夢のお告げで、次のようなチェックポイントを学んだ。 1.何かがショートしてないか。 2.熱暴走の可能性はないか。 3.メモリが壊れたのではないか。 起きて時間ができたのでさっそく開けてみた。 まず、1.ではない。夢では、マザーボードが床と水平に置かれていたが、実際には垂直であり、静かな場所で走っていたマシンが急にショートする理由はない。 次に、2.である。前の日には20時間連続運転をしていたし、ずっと FTP をかけていたのだ。昨晩は、アクセスもなくじっとしていたはずだから、熱暴走であっても通常の理由ではないはずだ。ファンの故障か。・・・・しかし、大丈夫であった。 最後に、3.だ。メモリカウントは正常に行われているから一番可能性は低いが、あの、不定の場所で電源がオフになる理由として、熱暴走の次に考えられる。 4スロット中3スロットを使っているのだが、間を1スロット開けて差してある。つまり、A、B、Dスロットに差してあるので、まずは、Dスロットのメモリをはずして、512MB にして起動すると、・・・・あっさり起動。 これで、Dスロットにあったメモリが壊れているか、差し位置が悪いか、ということになる。Cスロットに差してみる、・・・・とあっさり起動。前から、このマザーボードのメモリスロットには問題があったが、操業中にそれが起こるとは。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/11(日) ↑↓ →題名目次 | フレッツ・ADSL(その3) |
以上のてんまつを、フレッツ・ADSL に既存の ISDN を使った LAN 環境から移行する--ビッグローブ(biglobe)利用の場合としてアップしました。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/10(土) ↑↓ →題名目次 | フレッツ・ADSL(その2) |
BRL-04F の不具合を確信した私は、ヨドバシカメラに交換に行く。12時間の試行錯誤が自信の裏付けだ。私の熱意が通じて、交換に応じて貰えた。何と交換するか、もう腹は決まっていた。 NTT-ME ブロードバンドアクセスルータ BA512 (\16,800) である。ただし、中身は PCI の BRL-01N である。それでも寄らば大樹の陰、そもそも、寄らば大樹の陰を貫かなかったのが敗因であろう。NTT-ME のことである。ちゃんとチューニングしてあるはずだ。ハブ機能はなくなるが、そもそも3台ある ISDN ルータのうち2台が NTT 関連会社商品で、信頼に値するのだ。浮気してごめんなさい、NTT。 さて、今度は冊子になったマニュアルがついている。かわりにCDは付属していない。設定だが、冊子のマニュアルだけでは不十分であった。しかし、NTT-ME のホームページを見ると、ちゃんと設定法が書いてあった。それに従って、成功。 フレッツ・ADSL は、スピードもそうだが、何より常時接続であるというところに魅力を感じる。どんなくだらない用件でも、アクセスできる歓びがある。導入に否定的であった妻も、半日で、導入して良かったという始末。ま、いつでも私のなすことすることに反対する妻なのだが。 今回の導入の経緯をドキュメントにする予定です。完成次第、告知します。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/10(土) ↑↓ →題名目次 | フレッツ・ADSL(その1) |
ずっと読んでいたみなさん、更新が、ぷつ、と途絶えた理由として、 1.設定にはまっていた。 2.ネットサーフィン野郎と化していた。 のどちらかだろうとお思いでしたでしょう。正解は、1・2両方でした。 午後3時ごろ、NTT の下請け登場。1時間もせず設置完了。テストでは、最高で 880Kbps ほどのスピードが出ていた。 それからが大変であった。NTT から、パソコンにインストールする PPPoE のCDは送られてきているのだが、当然、ルータでつなぐのをめざす。結論から言えば、BRL-04F の現在のファームウェアは、フレッツ・ADSLに未対応であろう、ということ。12 時間試行錯誤した上で出した結論だ。その後、ルータを交換したら、1時間足らずで成功したからだ。したがって、BRL-04F のせいである。 ネットで調べると、PCI 製品で、フレッツ・ADSL対応製品が3つ出ているが、BRL-04F 以外はファームウェアのバージョンアップが提供されている。最新製品の BRL-04F だけはまだなのだろう。他の製品のファームウェアで修正されている内容と、私の障害とはほぼ一致するようだし。 また、biglobe のフレッツ・ADSLの説明はむちゃくちゃ不親切だ。というより、一切説明がないと言って過言ではない。そもそも申し込んだときに、「申し込みが完了しました」と出ただけ(だったと思う)。ユーザー名をどうすればよいか、というのは、法人向けのページを見て、ようやく見当がついた始末だ。 その見当が正しいかどうか確かめるためにも、とにかく接続せねばなるまい。CDから、アスロンマシンに PPPoE をインストールして、見当の正しさを確認。この時になって初めて、フレッツ・ADSLに接続できたわけだ。 まあ早い、が、期待しすぎたのだろう、そこまで早いとも感じなかった。それでも、画像の表示は、早い、と感じる。なんか変な表現だな。 寝る前に、ベクターの、アップルジャパンのミラーのダウンロードをかけておいた。起きてみると、1.25G のダウンロードが完了していた。すごい。さすがに感動した。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/8(木) ↑↓ →題名目次 | 大変でしたよ、BRL-04F |
