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吾子の成長記(ako019.html)

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2001/5/3(木) →題名目次
実家に帰らせてもらいました 生後573日(1歳6カ月25日)

 7時過ぎに起きてきた。TVを点けると、英会話教室かなんか放映している。7時半になって「忍たま」から子供向けの番組が始まる。途中ビデオを要求されながらも、9時になる。奥さんを起こして、食事の用意をしてもらう。非常に気分も機嫌も悪そうなので、とっとと出ていこう。9時半ごろ、出かける(追い出された?)。
 雨である。バスはまあまあ早く来てくれた。電車は、最高によいタイミングで来てくれた。そこそこ空いている。だっこ紐で連れて行った子を降ろすが、座席に昇りたがったり床に降りたがったり、その度に靴を着脱するので大変だ。電車が駅に止まってドアが開くたびに出ていく気配を見せる。困ったものだ。ただ、電車内を走り回ったりはしない。人見知りのおかげで、子と目が合った人が微笑みかけてでさえ、子は、私に庇護を求める。便利である。
 じいちゃんばあちゃんの住む駅に到着。だっこ紐を着けずに降ろすと、ホームを出口と反対に向かったりして、改札を出るまで時間が掛かった。まだ雨が降っているので、だっこ紐装着。
 そんなに日を置いていないにも関わらず、ばあちゃんにすぐには懐かない。懐き始めたところで、祖母と孫の二人にして部屋を出て、空き部屋で横になった。子が泣き出して私の援助が必要になるか、と思ったがそんなことはなかった。・・・・私にとっては天国であった。寝てても子に襲われない、奥さんに邪魔にされない。「実家」。この存在のすばらしさを身にしみて感じた。うとうとしていると、いつしか、子のいる部屋で、私の両親の話し声が聞こえる。じいちゃんにはあまり懐かない吾子が平気でいるところを見ると、寝ちゃったのかな。
 帰りが遅いからなのか(居心地の良さを実感していたから当然である!)、妻から電話があった。吾子が昼食を食っていたらばもっと長居してやれ、と企てていたのだが、食事を受け付けていなかった。そろそろする予定の大便もしていなかった。実家で大便をするときは、部屋の隅に行って秘かにやるらしい。まるで猫みたいだ。
 寝ていたかと思ったのに、昼寝もせずにひたすら遊んでいたという。食事を摂らせに帰らねば。
 2時過ぎに実家を出る。雨が止んでいたので、子を歩かせたが、やはり途中でまともに駅に向かわなくなった。だっこ紐を使わずに駅まで疾走。ほどよい時間に電車到着。
 帰りはやや混むのが通例だが、往路ほどではないが、空いてて助かった。ただし、乗客のみなさんが好意的で、父子の周囲を開けてくれたようだ。駅が近づくと、臭い。そういえば、やたら座席の隅でしゃがみこんでいたなあ。ばあちゃんの「大便をするときは、部屋の隅で・・・・」という言葉が脳裏をかすめる。おしめもこんもりしている感じ。駅周辺で寄り道する計画を放棄せねば。
 駅に着いたが、バスが全然来ない。たぶん、歩いて帰っていても帰宅できたであろう時間になって、贅沢にもタクシー(ワンメータ)を拾った。
 実は大便はしてなかった。奥さんによれば、乗り物の中ではしないそうだ。その言葉を裏付けるがごとく、帰宅後しばらくして、こんもりとなさった。それから食事。
 もはや3時半。もうすぐ「母と子のTVタイム」。つなぎで、私の腕枕でビデオを見せていると、ごーごー音がする。いつのまにやら昼寝。その後、私は家を出されたが、7時近くまで寝ていたそうだ。
 起きてすぐ食事。いい身分だな。食って寝てまた食って。気が付くと、また大便をしていた。久しぶりに私が大便おむつの交換。
 今日の風呂担当は奥さん。一杯やり始めたビールのお供として、TVで「ロボコップ3」を見始めると、吾子が熱心に見ている。お風呂のお呼びが掛かっても、行くのを嫌がり、出た後も着衣の途中でTVの前に突進する始末だ。「ストーリーが分からなくなった」と言われなかったのが救いだ。
 その「ロボコップ3」も、あと30分というところで、眠くなったのか、寝室に自ら向かった。けれど、眠かったわけではなさそうだ。寝かしつけようとした奥さんを困らせつつ、11時過ぎてやっとおとなしくなった。隣室はどうなっているのだろう。母子共に寝たのか、はたまた子だけが寝たのか。子がふすまを蹴る音がした。もしや、奥さんだけが寝てたりして。

