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吾子の成長記(ako043.html)

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2002/2/2(土) →題名目次
ぐにゅっと父さん 生後848日(2歳3カ月25日)

 妻が子と一緒に寝てしまったのに便乗して、私も早々に寝る。妻はいつのまにか起きていたが、私は子に起こされた。
 子を連れて病院へ行く。朝の食欲は充分あったので、心配ないだろうと思うが、明日は病院休みだから念のために。わりと素直に上着を着て出た。
 冬だけあって陽射しが低い。影が伸びる。昨日もそうだったが、自分の影を見て、
  「吾子!」
という。自分の化身だと分かっているわけだ。私の影と重なると、
  「パパいない!」
あくまで自分が中心らしい。
 昨日の下痢は、最近流行しているという、お腹に来る、一日二日で治る風邪らしい。もう治っているとのこと。両親にもうつるとか。そういえば今朝私も少々・・・・
 氷が張っている。にもかかわらず、少し離れたところに停めた車の所まで、子はなかなか進まない。ガードレールに腰掛け、私にも横に腰掛けるようにさせたり、車止めの鉄柱のひとつひとつに抱きついたり、花壇の縁を歩いたり。寒くさえなければ、風邪も治ったようだしのんびり遊ばせたいところだが、このままでは風邪を引きに病院に行ったことになりかねない。とりわけ、私が。とうとう、無理矢理抱き上げると、地べたに腹這いになって抵抗したが、なんとか連行完了。地面で手をこすったとかで、
  「いててて」
とわざとらしく手をアピールしていた。
 車内を温めようと、子のシートベルトを掛ける前に車のエンジンをかけると、
  「あっ!」
と言って、シートベルトを掛けるように指示されてしまった。
 妻が、空気圧でぴょこぴょこ跳ねるカエルの玩具を買ってきた。古典的なおもちゃだ。帰ると早速カエルで遊ぶ。お腹に入れてポンプを押すと、くすぐったがってひっくり返る。
 もう一つ妻はお風呂グッズを買ってあった。チョコランタンのフィギュアで、それぞれ磁石でつながるようになっている。スプーのだけは、ネジを巻くと背泳ぎする。それらフィギュアを、吾子はていねいにガーゼに石鹸を付けて洗ってやっていた。風呂から上がって、それらフィギュアにお辞儀させながら、
  「はよー、プー」
  「はよー、アムー」
とやっていた。それぞれ、「おはよー、とスプーが言っておる」「おはよー、とアネムが言っておる」という意味。
 浴槽の中でよろけて私のナニにぐにゅと足が当たると、
  「あっ!」
と身を引いた。恥ずかしい・・・・。
 湯上がりから、ずいぶん長い間全力で子と遊んだので疲れた。例の、まねっこパパを30分以上やらされたのが一番たいへんだった。いつもは絵を描いたり一緒にビデオを見たりだが、今日は体育会系遊びだったからな。幸せそうに寝室に行きました。おやすみ。

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2002/2/1(金) →題名目次
食中下痢便襁褓交換 生後847日(2歳3カ月24日)

 ゆっくり寝かせる。食欲はあまりない。カレーライスを数口と、昨夜、夜中に空腹で目覚めたとき失敬してカレーに浸けて食べた食パンの残りの半切れしか食べなかった。ずいぶん遅くなったので、いつもの朝の遊びは短めに登園しようとしたら、上着を着るのを嫌がった。どうも、充分遊んだら登園、というシステムになっているようだ。熱は、37℃前後。
 出かける時、
  「ほね、おはよう」
と声を掛ける。子が、おはようの挨拶を会釈として示すのは見ているが、子の口から「おはよう」の語が出たのは初めてだ。その相手は、骨であった。車の中でも、
  「ほね、くちゅん」
と、骨への思い入れは深い。
 2階に上がる階段の壁に、園児作品、オニの面が飾られている。
  「吾子のは?」
と訊いたが、他人のを指さした。保母さんの手が入っているのがありありで、絵画ほど造形意識が強くなかったようだ。
 帰ってくる時は、時間を見計らって表で待っていたら、子は、私を見ても、いつものように、「パーパ」と声を立てるどころか、平然としていて残念なことをした。抱き上げると、
  「吾子の!」
と自慢して見せたのは、朝のオニの面だった。作家意識が芽生えたらしい。
 洗面台の前に、今日届いた子用の踏み台を置いておいたが、これも、平然と踏み台にして、感慨を見せなかった。その後、私は夜のお仕事へ。
 帰宅すると、鬼の面は破壊されていた。私が帰っても、寝そべったままで、顔さえ向けない。
  「吾子、ただいまー」
と言っても、その姿勢で、手首だけバイバイの形で振った。なんと冷たいことよ。妻が「パパにチューは?」と言うと、めんどうそうに上半身を挙げ、それから諦めたように起立して、私にチューをしてくれた。体調がよろしくないようだ。
 保育園で、ジャングルジムから足を滑らせて下顎を打って、歯茎か内唇かから出血したそうで----保育園で塗った薬が甘かったそうで、べろべろ薬を嘗めてたそうだ----
  「見せてごらん」
と唇をめくると、ケガしたのを思い出したらしく、急に、
  「いてて」
と言い出したが、一見したところ別状なかった。しかし、イチゴは滲みたらしくて、私の布団のシーツは子がひっくり返したか吐き出したかのイチゴ色であった。
 下痢気味だという。私が食事をしている最中、妻は外に出かけていたが、子が、立ち上がってガニ股になって不快そうに前を押さえている。珍しい動作だ。まさかと思っておむつを見ると、下痢便だった。食中下痢便襁褓交換直後、残りのご飯(カレーではありません)を食べ終えられたのも、親なればこそ。

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2002/1/31(木) →題名目次
パパの隣でねんね 生後846日(2歳3カ月23日)

 1時半頃らしい、激しい夜泣きを続けていたのは。
 いつのことかわかなない。ただ、真っ暗だったから、3時とか4時とかだろう。ふすまが開いて、子が駆けてきた。TVを見る姿勢で座ったが、
  「パパと一緒にねんねしに来たんだね」
と抱き寄せると、うつぶせになって寝た。寒いのだが、布団をかけてやっても、いつのまにやら布団から前身はみだしている。子が動くたびに、近くにあったコンビニ袋ががさがさいって、寝た気がしなかった。
 ふと気が付くと台所が明るい。妻が起きているようだ。妻は呑気に訊く。
  「いつからあなたのところにいるの?」
目覚めたとき、近くに子がいないのに気付いていなかったようだ。
 子が、少し咳をはじめたぁぁぁぁぁ!!!!私の枕元でゲロを吐いた。大半は私の手で受けたが、受けもらしのゲロのおかげで、一日布団は子の香りを絶やさなかった。
 それもあってか、食が細い。シリアルも頼みの綱のダノンも食べない。白飯を用意して、私が食うのを欲しがるようにしむけるが、乗ってこない。妻の出かける少し前から、ネコやらイヌやらの人形や絵に食わせる真似をして、ぱくっ、とやると、子も多少だが食べるようになった。朝食は、白飯と、その後試しに食べさせてみた食パンの白いところふたつかみほど。
 まだふくらませていない風船。途中までふくらませて手から離すと、ぴゅー、と飛んで行く。それで子をめがけて「攻撃」すると、ウケたウケた。帰宅してからの話だが、
  「ふーさい、ふさい」
と言って、風船攻撃をねだり、自分は顔を手で隠したり、うつぶせたり、逃げ回ったりしていた。後、子のお気に入りの傘の上で、口を結んだ風船を傘回ししてみたり。
 シマジロー絵本の付録に向かって、ぶつぶつ言いながら一人遊びをしている。このまま遊ばせておきたいのはやまやまだが、保育園へ行かねば。熱は36.5℃しかないし。おとなしく上着を着て、登園。出かける間際、
  「ホネ、バイバイ。ホネ、ねんね」
と言って、妻の解剖学の本の表紙をひっくり返すことを求められた。
 妻が迎えに行ったとき、
  「パパ、パパ。ホネ、ホネ」
と言っていたそうだから、怖がりつつも愛着があるようだ。最近は、以前と違って、階段を急ぎ足に下りてきたりジャンプしたりではないらしい。膝でずるずる下りてくるのだそうだ。逆に、他の子に追い抜かれても平気でいるらしい。それにしても、お帰りの時間は、必ずといってよいほど、2階から、
  「吾子ちゃーん、吾子ちゃーん、こっちいらっしゃい」
と、吾子を呼ぶ声だけが聞こえるそうだ。いったい毎日何をやっているのだろう。
 今日はポケットから古釘が出てきた。家でも、見ているとポケットにしきりにものを詰め込む。
  「ないないしておいで」
と渡したゴミまでも。
 髪留めのゴムを自分でつけようと格闘していた。まあできるわきゃないが、けなげである。ビデオも箱に戻そうとしていた。帰宅以来、調子が悪いのか、眠そうである。薬の力かも。久しぶりに私がウンコおむつを替えて、子は、妻とともにさっと眠りに就いた。明日は元気でばりばり飯を食っておくれ。夜もあまり食べなかったのだ。昨日の食欲がうそみたいである。

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2002/1/30(水) →題名目次
まねっこパパ 生後845日(2歳3カ月22日)

 久しぶりに、私、妻、子の順で起床。
 妻が出かけた後、食後も食卓台にいた吾子は、台に覆いかぶさり手すりに足を乗っけただらしない格好でいた。
  「ちっち出た・・・・」
珍しいではないか、おしっこの自己申告は。そういえば、うちではいっさいトイレトレーニングしてないが。まあ、それはそれとして、申告があったもので、すかさずおしめを替えるべくズボンを脱がせると・・・・なぜかズボンが濡れている、靴下も濡れている。どうも、変な姿勢でいたせいで、ハミションをしたようだ。おしめもズボンも靴下も取り替え、ついでに登園用に上着を着せると、いつものドタバタなしにすんなり着せられた。
 でる直前、「おかあさんといっしょ」の歌で、「リスさんが、マスクした・・(中略)・・ハハハハ、クチュン」といって、リス(吾子にとっては「クンクン」=キツネ)、ブタ、カバが順々にくしゃみする。もう覚えたらしくて、リスがくしゃみしおえたあたりで、
  「ぶぶ、ぶぶ」
とブタが次に出るのを予告し、アニメの進行に併せて、
  「ぶぶ、くちゅん」
とまねをする。登園の車の中でも、くしゃみのまねを続けて、
  「クンクン、くちゅん」
  「アバ、くちゅん」
  「ピーパーマン、くちゅん」
  「ヒメ、くちゅん」
といって、ピーターパンやシンデレラにも風邪を引かせていた。特に、ピーパーマンにくしゃみさせるのが気に入ったらしく、夕方にもやっていた。
 保育園の坂道の登り口で、立ち止まって確認する。1月19日以来、おじいさんがいないかどうかチェックしている。今朝は、車を降りたところで、おばさんに話しかけられた。子は、早くその場を離れたいらしく、落ち葉も拾わず、そのおばさんの方を見ないようにして「こんにちわ」の意味で、お辞儀、バイバイと手を振るコンビネーションプレイでずんずん歩いていった。
 夕方。子の、
  「パーパ!」
という閑静な住宅街に響き渡る声で迎えに下りる。抱き上げると、
  「あっぷん、あっぷん!」
というのだが、「ぱっくん」ならおさかなのことだが、街路にサカナはいないし、どうにもしかねていると、焦れて泣き出す。困ってしゃがむと、背中に負ぶさってきた。それは「おぶ」ではないか。勝手に呼び名を替えないで欲しい。
 ニワトリを見て、こっこと呼ぶ。鳥一般の名称、「ぴーぴ」と区別がつくようになった。
 妻のMDプレーヤのイアフォンを私の耳に押し込んできた。聴診器みたいだから、お医者さんごっこ。すぐに意図が分かって、お腹を出し、後ろを向いて背中を出し、乗ってきた。次には攻守交代。私は念入りに調べられた。目とか耳とかまで。うれしはずかしお医者さんごっこ。
 たまには逆で行こう。子の挙措動作の真似をしてみた。正座して向き合い、子が、おしりふきを背後にしまうと、私もしまう。おしめを投げると私も投げる。まねっこパパの誕生。ヒットだった。子は、けらけら笑いながらいろいろ私に真似させる。
 昨日あたり満月であった。昨夜は寒かったので見送ったが、今夜は、子を抱き上げて、窓を開けてかろうじて見える十六夜月を見せてみた。しかし、月よりも、昼間時々わんわんのいる屋上ばかり目を遣って寒いので中止。窓を閉めても外を見たがるのでだっこしていた。
  「わんわんいないねえ。わんわんも夜はねんねするんだよ」
  「にゃんにゃんいないねえ。にゃんにゃんも夜はねんねするんだよ」
と噛んで含めると、
  「うん。・・・・わんわん、ねんね」
  「うん。・・・・にゃんにゃん、ねんね」
とうなづいてくれるのであった。

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2002/1/29(火) →題名目次
ピパーマン 生後844日(2歳3カ月21日)

 夕方のお仕事から帰ると、子は食事中であった。私も食事を摂り、横になっていると、Tシャツの袖口から脇毛がハミ出ているのを見て、
  「ちぇー(毛)」
と言って、反対の脇にもそれがあるか確認されてしまった。
 赤ペンを持って、食卓椅子の横に立って書き物をしている。ちゃっちゃっと紙に何か書いて、その紙を持って食卓椅子の反対側に回って、再び紙を置いてまたちゃっちゃっと書く。紙の天地方向は、子から見て変化はない。書く場所が変わるだけで意味がない。しかし、その、理解不能の芸術は、数回に渉って書き継がれたのであった。
 梱包材の異種で、繭の形をしたもの十数個。これをばらまいてクッションとしてその上で寝転がっていたが、一個一個が骨みたい。
  「ほねー」
というので、骨格模型の形に組んでみると、手でばらばらにしてしまう。
 チョコエッグの新シリーズ。ディズニーものか。ピパーマンとはピーターパンのこと、ひめというのはシンデレラのオブジェである。
 0時ごろ、激しく夜泣き。おむつ替えと牛乳で寝付かせる。最近は、「してー(貸して)」の代わりに、「ちょーでぇ、ちょーでぇ」というのが哀れを誘う。別にあげないわけではないのだが。

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2002/1/29(火) →題名目次
画鋲でがびょーん! 生後844日(2歳3カ月21日)

 一昨日だっけ。
  「Aっくん、好き?」
  「うん。・・・・Aっくん」
と言って咬まれた傷跡を指す。
  「まだ痛い? でも吾子は優しいからAっくんのこと許してあげるんだね。・・・・Aっくん好きだよね?」
  「ううん」

 昨日、妻がシンク台の上に置いておいたトマトを子が手に取る。おもちゃのように弄んでいた吾子は、はっ、と気付くと、トマトにかぶりついていた。一面、汁だらけ。トマトは食べなかったのに、丸々一個、へたに至るまで食べようとしていた。吐き出させたけどね。

 未明、激しく泣く。妻が激しく叱りつけて眠りに就かせる。
 払暁、再び激しく泣く。妻が激しく叱りつけているうちに、
  「ななー!」
と牛乳を求める。しかし、泣き止まない。
  「あっち!」
  「もうパパのところに行きなさい!」
私の横で寝直すのかと思ったら、そのまま起きてビデオを点けさせられた。妻はそのまま起床した。6時40分。妻は起きるべき時間だが、我ら父子は寝ている時間。別にそんなに早く寝たわけでもないのに、どうしたことだろう。

 妻のお出かけ後、外出準備。昨日も着ていた子の上着を用意する。まあ素直に着ようとしたりはしない。ゆっくり隙を窺って。
 気が付くと、子の脇に、ぴかりと光る画鋲がひとつ(押収物件A)。がびょーーん!うちには画鋲は存在しないはずだ。いったいどこから?
 周囲を見回すと、炭化物のかけらが数点(押収物件B)。押入の奥にでも火事の後が残っているのだろうか。直前に、子が、氷枕を毛布に包んで寝室から持ってきていた。
 現場検証してもどこにも不審物はない。調査はボスの到着(=妻の帰宅)まで延期して、上着を着せようとすると・・・・両ポケットから出るわ出るわ。小石やら木片やら炭化物やら(押収物件C)。どうやら、保育園で蒐集してきたらしい。これで一件落着。そういえば、Aっくんに咬まれた後に、指にも小さな傷跡があったが、もしかしたら画鋲のせいかもしれない。
 車から保育園に行く途中で、葉っぱを拾い・・・・でも、気に入るシェイプのものがなかったようで、落ち葉は放棄して、木に付いたままの葉っぱをむしった。玄関で、バッグのポケットに詰め込んでいた。おそらく、持ち込み品は、バッグに仕舞われるのだろう。かようにして、思わぬものが持ち込まれるのであった。

 カバを「ハバ」「カファ」と覚えた。子の発音を聴いていると、有声音無声音の対立ではなく有気音無気音の対立のある言語のようだ。
 妻の解剖学の本の表紙に、骨格像と筋肉クンが印刷されている。子は、それを見て、「あー」と行って立ちすくんだ。怖いか、と訊くと、うん、と応える。つんつんしてごらん、と言うと、遠くからしかつんつんしない。それでも、うちを出る瞬間には、腰の引けたままつんつんをして、
  「ホネ、ばいばーい」
と言っていた。車の中でも思い出したらしく、同じセリフを口にしていた。

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2002/1/28(月) →題名目次
昼夜逆転 生後843日(2歳3カ月20日)

 昨夜、父子が眠りに落ちたのは午後7時前。
 寝ているとふすまが開いて、子が這って私の横へ。朝か。妻が子を起こしたのだな。
  「毛布もっていってパパの横に寝る?」
子が私の布団に潜り込んでうつぶしている。まだ寝ててもいいのか?
  「今何時?
  「8時頃よ」
おお、妻は出かける時間じゃないか?
  「寝かせといていいの? もう起きなきゃ」
  「・・・・夜の8時よ」
・・・・子は、妻と寝室に入り、私もまた寝直したのでした。

 今朝は、よ〜く寝た、という実感。妻が出かけた後、早々に出る。登園前に病院に寄るのだ。妻の作った雑炊は食べなかったが、シリアルは自分でばくばく食べた。上着を着せるのにまた一苦労。靴はさっさと履いて、外へ。昨日は子は一切外出していない。
 病院の近くに車を停める。風邪がびゅーびゅー吹いている。
  「いぇたーい!」
と言って首をすくめている。あまり病院に行く必要性は感じていなかったが、案の定、
  「風邪、治りましたねえ」
という診断。病院にいるのが申し訳ないくらいハイで元気で、ぴょんぴょん飛び跳ねている(他の患者がいなかったので、好きにさせておいた)。
 2階で、子と同じようにぴょんぴょん跳ねながら現れた保母さんに子を渡す。ドアの隙間から見ていると、
  「吾子ちゃん、お手紙は?」
と、連絡帳を渡すように言っている。子は、連絡帳をバッグから引き出し、中の紙だけ引っ張り出して渡した。うちでも連絡帳から紙を引き出すのは、そう教育されているからなのだなあ。
 帰宅した時も、元気でハイ。今日はさっさと入浴。洗髪もまあまあうまくいきました。
 風呂で遊んだ水鉄砲が忘れられず、妻に連れられて行っても、
  「ぴゅーぴゅ、ぴゅーぴゅ」
と泣き叫んでいる。私は風呂で聴いていたが、暴れて大変だったそうだ。やがて子の悲鳴が、
  「ぴゅーぴゅ、ぴゅーぴゅ・・・・はさ! はさ! あめ!」
に変わった。妻が傘を渡すと泣き止んだ。代償行為。いったい、子の頭の中ではどういう変換が行われたのだろうか。最初から自分は傘を求めていた、と思いこんでいるのか、やむをえず要求を変えたのか。

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2002/1/27(日) →題名目次
睡眠不足から睡眠過剰へ 生後842日(2歳3カ月19日)

 深夜、
  「ぎえー!」
という妻の悲鳴。・・・・どうやら寝言だったようだ。子は熟睡の模様。
 9時に子が起きてくるまで一家熟睡。とはいえ、私は前夜3時まで起きていたので、一日眠い。
 今日、確認した子の語彙。
  「のー」
  「しぇすー」
それぞれ、No、Yes の意味だが、鸚鵡返しにいうだけで、意味がわかっているわけではない。でも、「No」は、なかなかいい発音である。
  「ばまま、いらない」
妻が、バナナを渡したときの返事。
 妻が私に飛びついてきたのでよろけてしまい、子の足を軽く踏んでしまった。ちょっと泣いた。
 起きるのが遅かった子は、ひたすら眠い私と違い、全然眠くないらしい。妻が昼寝をさせようと格闘するが、全然ダメ。おかげで私もねそびれてしまった。昼寝をしたのは妻だけ。
 風呂は、入る前は泣かなくなったが、洗髪中から泣き出して、「早く出して欲しい」と要求された。がっかり。これから湯船で遊ぼうとしていたのに。
 食後、私にもたれかかってサザエさんを見ているうちに、子が眠ってしまった。子を寝室に寝かして、静かにしているうちに私も。二人とも途中多少目は覚ましたが、---- たとえば、
  「ママー。ちっち出たー」
とおしめの取り替えを子が申し出たとかはあったが、朝の7時までたっぷり寝ました。私の場合、子が定時に起きるようになって、初めて11時間ほど寝たのではなかろうか。

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2002/1/26(土) →題名目次
いえたい!いえたい! 生後841日(2歳3カ月18日)

 昨夜、妻は子を寝かしつけている間に熟睡してしまった。子は、2度ほど夜中に目覚めたようだ。朝になっても妻の目覚ましが鳴らない。出勤前に起こしてみたが、起きる気配はない。出勤途次の電車で気付いた。妻は休日なのだ、今日は。
 大船駅に停まっていた電車が、籠原行き。おお、新宿湘南ライナーではないか。新宿に停まるか?と尋ねた車掌さんは、先々週も新宿湘南ライナーについて応えてくれた、親切な車掌さんと同一人物だと思う。出会い、だな。
 新宿まで45分。新宿での乗り換えは渋谷でのそれと違って意外に楽であった。
 昼寝をした私が目を覚ましたのは、妻が子を保育園から連れて玄関まで来た音で。下まで迎えに出るのは適わなかったわけだ。
 子が手を洗うのを手伝う。いきなり、液体石鹸を落としてしまった。
  「あわ落ちちゃった!」
ごめんよ、パパ不手際で。水温調節に気を配っていると、
  「いえたい!いえたい!」
という。「冷たい!」という意味だとはわかるが、「冷たいから温めてくれ」なのか「熱いから冷たい方を」なのかわからない。冷たくしようが温かくしようが、
  「いえたい!いえたい!」
なので困ってしまった。妻に助けを求める。正解は、「うがいをする時は冷水でする」というポリシーがあるらしく、「冷たい水だけにしてくれ」という要求だったそうだ。うがいの風習は私譲りだが、まだ口の中をゆすぐうがいにすぎない。早く喉をゆすげるようになってほしい。
 私に絵を描かせる。しかし、しきりに求める、
  「ふぅさ」
って何だろう。適当にごまかしているうちに機嫌は直ったが。
 子がちょうど入れる大きさの段ボール箱をもらい、子が入る。子を箱に詰めたまま持ち上げて移動させてやると、大喜び。
  「あっちー!」
と、右の部屋へ、左の部屋へ、宅配よろしく運ばされる。底が抜けないように持つこともあり、重くてたまらん。
  「重いからこれが最後ね」
と因果を含めても、
  「おもーい、おもーい」
と言いながら、ずっと指示を出し続けるのであった。
 私がTVで映画を(立て続けに2本!)見ていると、子は、あまり見る邪魔をしなかった。偉いなあ。
 雪の降りそうな一日。子も、もしかしたらまた風邪気味かも。寝室に行くと、わりとさっさと寝てしまった。その後、私は、妻に12箇所ものお灸を据えられた。どうも、寝違えたらしく、腰が痛いのだ。

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2002/1/25(金) →題名目次
下駄を履くまで 生後840日(2歳3カ月17日)

 夜泣きを2度。健康を心配したが、朝とともに、妻の毛布を引きずって私のところに来るくらい元気であった。
 TVを見ているときに、耳の後ろに手をかざす。しっかり「聴いて」いるのだろう。
 妻が出かけて、我々も出かける準備が整った。子に、
  「そろそろ保育園行く?」
と訊いても、はっきり、
  「行かない!」
と言われてしまった。しかし、勝負は下駄を履くまで、だ。子に、上着を着せてしまえば、進んで靴を履きに玄関に向かう。しかし、今日はツナギを着させねばならない。たいへんであった。
 何せ、
  「ほっぺ!」
と言って、昨日していた妻の三日月型のパックを要求し始めた。幸いなことに、パックの在処を私は知らないので、きっぱり、
  「パパは、どこにあるかわかりません。だから着けられません」
と言ったが、なんと、子は、発見して、指さしている。
 ハサミを持ってきて、お尻拭きを三日月型に切ってみる。しかし、こんな「子供だまし」は通用しなかった。無理矢理ツナギを着させると、案の定おとなしくなって、玄関に向かった。
 保育園から帰った時は、私に抱きついてチューをしてくれた。しかし、私が夜のお仕事に出て帰ってきたときは、やはりあまり感慨もなさそうだった。見ると、三日月型パックをしている。妻は、結局甘いのだ。
 ビデオを見ながら、お絵かきボードに○を描いている。妻が、
  「あ、おててだー」
という。よく見ると、Blue's Clues で重要な役割をしている、イヌの足跡が描かれているではないか。肉球の周りに、ビデオと同じく4つの指に当たる円が描いてある。4つという数が偶然でない証拠に、いったん消して再び描いたものも、4本の指であった。描いて、
  「わんわんおてて」
と説明してくれた。
 シマジロー絵本の付録の、野菜のおもちゃ。トマト、タマネギ、魚、ニンジン、そしてピーマン。こちらから、
  「トマトは?」
というと正確に指さすのだが、今日は、「ピーマン」の発音を覚えた。
  「ピパン、ピーマン」
と発音は揺れている。次に、ニンジンは、
  「じっじ」
である。ピーマンが気に入ったか、名付けて、「ピーマンダンス」を披露してくれた。板の間で正座したまま、ジャンプをしながら回転をするのである。かなり難度の高いワザだと思うが、
  「ピーパン、ほっちゃ、ピーパン、ほっちゃ」
と叫びながら踊っていた。「ほっちゃ」はなんだかわからない。充分に踊らせてから、寝室に連れて行った。おやすみなさい。

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2002/1/24(木) →題名目次
ジャンプですってん 生後839日(2歳3カ月16日)

 保育園からの連絡帳によると、登園してきた子の荷物を持ってやったり、そのお母さんにバイバイをしたり、昼寝の時、Rさちゃんをトントンしてあげたり、結構、社交的(おせっかい?)を焼いているらしい。いい子に育ちつつあるもんだ。
 押入を開けて掃除機を取りだし、お掃除のまねごとを始めた。それに飽きると、押入の掃除機のあった空間に隠れる。
  「吾子いないなあ、どこだどこだ」
と泡を食ってみせると、
  「うふふふふ・・・・」
と笑いながら出てくる。お尻から出てきたり、四つん這いになって頭を下げた姿勢で出てきたり、立って首だけ後ろに反らせた姿勢(これって首がないように見えてコワイ!)で出てきたりして、私に、
  「誰だ、これ? 誰ですか?」
と言わせて楽しんでいた。後には、四つん這いになって頭を下げたときに、頭を下げすぎて、顔を畳で擦ってしまい、泣きそうになっていた。
 続いて、ジャンプしたり、ダイブしたり。布団の上とか私の上にダイブするのはよいが、畳の上にダイブしたりして痛くないのだろうか。押入の近くでジャンプしてすってんころりんと転んで、さすがに泣きながら抱きついてきた。もしかしたら押入の上下を仕切る板で頭を打ったかも知れない。
 ベネッセの「みんなおおきくなぁれ! ぷち」の臨時増刊号「みんないいこだよ。2001」の、「みんないいこだよ。」というロゴは、黄色い円の中に書かれて表紙に印刷してある。ページの途中にも、小さな「みんないいこだよ。」ロゴがあるのだが、子は、表紙のロゴとページのロゴとを指して、
  「おじ、うじ」
と言う。「同じ」と言っているのだ。まるで知能指数のテストでも受けているようだ。抽象的な表現もできるようになってきた。
 こちらの言葉はかなり分かるようだ。手がフェルトペンで真っ赤になったので、拭いてやるとき、
  「(手を)開いて」
と言うとちゃんと開く。自分からはしゃべりはしないが、我々の言葉のほとんどはわかるのではなかろうか。むろん「半径の自乗に円周率を乗じて円の面積を出すのだよ」となんてことはわからないだろうが。聞き取り能力は我々よりも上である。こちらは、子が一生懸命離していることが、さっぱり理解できないことがある。「〜〜ね、○○ね」と、「ね」で区切っているが、・・・・本当に、何を行っているのだか、知りたいなあ。
 寝る前におむつを替えようとしてはずしてやると、お尻拭きを私の手から取り上げて、自分で陰部を拭きだした。仰向いたままで、あるいは横向きに寝て、ごしごしごしごし拭いている。そんなにこすると痛くなっちゃうよ。しかし、ビデオで釣るまで、お尻拭きを取り上げようとすると怒るのであった。
 今日も、あっさり寝てしまった。おやすみ。風邪ももしかしたら治ってるんじゃないかな。治ってなければ明日お医者に行く予定だったが、この分では行かなくてもよさそうだな。よかったねー。

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2002/1/24(木) →題名目次
水鉄砲大好き吾子 生後839日(2歳3カ月16日)

 妻は起きているようだ。7時ごろか、吾子が、
  「だっこー」
とかなんとか、よく覚えていないが、母を求めて陽気に声を挙げた。寝ぼけているようだ。
 10分ほどして私の目覚ましが鳴る。起きて、出勤の準備をして、そろそろ子を起こそうか、ということになった。寝室のふすまを開けると、子は、ちょこんと正座していた。もしかしたら10分前から起きていたのかも知れない。
 今朝も、TVの前からつれなく手だけ振ってお見送り。昨日、玄関まで見送ってくれた、というのは私の勘違いだそうで、願望がああした形で記憶をゆがめたのだろう。
 帰宅すると、おでこに冷却シートを、両目の下に妻のフェイスパックをして現れた。最近はパパを見ても喜ばない。ずっとうちにいたかのような顔だ。さみしいな。
 保育園で、Aっくんは、今日も別の子を咬んだそうで、先方の親がその報告を受けているところに、我が母子が出くわした。昨日、息子が咬んだ相手であるとやっと認識して、先方の親が謝ってきたそうだ。懸念したとおり、Aっくんを、泣くまで叩いて叱ったそうだ。甘やかしているかと思ったら、そうでもないらしい。
 入浴中に、ガーゼを「お洗濯」しているさいちゅう、手首の傷に石鹸が滲みたらしく、
  「Aっくん」
とか言って押さえていた。お風呂は、例によって浴室前で泣いて、浴室にはいると、タイルの泡の上で、遊んでいた。洗髪法を改善したので、やはり泣きはしたものの、短時間で済んだ。
 水鉄砲がマイブームらしい。今度は、ピストル型をした、文字通りの水鉄砲である。天井まで打ち上げることを教えたが、引き金を引く力がそこまではないようだ。それでも、上を向けて撃っていた。次に、標的に中てて撃ち落とすことを教えてみたが、中てるまではしても、撃ち落とす気はないようだ。平和的でよろしい。
 風呂から出て、腹這いになってこれを書いている私の背中に寝そべったり、腰掛けたりしてビデオを見ている。幸せなひととき。

 はっ、と気付くと、フェルトペンで手が真っ赤になっていた。拭いてやったあとで、わざとらしく、
  「てて、いてて」
と妻に。アンパンマンの絵の付いた消毒液を目にして、噴射して欲しくて言っているのだと思われる。消毒液を噴射するにはやぶさかではないが、同じ、「しゅっしゅ」と言われる、せき止めなどと間違えられてはたまらないので、あまり目に触れさせない方がよかろう。

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