BRL-04F のCDは、思った通りマニュアルであった。ただし、pdf ファイルであり、しかも、Acrobat3 ではまともに読めず、Acrobat4 をダウンロード、インストールしなければまともに読めなかったよ。まして、英語版 Acrobat3 だと、不正を働いたかどでまったく読めない。 次に、設定をするためには、デフォルトでは「http://192.168.1.1」にアクセスできなければならない。DHCP サーバの機能が付いているから、LAN を構築していない環境からアクセスするには問題なしだが、すでに LAN を構築している場合(例えば私の場合)、結構めんどうである。すなわち、他の、DHCP サーバを同梱している商品、例えば、ダイアルアップルータを据えている場合、アドレスがぶつかる可能性が高い。もしくは、よくある設定の「192.168.0.1」でダイアルアップルータを使っていれば、既存の環境から直接アクセスすることができない。pdf マニュアルにはその方法が書かれていない。 また、設定のアドレスを変えられるという情報、あるいは変える方法は、pdf マニュアルには記されていない。「http://192.168.1.1」にアクセスできて初めて、それが可能(だろう、たぶん)だということが初めてわかる。鍵の掛かった箱の中にその鍵が入っている状態、インストール方法が記された Readme.1st ファイルがアーカイブの中に入っている状態、である。雑誌「PC User」の現在号に、BRL-01N の講評が書かれていたが、同じくマニュアルの不備に触れていた。私のように中途半端に LAN を構築している人には、本当に困ったマニュアルである。知りたいことは書いていない、わかりきったことばかり書いてある、という感じだ。そのうえ、使うべき Acrobat のバージョンも書かれていないし。ああ、8ポートの LINKS 製品にしていたら・・・・こんなことには気付かずに、同じように無い物ねだりをしていたことだろう。まあ、仕方ない。結果、私の力でもなんとかなりそうだから、大人しく明日午後の ADSL の開通を待つこととしよう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/8(木) ↑↓ →題名目次 | ショック、BRL-04F |
LINKS のものは、パッケージが英語で、申し訳程度の日本語マニュアルをはさんであるだけなので、寄らば大樹の陰、というより、日本語マニュアルの充実を予想して、PCI の BRL-04F を選んだのだった。ところが、ペーパーが一枚も入っていないのだ。CD がボンとあるだけ。こりゃショックだ。 帰宅。これからCDにあると思われるオンラインマニュアルを読みながら、PCとの接続テストをしてみようと思う。回線につながっていないのだから、無意味に等しい行為だが、もう気も狂いそうに心がはやってはやって。バイクを持っていないのにヘルメットを持っている、銃を持っていないのに弾丸を玩んでいる、そんな行為だなあ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/8(木) ↑↓ →題名目次 | Performa 5220 --> iBOOK へのデータ移行 |
S氏から Performa 5220 をいただく代償として、仕事場で iBOOK へのデータ移行を請け負う。 2000年12月30日付け日記にあるように、LAN ボードはすでに購入してある。イーサネットでつなげて、アップルトーク上の TCP/IP でやりとりしようという算段。これがプロジェクトA。もしものために、Power Book 2400 と、プリンタケーブルも持参。5220 から 2400 にプリンタケーブル経由のアップルトークで移して、それからイーサネットを使って iBOOK へ、というのが補欠の方法。これがプロジェクトB。 Power Book 2400 を久しぶりに起動。なぜかバッテリが充電されていない。そういえば HD 増設の時にもバッテリ上がっていたな。起動の途中でハングしてしまう。なるほど、イーサネットカードを差したままだとそうなるのか。そういえばそうだった。 Performa 5220 の OS は、MacOS 7.5 であった。MacTCP で設定する必要がある。