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2001/5/2(水) →題名目次
左右がわかるの? 生後572日(1歳6カ月24日)

 お休みの母子を置いて出勤。出がけに、子が2度ほどうめいて、そのたびに、起きたのでは、と期待と心配をしたが、ふすまの隙間から覗くと、たんにうめいただけだった。残念やらほっとしたやら。
 今日は、遅めに保育園に行ったそうだ。保育園で、薬をお願いするのはためらわれたので、帰宅してすぐに奥さんが薬を与えようとすると、子は自ら布団に横たわって、右耳を上にした。そう、中耳炎は右耳に発生しており、そこに水薬を垂らすのだ。ばあちゃんも中耳炎になって、同じように薬を垂らしたことがあるそうだが、非常に気持ち悪いものだそうだ。子も、薬を垂らした後で指をつっこもうとするから気持ち悪いのだろう。それなのに、みずから横たわって、しかも右耳を上にした。・・・・右と左がわかっている?
 さらに、体温計を、脇の下に挟もうとする。もっとも、これは前からやろうとするのを見たことがある。また、液体の飲み薬もおとなしく飲んだ。病人生活が板についたのだろう。あんまりうれしくもないや。
 小雨に濡れながら帰宅すると、20分ほど前に寝付いたそうだ。惜しい!といっても、どんなに急いでも間に合う時間ではなかったが。
 昨夜も私が寝付かせている最中に、暗闇の中で立ち上がっては食卓台に置いてある牛乳のストローを立ったままで上手に少し吸っては戻り、を繰り返していたが、今晩もそれをしていたそうだ。奥さんは、おっさんみたいだ、といやがるが、器用にこぼさず飲んでいるからいいじゃないか。
 明日は急遽、わけあって私が子を連れてばあちゃん宅に遊びに行くことになった。短い時間ではあるが。あまり飲み過ぎないようにして早く寝よう(明日は休みだから飲んでおるのだ)。

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2001/5/1(火) →題名目次
背高吾子立ち 生後571日(1歳6カ月23日)

 今朝は奥さん本当に具合悪そうであった。今日の予定は母子とも病院に行って、その後に子を保育園に送るかどうか決めることにしたそうだ。起きてきた子としばらく遊んで、出勤。
 仕事中も気が気でなかった。帰宅して、今日の顛末を訊く。吾子の耳はまだ水が残っているが快方に向かっているので、鼻の治療に移るという。中耳炎は、耳に水が入るから起こるのではなく、鼻から起こるのだそうだ。明日から保育園に行ってもいいとのこと。
 子は、昼寝を非常にたっぷり取ったらしく、ばんばんに元気であった。私の夕餉の周りをうろうろして、ご飯を食わせると食べる姿はかわいい。前は、常に注意を払っていないと、器に手を入れたりひっくり返したりの心配があったが、今は(あまり)そんなことは起こりそうもない。成長したなあ。
 またも私が寝付かせようとしたが、暗闇の中をうろうろして、明るい方のふすまを開け、光を確認してからもう一度閉めて、「ん?ん?」と言っている。明暗の落差に不思議を感じているのかな。その後はかならず、つま先立ちをして、つまり背高のっぽになって、「エシャチャチャチャチャー」と、ささやき声でしゃべっている。なんなんだろうな。
 奥さんと添い寝係交代。おっと、奥さんが業を煮やして出てきた。再交代をしなければ。

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2001/4/30(月) →題名目次
雨上がりのお散歩久しぶり 生後570日(1歳6カ月22日)

 奥さんによれば、一昨日、子供雑誌の付録の、厚紙に野菜や乗り物や動物が印刷されている札を片づけていると4枚足りない。子がどこかへ持ち去ったようだ。探すと、トマトの札が2枚、バスの札が2枚、組にして重ねてあったという。偶然ではあるまい。子が分類したとしか考えられない。神経衰弱ができる吾子?

 今日も休日なのだが、二日酔いのまま子に起こされるが、今日は妻も起きてくれたので大助かり。休日にも関わらず「おかあさんといっしょ」が放映されているので、ビデオと織り交ぜながら鑑賞。午前中に妻がお出かけしている間、11時ごろから1時半ころまでお昼寝。
 雨が降ったり止んだりの一日。折りあるごとにビデオを見たがる吾子に手をやきながら、3時過ぎ、雨の合間を得てお散歩。久しぶりである。本当にうれしそうだ。公園はどろどろだろうから、吾子の歩くにまかせて家の周りを歩く。子が、私の手をにぎり、誘導してくれる。15分も経ったろうか、小雨がちらついてきた。慌てて肩車をして帰宅。昇りの階段の途中で足を止め、再び降りて行きたがったので、抱き上げてうちへ。
 すでに眠そうである。昨日に続き、今日も風呂担当の私は、4時までに子との入浴を終える。早く寝かせる計画だ。夕食も終えた6時台終わり頃。まだ窓の外には薄明かり。それでも父と子の睡眠タイム。
 ・・・・寝そうなのは私の方だ。子はいっこうに寝る気配もない。奥さんとチェンジ。その奥さんも、「もうすぐ寝そうだが耐えられない」と出てきた。私が再登板。8時過ぎに、やっと寝た。この間、約2時間。3日連続で、寝かしつけた功績は私が手にしたが、一昨日と今日は奥さんの誘導あっての成功だ。

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2001/4/29(日) →題名目次
元気だ元気だ 生後569日(1歳6カ月21日)

 風邪ひきの奥さんは、とっとと寝ればよいのにネット懸賞などやっておる。風邪気味で頭がとろとろした状態で夜更かしするのはなかなか快感であるから理解できるが、大丈夫かね。
 2時頃酔いつぶれて寝た私は、7時に吾子の侵入によって起こされた。元気である。TVを点けることを要求したのでビデオを見せてやる。熱もなさそうだ。ポカリスエットとクーを飲みたがった。まあいいか。適度に飲んだ。
 8時になった。きっと腹を空かせているだろう。ミルクをやってみるとまあ飲む。空の小さなブリックパックを2つ、片手で胸のあたりに抱えている姿はかわいらしい。もう1本開封したが、あまり飲まない。昨日のシッターをまねて、「ご飯にしようか」と言ってみたかったが、朝食の用意は妻をわずらわせなければならず、子が万が一にもうなづきでもしたら、空腹を呼び覚ましてかわいそうなことになる。諦めて、奥さんを起こす。危惧したとおり、機嫌が悪い。もっとも、いつもの寝起きの悪さのせいで、そんなにびくびくしなくても良かったぜ。私が飯を食わせてやる。久しぶりだ。
 9時ごろから3人とも朝寝。私だけ11時に起きて外出。1時過ぎに帰るとさすがに起きていた。ビデオを見せるよう要求する。妻のお許しが出たので一緒に見る。吾子、私の枕に横向きに横たわって頬杖をついてアゴを突きだして見ている。まるでオッサンだ。
 2時過ぎ、奥さんがビデオを消す。子は泣いて、与しやすいと見た私に点け直すよう要求。がんとはねつけているとコントローラーを振りかざしながら泣き続ける。本気で泣いているわけではなかろう。業を煮やした奥さんが、「いいかげんにしなさい!」と叱りに行くと、コントローラーを振り捨てて私に助けを求めるかのごとく万歳の姿勢で走り寄ろうとしたが、奥さんが捕らえて寝室に拉致していった。2人とも昼寝に入ったようだ。静かだ。

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2001/4/28(土) →題名目次
治った、のかな 生後568日(1歳6カ月20日)

 今朝は寝ている妻子の顔をまったく見ずに出勤。今日は妻が登校の間、シッターを呼ぶという。なんでも病児に特化したベテランのシッターなどというものが存在するらしい。8時から午後2時まで。
 帰宅するとまだ起きていた。薬店でもらったらしいプラスチックのカップ2つ、同じくもらったキーホルダー2つを移し替えて遊んでいる。すっかり自分の世界に入って、昨日あれほど気をもんでいた父のことはどうでもいいらしい。でも、子が元気そのものなのでいいのである。
 熱は、36.5℃に下がったという。明日一日この程度の熱なら、治ったとみて差し支えないそうだ。下手をすると右耳だけだった中耳炎が左耳にも起こるという。くわばらくわばら。
 子が昼寝をしている間に、妻が帰宅してシッターを帰したそうだ。目を覚ました子は、機嫌が悪かったという。もしや、そのシッターが大好きになり、あいさつもなしに消えたから不満なのか? シッターの残した記録に、「『ごはん、食べようか』と声をかけましたら うなずきましたので お昼食にしました。とても よく 召し上がりました。」とある。本当だとしたら・・・・見てみたい。明日は休みだ。試してみよう。
 夜の話に戻る。カップで遊んでいた吾子が、私の手を引いて、----よくやる引き回しをするのかと思ったら、ビデオを点けるように要求して泣き叫ぶ。奥さんの顔色をうかがうと、病児であるせいか、えらく甘い。お気に入りの「おかあさんといっしょ」のビデオを見せる。おいおい、またも父ちゃんと睦んでくれないのかよ。
 10時現在、まだ寝ていないようである。寝室から、遊具をいじる音、そろそろ寝ない子に業を煮やし始めた妻の声が聞こえる。まもなく寝ることだろうが。・・・・明日も吾子が健康でありますように。そして風邪の状態がピークに達しつつある愛する妻も健康を取り戻すように。

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2001/4/27(金) →題名目次
子の病状は?急いで帰宅 生後567日(1歳6カ月19日)

 仕事場に到着して自宅に電話。診察は終わって帰宅していた。あまりばあちゃんに結果を聞く時間もない。聞いたところでどうにもならない。子は寝ているという。ひとまず安心。
 昼、妻と連絡が取れる。私からあまり伝えられることがないのがもどかしい。
 夜になって心配しいしい帰宅。玄関を開く。静かだ。・・・・とふすまが開いて、なんともばつの悪そうな笑みを浮かべた妻が現れ、はしゃぎながら吾子が飛び出した。寝る気配もなくはしゃぎまわっている。病人とは思えないくらい元気だ。心から安心。
 久しぶりに親子の時間を持てた。もう晩飯をすませている吾子が、私の晩飯を横からほしがる。結構食わせたなあ。朝の人見知りが嘘みたいになついてくれる。ちゅーしようとしたら、きゃーと叫んで下向いて両手で顔を押さえてはしゃいでいる。拒否されたわけだが、いやなわけではないようだ。照れてるわけでもなかろうが(妻にしたあとで私にもしてくれた)。
 両脇から抱え上げたり降ろしたりを繰り返すと、笑っている。鈴を転がすような笑い声をひさしぶりに聞いた。一日の心労と疲労がふっとぶ声だ。
 寝る前にむずかったが、妻がようやく寝付かせることに成功。まだまだ予断は許さないが、快方に向かっているようだ。

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2001/4/27(金) →題名目次
子を病院に 生後567日(1歳6カ月19日)

 ばあちゃんに来てもらい、出勤をぎりぎりまで遅らせて子を病院に連れてゆく日だ。起きて私を見た瞬間に泣き出した。完全に人見知りしている。母にすり寄って知らない人を見るようにびくびくしながら泣いている。まいったなあ。なんてさみしいことか。
 妻は子に食事を与えてから8時に登校。病院が開く時間まで待つあいだ、TVでも見せる。何かと不機嫌な吾子は、TVを見ているとビデオに、ビデオを見ているとTVに切り替えるよう何度も要求する。
 8時40分ごろ、ばあちゃんが来てくれた。いきなり子は人見知りして泣き始める。ばあちゃんと2人残して私が立ち上がっただけでもう泣き始める。当初、私一人で病院に連れて行く予定だったが、ばあちゃんとなじまないまま子を引き渡すわけにもゆくまい。着いた早々で申し訳ないながらも、3人で病院に。そういえば、私が母と一緒に歩くのは久しぶりかと思う。吾子のおかげで皮肉にも。
 行きつけの名医は、妻から言い含められた話を私が伝えただけで、子の耳の中を覗くことにした(あとで妻に聞くと、ふだんは耳の中など見ないそうだ)。私は必死でいやがる吾子を必死で押さえつけねばならず、子は泣き叫び涙と鼻水まみれに、私は汗だくになった。耳の中を覗くとすかさず、風邪から右耳に中耳炎が起こっていることを指摘。近所の耳鼻科に紹介状を書くから行くようにと指示。ほんとうにすごいお医者さんだなあ。話の端から病根を発見する。昨日のクソやぶ医者とは段違いだ。
 その耳鼻科は開院15分も前だから仕事には間に合おう、と行ってみると、もうすでに20人近くが待っていた。まずい。しかし、ばあちゃんに来て貰っていたことはなんとラッキーか。予想診察時間を受付の人に問うと、まさしく遅刻境界線。だからすぐにばあちゃんに託して出勤しても同じことだが、親の情として病児を簡単には置いて去れない。また、ばあちゃんにまだ子はなじんでいない。待合室で大騒ぎになったら・・・・。というわけで、40分ほど待った。
 ばあちゃんに来て貰って助かったことのもう一つ。子の、気散じの道具を持ってきてくれていたのだ。メモ帳とペンを3色。子は、ものも言わずにぐるぐる線をかきなぐる。こんな静かでおとなしい吾子はかわいそうだ。
 それでも仕事のため行かねば。そっと子をばあちゃんの膝の上に移してみる。泣かない。私を振り返りもしない。・・・・私は出勤した。ぎりぎりであった。

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2001/4/26(木) →題名目次
発熱が39℃ 生後566日(1歳6カ月18日)

 昨夜、子が泣いたときに横に添うと、きゃあ、と声を挙げ、重げな目を開けて私を見る。奥さんの観察では、歓びの歓声だそうだ。奥さんがミルクを遣っている間、付いていると、小さな手を挙げて私の顔を触る。心なしか苦しげに思った。
 それもそのはず。5時20分ころに全然目を覚まさない母子を置いて出勤した後で、連絡を受けた。吾子の体温が39℃なので、保育園を休ませ、妻も学校を休んで看病する、と。
 帰宅の瞬間から、子のつらそうな鳴き声が聞こえた。ふだんならもう寝ているはずだ。やがて収まって、妻が出てくる。行きつけの病院、名医の病院は休診日なので、別の小児科に連れて行ったらそれがヤブでどうしようもなかった話を聞く。聞けば聞くほど腹の立つヤブ医者である。現に子の苦しみを軽減できないでいるではないか。
 明日は出勤を遅らせて子を名医に連れてゆく。皮肉な形で父子の時間を久しぶりに持てるわけだ。ばあちゃんも看病に来てくれる。
 やっと子の様子を見に入れた。先ほど、咳を大きな声でしていて切なかったが、今はいい寝息を立てている。触った限りでは恐れていたほど熱くはなかった。早く治って欲しい。

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2001/4/25(水) →題名目次
吾子の病状悪化? 生後565日(1歳6カ月17日)

 昨夜は妻が寝る前にやっと寝室に侵入して、寝ている子の顔をかきなでることができた。いとしい。
 今朝は、出勤時に、細めにふすまを開けて様子を見る。母子ともぴくりとも動かない。子は、昨夜見たのと反対の方向に頭を向けて寝ていた。妻の足の方に頭が向いている。すごい寝相だ。
 いったん5時半に出た後で、忘れ物に気付いて約10分後に舞い戻る。たぶん、初めてのことだ。そっと鍵を開けて捜し物を持って・・・・妻の目覚ましが鳴り始めた。話に聞いていたより10分ほど早く鳴っている。でも、起きそうでもないし、消そうともしない。大丈夫かなあ、と思いつつ倉卒に家を後にする。
 帰宅。当然寝ている。どうも具合がよろしくないようで、熱は下がったり上がったり。機嫌が悪く、咳をごほごほして、8時ころには眠げに寝てしまったという。心配である。夕方、寒かったせいだろうと妻が言う。雨も降り止みの一日であった。また、妻が寝るときに乗じて、子の寝顔を拝ませていただくつもり。

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2001/4/24(火) →題名目次
父見知りした吾子 生後564日(1歳6カ月16日)

 昨夜の子は早く寝たから早く起きるだろうと期待して就寝。5時頃夜泣き(?)が聞こえたが、そのまま寝た模様。私はそのまま浅い眠りを続ける、朝の出会いを期待しつつ。
 6時。どうも妻の目覚ましが鳴らないようだ。私の出番。ふすまを開いて「6時だよ」と言うと、うつぶせに寝ていた妻と子が同時に顔を挙げてこちらを振り返ったのは面白かった。2人とも、顔を内側に向けて振り返ったので、直前まで2人で密談でもしていたみたいだった。
 妻がいろいろしているあいだに、子は泣いている。私があやそうとするとそれでまた泣く。どうも悲しみに我を忘れて父を忘れているようだ。そんなご無沙汰をしていたわけでもないのに・・・・。情けない気分である。
 出勤時間直前になって人心地を取り戻したらしい。私に抱いてもらいたがった(すぐに妻に抱き戻してもらいたがったが)。玄関から見送るときに、バイバイで見送ってくれた。
 帰宅。むろん寝ている。寝たばかりということで、近づいてない。顔さえ見ていない。でも、寝る前に、「パパ、パパ」と言いながら、本当なら私のいるはずの部屋に突進しようとしたと聞いて、胸が熱くなった。
 保育園では熱が下がったと言われたそうだ。よかった。でも、明日は我子に会えそうもない。写真を見ては、隣室にいながら会えない子を思い、かえってつらくなるのであった。

 今日は妻の誕生日。今年から、0.1歳ずつ年を取ることにしたそうだ。

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2001/4/23(月) →題名目次
夜泣きの子をあやしただけよ 生後563日(1歳6カ月15日)

 今朝も出勤時には妻子とも睡眠中。奥さんは、ちらと目を開けたが、後で聞くと悪夢を見ていたという。
 横浜の勤務先に着いた頃、妻から電話が。すわ何事? 発熱が相変わらずなので、病院に寄ってから保育園へ連れてゆく、ついては、妻自身は学校に遅刻するつもりだ、ということ。
 結果、病院では、風邪だとしても移るものではなく、安静にしていれば保育園に連れて行ってよい、とのお墨付きをもらったそうだ。なお、環境が変わって熱が出る、つまり、心理的要因で発熱する、というのは、いっけんありそうな話だが、先生に言わせればナンセンスであるらしい。ほぉ。
 帰宅。むろん子は寝ている。少し熱は下がったようだとのこと。私の遅い晩飯後、子が夜泣きを始めた。妻が洗い物の最中だったので、座り込んで泣いている子をあやした。しかし、子を泣き止ませたのは、妻のもたらしたミルクであった。始終泣いていたとはいえ、起きている子に会えて嬉しかった。明朝はわずかながらも遊ぶことができよう。楽しみである。

 なお、今朝の妻に起こった事件。出かける準備をするのに玄関からいったん出て帰ると、内側から鍵が掛けられていたという。ついに起こるべくして起こってしまったこの事件。近所に住む大家(老夫婦)をたたき起こして鍵を借りてきたという。ベランダに閉め出される方でなくてよかったね。

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2001/4/22(日) →題名目次
久方ぶりの親子の時間 生後562日(1歳6カ月14日)

 子供には曜日の感覚はない。いつもどおり7時に起きてきた。というか、いきなりふすまが開いて、子が突進して来るや、私の横に寝ころんだ。妻によれば、深夜にも同じ事があったらしい。私は泥酔していたので覚えがない。
 そういえば昨晩は私が酔いつぶれる直前の1時前に妻も起きてきて、入浴を始めた。私はいつのまにやら酔いつぶれたのだ。ただ、4時ごろ、子が夜泣きを始め、妻が牛乳の用意などをしている間、子を抱いてあやしていた記憶はある。
 今朝の話に戻る。妻が子に朝食を摂らせてから、たぶん9時頃だろうか、妙に静かになった。母子共に寝たに違いない。私も、連日の睡眠不足と酒が残っていたせいで、やがて寝てしまった。
 3人起きたのは午後1時過ぎか。子はいきなり昼食。いいご身分である。体温は、相変わらず37.3℃台で一日中。咳をしたり時にくしゃみもするが、食欲もあるし元気である。
 4時半から子を連れて散歩。今日は寒いし風もある。様子を見ながら散歩時間と場所を決めようと思ったが、最短時間最短距離で帰ってきた。子がくしゃみをしたり、目にゴミが入ったりした様子だから。
 夕食を済ませて、入浴は私の担当。入浴後、しばらくして寝付かせる。暗闇で二人。寝そうでなかなか寝ない。濡れたおしめを取り替えると、5分くらいで寝てしまった。おやすみ。

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2001/4/21(土) →題名目次
妻も眠れり吾子も眠れり 生後561日(1歳6カ月13日)

 朝は母子の寝顔を遠目に見ながら(妻は少し目を開けた)5時半ごろ出勤。
 さて、と。今日は久しぶりの、土曜日フルタイム仕事だ。と、なると、しばらく心ならずもお休みしていた、寿司屋通いを再開せねばなるまい。吾子よ、今日一日、父ちゃんにおめみえ出来ぬが、がめんめされい。
 ・・・・とそう妻にも宣言して出ていったが、夕闇迫る大船の町を見て、里心がついてしまった。妻に電話して、いまさら帰宅する可否を問うた。すると、帰宅を心待ちにしているとのこと。きっとそれまで吾子も寝ないだろう、という予言までいただいた。吾子は、2日ほど前から昼間の体温が37.3℃くらいで(今朝は36℃だったそうだ)、大人なら完全に問題だが、幼児は37.5℃くらいまでは平熱らしい。保育園も、37.5℃から休園を促すという。つまり、現状では危険ぎりぎりというところ。さあ、帰心矢の如し。
 そうは言い条、地元の本屋に立ち寄って、バスにも乗らず(この時間はバスがめったに来ない)、裏道を徒歩で帰る。しかも、普通使わない裏道をたまたま選んで気が付いたが、駅に沿った道なのに、不思議と初めて歩む道なのだ。ここに住んでウン十年経つというのに、こんな駅近くを歩いたことがないとは我ながら驚いた。へえ、ここにこんなものが、と新鮮な気持ちを妻に告げたくてうきうきしながら帰宅。
 ・・・・静まりかえっている。ああ、子を寝かしつけているのだな。音を立てて叱られないかな。ええい、起きちゃったっていいやー。
 寝室を覗くと、「ちゃるめら屋 今日はな売りそ 若草の妻も眠れり吾子も眠れり」であった。折しも、ちゃるめらの音を流しながら、屋台のラーメン屋、さらには焼き芋屋が通ったのだった(あ、くそ、しまった。まだ一度も食ったことのない、あの屋台のラーメンを食う絶好のチャンスだったのに)。
 そっとふすまを閉じて、晩酌用のビールとおつまみを買いにコンビニに出かけた。久しぶりに、チープなつまみを食いながら、手酌でビールを飲むのもまた心惹かれるものがある(・・・・さびしい)。

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2001/4/20(金) →題名目次
ラッキー! 生後560日(1歳6カ月12日)

 案外に早い帰宅。とはいえ、子が寝るかどうかの瀬戸際。ドアをこっそり開けると・・・・寝室の扉が閉まって静まりかえっている。居間や台所は子の暴れた跡が残っている。さては、もう寝てしまったのかぁ。
 と思っていると、がら、と寝室のふすまが乱暴に開け放たれ、妻が現れ、その後から狂喜乱舞という感じで子が飛び出してきた。気を遣ってドアの開閉をしたつもりが、それでも耳ざとい吾子の眠りかけた耳を驚かしたのだった。
 本当に子は、うれしそう。ただし、父に会えた歓びか、まだ起きてられる歓びか。しばらく、わずか10分くらい遊んだところで、妻からそろそろ寝かせるようにとの指令。しかたなく、暗い寝室に二人閉じこもる。子は、何が楽しくてか、暗闇の中で転げ回り走り回る。が、私のいる場所を求心力の中心として、あっちに行っては戻って寝ころび、こっちに行っては帰って横になり、を繰り返しているうちに、ふと、動かなくなった。寝かしつけるのに成功したのだ。あっけない。暗闇の中での短時間の触れ合いであったが、子のぬくもりが手に残るのであった。

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2001/4/20(金) →題名目次
久しぶりに顔は見たのだが(2回も) 生後560日(1歳6カ月12日)

 今日は遅めの出勤。寝ている子に添い寝して、手のひらに私の指を包ませると、にぎにぎしてくれる。起きてくれないかなあ、という願いが通じたか、寝ぼけながら起きてうなっている。正座して縦抱きにしてあやす。
 泣くのが収まってから出勤。10分ほどの短い逢瀬。しかし・・・・。
 しかし、忘れ物をした私は、数十分後に、登園直前の我が家に帰宅。はからず忘れ物をして時間を気にしながらも、子に再会できるのでうきうきしながら。
 子は、TVを見入っていた。普段は見ない、見せない「忍たま」を。妻によれば、むずかりはじめたので見せておいたとのこと。番組に没頭して、父の再登場になんの感慨もない。後ろに座るともたれかかってきて、父は単なる座椅子かい。
 5分ほどで再出勤。今度は妻が子を抱いて見送ってくれた(先ほどは奥さんの機嫌が最悪だった)。子は、ちょいときょとんとした妙な顔で、手を振って見送ってくれた。・・・・早く帰りたい(職場にいます)。

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2001/4/19(木) →題名目次
吾子の寝顔しか見られない一日 生後559日(1歳6カ月11日)

 昨夜は、8時前から奥さんが「例の方法」で寝かしつけた。それまでは、今日からのことを思い、子と、まったりと遊んで過ごした。父の思いも知らずげにいたずらっ子であった。
 さて、妻が寝かしつけても、なかなか寝る気配もなく、妻の叱声や子の声(パパ、パパ、と言っていたそうだ)が頻りに聞こえ、9時過ぎだろうか、ようやく静かになった。時折、子のうめき声が聞こえて、それも収まった頃、そろそろ妻が顔を出すかな、と思っていたが、全然起き出してこない。もしかしたら寝てしまった?
 起こした方が良いだろうか? えっとぉ、妻も入浴したし、後は台所の片づけだけ。よし、僕がやっちゃえー・・・・というわけで、がちゃがちゃと皿洗い。それでも起きないので、熟睡したのだろう。虎の穴に入って虎の尾を踏む心境で、妻子の枕元に飲み物を用意してから、私も早々と10時頃か、寝ました。
 5時前起床。妻子を起こさずに出て行くつもりが、眠り足りた妻が起きてきた。5時10分ごろ、子の寝顔を離れて見ただけで出勤。
 出勤途中の熊谷・高崎間で、鯉のぼりをまとめて10本ほど田圃に立ててある家があった。なんぼなんでも気が早すぎるんじゃ....。
 10時帰宅。もちろん子は熟睡。保育園では、わずかに鼻水垂らしていたそうだが、問題なしとのこと。昼寝時間は1時間で、あとは「お兄ちゃん」と遊んでいたそうだ。友ができるのはいいことだが、誰彼見境なく「ちゅー」してんじゃないかと余計な心配、父心。妻によれば、最近はご機嫌取りにちゅーをしてくるとのこと。ええぃ、しまった。昨晩、子にちゅーを仕掛けてもいなされてばかりだった。叱ってみればあるいはちゅーしてくれたかもしれなかったのに。優しいだけが芸じゃない、ってことさ。
 歯にブロッコリーが挟まって取りたそうにしていたので、妻が取ってやって歯を磨いてやると、突然ご機嫌になったそうだ。あまりそんな小さな違和感は感じないものかと思われる節があったが、どうやらこうして大人並になるようだ。
 ・・・・先ほど、妻が寝るのに紛れて、子の寝顔に触って来ました。寝汗をかいていた。赤ん坊の鼻ってふにゃふにゃして柔らかいのだが、さっき触ると、だんだんに第に固くなってきているような気がしないでもない。それなのに、乱暴な遊びで顔から落としてばかりで、将来恨まれるやも。今度、つまんでおいてやろう。明朝はちょっとだけ会える予定。おやすみ、愛する吾子。

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2001/4/18(水) →題名目次
いちごを食べさせてくれた吾子 生後558日(1歳6カ月10日)

 昨日と同じく、遅刻気味の6時35分に妻を起こす。なお、起床予定は6時であったそうだ。朝食は私の担当と相成ったが、実は、すべて吾子が自力で食べたのだった。最初のうちは、スプーンで牛乳しか掬えなかったが、だんだんとシリアルを1個ずつ掬えるようになり、最後には2〜3個まとめて掬って食えるようになった。
 今日はフルタイムで保育園。預けるとき、やはり少し泣いたという。帰宅は、声を聞きつけた私が下まで迎えに行って、階段を上らせようとしたが、上ろうとせず、抱いて帰ることになった。すでにTVは始まっていた。昨日と同じく、少しでも面白くない番組になると、ビデオに切り替えさせられたが、昨日と違って、エネルギーが有り余っているわけではなかった。
 おやつにいちごを与える。手づかみで食べ始めた。途中で、2個ほど私の口元に差し出す。食べさせてくれたのだ。優しい吾子だこと。
 風呂は私の担当。少し体調が悪いか、ぐずって困った。
 夕食は、妻が与えるが、自分でも箸を使って食おうとしている。自立精神旺盛である。
 昨晩寝付かなかった話をしたら、保母さんが吾子の寝かせ方を教えてくれたそうだ。我々は親として赤面ものである。しかし、さすがにプロである。方法は、仰向けに寝かせた子の両足を、正座した腿の上に乗せて、おなかをさすってやるとよいそうだ。早速今晩試してみるはめになるやも。

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