| 2001/4/17(火) ↑↓ →題名目次 | 吾子はエネルギーを持て余す 生後557日(1歳6カ月9日) |
今日から8時に保育園。6時半に起床予定が10分ほど寝過ごしたので、子の登園準備を手伝う。2時半から30分は夜泣きしたので、寝起きが悪いと思ったらそうでもない。用意された朝食はコーンフレーク。私が食わせようとすると、子はスプーンを奪って、それなりに自分で食べるのだ。保育園の教育の賜物?と思ったがそうでなかったことが夜に判明する。珍しく朝から大便。強烈な臭い。私は朝飯前で良かった。妻が自転車で連れて行き、妻もそのまま登校。そのころ3軒ほど先で火事があり、消防車と救急車が来ていた。園には一番乗りらしく、さみしげな室内に泣きながら引き取られたという。 午後、帰宅した妻が3時半に迎えに行き、4時前帰宅。よく食ってよく寝てよくおやつも食べたそうだ。これから庭でお遊び、というところで迎えに行ったので、園から帰りたがらない、うちの階段を登りたがらない、という状況。TVの時間が来ても、ぜんぜん面白そうでない。むしろ我々を嫌っている感じ。わがままばかりですぐきーきー言う。5時ころ、もしや、と思って外に連れ出すと・・・・今まで溜まっていた欲求不満を吐き出すかの如く、それはもううれしそうに大声で叫びまくる、かけまわる。近所ですませるつもりが、公園に連れて行かねばおさまらないくらいだった。道ばたであれだけ叫ばれるとさすがに恥ずかしい。みんな振り返るし。 その公園でも30分、転び(軽装だったので足をすりむいた)、手に付いた土を嘗め、グローブメリーを回し、シーソーの上下を楽しみ、滑り台を登ろうとし、もうむちゃくちゃエネルギーを持て余していた。行方不明になった父子を妻が迎えに来て、ようやく帰宅。 晩飯の中華丼は、主として妻が箸で食わせたが、自分でスプーンを使って食う真似事をしていた。保育園では、スプーンでなく手づかみで食わせているそうだ。したがって、教育の賜物ではなかった。 風呂は久しぶりに妻が入れた。揺り戻しで泣くかと思ったら、さすがに奥さん上手に入れた。 その後寝かしつけるのに2時間近くかかった。まだエネルギー持て余しているらしい。 ↑翌日へ |
| 2001/4/16(月) ↑↓ →題名目次 | ばた足ランチュウ 生後556日(1歳6カ月8日) |
昨晩もずいぶんと夜泣きをした。暑かったのかもしれない。私が目を覚まして布団を被らずに寝ているのを見るたびに掛けてやったが、その直後から泣き始めることが多かった。泣くかな、と思っても、親の情としてやはり布団を掛けてしまう。押し売り、余計なお世話、いらぬさかしら。 今朝は、妻、私、子、の順で起きる。ひと月ほど前と逆順だ。朝食を与えた妻が出かけた後、TVを30分ほど見て、9時に保育園へ連れて行く。今日は2階でなく玄関で引き渡し。保母さんが現れた瞬間は私に抱き締めを要求したが、2日のブランクがあるくせに泣かずに連れられていった。 いったん帰宅した奥さんが4時半に引き取りに行く。室内にいると、玄関に子供の声と足音が聞こえた。吾子だ。ドアを開くと抱きついてきたよー。 昼飯もすべて食い、昼寝も1時間半して、皆が起きるまで静かにしていたそうだ。おやつはおかわりまでしたという。途中、さみしいのか、保母さんに抱いて貰いたがったり、服の裾を引っ張ったりしたそうだが、「初めての長時間保育にしてはよく我慢した」とのこと。そういえば、副園長、園長とも、吾子の様子を見て、「前、行かれていた保育園では・・・・」と聞いてきたが、当然ながら子が保育園に通うのは初めてのことである。それほど、順応性があるということなのだろう。両親とも思うに、こんなふうにちびちびと時間を延ばして行かなくてもよかったのでは、と思う。 帰宅と同時にすでに始まっていたTVタイム。食事もそこそこしたようだ。風呂は私の担当。今日は、いきなり浴槽に入れて、腋の下を持って浮かせてみた。嫌がらずに浮いた。これで2月ほど前に戻せた。試しに「足をじたばたさせてごらん」と言うと、通じたのだ、ばた足らしきことをしたのだ。ちょうど1年前の今頃も風呂に入れていたが、あの時は当たり前だがばた足こそしなかったが、水を怖がっていなかった。あのころのレベルまで戻せたようだ。がんばれニッポン。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/15(日) ↑↓ →題名目次 | 自転車の初乗り 生後555日(1歳6カ月7日) |
奥さんは昨日自転車の後ろに子供を乗せる籠をつけてきた。買った当初は前につけてあったのだが、乗りにくいということで新たに購入したのだ。で、今日は子の初乗りなのである。夕方のことだ。 最初だから私も見物。足とかガードするものがついているしシートベルトもあるので安心だ。儀式もなくすぃ〜と去っていく自転車の後ろから声を掛けると、子が振り返った。バイバイをする余裕はなかったようだ。買い物を終えてすぐに帰ってきた。 時間を、子が昼寝から起きた時間に戻す。1時間ほどして起きたが、奥さんが起きたのはその後。入れ違いに私がお昼寝。何度も邪魔されたが、昔より物心がついたらしく、凶暴な行為はほとんどしない。例えば、顔を叩いたり腹の上に飛びついたりはしない。かわいいもんである。割と平和で心地よい昼寝であった。 今日、子を泣かせてしまった思い出を3つ。 子が昼寝から起きた瞬間、閉め忘れていたトイレに突進。慌ててドアを閉めたら、小さな右手の人差し指を挟んだらしくしばらく泣かせてしまった。ごめんね。指は大丈夫なようだ。 昼寝前、包丁の入った戸棚を開けようとする。ストッパーを付けて以来、開けようとするどころか、ストッパーが外れているとそれをはめようとする。子の指ではめられるはずもなく、我々がはめて回るのだが。チェックが厳しい。・・・・そういう状況に慣れているのに、ストッパーのはまっている戸を、全体重を掛けて力一杯開けようとして開かないので、私の方を見ながら泣いていた。むろん、だめだめと言いながら無視するしかなかった。 入浴は今日も私の担当。いきなり前のように浴槽に立って遊ぶことができるようになった。そこまではよかったのだが、体を洗うときになぜだか泣き始めた。まあたいした泣き方ではなかったが。 今日はおおむね私が子と対している時間が長かったので、子のかわいらしい場面に接することが多かったと思う。満足である。歌もいっぱい歌ったな。こうして全愛情を籠めて子のすべてを受け止める気持ちを一生持ち続けていたいと切に希うのであった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/15(日) ↑↓ →題名目次 | 川沿いの公園 生後555日(1歳6カ月7日) |
夜泣きはまた激しかった。寝場所を求めて回転したりせり上がって壁に頭をこすりつけたり。しかし、昨日は保育園に行ってないのだから、保育園がストレスになっていたわけではないことがわかってひと安心。 子に朝食を与えるが、全然食わない。いったん起きた奥さんもダウン。一週間たいへんだったから、よく理解できる。ゆっくりお休み。 9時すぎたので、食わないまま、子を散歩に連れ出す。天気もサイコーだし、機会を見て外で食わせる計画。何とはなしに、神田川沿いに作られた公園と銘打った遊歩道に初めて行ってみる。土はほとんどなく、遊歩道沿いに流れているはずの人工の小川は、5月まで涸れ川になっている。水遊びは水飲み台で、土遊びは柵際で行える程度で、たいして子に魅力があるとは思えなかったが、飽きずに遊んでなかなか帰ろうとしなかった。