これの IP アドレスを手入力するとき、正式にはどうやってやるのだろうか。カンと試行錯誤でなんとか無難なアドレスを設定せねばならない。でも、よく考えると今回限りの接続ができればよいので、適当なアドレスを設定しておいて、iBOOK の側でどうにかすればよかった。 それ以外は難なくデータ移行は完了。プロジェクトAが拍子抜けするほど簡単に成功したわけだ。私らしくない。 行く途中に、ヨドバシカメラで、 コレガ Changer KVM-4(CG-CKVM4 \22,450) プラネックスコミュニケーションズ(PCI) BRL-04F(\24,500) を購入。前者は、前にも買った CPU 切換器だ。4コネクタ付きの同製品は、横浜3店にも、T・ZONE 新宿にも、ツクモ高田馬場店にもなかったし、同等品もヨドバシが一番安い。 後者は、明日から開通(予定)のフレッツ・ADSL対応ルータである。PCI から3製品、NTT-ME から1製品、LINKS(だっけ)とかから2製品出ていた。寄らば大樹の陰の私としては、NTT-ME 製品を選びたかったのだが、LAN ポートが1口しかない。LINKS 製品は、4口と8口とあって、後者に心惹かれるところ大だが、大樹の陰で、PCI の4口のもの。それが2種類あったが、高い方を選んだ。どうせ必要ないとはいえ、8.5Mbps超高速ルーティングが売りだし、こっちの方が小さそうだし、電力消費量も小さいし。 電力消費量は笑い事ではない。我が家ではさいさいブレーカが落ちる。オーブン、電子レンジと、パネルヒータは併用禁止令を発令しているくらいなのだ。ルータとADSL モデムとで、コンセントが2口増える話は、妻にはまだナイショである。明日、そのからみで何かが起こるだろう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/7(水) ↑↓ →題名目次 | PS/2コネクタ逆転の謎 |
PPC(ポケットPC)だが、昨日からキーボード、マウスを認識しなくなった。一昨日は起動してない、その前日に正常に終了しているので不審だ。もちろん、差込が甘くなってないか確認した。ただし、軽量マシンかつ電源の抜けやすいマシンなので、ガムテープで机に固定してあるので、目視はできず、手探りで押し込んだ。 本当はいけないのだろうが、Windows9x と違って、Windows2000 は、いきなり電源オフにしても Safe Mode で立ち上がることもない。しかし何度もそれをやるのはどうか、と思って、DOS のディスクで実験する。切換器側のPS/2コネクタを、キーボード、マウスで逆にしてみても、解決しない。 切換器を介さずに直接、キーボード、マウスをつけてみるしかないな、と、ガムテープをはがして見てみると、なんと、キーボードとマウスが逆についていた。3日前までこれで不都合なく使えていたんですぜ? 妻や子が差し直すはずもないし、そもそもガムテープで固定していたので、逆に差し直すのは不可能なはずだ。そういえば、いままでにもキーボード、マウスが認識されないことがあったが、これが原因だったのだろうか。試用期間(?)が切れて、ちゃんと接続しなければならなくなったのだろうか。んな馬鹿な! 昨晩は、アスロンマシンに Anex86 と BasiliskII を入れた。さすがに早い。ディスクアクセスまで考えると、実機より早いと思われる。テキストだけの入力なら、キー操作に慣れきった一太郎5を使うと、もしかしたら一太郎10より早くできるのではないか。快感。ただし、BasiliskII の方では、ネットスケープが動かない。まだ何か設定に問題があるのだろう。 Virtual PC ver4.0 のアップグレードの案内が来た。\10,290。2ライセンス分来たが、1ライセンスで止めとこう。どうせまともに動くマシンは1台しかないし。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/6(火) ↑↓ →題名目次 | ベアボーンキットは BIOS の未対応 |
T・ZONE から連絡有り。BIOS のせいだった。新しい PentiumIII(Step なんとか)には未対応だそうだ。BIOS を書き換えて送ってもらうことになった。実に苦労したもんだ。 ADSL についての資料が NTT東日本から届く。接続は次のようになるらしい。 1. スプリッタ(アナログと共用の場合) 2. ADSL モデム 3. PPPoE クライアントをインストールしたマシン、あるいは、PPPoE 対応ルータ つまり、ルータさえ用意すれば、予想通り複数のマシンからつなげるわけだ。 問題はルータ。子羊ルータとか、ぷらっとほーむの Open なんとかとかが使えればそれがベストなのだが、どうやら現状ではデフォルトでは PPPoE クライアントはインストールされてないようだ。最初から棘の道を歩むのは気が進まない。 そういうわけで、ルータ専用機(っていうのかな?)を求めようと思うが、T・ZONE から連絡があったついでに訊くと、ADSL 対応を表明した製品はあるが、フレッツADSL 対応を表明した製品はないという。ほんとかね。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/5(月) ↑↓ →題名目次 | ベアボーンキットは初期不良? |
昨夜、私的には、この MB の BIOS は何Gかの壁を越えられないのだろう、と納得した。それで、2.5inch ながら 4.3G を変換コネクタでつないで、Windows ME をインストールしてみた。 結果は、同じ失敗。そうか、この MB の BIOS は2Gの壁を越えられないのか、と納得・・・・するわけない! そんな仕様があってたまるか! というわけで、T・ZONE に持ち込む。預かりとなってしまった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/5(月) ↑↓ →題名目次 | Windows 2000 Professional |
交換してもらった HD に問題がないことを確認するために、アスロンマシンに装着して、Windows 2000 Professional をインストールした。そもそも、先日夕方からこのスラプスティックが始まったのだ。その時から、Windows 2000 Professional の設定が完了するまで、12時間かかったことになる。むなしい時間。 案の定、Windows 2000 Professional には、VMware も CD 革命 Virtual 5 もインストール、使用とも問題なしであった。設定に次第でユーザー認証も必要ない。これって私の環境では最高じゃん! NT4.0 においては、SERVER の方は、Apple Share が利用できたが、Workstation の方は不可能だったようだ(Workstation は使ったことがない)。どうやら、2000 においては、Workstation でも使えるようだ。まだためしてないが。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/4(日) ↑↓ →題名目次 | 今日も挫折 |
ベアボーンマシンに Windows 2000 Professional をインストールのを何回試みたか。Windows ME、Windows98SE、Linux MLD5 すべて失敗した。今度は HD のせいではない。現段階で推定できるのは、BIOS が中途半端に 81G に対応しているのだろう。マイクロソフト系 OS で、fdisk はできる。フォーマットはこけることもある。それを乗り越えてファイルのコピーとなると、報告されたディスク容量と何かが異なっている、といって死んでしまう。Linux MLD5 は起動しかしない(パラメータを無難に与えてもです)。 そういうわけで、ずっと小容量の別の HD を試してみなければなんともいえないが、Maxtor の 81G を使うのは諦めよう。で、その他の HD だが、ATA/66 対応のものは今所有していない。ああもう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/4(日) ↑↓ →題名目次 | DVD-ROM 購入 |
今日は横浜で午前のみの仕事だったので、横浜のビックカメラ、ヨドバシカメラ、ソフマップを回る。RescueII に着ける DVD-ROM を買うためだ。 いや、本当は CD-R/RW + DVD-ROM を買おうと思った。一番安いのが、カメラ両店の、ロジテックのもので、\23,800。DVD-ROM は、というとだいたい1万円台後半くらい。しかしあまり種類もない。いまさらこんなに金を出して買うヤツがいるかい。ロジテックに決まりかな、というところで目に飛び込んできたのが、ソフマップの「バルク、TOSHIBA DVD-ROM \9,999」である。バルクだ。安い。こりゃいい。さしもの私も、春休みのためにために貯め込んだ資金が底を尽き掛けている。もう1台きりのそれをつかんでレジにダッシュ。ケーブルはないだろうから、あとでツクモ高田馬場で買おう。ああ、横浜まで来ていい買い物したなあ。 ツクモ高田馬場。HD は、確認もせず初期不良と認めて交換してくれた。いい店だなあ。CD のケーブルを買って、あ、そうそう、ここでは DVD-ROM はいくらかな。いくら得したのかな。・・・・ん? アイ・オー・データ製品が \10,800! ソフト代とケーブル代を入れればこっちの方が安いではないか。・・・・さらにうちのめされた。ロジテック製が、\9,800 であった。私は何しに横浜くんだりまで損しに行ったのだろう。 ええ、そうです。昔からバルクだからといって安くはありません。メーカー製の方が安いことだって珍しくない今日この頃。CPU なんかリテール版のほうがクーラーの分だけ安いくらいではないか。 でも、あのままだったら、CD-R/RW + DVD-ROM を \23,800 出して買っていたはずだと思うと僅少な出費ですんでよかったんです。 教訓:バルクに気をつけろ! ベアボーンマシンだが、Windows 2000 Professional をインストールしている最中。これなら、VMware も CD 革命 Virtual ver.5 もインストールできずはず。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/3(土) ↑↓ →題名目次 | Anex86オフィシャルガイドブック |
健康な FD を開店と同時に持ち込もうとして、20分も前についてしまった上に、恥を掻いてしまった私は、手ぶらで帰るのもなんだし、と思って新宿 T・ZONEの書籍を物色して、買ってしまった本。 ・Anex86オフィシャルガイドブック(秀和システム) ・エミュレータ超入門(すばる舎) ・Ruby を 256倍使うための本 極道編(ASCII) Ruby 本については、買う一方で、全然手をつけていないので内心忸怩たる思いがある。Anex86 本には CD がついているのだが、シェアウェアとしての代金の関係はどうなっているのだろう。一応探してみたが、付録CDについてのその点の説明は、ない。 HD だが、大量の不良クラスタを作ってフォーマットが終わった。5時間くらいかかったろうか。不良クラスタ分だけ容量が減っている。明日、初期不良としてショップに持ち込もう。今度は初期不良間違いなしだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/3(土) ↑↓ →題名目次 | 撤退 |
FD を開店と同時に新宿 T・ZONEに持ち込んで交換を申し出る。動作チェックすると異常なしであるのをこの目で確かめる。おかしいなあ。電力が足りないのだろう、か・・・・。でへへ。確かに電力が問題であった。外付け電源でなく内蔵電源につないだままであった。 今度は HD 問題。未使用の Maxtor 81G を使って、ベアボーンマシンに WindowsME を入れようとして、fdisk はいいとして、format に失敗。次に Windows98SE を入れようとしても同じ事態が起こる。fdisk やりなおしてもだ。 HD を外して、アスロンマシンに取り付けてチェック。リムーバブルだから楽だ。これでだめなら初期不良だろう。fdisk すると、チェックに異常に時間がかかった。ん? そういえば OS インストールの時にはノーチェックだったな。再起動して、フォーマットをすると、再々「アロケーションユニット 1,7595,866 を修復しようとしています」と出て、3時間ほどかかって 75% ほどのフォーマットが終わった段階だ。その間に、ツクモ高田馬場は閉店してしまった。不良か良好か、いずれにせよ解決は明日に持ち込まれた。 その間に、RescueII に、副カードを着けましょ。USB ポートが増えるんで、CD も必要だな。と作業を進めようとすると、起動しかけた RescueII が、「マウスがみつかりません」とまた表示を出す。あれぇ。いったん消して、マウスをつけなおして・・・・それ以来 RescueII は二度と起動しないのである。正確に言えば、例の「ピポ」が2台分聞こえることは、それ以来1度はあったが、2度はないのでる。何が起こったのだろうか。苦労して 150W 電源をはずして、大きさが合わないから 300W 電源を外付けでそれなりに使える形にまでしたというのに、少なくとも安定しない、となったら問題である。 もう疲れました。何度も行方をくらます恋人についに絶えきれなくなった男の気分です。ベアボーンマシンは、完全にデフォルトの形にもどしました。ええ、PentiumIII 800MHz、メモリ 256MB、CD-R/RW 付き、リムーバブルケース入り 81GB(ただし、現在チェック中)という、中途半端に性能の良い無個性マシンです。 RescueII の方は、例の安い MB に着けて、単独マシンとしての道を生きてもらいましょう。これは、PentiumIII 850MHz という、我が家第2位の速度を持つマシンのはずです。それが、FD なしマシンとして生きる運命を持つわけです。RescueII は、本体からは LAN カードとして認識されるという特性を、結局一度も見ることができませんでした。夢のマシンには、本体に FreeBSD でも入れて、オンボードの LAN カードと2枚差しにして、ルータとして使おうか、などという夢を持っていたのに。ルータとして使われている1枚のカードが 81G のディスク容量を持っているなんて、ちょうど電力所の冷却水を使って魚の養殖でもしているようなちょっとイキな感じだったのに。ああ、HD のチェックはいつ終わるのだろう。絶望の撤退。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/2(金) ↑↓ →題名目次 | 今回買った物のリスト |
今回買った物のリストをアップしました。 http://www.tkcity.net/~yochicaz/athlon.htmです。 見てあざ笑ってください。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/2(金) ↑↓ →題名目次 | ベアボーンキット with RescueII |
第一段階:内蔵スピーカとモデムをはずすことで、RescueII の装着は成功。起動は失敗。電源を外付け 300W に帰ることで起動。したがって、電力不足が起動失敗の理由であることが判明。まだ本体の FD 以外のドライブ類は装着していない。 第二段階:本体の方に PentiumIII 800MHz CPU 装着。あの、リテールの固いクーラーを装着するのにまたも苦労したが、2度目となると結構楽な物である。ドライバ2本が今回も必要であった。 中断:ここで飯を食うよう強要される。これが災害を未然に防いだ。あのままスイッチを入れたら CPU ファンをつないでいなかったので、CPU がおしゃかになっていたはずだ。ラッキー。 第三段階:「ピポッ」「ピポッ」と連続2回の起動音が聞こえる。これを聞きたくて今日までの投資と苦労を費やしたのだ。VGA も、まずは RescueII からの出力 OK。ついでベアボーンキットの出力を確認すると・・・・FD にエラーがでる。かなり時間をかけて試行錯誤の結果、初期不良、あるいは壊れた、と見た。FD を無効にして起動すると、出力 OK! 第四段階:あとはドライブをつなぐだけ、だが、FD の不調をなんとかしたい。アスロンマシンのばらしやすい筐体と違って、ばらしにくいマシンを何度もばらしたくない。というわけで、明日、新宿 T・ZONE に行って FD を交換してからとしよう。 懸案:ドライブをつないで 300W でも足りなくなったらどうするか。もともとの 150W 電源をつないで、といきたいところだが、電源の入れ方がわからない。まあいざとなれば、AT 電源があるので、どうにかなろう。筐体1台にマシン2台に電源3基という構成になる....のかな。 ところで RescueII は、一度終了すると本体側の電源を切らないと起動できない(リセットではダメ)のだが、それにはわけがあるのだと思った。本体で再起動するたびに、RescueII の OS まで道連れで心中する機会を減らそうというわけなのだろう。 ADSL は来週には引けるようだ。た・の・し・み。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/2(金) ↑↓ →題名目次 | ベアボーンキット with PentiumIII 800MHz 購入 |
午前中から新宿 T・ZONE に行く。RescueII のボードと、一昨日購入した電源を持参して。 小さなベアボーンキットで、RescueII を収納できるものを買うためだ。昨日、ボードの長さを測り、27cm であることを確認したのだが、目をつけたキットの奥行きもちょうど 27cm で、実物で確認するしかない、と思ったらボード持参で行ったのさ。 スピーカをはずせば、ボードはぎりぎり入りそうだ。結局やってみなけりゃわからない。電源の方は、最初からついているのがたった 150W。300W のと取り替えるためには、筐体をほぼ全解体する必要があり、かつ、ベイに長いもの、たとえば CD を入れられない。 どうしようか・・・・。はっ、と気付くと、ベアボーンキット(\19,800)と PentiumIII 800MHz FCPGA(\24,000)と ATX 電源延長コード(\700)を買ってきた。電源を外付けにして、1台2マシン構成をあくまで通すためだ。新マシンのメモリは、認識されないアスロンマシンの 256MB を流用すればいいし。・・・・ただ、これも RescueII を装着できなかったら、単なる小型マシンのできあがりとなる。 筐体 : 奥行き 33.5cm、高さ 37cm、幅 7.5 cm 5inchベイ2つ(1つはリムーバブルケースつき) 3.5inchベイ2(1つはシャドウ、もう1つは FD 装着済み) 電源 150W マザーボード : AMR P6IWP-Fe(i810、Award BIOS、Socket 370) TV-Out/LCD Panel Riser Slot スロット1(空き) PCI スロット2(1つはモデム用のスロットと兼用) LAN、USB、VGA、サウンドはオンボード DIMM スロット2 てなものか。それじゃこれからトライしてみるか。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/1(木) ↑↓ →題名目次 | フレッツ・ADSL申し込み |
朝刊をめくっていると、フレッツ・ADSLの広告が載っている。2月1日かぁ・・・・もしや今日から23区全土で可能になるのではなかったっけ! フレッツ・ADSLのホームページにアクセスして、現住所で可能かどうか調べる。数日前まで数日おきに調べてみては不深いため息をついていたものだが、今日から「○」が出た。ほなら申し込むしかないやんけ! 現在の電話を使うか、新たに専用線を引くか。前者ならネットから申し込みできるが、後者なら116に電話する必要がある。116って電話してつながったためしはない気がする。奥さんはまだ寝ている。ADSL にすることは、たゆまぬ洗脳によって許可を取ってあるが、先日なにげに専用線にしたいと口走ったら反対された。寝ているのが悪いんでぇ。独断専行。116につながらなかったら諦めるか出直すかするとして午前中に電話を掛けた方がよいと判断。 意外にも一発でつながった。そういうわけで申し込みを終え、小遣いから削られるという約束で、事後承諾を得た。とりあえず2週間ほどかかるということ、今日明日中に1度連絡するということであった。 私が出かけている間に、連絡があったようだが、どっかの部署から連絡があるまで待ってろというはなはだ頼りにならぬ連絡であったそうだ。本当に2週間で大丈夫なんだろうな! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/2/1(木) ↑↓ →題名目次 | Windows ME on VMware |
OEM版 Windows ME を前にインストールしたときはうまくいかなかったが、VMware にインストールすると、OEM版らしく半自動でインストールに成功した。vmware-tools を入れて SVGA 画面を表示するのも問題なし。めでたしめでたし。 USB 接続の外付け HD に PCG-C1 の1月2日時点でのバックアップが入っているのを、アスロンマシンに移すのに、たぶん3時間は掛かった。コピーを指示してそのまま寝てしまったので、実際どれくらいかかったかはわからない。ね、直接 HD をマシンにつなげるようにリムーバブルにしたい気持ちがお解りでしょ? ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/31(水) ↑↓ →題名目次 | 鬼の居ぬ間に--パート2 |
RescueII を、前にツクモ高田馬場が新装開店したときに買った MB につけ、それに Maxtor 80G と バルクの CD/RW を着け、今日買った ATX 電源につなげ、きちんと Windows98SE の再インストールをやりなおす。いろいろ紆余曲折があった。たとえば、ディスプレイ切換機とともに使っているマウスは認識されない、ミニキーボードも認識されない、なにせ裸のシステムだから時折ショートするらしく、急に電源が入ったり、もうたいへんだったが、なんとか成功。しかし、それで今のところはおしまい。解体して終わり。 さて、UIDE-66 だが、ボード自体の認識に問題はないのだが、ダウンロードした最新のドライバに変えても、2.5inch HD を装着すると、Windows98SE 上ではその HD に永遠にアクセスが続いて起動しない。最新のドライバをダウンロード副産物として、Windows2000 で使えることがわかった。それで、その Windows2000 では、問題なく使えている。Windows98SE では、認識されないどころか、起動しないのだから大問題である。しかるに、DOS の段階では認識されているのだ。たぶん、CD 革命あたりと問題を起こしているのだろう。まあ、Windows2000 で使えれば、バックアップ用途で使うに問題はないし、DOS で使えるから、システムファイルの転送も問題はないわけだからいいといえばいいが。 お、VMware にインストールしていた WindowsME(OEM版)が終わったようだ。これからいじって楽しもう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/1/31(水) ↑↓ →題名目次 | 鬼の居ぬ間に--パート1 |
妻子がお出かけ。普段できないような複雑でめんどうな作業をやってやる! T・ZONE 新宿に出かける。目的は二つ。 1) RescueII を生かす。そのため、あわよくば、RescueII を収容できる小さな筐体を手に入れてやれ、と目論んだが、どうもうまいのがない。代わりに ATX 300W 電源を買ってきた。 2) アスロンマシンに、2.5inch HD 用のリムーバブルを取り付け、筐体を開かなくてもよくする。本当は、3.5inch 用のリムーバブルを利用できれば最高なのだが、2.5inch HD が ATA/33 のケーブルを必要とするのに対して、現在使っているリムーバブルケースは ATA/66 用なのである。変換ケーブルのピンを折る、というのも手かもしれないが、今ひとつスマートではない。そこで、アイ・オー・データの「UIDE-66(Ultra ATA/66インターフェイスボード)から、空いている 3.5inch ベイ に、PCI 製の 2.5inch リムーバブルキットを使うという手を思いついた。これには、IDE HD を4台つなげられる。80G HD をさらに3基着けて、500G マシンも夢じゃない。 ・・・・しかし、やはり夢は夢。パート2を御覧ください。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |