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吾子の成長記(ako026.html)

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2001/8/4(土) →題名目次
熱砂で遊ぶ家族 生後666日(1歳9カ月27日)

 6時半、きちんと起きてきて私と遊ぶ。TVの影響を受けて、片手片足を持って振り回したり。妻の自転車の鍵を見つけ、妻がするように、パンツのポケットに入れようとするが、・・・・パジャマにはポケットはない。代わりに鍵を、パジャマの股の所に入れた。むろん、歩いているうちに落ちてくる。おしめの中でなくてよかった。
 妻が保育園に送るときにお見送りに外に出る。もああと暑い。自転車の荷台から振り返りつつ手を振りながら去っていった。
 お迎えも妻で、病院に寄った母子と、公園で待ち合わせ。ベンチに座っているだけで汗がじわじわ。ヤブ蚊も盛んだ。段ボール敷いてお昼寝しているおっさんが、蚊取り線香を焚いていて、その風下のベンチにいても蚊に刺されてしまった。
 砂場は熱砂だ。子も、汗の玉を額に流しながら砂遊び。鼻水や汗で濡れた髪が口に入るたびに、「うー」とうなって取り除かせる。他の子らが砂場においたままちょいとはずしているすきに、遊具を奪おうとする。なかんずく、子供用の自転車に乗りたがったたらなかった。
 妻は砂場セットを持って帰宅。しきりに手を振っているのに、子は気にもせずブランコに乗ろうとしていた。その後、砂場に戻り、虚しく掘り返されて砂場セットのない熱砂に棒立ちになり、自らの手で砂をすくっていた。吾子よ、世の中にはそれこそ砂をすくうようなわびしい営みもあるのだよ。あと、砂を噛むような思いも。
 水飲み場に行って手を洗う。吾子の両手を重ねてやって、下から突起を押し上げて水を出させてやる。しばらくすると、自力で水を出せるようになった。ずっと出し続けで足下はびしょびしょ。
 帰宅してほとんど間をおかず入浴。子にいやがられつつも、顔を念入りに洗う。よほど喉が渇いたか、入浴前後、ジュースをがぶ飲み、入浴中も風呂水をがぶ飲み、しようとした。
 自分のことにかまけていて、風呂あとはあまり子にかまってやらなかったことが悔やまれる。子は、眠そうにとろとろしている。寝室に連れて行こうとしたが、TVを消すと怒る。結局妻の手をわずらわせ、寝室に連れ込んで、私が添い寝。そして、記録的に、5分ほどで寝入ってしまった。

 中丸明「ハプスブルク一千年」(新潮文庫)読了。面白くためになったが、不必要に下品なところが残念。

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2001/8/3(金) →題名目次
今日も偉い吾子 生後665日(1歳9カ月26日)

 6時半、子は起きてこない。しかし、なぜか妻が起きてきてコーヒーを淹れてくれた。昨晩、「明日は起きるからね!」と宣言していたが、きちんと「有言実行」したわけだ。コーヒーを淹れて、すぐに二度寝に入ったが。
 寄り道をしたので帰宅が遅くなった。食事も済ませ、薬も飲んだ吾子は起きて待っていてくれた。薬を飲むと、極度に眠くなるのに、だ。昨日のこと覚えてるかな、と思って、「おしめかえるよ、持っておいで」と言ってみた。ちゃんと覚えてました。おしめを持ってきて、汚れた方を、「ないない」と言いながらゴミ袋に捨てに行った。戻ってくるときは、満面の笑顔を浮かべて自ら拍手しながら、私に飛びついてきた。ぎゅー、と抱きしめ、なでなでしてあげる。
 腹一杯食べたはずなのに、パパのご飯は別バラらしい。何口か食べたところで、またも箸を取り上げて、一粒二粒ずつご飯を食べている。「パパに貸して」と言って、時折取り返しつつ、あと数口で食べ終えるところで、茶碗と箸を持って台所に立っている母の所に持っていった。お片づけをしているらしい。取り返して、早速残りをかっこみ、茶碗、お椀、箸と3回に分けて運んで貰った。目頭が熱くなるほどいい子だ。
 妻がゴミ捨てに出た瞬間、玄関に走っていたかと思うと、鍵を掛けてしまった。くわばらくわばら。その後、洗面台で手を洗いたがる。手を洗うのが大好きなのだ。自分でスツールを持っていってよじ登ったが、洗面台の縁に手を掛けたままスツールが倒れてしまって、ぶらさがってしまった。でも泣かない。ご褒美に、泡立ち石鹸を手にまぶして洗わせてやる。際限なく洗っている。引き離すと泣き出したが、ゴミ捨てから帰ってきた母と寝室に向かった、泣きながらも「バイバイ」しながら。お休みー、明日は休みだから(保育園から帰ったら)たっぷり遊ぼうねー!

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2001/8/2(木) →題名目次
成長、成長、日々成長 生後664日(1歳9カ月25日)

 6時半、子は起きてこない。いぎたなく寝ている。しぶしぶに出勤してしばらく経って・・・・はぁっ! 着替えを忘れた! 今の期間は、車で出かけて、仕事先できちんとした服装に変身するのだが、今日も忘れてしまった。時折忘れてその都度困ってしまうのだが、今日は取りに帰ろう。少し出勤が遅くなってもなんとかなる。
 そこで思い出したのは、深夜の妻の言葉。昨晩の夜泣きの原因は、空腹で、ヨーグルトを食わせたら収まったのだが、ヨーグルトの在庫が切れてしまったから、明早朝買いにゆかねば、と。あれは私に向けられていたような気もする。そういうわけで、着替えを取りに帰ったついでに、ヨーグルトを適当に買って冷蔵庫にしまって再出勤。後にたいへん感謝された。再帰宅時には、今日は保育園を休ませるので、二人そろって惰眠をむさぼっていた。
 帰宅。ドアをガチャと開けると、子の「おっ!」と言う声と伴に歓迎隊(たった二人だが)が出動してきた。私が着替えていると、子が、少し濡れたざるを持って現れた。奥さんがなんのざるだろうといぶかしんで、台所に入ったところで悲鳴。それを聞いた吾子は、まずいと思ったか、奥の部屋に遁走。悪知恵をつけおって。ざるにはおろした大根が入っていたのだが、全部ぶちまけられていたのだった。
 妻が私の夕食の準備をしている間、おやつか夕食かわからぬブドウパンを指でちぎって子に食わせる。味付けがよっぽどうまいらしく、ひと口食べては「むふふふふ」と幸せそうに笑う。ちぎる手が止まると、「ううーううー」と怒る。その直後の、夕食本番もまあまあ食い、またも私の晩餐に目を付けてねだる。しまいには私の箸を取り上げて、自分で食おうとする。数口残しておいて、私はごちそうさまだが、茶碗と箸を返してくれない。しばらくほっておいて、残りのご飯粒を全部食べてやったところで、子に、「これをママのところに持っておいで」というと、茶碗と箸を抱えて、行こうとしてそのままころんでしまったが、どちらも落とさなかった。体勢を立て直して、まずは茶碗だけ、次は箸を、ママの所に持っていったのだった。「使える」子だ。
 おしめが濡れている模様。「おしめ取っておいで」と言ったら、理解しておしめを探しに寝室に行き、やがて持って戻ってきた。私の仕事はおしめを換えて履かせるまで。パジャマの下は自分で履き(後ろを挙げるのは私がしたが)、汚れたおしめを手渡すと、ゴミ袋まで捨てに行った。
 お茶を飲んで、服を濡らしたので、着替えさせることに。上を脱がしてやって、「これを持ってママの所へ行きな」というと、上半身裸ですたすた行ってしまった。やがて寝る時間かな、と思うと、子はみずから「ばいばい」して、妻と寝室に入っていった。風邪薬の力で、あっというまに寝てしまった。おやすみー、またあしたね!

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2001/8/1(水) →題名目次
ビスコくれた 生後663日(1歳9カ月24日)

 6時半、今朝も定時起床。父は出勤前にも関わらず、心待ちにしていた。昨晩は、風邪の影響か、何度も激しい夜泣きをしていたが、朝は洟をすすっていなかった。ちょっと安心。妻のところに連れて行って、バイバイすると、素直に見送ってくれた。やはり朝の挨拶をしたいのだろう。
 今日は病院へ連れて行ったそうだ。軽い風邪。帰宅はちょうど夕食時間。ドアを開けると、だらんと仰向いて私を眺めていた。ほとんど食事を摂らないそうだ。昼間の保育園でも。また喉か? さて、それでは父ちゃんの出番。父ちゃんのご飯を横取りするだろうと思ったら、2口は進んで食べたが、それでおしまい。バナナもろくに食わない。ヨーグルトは食べた。それだけなのだが、元気で機嫌も良いので大丈夫だろう。熱は、36℃台だから安心。
 ビスコ、ただしクリームを取り除いたヤツ、を、子に与えてみろと妻が言う。口元に持ってゆくと、ぱりぱり2口ほど食べた後で、ふん、と言って私の口元に差し出す。食べろ、とおっしゃるわけですな。私も1口食うと、子がそれを取り返して残りを、ぽろぽろこぼしながら食べたのだった。ありがとう、やさしいね、自分の食い物をわけてくれた。
 自分でおしめを持ってきた。換えろ、とおっしゃるわけ。脱がして拭いてやると、下半身丸出しで立ち上がったかと思うと、パンツ型のおむつを自分で履き始めた。その後、パジャマの下も。古いおむつを渡して、「ないないネ」と言うと、ゴミ袋に持っていった。その後、うれしそうに私に飛びついてきた。ほめて、ほめて、と言っている。
 新聞広告を、びりびりと口に出しながら破いている。丸めたヤツを手渡して、これも「ないないネ」と言うとやはりゴミ袋へ。おもちゃを片づけるときも「ないない」だが、おもちゃをゴミ袋に捨てたりはしないから、概念が分かれているわけだ。
 寝る前に、夫婦でそれぞれ吾子にチューを求めると、自分はしたがらず、両親の体を小さな手でつかんで、引き寄せようとする。父ちゃんと母ちゃんとでしなさい、ということだろう。何度かさせられた(恥かしぃぃ!)。ちなみに、今日は喧嘩していないのに。仲良しのする仕業だと認識しているらしい。
 今日は、吾子の指示を受けて帰宅後を過ごしたわけだ。両親を指導するくらいに成長したねえ。

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2001/7/31(火) →題名目次
ゴミ捨て吾子 生後662日(1歳9カ月23日)

 6時半、今朝も定時起床。父も定時出勤目前。昨日の経験から、泣くことはなしに私のもとに直行。TVを点けたがるが、見なかったことにすると諦めた。ジュースを勧めるも、飲まず。純粋に父にいってらっしゃいを言いたかったのかな。寝ている妻の元に連れて行くと、後追いもすることなく、滞りなく出勤。・・・・ちょっとさみしい。
 帰宅。またも風邪気味らしい。青っぱなを垂らしている。耳で計る新しい体温計がお気に入りらしく、私にも検温させようと、耳に突っ込んだまま迫ってくる。昼間は37.2℃だったそうだが、私が計ると36.8℃。大丈夫である。
 もう夕食は済ませて、しかもたっぷり食ったそうだが、私が夕食を始めると、膝にちょこんと乗って、昨日と同じくご飯を要求する。よく食うなあ。妻もまねて、お箸でご飯を与えようとしたが、食わなかったという。パパのご飯の横取りが好きらしい。
 またも立て膝させられていないいないばあ。その後、複雑な姿勢で子を持ち上げたりひっくりかえしたりを要求された。降ろすと、うー、と唸って怒るのだ。寝る時間が迫り、妻がおしめを換えた。私がパジャマの下を履かせ終えると、汚れたおしめを手に取ったかと思うと、あれよあれよというまに、ゴミ袋に捨ててしまった。偉いねえ。しかし、誰も見ていない隙に、大切なモノを捨てられていたりして。
 寝室に引っ込むとき、手でバイバイしながら口ではっきり「ばいばい」と言った。その後、寝かしつける妻と子で楽しそうにしている。後で聞くと、子と、オリーブ毛布のとりあいっこをしていたそうな。妻が、もう寝なさい、ととりあいをやめると、子は、毛布の端をひらひらさせて挑発してきたという。やっと、赤ゲット喪失の悪夢は消え去った模様だ。

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2001/7/30(月) →題名目次
父ちゃん好きかい? 生後661日(1歳9カ月22日)

 6時半、出勤準備をして玄関近くにいると、「がら」と寝室のふすまが開き、「がら」と台所の戸が開き、「ふえ〜ん」と言いながら子が飛びついてきた。出勤を悟られたらしい。いつもの場所に父ちゃんがいないもんで悲しかったのか。一昨日とはえらい違いだ。
 抱き上げて、妻の横に戻す。静かになった。また寝たのかな。もう一度きちんと出勤準備を確認して、寝ているかと思われる吾子と妻の寝室を覗く、と、座ってこちらを見ていた。やば。しかし、なぜだか騒ぎもせず座っている。ねぼけていたのかな。
 まだ子が起きている時間に帰宅。面に出ていた実際に使う方の砂場セットを玄関に置くと、砂のついているシャベルを発見されてしまった。砂を洗い落としてやろうといったん取り上げると泣きわめいた。朝とはまったく違う対応だ。
 私も子も夕食。子は、妻の与える食事を中断して、私の膝に座り、「あん」と口を開く。白米をくれ、との合図だ。次々に要求する。口を開けるだけではなく、私の茶碗の中を、人差し指を曲げて指示する。妻が、「お茶飲まなくて平気かなあ」と言うと、今度はグラスを指さした。言葉が通じているのだ。ついには、私から箸を取り上げて、箸でご飯を、挿して、あるいは持ち上げて食おうとする。むろん、うまく行くはずもない。そうしているうちに食事も終わり。
 言葉が分かると言えば、やはり両親が喧嘩していたらわかるんだろうな。昨日は、いつものように自分のわがままで泣きわめいたりせず、両親の間を取り持とうと往復を繰り返した「蜻蛉日記」の道綱のごとく、数時間にわたって両親の間を行ったり来たりして、笑わせようと努力しているようで健気で健気でしかたなく、声も荒げられない。妻を指さして「ブタ!」。そこで失笑したら、今度は私を指さして「ブタ!」。子の「ぶた」の概念がわからんが(少なくともゾウは「ぶた」。今日は本の一瞬しか映らなかった折り紙のゾウを「ブタ!」と言って指し示した)、「母ちゃんも父ちゃんも争いをしていて醜い!」とでも言いたかったのかなあ。
 さて、今日の添い寝は妻が担当。私にしがみついてなかなか離れようとしなかった。大丈夫、明日も早く帰る(予定だ)からね!

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2001/7/29(日) →題名目次
ずっと一緒にいられた一日 生後660日(1歳9カ月21日)

 6時半に起きてきて以来、9時半に寝かしつけるまで、数メートルと離れることのない一日。
 朝は、クリームパンをちぎって与えるが、そんなには食わない。昨日と同じく、仰向けになって立てた私の両膝の向こうにひざまづいて、「いないいない、ばあ」と言いながら両膝を開く。今日は、開くごとに、変な顔をしてみると、子は大喜び。壺にはまった時だろう、開いた膝から体を乗り出してきて、変な顔具合を確かめに来る。
 そんなことを繰り返して、9時から1時間以上、公園へ二人で。砂場セットは携行せず、滑り台(これは1回)、ブランコ、水遊び、かくれんぼ、というところか。水飲み場の、下から突起を押し上げると一定時間水が出る仕組みになっている「蛇口」を、子は自力では押し上げることができなかったのだが、両手で押し上げることを覚えた。公園の物置の周囲を廻って、かくれんぼまがいのこと、----子が角を曲がって、私の様子をうかがっている、私は逆回りして後ろから覗いてみる、というふうなことをしていた。電話ボックスに入りたがって泣き出したところで、抱いて帰宅。
 お昼寝は、30分ほどで泣き出して、早めに中断。
 夕方、再び公園へ。今度は砂遊び道具携行。砂遊びは妻の方が得意だ。いつぞや会った、「ケンイチ」だっけ、腰をかがめて挨拶する同年齢の男の子の一家にまた会った。おねえちゃんの方が「いっしょにあそぼ」と声を掛けてくれたが、吾子は私にしがみついてもじもじ照れている。おねえちゃんが諦めて去るときに、バイバイを(ほっとしたように)したのが唯一のコミュニケーション。
 砂で汚れた顔を、風呂で念入りに洗ってやる。
 寝付きはわりとよかった。またもや私も一緒に寝てしまった。

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2001/7/28(土) →題名目次
飢えたカポネ 生後659日(1歳9カ月20日)

 6時半ころか、隣室で子が起きた様子。こちらに来るかなー、と身構えていたが、そこで泣くだけでこちらに来ようともしない。どうやら、「父親は不在なもの」という固定観念ができているらしい。妻がパンを与えて空腹を押さえた模様。
 8時ころか、間の戸が開く気配。薄目を開けて見ると、子が佇立してこちらを見ている。パパだよー、早くおいでー、と思いながら様子を見ていたが、誰がいるのだろう、と不審そうな様子。2〜3回ほど顔を出したり引っ込めたりしてからやっと、父親だと認めて、走り寄ってきた。おはよー。
 ぎりぎりの時間に妻が子を保育園に預けに行く。私は、今日は昼下がりに少しだけ仕事があるので、正午に出勤。帰宅は夕刻であった。
 私が夕食をとりはじめると、ちゃぶ台の横に立って、「うー」と唸る。箸でご飯をつまむと、子は立ったままで、口を大きく「かぱっ」と開いた。ご飯の横取りである。並行して子の食事も用意されつつあったのだが、待ちきれなかったらしい。数口食べた後で、座り込んでお絵かきボードのペンの尻を葉巻のように銜えて悪そうなしかめ面をしたままTVに見入っていた。まるで悪事をめぐらしているアル・カポネさながらであった。
 月曜来の疲れも溜まり、ほとんど横になったまま子の相手をしていたら、子は、私の下腹部に乗っかって遊ぶのが気に入ったようだ。そこでジャンプしたり、ずるっと滑り降りたり、私の膝小僧に手をかけて支えにしているときに、さっと膝小僧を動かすと、子が尻餅を突くが、それではしゃいだり、しかし、場所が場所だけに、男の私が、いや、男だからこそ咆哮に近い悲鳴を挙げること数度であったことは想像に難くあるまい。膝小僧で子の腹を持ち上げてやると、くすぐったさにきゃらきゃら笑うのだが、今日に至っては、それをやろうとするふりだけで、笑いを取ることができた。
 子が、新聞を破きかけた。妻が、それを取り上げて、代わりに折り込み広告を「これはびりびりしていいのよ」と言って渡すと、子は、「びりびり」と言いながらそれを破き、破片を「ナイナイ」と言いながらゴミ袋に捨てていた。語彙が増えた!
 PHSを充電してもらおうと、妻が子に端末を渡して、「吾子っち、ピーしてね」という。充電器に差し込むと「ピー」という電子音がするからなのだが、なぜか子は端末を手にとって口で「ぴー」と言っていた。結局は充電してくれなかったが(ときどきしてくれるのだ)、また語彙が増えたわけだ。もしかしたら電子音を「ピー」という擬音語で捉えることができていないのかもしれない。
 私が寝かし付けを担当したが、月曜来の疲れから、子が寝るより早く私の方が寝てしまった。さっきまではしゃいでいた子は、なぜか大声を挙げて泣きながら輾転反側しながらも、いつのまにやら眠りについていた。

 先週の宿泊の間に、岩井志麻子「ぼっけえ、きょうてえ」(角川書店)読了。

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2001/7/27(金) →題名目次
久しぶりの吾子、神経質 生後658日(1歳9カ月19日)

 帰宅は子を寝かしつける微妙な時間。妻に無理言って起こしておいてもらった。
 ただいまぁ。ドアを開けると、ボール遊びをしている母子が目に入った。実に5日ぶり。これまでにもそれくらい会わない日々があったが、今回は電話で話している(?)分だけ後を引いている感じ。私の目はうるうるしていたことでしょう。
 ところが、子の方は、宅急便が届いた時とさほど変わらない態度、いや、むしろ一歩退いて、何でこのおじさん家の中に入ってくるの?とでも言いそうな風情でさえあった。
 つまり、照れている恥ずかしがっている、もしや人見知りしている・・・・泣きはしなかったから前者であろうが、父親としてはがっかりである....。
 それでもまあ当然だが、やがて睦び始めた。昨日没頭していたシール貼りを実演してくれた。シールに細い、吾子自身の髪の毛がくっついていると、差し出して仏頂面になる。取れ、とのことだ。取って適当に床に離すと、近くにバケツがあったので、子は、そこに髪の毛が落ちたのではないかと疑ったらしく、中を覗いてチェックしていた。まったく神経質なのだから。
 その反面、落ち着きがないくらい遊び道具をきりきり切り替えて遊んでいる。数日の無沙汰なのに、心なしか成長したような。お絵かきボードに、今まではぐしゃぐしゃ斜線めいたものしか引けなかったが、円、にはほど遠いが、トポロジー的には円と同じ位相にある図を書けるようになった。
 シマジロー絵本(昨日の「虎次郎」は酔っぱらったことによる勘違い)は、立体絵本になっていて、おもちゃのプリントされた厚紙をかたづけるおもちゃ箱がある。これにナイナイするんだよー、と奥さんが言って、実演が始まった。ひとつ片づけるごと、いい子いい子となでなでしてやったが、完了はせず。次には実世界でのお片づけ。これも大略同じで、片づけたかと思うとひっくり返して。
 そうこうしているうちに、睡眠時間。その直前になって、TVを見たがって泣きわめき始めた。まずは、TVの前に正座して泣く。困惑しながらとりあわないでいると、立ち上がって棚の下に立って、精一杯背伸びして、横板をばんばん叩いている。なんだろう、と思って棚の上を見ると、TVのコントローラがあった。感心しつつもとりあわないでいるうちに、妻の添い寝の用意が出来て、バイバイしながら寝室に去っていった。・・・・目下、妻が寝かしつけに格闘中。
 どうやら、昨日から涼しくなったようだ。私は5日間、ホテルと徒歩5分ほど離れた職場を往復するくらいで、炎天下で苦しむ必要はなかったわけで、妻子に申し訳ない気持ちがする。明日からは、ともに汗を掻いて暮らすのだ。

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2001/7/26(木) →題名目次
夢中は虎次郎 生後657日(1歳9カ月18日)

 今日も妻が迎えに行ったときには、すでに大名行列の大半は終わって、吾子は、松の廊下に控えの身に相なっていたそうな。妻の顔を見て、保母さんが、進行途中の大名行列をほっておいて、松の廊下に蟄居の身の吾子を抱き取りに行ったという。現れた吾子は、当然のように仁王のような真っ赤な顔で泣きわめいていたという。
 ・・・・疑問。下段まで降りて、控えの間に収容されて、母の迎えが来るまでの間、吾子はどうしているのだろう? 母の顔を見て改めて泣き始めるのか、それとも、ずっと泣きっぱなしなのか?
 保母の瞬時の対応から、正解は自ずから推測される。・・・・きっと泣きっぱなしなのだろう。かわいそうである。
 そんな吾子だが、今晩電話したときには、あいにく、新しく送ってきた、ベネッセの虎次郎絵本のシール貼りに夢中になっていた時間だったようだ。替わってもらっても、まったく反応はなく、側目に見ている妻によれば、シールを貼り剥がししながら、耳に電話をあてているという始末。ついには、勝手に切ろうとしたということ。薄情だねえ、吾子。でも、これは両親の資質をついでいるのかもしれない。それもまたよし。
 月曜日以来、5日間にわたった、帰宅できない日々が明日で終わる。あしたの今頃は、吾子は私の腕の中で眠っているだろう(さすがに10時半だから)。どうせ会えないにしても、決定的に会えないのと、ふすま越しにでも姿をほの見る可能性を保持している(その権利を行使するかどうかは二の次にして)のとは、天地の違いがある。明日は、起こしておくように指示した(お願いした)。
 ・・・・吾子よ、リアル父親が抱きしめてやる!

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2001/7/25(水) →題名目次
予言者、吾子 生後656日(1歳9カ月17日)

 「パーパ、パーパ」と言っているところに電話が掛かってきたそうな。パパから電話が来るのを予言していた?
 今日も集中豪雨が激しかったそうだが、送り迎えは大丈夫だったそうだ。妻が単身外出中には降られたそうだが。
 今日も遅めに登園したそうだが、たまたまいた事務長(若い男性)の姿を見て、吾子は腰のあたりに飛びついていったそうだ。何、それ? その、腰に飛びつくというアクションは、妻にさえ時にしかやらないそうで、まして私には思い当たるアクションは、ない。なんでも、他の子が通常保育になる前から、したがって保母の手が足りない頃から、駆り出された事務長が吾子の世話をしているシーンをたびたび目撃したと言うから、おそらく事務長と子が睦び合う時間はとりわけ長く密接だったのだろう。私はいわずもがな、下手をすると妻より長く接していた可能性がある。父親としてショックである。嫉妬である。ジェラシー。
 新聞記事に、保母さんが、自分の子が病気になっても、それを看病できず、仕事先で、他の子のめんどうを見なければならない矛盾を嘆いた。そこまで深刻ではないわけだが、アイロニーに感じざるを得ない。
 閑話休題。私からの電話に対して拒否感が減ったようで、受話器を受け取ると鼻息を荒くしながら聞き入っているそうだ。時には送話器や受話器を見つめたり。一度、「きー」という声も聞いた。しばらく経ったところで、受話器を勝手に電話機に戻しそうになったところで、父子の(一方的な)対話は中止したが。
 ・・・・早く帰って、父子の睦み合う重厚な時間を作らねば。えてしてこの世は、伴にいる時間が長ければ長いほど情が移るというはかなくもせつない仕組みで成り立っているものだから。

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2001/7/24(火) →題名目次
電話に嫉妬?パパに嫉妬? 生後655日(1歳9カ月16日)

 宵の口に電話。食事をしてまったりとしていた頃らしい。妻が出て、すぐに子と代わってもらうが、昨日と同じく怖れているらしく、肘で受話器を追いやったらしい。妻によれば、イヤなものは肘で突くらしい。
 しばらく妻と話していると、子がバックグラウンドでわめいたり泣いたりでやかましい。電話か母を捕らえて話さない父に嫉妬しているらしい。すかさず子と代わってもらうと、案の定、「人聞き知り」しておとなしくなった。そんなことを2度3度繰り返していると、子も電話に馴れたか、私の語りかける声に耳を澄ますようになった。やがて「ぐぎゃぬ」とか全然意味はわからないが、送話器に話しかけてくれた。送話器に、ふんふんという鼻息以外の語りかけをしたのは初めてではないか!
 昨夜は、寝かせる直前に電話したせいか、興奮してなかなか寝付かなかったらしい。今日は安眠しますかね。なお、今日は保育園に迎えに行く直前の時間に夕立があったらしい。迎えに行きかねていると、幸いにも雨は止み、定時に到着。しかし、夏の期間は心持ち早めに「大名行列」がなされるらしく、定時に着くと、すでに子が泣きながら、バッグを持ってまちかねていたらしい。「靴は?」と促すと、やはり泣きながら靴を靴箱から取り出したそうだ。うー、かわいそう。

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2001/7/23(月) →題名目次
パパを「人聞き知り」するなよぉ 生後654日(1歳9カ月15日)

 いつもよりずいぶん早くひっそりうちを出る。・・・・しばらく経って、結婚指輪を装着し忘れたことに気付く。ふぉー、早朝とは言えすでに暑い。しかし、妻の怒りの方が熱かろう。蕭々といったん帰宅。母子ともに熟睡していた。子は、母と垂直に、まるで投げ出されたかのあられもない格好で寝ていた。時間を浪費したわりには予定よりも早く高崎に到着してしまった。
 同僚に娘が生まれた。まだ生後1ヶ月ってとこ。先日、体温を計ったら39.3℃もあったそうだ。病院に連れて行くと、熱は下がっていたが、医者が大事を取って、採血はする、尿道に管を通して採尿はする、娘は泣きわめく。・・・・その結果、某T社の電子体温計の故障であったことが判明。実際の体温より2℃も高めに表示されていたらしい。やはり、使い古されている技術の方が信頼できるってわけか。私も幼少時、体温を高く見せかけようとストーブに水銀体温計を近づけて割ってしまった経験はあるが。
 夜、吾子に電話・・・・したつもりが、妻が出た。吾子に替わってもらうが、私の声を聞いて「人聞き知り」するのか、おびえた感じで受話器を妻に返し、「ツー」という発信音しかしないもう1機の受話器を耳にしたそうだ。私が妻と話している間に、皿に盛ったバナナを、自力で(犬食いか?)食い干したそうだ。
 今日は、妻が砂場に連れて行ったそうだ。近くで老夫婦がベンチに座って眺め始めると、吾子は人見知りのあまり緊張して遊びが小さくぎこちなくなったので早々に退散したという。明日は砂場に君臨してくれ!

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2001/7/22(日) →題名目次
砂遊びがわりの水遊び 生後653日(1歳9カ月14日)

 昨夜、寝ている子が泣き出したので、牛乳をやる。ひとしきり飲んだ後で、「ぷはー」という、ビールをぐい飲みした後で出す声を出した。起きているのかと思ったら、そうではなかった。
 3時半に寝た私に対して、6時半頃起きてきた。10時すぎに妻が起きてくるまで遊んだ。問題の朝食だが、先日おばあちゃんがくれたおこわを食わせてみると、喜んで食ったので、それでしのいだ。食後、お口ふきの濡れティッシュを自分で取り出して口を拭いた。偉いなー、と思っていると、そのティッシュで床掃除を始めた。これも偉いなー、と思っていると、そのティッシュで再び口を拭いた。吾子よ、物事には順序という物があって、それを誤ると偉くないのだよ。
 日に日にコミュニケーションが確立してくる。バケツを被った姿を、「ママに見せておいで」というとちゃんと理解して見せに行く。子の方でも、父に来て欲しければ、床とか椅子をばんばん叩く。おしめを替えて欲しければアピールする。
 今日はめちゃくちゃ暑いので、外出は控えた。その結果、外に一歩でも出たのは買い物に行った妻だけ。砂遊びの替わりに、水遊びをしよう。風呂を温めに入れて、長めに入った。
 お風呂用の「浮き輪」があり、妻と入るときは使うのだが、私は普通使わない。この「浮き輪」は、股下と脇の周囲を把持して、乳幼児が沈まないように設計してあるのだが、子は、もうすでに足が着くので意味がないのだ。でも、独りで湯船にいるのを怖がるが、これを嵌めていると平気なので、妻は使うのだ。聞くと、先日はそれを本当に浮き輪にして、つまり足を折ってぷかぷか浮かんでいた、と聞いて、今日の水遊びに取り入れたのだ。自分から足を折ることはなかったが、足を付かないようにして浮かばせても平気だった。
 明日は会えないので、今日は一日一緒にいたわけだし、私が寝かし付けも担当して、有終の美を飾ろうとしたが、子のやんちゃぶりに閉口して、妻と交代して貰った。なんせ、牛乳のストローを抜いて、ストローの中にわずかに残った牛乳をぴっぴぴっぴあたりばらまくんですぜ。普段の妻の気持ちが分かった。そして不機嫌に交代したことを反省している。ごめんね。妻は、私の仏頂面を見て、子を不憫に思って優しく寝かしつけたという。いつもと立場が逆転した。


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