散歩中に数度ペットボトルでお茶したが、たいしては飲まない。 強引に肩車して連れ帰ろうとしたが、重さにダウンした私。その後も、寄り道ばかりしてなかなか家路を辿らない。それどころか逆走してせっかく稼いだ歩行距離を台無しにして。1時間ほどの外出だが、私は、くたくたになって帰宅。 さて、飯食うかな、と思ったらやっぱだめ。飲み物もちょくちょくは口を付けるのだが、いつものような暴飲ではない。なんとなく眠そうにうちの中をうろうろしている(妻はまだ寝ている)。いったん寝て起きてから食わそうと思って完全に諦めた時、ちゃぶ台に寄ってきた。お茶でも求めているのかと思ったら、クリームパンに手を伸ばす。しぶとく待った甲斐があったぜ。大量とは言えないが、パンと牛乳を飲んで、しばらくたらたらして、落ちていたかねんぼうを拾って口に銜えたまま、倒れるように寝てしまった。おやすみ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/14(土) ↑↓ →題名目次 | 夢を生きてるようだ 生後554日(1歳6カ月6日) |
妻が帰ってくるまで父子でそれはそれは楽しく遊んでいた。しかし、子供はきまぐれ。眠さのせいだろう、きょっとしたことで泣き出すようになった。さりとて寝かせるのに横にすると泣く。泣かないのは、正座したまま対面で抱き上げている時だけ。そんなことを1時間ほどしたところで、やっと昼寝に入った。12時ころか。保育園タイムに近い。私も昼寝。 風が強いので午後の散歩はなし。またも妻が出かけたので、子を眺めていた。眠りのたっぷり足りた子は、肌もぱんぱんに張って艶があり、目もきらきらとつぶらに輝いている。こんなかわいい生物が、私の子としてうちにいるのが時々信じられない。まるで夢の中を生きているような気さえする。まあそれもぎゃーぎゃー泣き叫んでいないときの話だが。 飯食わせたりしているうちに、入浴時間、ひいては就寝時間も意外に遅くなってしまった。入浴は今日も私の担当。直前に大便をしたので(今日は2度)、湯船に浸ける前に体を洗ったので、手順が違うせいか、結構泣いた。湯船に入れると、最後には前のように平気で立つようになった。遅くなったお陰で、一発で眠りに就いてくれた。 向こうずねに数カ所打ち身の跡がある。私の乱暴な遊びのせいか、階段で打ちまくっているのか。いずれにせよ、ゆめゆめ虐待の跡などではないので、念のため。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/14(土) ↑↓ →題名目次 | 両手にタンポポ 生後554日(1歳6カ月6日) |
今日は保育園がない日だからゆっくり寝させてくれる、といったはずの妻が、出かける直前に、私の起床を急き立てる。上述の事情を上申するが、間に受けたの?といって却下。ちっ、だまされたぜ。渋々に起床。 奥さんがチョコレートフレークを与えていたので、私の朝食担当は少なくてすむ。TVを見ながら、サンドイッチを頬張らせるが、幾切れか食べた後で口からべろーと出してしまった。許容量を越えたらしい。牛乳は相当飲んだ。 いつもの時間割に合わせて、9時過ぎからお出かけ。といっても当てのない放浪。お久しぶりですねと嫌みすれすれを言われながら顔なじみの店長のいるコンビニに子をお披露目。必要もないお茶のボトルを買う。 いつもの公園へ。途中しばらくの抱っこを除いて子は自分の足で歩く。木の棒を拾って土いじりをずっとしていた。ハトを追いかけたりも。 そろそろ帰るか。公園の出口にタンポポが数輪咲いている。指さすと関心を持って、花を手折る、というよりちぎった。両手に1輪ずつ、まもなく帰宅する母へのおみやげだろうか、帰宅しても手放さない。手を洗わせる時だけ引き離したが、昨日のコップでお茶を飲ませようにも、タンポポを握っているのでコップを保持できない。口だけで飲めるストローの刺さった牛乳を結構飲んだ。現状では「退化」といわざるをえまい。 ふと気付くと、仰向けになって、せっかく持ち帰ったタンポポをちぎっていた。ばらばらになるまで。しかし、破片に愛着を感じていたのだろう、拾っては私のてのひらに置いてゆく。捨てていい物か。結果、捨てちゃったが文句は言われなかった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/13(金) ↑↓ →題名目次 | お酌をしてくれる吾子 生後553日(1歳6カ月5日) |
今日は保育園でお昼寝を体験する日。早めに起きてくれたわけだが、心地よく眠れるように体力を消耗させるべく家を早く出てなるべく徒歩で保育園に赴かせる。外は大好きで、準備を始めると大喜び。走って道を行く。保育園での引き渡しも、泣くことなく成功。 2時に迎えに行く約束の1時半前に電話が鳴る。そろそろ帰ってくるはずの奥さんからかと思ったら園からで、順調にお昼寝に入ったから3時に迎えに来いとのこと。まずは幸先良し。 妻が帰ってきて私が迎えに行きかけたが、ふと、連絡先の提出を妻がしてないことに気付き、急遽妻も呼び出して2人でお迎えに。月曜は、9時から4時までという変則時間で預かって貰うことになった。怪我の功名、妻がいなければこういう交渉は出来なかった。 園では模範的に昼飯を食い、昼寝をした様子だ。このままおやつになだれ込みそうな様子で、保母さんもおやつまで行けたかもしれない、とおっしゃっていた。 4時前まで私が子を連れて公園へ。うちへ帰って、昨日奥さんに買っておいてもらったプリンの型をコップにしてお茶を飲ませてみると、自分の両手ではさんで上手に飲むのである!我が子の秘めている可能性に感動したのであった。もちろんこの飲み方は保育園で教わったわけであるが。 今日の入浴も私で、浴槽にかろうじて立つことが出来た。水面をばしゃばしゃさせて父がきゃーきゃー言う遊びを思い出したと見える。 風呂前の6時ごろから眠そうにしていたのだが、9時過ぎ現在に至るまで寝ていない。寝かせることを2度試みたが失敗した。今日は並べた布団の上で芋虫ごろごろをして二人で遊んだ。 私が缶ビールをマグに注いで飲んでいると、真似をして子がお酌をしてくれた。最後の一滴まで、缶を逆さにしててんてんと振ってくれた、なくなった後も。もはやビールは飲んでくれなくなり、成長したお前と再び杯を交わせる日が早く来るのを早くも待ち望む父親であった。 ・・・・11時前、私が添い寝してやっと寝た。起きている妻の方へ行こうとする子を、歌で呼び寄せ(ローレライみたいだ)、から笑いで引き留め、寝かせた。ちなみに、から笑いすると、子は釣られ笑いをする。笑いは伝染する。肝に銘じたい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/13(金) ↑↓ →題名目次 | 保護者会 生後553日(1歳6カ月5日) |
昨夜7時半から保護者会。今度はクラス別。当初は私が行く予定だったが、高度なネゴシエーション(交渉)をする必要から、妻に参加して貰うことに。その関係で、早々と6時ころから私が風呂に入れる。前と同じで、ずっとぎゃーぎゃーいいっぱなしだった。意外にも体を洗っている間が一番静かだった。 奥さんが出かけてほんのしばしで子は大人しくなった。7時半ころから寝入ってしまった。 奥さんは10時近くに帰ってきた。それだけ保護者会と交渉が長引いたのだ。交渉内容は、とっとと慣らし保育を終了して通常保育に切り換えて欲しいということと、土曜日もきちんと与って欲しいということ。一応、その要望は通してきたそうだが、消耗は激しい。相手が相手だけに理解できる。というわけで、今日はお昼寝を交えることにして、迎えは2時である。 で、今朝は、もう5時半には子は起床。無理もない。例によって夜泣きもあったが、主として寝る位置の問題であったようだ。何度か輾転反側するうちに寝入ることが多かった。 我々が完全に覚醒したのは6時半ころ。それまで子はご機嫌で我々の眠りを邪魔することに専念していたわけだ。昨夜は私の食事を横から奪うだけでろくに晩飯を食っていないはずなので早めの朝食を試みるが、一向に食わない。 奥さんがでかけてから、TVを見ながら私のちぎったクリームパンをほぼ1個食べた。そろそろおでかけ準備をはじめよう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/12(木) ↑↓ →題名目次 | 抱いたまま寝る 生後552日(1歳6カ月4日) |
朝4時半くらいだったろうか、父母の間に挟まれて寝ていた子が泣き止まなくなった。半分寝ていた奥さんがいろいろ試みても泣き止まず先に奥さんの方が意識を無くしてしまった。 正座して子を縦抱きにすると収まることが判明した。その姿勢から次第に横抱きに移行して布団に置く、とやはり泣く。5時半くらいまで30分ほど、縦抱きにしたまま正座していた。人間、その姿勢でも寝られるものだな。成尋阿闍梨の母みたいだ。気が付くと子も熟睡しており、布団に置いてもそのまま寝てくれた。 奥さんが出かけてから朝食を与えるが、例によって食わない。私の朝食の横取りならする。白米をお茶碗1膳の半分くらい奪われた。ダノンで栄養補給して保育園へ。今朝はTVなし。やや早めに出たので、途中まで歩かせてみた。排気ガスって下の方に溜まるような気がするが。 保育園の階段も自力で登らせる。保母さんと対面して父親との別れが迫ると今日も泣き出した。 迎えに行くと、保育園のカップで飲み物が飲めないから家でも訓練するように言われた。明日も12時までの預かりだと言い渡された。帰りにスーパーマーケットで適当な容器を物色したが見つからない。風の当たらないマーケット内でジュースを飲ませてから、公園に向かう。 向かおうとしたが、風が容認できないほど激しい、雨が1滴2滴落ちてきた気がする、赤ゲットがないことに気付いた、以上の理由により、一路帰宅。保育園に赤ゲットを忘れてしまったのだろうと電話をして探してもらっている最中に、そういえば今日は赤ゲットをもたせた記憶がないことを思い、私の毛布の下を探して発見した。ご迷惑おかけしました。 妻の帰宅とともに、我ら父子は昼寝。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/11(水) ↑↓ →題名目次 | ネコババつかみ、緑茶戻し 生後551日(1歳6カ月3日) |
昨夜も子を挟んで寝たが、わりかし安眠気味であった。ふと時計を見ると7時を回っていたので、びっくりして妻に声を掛けたが、妻はいつのまにやら起床していた。 昨日の反省に立って、さっさと子を起こして朝食はTVなしで早めに行う。後にこの配慮が裏目に出る結果となった。 チャーハンはまた食わないので、私用のサンドイッチの食パン部分を与える。それとイチゴ。妻が出かけた後でTVを見て時間つぶし。今日は心持ち早めに出て、保育園の2階まで子の手をにぎって階段を登らせた。いつもの保母さんが迎えに出ると、人見知りして(いいかげん覚えんかい!)私の方に寄って抱っこをせびる。保母さんが抱き上げたところで泣き出した。そのまま園を出た。 今日は昨日より延長してもらえて12時半に迎えに行った。順調に延長が叶っていると思ったら、今日は、午前中遊びすぎたせいか食事の途中でぐずるようになった、今はおんぶされてあやされている、と言われ、明日は12時に迎えに来るようにと状況が後退してしてしまった。階段を降りる時も手をつないではやるが、自力で降りるようにしたので、保母さんにバイバイ言うのを忘れていた、父子とも。 なんだかかわいそうなので、帰りにいつもの公園に立ち寄る。飯は食ってるし、疲れた方が早く昼寝にはいるだろう。喉は渇いているかもな。それでも自由に駆け回り輪くぐりは3往復ほどした。ブランコもほんの短時間乗った。公園中央の柵に囲まれた部分に、柵の下からもぐりこもうとしたな、と思ったら、右手で何やら忌まわしげなものをつかんでいる。即座に放させて匂いを嗅ぐと、強烈な悪臭。ネコババ----ネコの糞である。慌てて水道でごしごし手を洗ってやる。手洗いを嫌がらないのが幸いだ。 もうしばらく遊んでから、みずからベビーカーに乗り込んだので、帰ることにした。動くやいやな唸りだした。赤ゲットを出せ、とのことだろう。でも、ネコババにまみれた手ににぎらせるわけにはいかん。批判を封じて帰宅して、改めて石鹸でごしごし。 ジュースを2杯飲んだ。そこで緑茶のペットボトルを発見。昨日と同じで飲みたがる飲みたがる。はっと気付くと、ほとんど一杯入ってていたのが半分ほどに。それでも飲みたがる。おそらく250mlは飲んだだろう。まあ、飲み過ぎたら吐くぐらいだろう。これで昨日からしてない大便の排便も順調になる。 などと思っていたら、ゲボという音とともに戻し始めた。3度ほど波が来たか。全部が液体で、最後に少しオレンジ色がまじっていたぐらい。つまり、緑茶は全部吐いて、ジュースもちょっと、昼ご飯の固形物は出てこなかったというわけ。はたして昼はちゃんと食べたのだろうか。 その後、眠そうなので置いておいたが、ごろごろするだけで一向に寝ない。もしや、とやっとカンが働いて見ると、大便をしていた。見たことのないニュータイプの大便だ。黄色の球形で強烈に臭い。でも拭き取りやすくはあった。おしめを取り替えた5分後である今、すでに昼寝に入ってしまった。めでたしめでたし。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/10(火) ↑↓ →題名目次 | ビールを飲めなくなった吾子 生後550日(1歳6カ月2日) |
仕事から帰宅したときはちょうど子の風呂待機時間であり、ベッドの上でなにやら喋っていた。父を認識してからは、はやくおろせの唸り声。 おりてからは、子が私の手元から脱出するのを妨げて、布団の上に戻す遊び。本気で脱出しようとするので、胴体をつかまずに服の裾など軽くつかんだ日には、手からすぽんと抜け出て勢い余って前のめりに倒れ込んだりする。それで動かないでいるときでも、抱き上げて布団の上に戻すと笑うのだからそんなに痛くはないのだろう。もしくは楽しさが痛みを凌駕している。 余りに捕まりっぱなしだと楽しくないだろう、とわざと天網恢々にして脱出を許すと、ベランダのガラス戸の前に正座する。ふふ。捕まえに来るのを待っているのだろう。 さすがに子も飽きたのか、入浴を待ちかねたのか、浴室に向かった間に入り口から見えないところに隠れてちらちらと様子をうかがう。子は、戻ってきて父の姿が見えないのに一瞬不審顔をするが、ちらちら除く父の顔に応じて、見えるところに顔だけ出したり隠したり。 よし。かくれんぼを徹底しよう。戻ってきた子の上から布団蒸し。その間に、隣室のカーテンの後ろに隠れてちらちらと様子をうかがう。布団から脱出した子は、私の隠れているカーテンのある部屋を疑いもなく通り抜けてさらに隣の台所にまっすぐ向かった。確信ありげに向かった顔が、次第に不審げになる。とまどってこちらを向いたとき、わざと目立つように顔をちらちらさせてみると、誰だろう、父ちゃんか化け物かという不安げな様子で見ている。見つかりそうになって慌てて隠れた、という設定で顔を隠すと、ようやく安心したのだろう、カーテンに突進してきて中に潜り込んできた。 その後、別のカーテンに隠れようとしても、子が布団蒸しから脱出する速度が速すぎて隠れることが出来ないでいる内に、風呂からの呼び出しが掛かった。ちなみに、私が帰宅したベッドにいる時点から、3枚着ていた服の内、2枚の片肌を脱いでいた。 風呂後、久しぶりにビールを飲んでいると子が近寄ってきたので、ビールをひと口飲ませると、いゃーな顔をして、2度とビールを口にしなくなった。ビール瓶の口は銜えるのだが、カップは口にしない。味覚が変わったらしい。ほっとした反面、ちょっと残念。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/10(火) ↑↓ →題名目次 | 保育園で昼食だが 生後550日(1歳6カ月2日) |
昨夜は最初から子を挟んで寝たが、何度も起こされた。子自身は、一度起きてずっと眠れずに泣いていたのか、寝ては起きてを反復していたのか、不明である。そのせいで、朝は起こすまで寝ていた。 8時だからTVを点けてみたが起きないので、起こすと不機嫌に泣く。TVの前まで運ぶと、泣き止んでTVに専念。奥さんは今日から授業で登校。子は、今日から保育園で昼食をいただくので、11時半という普段より早めの昼食に合わせて8時半ころから朝食を与え始めるが、ミルクを多少飲んだだけで、全然食わない。朝食用ごはん、昼食にしくじったとき用のスパゲッティ、もしものバナナ、私の炊き込みご飯、残りの白米・・・・バナナひと口を除いて全滅。時間は押してくる。最終兵器ダノンだけ食わせてぎりぎり登園。今日も別れ際に泣いた。 朝食を食わなかったのが幸いして、12時に迎えに行くとまだ昼食に没頭している後ろ姿が見えた。終わるまで待って連れ帰る。すぐに昼寝に入ると思ったら、そんな気配はない。子供用ジュースを少々飲んだ後で、多少残っていたピーチ味飲料「クー」のペットボトルに目を付ける。ペットボトルから直接口に当てると、飲む飲む。残ったのをすべて飲んだ後で、まだ要求するので、今度は新しい緑茶のボトルを開栓して飲ませてみた。甘みから苦みに変わるので嫌がると思ったら、これもずいぶん飲んだ。喉が渇いていたんだね。 奥さんも帰ってきて、子が昼寝に入ったのは2時過ぎだろうか。それまでに私の方が先に昼寝に入った。 今晩はこれから短いながら仕事に出かける。子は、TVを見ている。公園には行きそびれた。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/9(月) ↑↓ →題名目次 | 砂食い吾子 生後549日(1歳6カ月1日) |
妻の帰宅とともに私は添い寝。目覚めると公園に行かねば、の時間。奥さんは、電動自転車を買って帰っていたので、子の試乗会を兼ねる。コンビニで妻と別れて父子で公園へ。 公園では、屈んで砂利を両手でさらさら触るのに専念。膝を突かずにずっとやっている。後ろから見ていると、急に体が前に沈み込んだな、と思って起こして見ると、口が砂利まみれ。地べたも唇型に濡れている。口の中にも砂利が入っているようだ。ぷーしなさい、を教えてないし、急遽ドロ縄でぷーしなさいと言ったところで通用しない。ハンカチで唇の上から深く拭ったが、ちゃんと拭き取れただろうか。 帰る途中には油の浮いた水たまり(たぶん洗車の残滓)に手を浸けるし。手を洗っているつもりなのかな。 今日の入浴は奥さん担当。待ち時間の間、2人分敷いてある敷き布団の上で、ごろごろ転がることを教えたら、すぐに覚えてごろごろしていた。かしこい、かしこい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/9(月) ↑↓ →題名目次 | クリームだけパン 生後549日(1歳6カ月1日) |
呪うべき花曇りの暑さの中、子を連れて保育園へ。子別れの瞬間、心配したとおり泣き始めた。でも、ここは決然と去らねば。 スーツを着て空のベビーカーを押してゆくと、妙な感じだ。2時間して迎えに行くと、保母さんが「パパが迎えに来たよ」と何度も言っているのに、ボール遊びに夢中でこちらを見てくれない。2階から抱いて降りる途中、保母さんやら同級生やら先輩やらとすれ違うと、ちゃんとバイバイしていて偉いよ。園を出てすぐすれちがった買い物帰りの無関係なオバサンの後ろ姿にバイバイしているのには失笑。 暑い。帰るやいなや私は裸に。少し日射しが見えてきたので、奥さんの出がけに無理矢理取り込ませた洗濯物を干し直す。お天気予想では私の負けなわけで、少しでもつけ込まれる隙を減らさねば。でも、乾し方が悪い、とでも言われて藪蛇かもしれない。 子が、園で貰ったクリームパンを差し出す。腹減ったんだな。4時間前くらいが朝食だったので時も良し。子のために奥さんが準備したとおぼしきチャーハンを温めて食わせるが、4分の1ほど食ったところでべろーしはじめた。たちの悪いことに、口に入れさせといてべろーである。それで5口くらい私がおこぼれに与るはめに。白米を食わせてもだめ。困った。まさか、と思ってクリームパンをちぎって口元に差し出すと----これがばくばく食べる。結局、カルデラ湖のようにクリームだけ残して、周囲から天井・底面に至るまですべて食べた。私は残ったクリームだけ食べるはめに。まだ食いそうなので、やはり園で貰ったメロンパンを同じくちぎって食わそうとしたが、これが犯罪的な甘さである。 何か無いか、と探すと、私の昼食とおぼしきピザパンなどがあったので、それをちぎって食わせ始めると、目をつぶったままで食べている。食欲と睡眠欲のせめぎあい。目をつぶっているくせに、口元にパンを近づけると食いつく。くたぁと食卓椅子にもたれかかって倒れそうになるまでは咀嚼は止まるが、再び体を起こして咀嚼を続ける。 ついに睡眠欲が勝った。なんとか食卓椅子から出して布団に寝かせる。また口が動き出す。完全に寝たところで、口の中の物を出そうとすると、寝たままで口が動く。・・・・いまだに口の中にパンがあると思う。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/4/9(月) ↑↓ →題名目次 | 私の誕生日です 生後549日(1歳6カ月1日) |
昨夜も一昨夜と同じパターン。結局、母の隣でなければ安眠なし。はたしてばあちゃんのところに泊まっているあいだはこんな感じで夜泣きしているのではないかと心配このうえない。 7時半ころ3人とも起床。奥さんが朝食を食わせたが、昨晩食ってないだけあってあっというまに平らげた。まずは幸先よろしい。 子用のミルクのブリックパックがストロー挿したままで2つ置いてあった。子は、1つを私に渡し、もう1つを手に持ったままだったが、注意が散漫になって、手に持った方からだらだらとミルクがこぼれる。思わず「あっ!」と私が叫ぶと子は「びくっ」としていた。わざとやってるのかと思ったがそじゃなかったので不本意だったろうね。 8時半近くなったのでTVを点けた。まもなく妻が始業式で出かけ、父子も保育園へ行く。子は、3日ぶりの登園をどう思っているだろう。楽しみなのかな。だといいな。 今日は私のXX回目の誕生日であった。馬齢を重ねて来たものである。 その誕生日を、今朝になって私が言うまで奥さんは忘れ去っていた。奥さんのを私が忘れていたら私はどういう目に遭ったことか、と思うと逆で良かった。切り札として取って置こう。有効期限は短そうだが。奥さんは自分に都合の悪いことはさっさと忘れるに違いないから。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |