| 2001/6/2(土) ↑↓ →題名目次 | ダイブイン 生後603日(1歳7カ月25日) |
数ミリのすきまから子の寝姿をうかがうが、よく見えない。もしかしたら毛布を被って寝ているの? 毛布を被って寝ている姿は初めて見た気がする。 それを見送って出勤するが、山手線内で、平塚で人身事故があって東海道線が止まっているとの報がもたらされる。新宿でそのアナウンスがあったが、その後ついぞ続報はなかった。 横須賀線は動いているようだが、東海道線は止まっている。駅員の、自信を持って「大船までならこれから来る横須賀線に乗る方がよい」ということばを信じて乗ったが、横浜で停車しているうちに、離れたホームの東海道線下りがつつがなく発車したぜ。 7時半前には勤務先に着くはずが、きっちり差分だけ遅れて40分ごろ到着。 学習により、下手に早い時間に帰っても息を殺していなければならないことを知ったので、心持ち遅めに帰る。が、子を寝かしつけようと妻が格闘している最中だった。どうやら私の帰宅で努力は水泡に帰したらしく、しばらく子を泳がせる。横になっている妻のところに突進してきて、ダイブイン。頭から布団に倒れ込むこと数度。ついに妻に強打を与えてしまった。 入れ替わりに私が子を寝かせようとするが、いっこうに寝る気配はない。仰向けの私の立て膝を開いたり閉じたりしながら「いないいないばあ」と言っている。妻にしたのと同じように助走をつけて走ってくるが、なぜだかダイブインせずに、私の膝に座り込む。寝かせるのを放棄して、先ほど奥さんと交代。 保育園からの連絡帳によると、遊んでいて転んで、先日、ペットボトルで出血したのと同じ部位から出血したとのこと。私が「かみかみ」程度に書いた事故状況は、妻によるともっと深刻で、完全に歯茎に縁がはまりこんで子の自力では抜けなくなっていたそうだ。 お、やっと寝たみたいだ。明日は好天になりそうだ。子を連れて散歩日和。 ↑翌日へ |
| 2001/6/1(金) ↑↓ →題名目次 | トイレトレーニング前哨戦? 生後602日(1歳7カ月24日) |
6時半ころ吾子に起こされる。どうやら妻は寝過ごしたようだ。 子がTVを点けたが、中国語講座をやっている時間。妻がビデオを突っ込み、慌ただしい妻に代わって私が子にパンを食わせるのだが、ビデオに没頭する吾子はちょぼちょぼしか食わない。小さなクリームパンをやっと1つ真ん中のクリームを除いて食った程度。 ビデオが終わり、「忍たま」が始まる。最近は必ずしもTVやらビデオやらに集中しているわけでもなく、特に母のいるところにじゃれに行く。そこを捕らえて、おむつ替えから初めて、お出かけ準備を整えてやる。 先週叱られたのに懲りて、妻の指示を待って、子を連れ出す。もう待ちかねたように階段に突進。手を取ってやるが、かなりのスピードで階段を降りた。自転車に乗せてやる。いってらっしゃーい。子は、見えなくなるまで私の方を振り返っていた。ばいばいはしてくれなかったが、幸せである。 保育園からの通信によれば、おにいちゃんやらおねえちゃんやらがトイレに入るのに就いて入って観察しているとのこと。トイレトレーニング前哨戦か? そうではあるまい。うちでもやってるもんね。すぐにトイレを開けたがる。 さて、そろそろ寝る時間。寝る前に、子の様子を見に行くとするか(妻が許可してくれたらだがね)。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/31(木) ↑↓ →題名目次 | 自業自得? 生後601日(1歳7カ月23日) |
帰宅してから、子が怪我をしたと聞いて戦慄した。しかし、聞くとたいしたことはない。ペットボトルのふた(プラスチック)を噛み噛みしているうちに、歯の生えかけの歯茎で噛んで、出血したのだそうだ。 奥さん、かなり慌てたようだが、しばらくすると泣き止んで、ミルクなどもふつうに飲んだという。時折思い出したように泣いたりしたそうだが、私が帰ったときからは安眠している。さきほど、いつものように喉が渇いて(?)ぐずったが、いつもより軽いぐずりで、眠りも深い。 それにしても、ペットボトルを飲むのに味を占めてこうなった、いわば自業自得。奥さんによれば、その後、ペットボトルに近づかないと言う。よいのだか悪いのだか。人は痛みを伴って成長してゆく。 保育園からの通信によれば、他の子供が怖がって泣く、大きなウルトラマン人形(確かに客観的に見れば怖い顔だ!)、吾子は怖れながらも近づくのだという。怖い物知らず。最近は他の子にも関心があるらしく、近づいてゆくらしい。他の子のおもちゃを横取りするというのを婉曲に表した言い方でなければよいが。ちょっと心配。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/30(水) ↑↓ →題名目次 | 水曜日はまたも雨 生後600日(1歳7カ月22日) |
今朝は雨など降る気配なし。そう思って傘なしで出かけると、昼くらいから空模様が怪しい。降ったり止んだりしているようだが、窓のない建物の中で仕事をしているのでよくわからない。 仕事場を出ると雨は降っていない。よしよし。しかし、地元の駅に着くと雨が降っている。でも、バス停に着くと、小雨。結局は傘いらずであったが、水曜日はまたも雨! 帰宅してしばらくすると、寝ている子の泣き声。妻と突入すると、起きて立ち上がっている。妻の指図でミルクを取りに行く。おかげで子を抱きしめたりできなかった。しまった! 奥さんが・・・・あ、また泣いた。今度は立ち上がっている吾子を抱きしめた、が、奥さんに変わらないと泣き止まなかった。くすん....。 話を戻して。奥さんが保育園に迎えに行くと、玄関を出た吾子が、滑り台に向かって一人で昇って一人で滑り降りたという。それは幼児用の滑り台だが、そのまま公園に行くと、ふつうの高さの滑り台を、一人で昇って一人でぴゅーと滑り降りたそうだ。スピードの加減がまだできなくて危ないと思うが、たいした成長だ。帰りには草葉の香りを嗅いでいたという。 消しゴムなど子の前では使ったことがないし、保育園でも使うまい。しかし、奥さんの話だと、ペンを取り上げた瞬間に消しゴムを握って、ごしごしこすりはじめたそうだ。民心になじんだ物の使い方というのは、直感でわかるものなのだろうか。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/29(火) ↑↓ →題名目次 | 雷雨な一日 生後599日(1歳7カ月21日) |
今朝は6時に起こされた。6時半まで寝ている予定が。メガネと時計を取ってくれる。今朝はジュースをちょくっとしか飲まなかった。そういえば、味が変なような・・・・。朝から元気に、いたずらざかり。腹這いになって、奥さんの電動自転車のバッテリーをいじっている姿は可愛い。奥さんを6時20分に起こして、私は6時40分に出勤。母子でお見送り。そういえば、子はばいばいしなかったような・・・・。 奥さんのお出かけ準備が整う頃、子は、しきりに出かけたくて、妻の手を引いて玄関まで出て、玄関を出ると、たたたたと階段を下りていったそうだ。そんなに保育園は楽しいかね。登園拒否されるよりましだが、複雑な気分である。今朝、抱き上げた時も、下に落とした歯ブラシが気になって、ちゃんと抱きしめさせてくれなかった吾子。でもね、父ちゃんはお前が好きだよ、大好きだよ。 天候不順。雨は降ったり止んだり雷鳴が轟いたり・・・・。 案の定、妻子は被害にあったようだ。晴れ間を縫って迎えに行ったその帰りに雨。子は、雨に嬉しそうだったというが、まだ完全に治っているわけではない風邪は大丈夫だろうか。明日、また病院に行くそうだ。 先ほど泣いたので、妻と一緒に子の様子を見ることが出来た。まるで、事故現場に警官に付いて入ってゆく新聞記者みたいな気分。寝相の悪い子は、布団からはみだしてふすまのさんの上で寝ていた。戻してやる。 もう一度泣いたときは、見ることが出来なかった。妻によれば、座り込んで泣いていたというのに。なだめることができなくて残念。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/28(月) ↑↓ →題名目次 | 吾子のはなくそ 生後598日(1歳7カ月20日) |
昨日のこと。朝起きた吾子は、久しぶりだというのに、私がメガネを枕元に置いているのを思い出して、見つけだして渡してくれた。たいそうな記憶力だ。今日の保育園からの通信によれば、登園と同時に、自分のボックスにバックを持っていって保母さんにほめられて嬉しそうだったことが書いてある。妻によれば、迎えに行ったときに、自分の靴箱に手を突っ込んで靴を探したという。日曜日をはさんでも憶えているわけだ。「人格」が彷彿としてきた。・・・・赤ゲットのこともまだ憶えているのだろうな。最近は探すそぶりはなくなったそうだが。 昨朝、子の鼻から白い大きなはなくそが除いている。指で取ると、それはそれは大きく見事なはなくそ。ゆるくねっとりしている。不思議な感覚。自分以外の人間のナマはなくそを触ったのはたぶん一生で初めてのことだろう。子の、大便が手についてもわりと平気な私も、はなくその指先でこねられるナマゆるさを素直に受け容れる気持ちにはなかなかならなかった・・・・などと思いながら、油分が飛んで硬めになるまでそのはなくそをこねていたのでした。 そうそう、私の体調ですが、木曜日にひいた風邪は、金曜日にはもう快復していたようだ。一夜にして全快したわけだが、ぶりかえして恥を掻くのを嫌って、こんちにまで伏せていたのですが、もはや大丈夫でしょう。一夜にして治した方法は、薬を通常の3倍量飲んで、「私は野生のオオカミ、オオカミは体が弱った時は体を丸めて傷口を嘗めながらひたすらじっとしている」と自己暗示を掛けながら眠ること。 ただし、先週の今日の仕事具合と今日の具合とを比べてみると、どうも先週すでに体調を崩していた可能性もある。そういえばその前の土曜日から本調子ではなかったような・・・・。とすると、木曜日が風邪のピークだったのかもしれない。 寝ている子が大泣きしている。奥さんの目撃談によると、急に起きあがって中腰になったかと思うとふんばってから泣き出したそうだ。・・・・大便を垂れたのだ。取り替えるまでの間、泣き続け。私もお手伝い。おかげで、子と接することができた、泣きっぱなしだが。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/27(日) ↑↓ →題名目次 | 水にまつわる一日 生後597日(1歳7カ月19日) |
今朝も子に起こされた休日。雨が降っている。子は、ペットボトルを口にして、朝っぱらから私の布団をびしょぬれにした。今日は、都合3回、ペットボトルの中身をこぼしたが、うち2回は私の布団を濡らした。 奥さんに食事を与えられた後、(いつもどおり奥さんは寝直したので)子にビデオを見せながら11時まで起きていた。11時になって、子は奥さんの脇に行って、昼寝を始めたのだ。私も12時に目覚まし時計をセットして寝た。12時から、いつのまにやら復活していた「刑事ナッシュ」の鑑賞タイムなのだ。 TVを見ていると、母子とも起きてきた。今日もおとなしく一緒に見ている。 午後、雨が上がって、子がやたら外出したがるので、20分ほど雨上がりの散歩。まあ気をつけていても、服や手は即座に泥だらけ。最後は抱きかかえて帰ってきたが、危うく子を抱いたまま鉄板で滑って転びそうになった。雨上がりは危険である。 子がいつのまにやら器用になっているので感動する。ペットボトルはその気になれば自分で開けるし、カレールーのパッケージの上にペットボトルを立ててその上に2段積み木を重ねるし---その一環として、ペットボトルのふたのうえにふたの開いたボトルを重ねようとして床をびしょぬれにしたのだ---驚きである。今日は輪ゴムを延ばして遊んでいた。はずれてピシッとなって痛い思いをするかと思ったが、どうもそんな兆しはない。痛みに強いのか、座ったまま後ろにのけぞって床がゴンという音を立てて後頭部を受け止めたが、本人はけろりとしている。こんなとき泣かないとかえって心配になるが、本当に平気であった。 今日は私と入浴。楽しみにしていた(私が、です)じょうろ遊び。なるほど、何度もお湯を汲んでは注いでいる。体を洗っている間も手放さなかった。 昼寝が短かったので、早く寝るであろうと、7時から私が添い寝。30分ほどで寝付いた。寝付くまで、いつものように暗闇を徘徊して、だんだん徘徊範囲が寝床周辺に縮まってきて、立っての動きより這っての動きが多くなってきて、「はぁ」と欠伸を一つして、「ぷぅ」とため息をついたら寝ているのだ。だいたいいつもこんな感じ。 最近あまり乱暴な遊びはしていないな。逆さ吊りにして振り回したのも今日は1回だけだし。ああ、もっとゆっくり遊びたい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/26(土) ↑↓ →題名目次 | 早朝のホラー 生後596日(1歳7カ月18日) |
5時20分に合わせて2台の目覚ましをセットして寝た。どうも眠りが浅くていけない。1時半に1度、そして3時半頃目が覚めて、もう2時間眠れるな、と思った。 目覚ましが鳴ったとき、2時間寝たような気がしない。それほど眠りが浅かったのか。いつもどおり慌ただしく出勤準備。妻のために6時に目覚ましを合わせ、5時40分に出勤。晴れているはずなのに、なんだか妙に暗い。朝刊も届いていない。 そろそろ6時。妻にモーニングコールをしよう。6時5分ちょうどを目指して時計を見ると、5時5分・・・・。時計、止まったのか? PHS の時刻表示を見ると・・・・やはり5時5分。何年ぶりだろう、177に電話をしたのは。「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。まもなく、5時6分をお知らせします」。1時間間違えて4時半に起きてしまったのだ!今頃、家では、1時間早められた目覚ましで起こされた妻が烈火のごとく起こっていることだろう。しらばっくれてモーニングコールすべきか、そっとしておくべきか?・・・・私の電話が鳴りだした。 帰ると寝かし付けのまっさいちゅうで、いちばん危険な時間。息を殺すしかない。今日はうなり声と足音しか聞いていない。そこで昨日聞いた話。 保育園から自転車に乗せて帰宅途中、年長組の子を連れた親子連れを追い抜いたそうだ。年長組は制服を着ているので分かる。すると、その子供が、「あっ、吾子ちゃんだ!」と叫んだという。うちの子、有名人なんだな。だって、学年が違うのに名前を知られているのだから。でも、なんで有名なんだろう。言葉もしゃべれないくせに図体がでかくて、しかもわがままだから悪名高いのではないだろうか、などと心配するのであった。ええい、子供は元気が一番! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/25(金) ↑↓ →題名目次 | 体調、いい感じ 生後595日(1歳7カ月17日) |
7時半ころまでとろとろと寝かせてもらった。おかげで、体調は昨日に比べてかなりよくなったが、皮肉にも子と過ごす時間が持てなかった。子の登園時間が迫ってきたので、妻が準備にいったん外に出る。子は、それを見て後を追おうとして靴に足を延ばす。ま、いっか、と思って、靴を履かせて外に出すと、折悪しく戻ってきた妻に、まだ早いと叱られる。妻の準備ができるまで外で遊んでいようと思っていたが、その激しい怒声に部屋に戻す。すると、期待満々で外出した吾子は、早く出たがって早く出たがって泣きじゃくる泣きじゃくる。悪いことをしたなあ。父親より保育園の方が楽しいのだねえ。しゅん。 帰宅したらもう寝ていた。吾子用のスリッパとじょうろを買ったそうだ。スリッパは、すぐに自分のものと認識して、即座に穿いたそうだ。じょうろはお風呂で使う。最初、使い方の分からなかった吾子に、妻が手本を見せると、気に入って気に入って、何度もお湯を汲んでは注いでいたそうだ。で、いざ風呂から出ようとしたら、じょうろを手放さない。無理矢理放させたら泣くわ泣くわ。どうもわがままでいかん。風呂から揚げて、服を着せると、真っ先に風呂に突進していったという。お気に入りのおもちゃができて良かったのう。 病院に寄ったそうだ。まだ、本調子ではないらしく、薬をまたもらった。もう暑くなっている。母子の風邪が本復しないでいるうちに、私まで風邪を引いてしまった。一家全快を俟(ま)つ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/24(木) ↑↓ →題名目次 | うなされて夢心地 生後594日(1歳7カ月16日) |
いったい何度目が覚めただろう。浅い眠り。今日の体調は悪かった。でも、最悪ではない。これからもっと悪くなりそうだ。 自分の体調が悪いと、子供の体調がいっそう気になる。これって、親心というやつかな。しかし、親父の心配を余所に、子の体調は悪くはないそうだ。それならよいことだ。昨夜、寝る前に寝顔を見て以来、顔を見ていない吾子。 今日、奥さんが保育園に迎えに行くのが5分ほど遅れたそうだ。いつもなら、迎えに行くと、2階から吾子らがぞろぞろと降りてくるところに出くわすそうだ。子は、補助無しで一人で降りてくる。昨日は、母の顔を見つけて、てすりのない方に移動して降りようとして保母さんに制止され、さらには割り込もうとして押さえられ、しぶしぶ順序よく降りてきたという。 遅れて迎えに行くと、すでに子は下に降りていて、母の顔を見てなきじゃくったそうだ。いつもなら待ちかまえてくれている母がいない欠落感のなせるわざだったのだろう。赤ゲットの喪失感にくわえてダメージだったと思う。 体調の悪い私は、明日、思い切り遅らせて出勤するので、皮肉にも子と過ごす時間が持てるだろう。不幸中の大幸運。おやすみ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/23(水) ↑↓ →題名目次 | つらい思いを忘れつつあるか 生後593日(1歳7カ月15日) |
水曜日はいつも雨。5週連続だ。今日は行きも帰りも雨。心も暗くて体も重い。と思っていたら風邪の引き始めのようだ。子と入れ違いだな。とっとと寝よう。 今日も、朝、夜とも子の姿を見ていない。鼻水と咳はまだ少々出るもよう。昨日と違ってうってかわっていい子であったとのこと。赤ゲットを喪失した痛手を忘れつつあるのか。いつかは忘れなければならないし忘れるだろう。しかしそれがいつの日のことになるのか。見当もつかない。ただ、今夜は、紛失したのと色違いの緑ゲットを抱えて寝ているそうだ。暗闇の中で、色が分からず手触りだけで安心してくれているのか。 上述のとおり、体調不良により、短いながらもおやすみなさい(明日は5時起き)。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/22(火) ↑↓ →題名目次 | 不憫、吾子 生後592日(1歳7カ月14日) |
昨日のうちに、ばあちゃんが、紛失したのと色違いの毛布と、似た色と材質と大きさをした毛布を届けてくれていた。しかし、生後1年半以上かけて育んできた香り手触り汚れ具合が気に染まないらしく、代わりのものはすべてはねのけたという。 朝は元気に起きてきた吾子。TVを見て、妻に連れられて保育園に行くが、自転車に乗せられて手持ちぶさた。うちにあった、大きさはこぶりでも同じ材質の毛布を持たせるが、不満げにうなりながら渡した私を見る。「あたちの赤ゲットを出してー!」という顔をしながら、自転車の後部座席から私を振り返りながら去っていった。 奥さんは想像以上にまいっているらしく、昨日のうちに考えられるところは何度も探索し、落としたとおぼしいあたりにあるバスの営業所の紛失係にも問い合わせをし、失せ物捜索の掲示板にまで書き込みをしたという。それだけやってみつからないのである。 私は一日たらたらさせてもらった。妻も子もいない一日。夕方、聞き分けのない吾子を連れて帰宅。ちょうど、青春の日々になすべきなにかが見つからなくて行動がやさぐれているかのように、吾子は喪失感から何かを求めているそぶりを織り交ぜながらやさぐれた行動で過ごしていた。見るに不憫である。泣いて食事をしない子を抱えて、妻まで泣き出した。 私の食事を分け与える形で、ようやく子は食事を摂ってくれた。なんかあんまり笑顔を見られなかった一日。父親の私まで、無力にさいなまされて罪悪感を感じている。しかし、一番つらいのは吾子だろう。はやく痛手から立ち直ってほしい。 泣き疲れた一日のせいか、簡単に寝付いてくれたことだけが、幸いである。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/21(月) ↑↓ →題名目次 | 赤ゲット紛失! 生後591日(1歳7カ月13日) |
「よりによりに夜に、さりにさりに寒きに・・・・、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん」といいながら篝火の前を前をはだけて舞い回ったのは、『宇治拾遺物語』に出てくる、猿楽者たちの話。 昨晩のこと。おむつを換えるために脱がせて下半身丸出しの吾子が、サッシの方に行って、下半身を窓に押しつけて「あはははは」と笑っている。冷たくて気持ちいいのだろうか。 「母と子のTVタイム」のビデオを見ながら、体操したり踊ったりするのだが、「英語であそぼう」を見ながら、えらい複雑に手を動かして踊っている。おどろいた。 夜、何度もわりと長めに泣いていた。大丈夫だろうか。 例によって寝ている母子を置いて出る。今日は出る前に細めにふすまを開けて寝ている子を見る。 奥さんから、始業直前に連絡。こんな時間に電話をくれるとは、大事件が起こったにちがいない。どきどきしながら電話をかけると、保育園に連れてゆく途中で、子のお気に入り赤ゲットを紛失してしまったとのこと。なるほど、大事件だ。それでも子の身の上そのものに何かが起こったわけではないので、少しほっとする。何往復もして探したが見つからないそうだ。いったいどこへ行ったのだろう。車にでも引っかかって持って行かれたのだろうか。今日は終業後、仲間で飲みに行って帰宅は深夜になろうが、なるべく私も捜索してみたいと思う。 職場のみなさんと一献傾けて、12時半頃、帰着。妻子が寝ているのをいいことに、そのまま外出して、吾子の赤ゲット探索に出動する。奥さんが充分探したから、見つからないのは当然と思いつつも、見つけたときの吾子の歓びを想像してのスタンドプレイ。 ・・・・30分ほどかけて、自宅から保育園の道を、途中寄り道しながら探したけれど、見つからなかった。お父さんはスーパーマンではなかった。根拠のない自信で、見つかると信じていたのに。悲しい現実である。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/20(日) ↑↓ →題名目次 | ハスキーボイス吾子 生後590日(1歳7カ月12日) |
朝は8時くらいに起きたのだろうか、私は3時半まで起きていたのに。 日曜日だというのに珍しく奥さんが、朝から起きっぱなし。いつもなら子に食事を与えて2度寝に突入なのに。よし、今日は私がその権利を甘受してやれ。・・・・ところが、そうは問屋が、いや奥さんが卸さない。10時ごろにたたき起こされてしまった。 子は、元気である。熱も、高くて 37.5℃ ぐらいで、乳幼児の平熱ぎりぎり。金曜の夜、一夜で治ったのだろうか。これは父親である私の体質と似ている。体にダメージを受けたらひたすら寝る。それで治るのだ。寝られないと長引く。 元気な子も、声はハスキーなままで治っていない。あと鼻水もさいさい垂らしている。鼻水吸引機で奥さんが吸い取るのだが、泣くわ泣くわ。そのくせ、終わるとけろっとして、先ほどまでかたきだったともいえる吸引機を、自分の鼻に当てて遊んだりしてよくわからない。 ハスキーボイスで笑うので、「あはははは」とおばさんの愛想笑いのように聞こえる。正常時のあのきゃらきゃらした笑い方を忘れてしまいそうだ。 いつのまにやら、積み木が得意になり、7〜8個の積み木を目を離したすきに垂直に積み上げて、たいして苦労しなかった証拠に、愛着がないのか、それともそれが目的か、ばん、と叩いてくずしている。ずいぶん器用になったものだ。奥さんの話によれば、絵を描いてやると目の所に点を打ったりもするらしい。本人は口に出来なくても、我々のことばもずいぶん理解しているようで、意図的に逆らっているとおぼしい行為を除けば、意志を伝えるのに不自由しなくなった気がする。 今日は好天に恵まれて、子を外出させたい気持ちはやまやまだったが、大事をとって出さなかった。ついでに私も一歩も外出しなかった。明日は保育園に行かせて、帰りに病院に寄るのだが、快癒を宣告されたいものだ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/19(土) ↑↓ →題名目次 | だいぶ状態はよろしいようで 生後589日(1歳7カ月11日) |
昨夜、子が就眠したのは6時過ぎだったろうか。そしてそのまま昏々と眠り続けた。ただし、寝息の息づかいが順調なので、安心である。 どうも最近は、4時とか4時半とかにいったん目が覚める。起床が5時とか5時20分だから、あと30分とか1時間とか寝られる、と喜ぶよりも、中途半端な時間に目覚めてしまって2度寝したら起きられない心配の方が先に立って、眠りが浅くなってつらい。 今朝も4時半に目が覚めた、と思ったら、ふすまが、からりと開いて、妻が顔を出すかと思ったら、子の顔が覗いていた。私を確認していったん閉める。しかし、また開く。数回それを繰り返して、とうとう私の所にやってきた。おはよう。でも、パパ、ちょっとつらいよ。充分寝たから2度寝なんぞする気配もない。たしか、今日迎えるシッターを意識して掃除するから、妻は5時半に起こせといっていたっけ。今起こすのは気の毒だが、私は仕事のために休養を取らねばならない。妻を起こす憐憫と、寝起きの妻の機嫌の悪さもものかわと、5時前に、おそるおそる妻を起こす。すると、予想外にも妻が子を引き取ってくれた。妻の言うことはよく聞くようで、子が再びこちらに来ようとして、妻が叱ると、寝室に戻っていった。 5時20分に目覚ましが鳴る。起きて、見ると、子は奥さんの足下で口を開けて寝ている。おいおい、そんなことならパパを起こさずにいてほしかったよ。奥さんを起こしてみたが、反応はあったものの、このまま起きないんじゃないかと危惧しつつ出勤。 今日は、8時前にシッターに来てもらって、1時に妻が引き取ることになっている。午後、連絡があり、子の体温は36℃くらいに下がっているとのこと。万歳、これで大丈夫だろう。 寄り道を押さえて8時半に帰宅。もはや病人とは思えない元気さで起きていた。いつもよりいっそうおしゃべりで(相変わらず何言ってるかわからんが)、ただ、その声がしゃがれているのがいたましい。わけのわからないおしゃべりの中にも、聞きなしか、ジュースがからになって「オワッタ」とか、寝そうにして「ネル」とか言っている気もしないでもない。 成長したのか、なかなか聞き分けがよく、私がTV映画を見始めると、おとなしくして一緒に見たりうろうろしている。箸で寿司のガリをすくい上げて私に食わせてくれた(つまんでではない)。 10時過ぎた。もうすぐ寝そうだ。奥さんが寝かしつけている。寝る前の体温は37.5℃くらいだ。このまま治ってくれればいいなあ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/18(金) ↑↓ →題名目次 | セカンドオピニオン--再び風邪を引いた吾子 生後588日(1歳7カ月10日) |
11時近くまでやんちゃに遊んでいた吾子も、昨夜の騒動の影響か、私の横になった足を枕にして寝てしまった。奥さんは午前中に病院に連れてゆくことを実は目論んでいたそうだが、中止。いつのまにやら私も二度寝。 12時ごろ、尿意に催されていったん起きる。見ると、奥さんも寝ている。私もまた寝たのだった。 眠いよ眠い。1時ごろ、奥さんに起こされて、子が、38.9℃の高熱を発していることを知らされる。昨夜のはこの前兆だったのだ。昨夜は37℃しかなかったのに(乳幼児としては平熱)。朝食もさほど摂らなかったし、昼食に至っては全然というふうだったそうだ。子はまた寝てしまった。3時頃を目安に、子が起きたら病院を梯子させる--小児科と耳鼻科--ことに決定。 それまでに所用を、と外出。外出後、だいぶたって、髪をピンで留めたまま歩き回っていた自分に気付く。奥さんに無理矢理つけられたのだ。出るとき忘れるよ、と言ったら、必ず指摘するから、とうけあっていたのに。マンションの知人にも会ったというのに、恥ずかしい思いをした。 一件目の小児科に奥さんが子を連れて行ってまもなく、呼び出しが掛かった。耳鼻科はどうしたのだろう。行くと、小児科の名医の見立てにより、もう中耳炎は完治していて、今回のは風邪である、との診断がくだったから耳鼻科に行く必要はなくなったそうだ。昨日の東京女子医大付属病院でも、まだ耳が腫れてますねえと言われていたのに。セカンドオピニオン、というほどではないが、医者の意見が対立した例だ。もちろん、かかりつけの名医である、小児科の先生を信じる! ・・・・というか、先日の新聞のコラムで、最初の医者と、次の医者との意見が異なる場合、最初の医者の誤診の場合ももちろんあるが、後の医者が診断したときには、前には確定してなかった病状がはっきりと現れていたり、自然治癒していたりすることもあるし、前の医者の意見を土台にして判断できるから、セカンドオピニオンの方が正しく見えることが多々あるのだそうだ。たぶん、吾子の場合も、一夜にして中耳炎が治ったのだろう。 夕方になって、ダノン主体の軽い食事を摂らせて薬を与えたら、眠そうにしたので、そのまま寝かせてある。明日は、ベビーシッターを午前中たのんである。病児専門のシッターを頼むことが出来たのだ。月曜日に再び小児科に行く予定。早く治ってほしい。せっかくの休みだったのに、子と睦ぶ時間が少なかったのを遺憾に思う。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/18(金) ↑↓ →題名目次 | 元気におはよう 生後588日(1歳7カ月10日) |
夜中に何度か夜泣き。2時台の夜泣きは、病院に行く前の泣き方をほうふつさせて、心配になったが、やがておさまった。朝にはゆっくり寝ることだろう。 と、思ったら、意外に早く、それでも7時半には起きてきた。朝寝をあてこんで3時まで起きていた私はつらい。非常に元気そうで、はれぼったい顔を除いて昨日の不調の片鱗さえないので、保育園はどうするか、病院はいつ行くか、にわかに再検討する必要がありそうだ、というところで8時。奥さんが、「そういえばテレビが始まってるね、でも見せるのやめようか」と口にしたら、子は、はっ、と思い出した顔で、TVの前に走り寄ってちょこんと正座した。「テレビ」という語彙で反応したのだ。すごい。こんな姿を反応を見たら見せないわけにはいくまい。 「いないいないばあ」が始まった。オープニングの曲のくぎりに「いないいないばあ」という歌詞が歌われるが、その部分で、子と私と同時に、「いないいないばあ」をした。楽しいひととき。 さて、今日の予定だが、いったんは登園を予定したが、鼻水がやはり多いので大事をとって休むことにして、通院しよう、しかし今から(9時)から行くと耳鼻科は強烈に混雑しているので、午後の空いているすきを狙って、ということになった。妻も休むことにした。はからずも親子三人の時間が出現した。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/5/17(木) ↑↓ →題名目次 | 緊急夜間病院 生後587日(1歳7カ月9日) |
10時ちょい前にアパートの階段を上ると赤子の泣き声がする。まさかまだ吾子が寝てないなんてことはあるまいなあ、と思ったら吾子だった。 座り込んで火のついたように泣いている。奥さんによれば、いつもより早く7時ころから眠そうにぐずりはじめて、8時20分に寝かしつけたのだが、8時40分ころから泣き続けているそうだ。尋常ではない。病院に連れてゆくことにして、電話をしてみる。 生誕の地である聖母病院は小児科医がいないとのことで、東京女子医大付属病院に行くことに。タクシーを拾うまでは泣き続けていた吾子は、車が走り始めると泣き止んで、もしかしたら病院に連れてゆくのは勇み足だったかも知れないと思わせる具合だった。でも、安心のため、また名前も告げていたのでそのまま行く。 奥さんは前にも一度、子を連れて来たことがある。突発性発疹の前に高熱を発したときだ。私は、夜の緊急病棟などに入るのは初めてだ。誰もいないだろうと思ったら、がらんとして暗いホールに、結構な患者がいた。10組はいたろうか。やがて救急車で老人が運ばれてきたが、その人を除いて、一見、緊急性がありそうには見えないくらいのんびりしているように見えたが、よく見るとそれぞれぐたっとしていたり青白い顔色をしていたりするようだ。 事前に電話したおかげか、意外に早くお呼びが掛かった。問診するのは若い女医さん。他に二人の女性が診察室に入って来たので看護婦さんかと思ったら、ひとりがベッドに腰掛けたのでちょっと驚いた。どうやら、若い女医さんは新米で、腰掛けたのが指導をしている女医さんだったようだ。若い女医さんが聴診器をあてているときに割り込んで同時にあててくれたり、「〜しましょうか」と訊かれて指導したり、患者側としては総合的には安心できる。若い女医さんも指導医に途中から頼り切ってしまった様子で最終的に判断を下したのは指導医だった。たぶん、中耳炎が治りきっていなくてそれで喉と耳が腫れて泣いたのだろう、との診断。ほっとひと安心。 それにしても、若い新米(推定)の女医さんの態度は堂々としたものだった。決して悪びれず、自信満々で頼りがい満点。医者というのはこうでなくてはならない。医学部では、患者の前で堂々とした態度を身につける訓練をしているのだろうか。 帰宅すると11時半だった。子は、限界だったようで、ころん、と寝てしまった。私はこれから食事、というか飲酒、明日は休みだから。子に保育園を休ませて、めんどうを見よう。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |