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吾子の成長記(ako053.html)

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2002/4/6(土) →題名目次
工作要員 生後911日(2歳5カ月29日)

 仕事のため、大船に行くのに、品川から東海道線に乗ろうとすると、横浜・戸塚間の架線にあるカラスの巣を撤去するために、川崎で15分程度停車する、とのアナウンス。まあ15分程度なら、と思ったが、川崎に着くや、停車が30分に延びた、と言われた。京浜東北線で横浜まで行って横須賀線に乗り換えるのも手だが、かえって慌ただしいと大人物らしくそのまま乗っていたら、今度は横浜で特急を先に行かせるために停止してしまった。結果、品川から大船まで1時間5分かかってしまった。帰りは、山手線を一駅乗り過ごしちまった。
 帰宅するや、ディズニー関係雑誌の付録づくりをさせられたので、子といる時間の大半は、工作要員としてすごしてしまった。紙おもちゃの世界も結構複雑である。私が作っている横で、
  「もういいかい?」
と、かくれんぼのまねをするのだが、せかされているようでかなわない。

 風呂に入る前、
  「うんちん・・・・」
とつぶやいたきり、終わってしまった。転園以来6日に亘って続く便秘なのだ。風呂から出て、すぐくらいに、
  「うんちん・・・・」
と言って顔を赤くした。相当な難産である。いきみが消えると、
  「うんちん出た?」
とか、
  「まだ?」
と問いかけてみると、眉を顰めて、首を左右に振る。20分は経ったろうか、やっと、
  「うんちん出た?」
に対して無視を決め込んだ。出たようだ。おむつを取り替えた妻によると大きなおにぎりであったそうだ。
 大便が出きったのを機に、寝室に入った。
 私は、日に日にからだが壊れていくようだ。明日も仕事なんです。でわ。

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2002/4/6(土) →題名目次
父子登園 生後911日(2歳5カ月29日)

 今日は妻の学校が始まるので、珍しく早くから起きていた。子は、あまり機嫌よい起き方ではなかったが、パパがいて安心したのか、食後一緒にセサミストリートなど見ていた。
 そのあいだに、妻が出かける。子は、TVを見ていて、母親の出勤を、手首の先と口先だけで見送った。そう、今日はパパと登園だよー。
 さて、いよいよお出かけだ。準備の完了と共に旅立ちを悟った吾子は、なぜか、
  「ママ、ママいない」
とぐずり始めた。それをなだめて、外に出ると、観念したか、泣き止んだ。
 快晴ではあるが、春らしい穏やかな日射し、どちらかというと肌寒く、それが心地よい。やや早めに出たもので、ネコの様子でも寄り道してみてゆこう。涅槃ルートと桃源郷ルートのはざまで、まだ歩んだことのない小径に入ると、いきなり方向感覚がなくなった。このへん、謎の道のやちまたが散在しているのだろうか。行きつ戻りつして、ネコのところに到着したが、ネコさんいなかった。手を引いて保育園へ。
 たまたま同じクラスの子と門前で行き会った。今日は園内に入るのに泣かなかった。入り口に時々置いてある鳥かごがないので、
  「ぴーぴ、いないねー」
といい、やや奥にある金魚の水槽に突進して、
  「あっぷん、あっぷん」
と金魚を紹介してくれた。
 保母さんの指導で、子の持ち物をセットして(10分近くかかったなあ)、子とお別れ。心配したが、泣いたりせず、前の保育園でのように、素っ気なく手を振っておさらばさ。まあ、この方がいいか。パパはお仕事行きますねー。

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2002/4/5(金) →題名目次
待っててね 生後910日(2歳5カ月28日)

 子が起きたときには私はもう出勤していた。起きてパパがいないので、泣きながら、
  「パパー、パパー」
と探し回ったという。実は、私が目を覚ましたのは、子の夜泣きで、環境の変化がストレスになっているのか、昨晩も2度、妙な寝言を伴った夜泣きをした。
 1回目は、
  「いたい、いたい」
というもので、妻の推測だと、口内炎によるものだろうとのこと。
 2回目は、6時前、
  「めっ! めっ!」
と、誰かを叱る。それに反応した妻も、子を叱っていた。そちらの方は寝ぼけていたのか覚醒していたのか不明。

 保育園に行く前も少し泣き、保育園に着いても泣いたという。
 帰りには、保育園の裏の公園で遊んだそうだ。砂を集めて、木の枝を指し、
  「いちご、いちご」
と木の葉を置いて、
  「ふー、ふー」
と吹いているのは、ロウソクの立ったケーキである。
 帰宅途中、スーパーマーケットで、前の保育園の上級生が、吾子を見つけ、
  「あ、吾子ちゃんだ!」
・・・・つくづく前の保育園では人気者だったのだと思い知らされる。

 現在、私は目覚ましを2台使っていて、私の「ライフライン」であるが、1台の目覚ましはミニーマウスの目覚ましだ。子が、
  「ピンク、ピンクの時計、ミッキーの!」
といじりたがるので、
  「あれはパパの」
というと、
  「吾子のっ! 吾子ちゃんのー、うわーん」
と所有権を主張して泣き始めてしまった。私の完敗。

 ふとんを二人で被って、「お化け」になって遊ぶ。私としては坐ったまま(正座は疲れるが!)なので、体調最悪(風邪ならん)の時には楽だし、何よりも二人でいちゃつけるのは幸せだ。
 今日も、「お化け」になったが、子が、
  「待っててね」
と言って、絵本やらおもちゃやら取りに出た。時間の概念ができてきたようだ。

 妻といがみ合いが始まると、
  「だめ!」
と積極的に介入してくるようになった。さすがの妻も黙らざるをえない。助かる。

 今日も待ちかねたように寝てしまった。気苦労が多いのだろう。明朝は、パパ、いるからね。お見送りもパパ。楽しみだよ。

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2002/4/4(木) →題名目次
仮想トイレ 生後909日(2歳5カ月27日)

 仕事から帰ると、本の上に坐ってはにかみながら、
  「おかえり!」
予想もしなかったのと声が小さかったので、思わず聞き返してしまった。
  「おかえり!」
えらいよー。

 ご褒美に、今日買ってきた、「なぜなにQAきょうりゅう」を披露。いまのところあまり反応はよくない。そう思ったからこんにちまで買わなかったのだけれど。第一に、名前が長すぎて子供に発音できない。第二に、写真より絵が主体だ。第三に、恐竜は特徴があるようで他と差別化できる特徴は実はそんなに多くない。まあそんな理由だ。
 でも、恐竜が大口開けている絵を真似て、子も大きく口を開き、お互い、「がぶー」とほっぺたの噛みっこをした。

  「あんぱーんち」
と言って攻撃してくる。お返しをすると、
  「やられちゃったー」
とひっくり返ってみせる。味なリアクションを、と思ったが、どうやら、「おすもうくまさん」のバリエーションであるようだ。
 その後、子が、調子に乗って私を平手でぶん殴った。私は、まったく怒気を含まぬ声で、たしなめた。
  「パパをメッしたらだめでしょ」
予想は付いたが、顔をゆがめて泣き始めた。全然叱っていないのに。自分でもやりすぎたと思っていたのか?

 突如、トイレのマネっこ。最初は、しゃがんで水を流すマネだけだったのだが、だんだんリアルになり、ズボンとおしめを同時に太股まで下げて、しゃがみ、おしめとズボンを上げ(紙で拭くのを忘れている)、水を流すマネ、それから蛇口をひねって手を洗うマネ、蛇口を閉め、ふすまの破れてびらびらになっている紙をタオルに見立てて手を拭くマネ、連続技で見せてくれた。
 驚くべきは、うちでのトイレは、ズボンもおしめも全部脱ぎ取って便器に跨っているというのに、マネでは、途中で止めて、より大きい子のスタイルに近いことだ。保育園で教わったのだろうか。
 湯船に入っているときに、「ちっちでたー」と言っていたそうだが、真偽はどうなのだろう。

 お風呂には長いこと浸かっていた。蒲柳の質ほりゅうのしつのわたくしは、また風邪を引いたようで、傍観者。
 風呂から出た子が、
  「しましまー」
と両手を広げてみせる。お湯に浸かりすぎて、指先が皺皺になっていた。時間が経って皺がなくなってゆくと、
  「しましまないねー」
とちゃんと成り行きに注目していた。

 また寝る前にビデオを二人で見る。ディズニーの「ラブソング コレクション」。終わりあたりで眠そうにしているので、
  「眠い? 眠かったら『ママ、寝よー』って呼んでごらん」
  「まま、寝よー」
どうやら眠いときも、耐えているようだ。

 床に就いて、足を曲げ伸ばしして落ち着かなかったそうだ。妻が、
  「足曲げて寝ると、ホネになるよー」
と脅したら、足をぴーんと伸ばして寝たという。

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2002/4/4(木) →題名目次
保育園にはまだ馴染まないのかな 生後909日(2歳5カ月27日)

 朝食中に、妻が子に、
  「保育園、行きたい?」
と訊く。否定的な答えが出るだろうから訊かない方がいいのになあ、と思っていたら、やはり、
  「いかにゃい」
と応える。そうだろうなあ。新しい環境、いままでの顔なじみはひとりも存在せず、先生もお友達もみんな替わってしまい、流儀もいままでと違って、いままではどちらかというとお山の大将でいられたけれど、今度は新参者、もしかしたらいままで許容されていた振る舞いがたしなめられているかもしれない。行きたくなくなるのもわかる気がする。もしかして前の保育園に戻れるかも、と思っていたりするのかも知れない。
 おむつを替えようとしたら、
  「うんちん」
といってちょっと力んだ。トイレトレーニングの好機とばかりにトイレに連れて行く。おむつにはすでに茶色い 5mm ほどの染みが付いている。間に合った。・・・・ところが、それ以上でなかった。「ちっち」だけして終わり。おそらく保育園到着まもなくに「うんちん」を排出することになるのだろう。
 今日はさすがに妻が送っていく。着替えも済ませて、直前まで私と図鑑を見ていたが、ついうっかり、
  「保育園、あっぷんいるねー」
と訊いたのはまずかった。
  「いかにゃい」
と言い出した。着替えを済ませた条件反射から、自分でTVを「ぱっちん」するまで至っていたのに、余計なことを思わせてしまったようだ。玄関から出るときには、泣いていた。保育園に行きたくないのか、パパと遊んでいたいのか、不明であるが。パパはお仕事だから、どちらにせよここでお別れ。涙のちゅーは(鼻水で)しょっぱかった。

 送って帰ってきた妻によれば、自転車の上でもずっと、「パパ、パパ」いっていたそうだし、保育園に着いても、泣きながら「パパ、パパ」いっていて、ひとめを引いたそうな。

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2002/4/3(水) →題名目次
フロック 生後908日(2歳5カ月26日)

 昼寝の後、妻に連れられて小児科に寄ってから帰ってきた。保育園からの連絡帳に、始終、「パパ、パパ」と言っているので、よっぽどパパのことが好きなんですね、と書いてあった。
 そんなに言われたらよりかわいがってやらねばなあ、という気持ちになるじゃないか。あんまりそんなことはしたくなかったのだが(だんだんウザく感じるだろうから)、つい、
  「パパのこと好き?」
と訊いちゃったじゃないか、何度も。ちなみに返事はいつでも、
  「吾子ちゃん、パパ、しゅきー」
体調がすぐれないのだが、子を喜ばせてやりたい一念で、
  「散歩、行く?」
  「散歩・・・・行く」
かくして、昨日と同じく、保育園の裏の公園へ。

 往復とも桃源郷ルートを通ったが、ネコはいなかった。なぜか、今日はネコにこだわらない。そこに長居しなかったので、後ろ姿がベランダに見えていた美輪明宏似おばあさんのお手を患わせずに済んだ。
 フィールドアスレチックを兼ねた巨大な滑り台。まず、子が這うようにして登らねばならない高い鉄の階段を数段登って、そこから垂直に金属の8段の梯子が屹立している。昨日は、腋の下から持ち上げてなんとか乗せたのだが、今日は自力で登らせよう。吾子より背も年齢も小さな子供がラクラク登っているからできるはずだ。
 最初は嫌がった。何回目かに、梯子の最上段付近に置いてみると、そこから簡単によじ登れることがわかって、次には1段目から梯子をよじ登り始めた。よしよし。
 そのへん楽というか、他の子が滑り台の途中とか下にいると、絶対に滑り降りようとしない。安全ではあるが、そこまで気を遣わなくても。結構こどもたちだけでグループを作って遊んでいるので、吾子だけ孤立している感じだ。最近とんと行かなくなったうちの近所の公園では、親子連れが多くてそんな気を回す必要はなかったのだが。現在の保育園の裏だし、たぶん園でお友達が出来たら自然と遊ぶことになるでしょう。
 連れ帰るのが一苦労だった。手を強く引いても引き抜くし、逃げ回る。うちに向かいかけても隙を見て公園に戻ろうとする。
  「あ、まる!」
公園よりうち寄りにある保育園の塀には、円い穴が開いている。「あ、まる!」と言いながら、次第に公園の方へ戻って行ったのは、策略だったと今も信じている。
 どうにも動かなくなったら、これもあまりやりたくないことだが、
  「じゃあ、パパ先に帰るね」
とずんずん進むというフロックを掛ける。うちの妻にはフロックがまったく利かないので、ここ数年フロックの腕を磨いていないので、利く自信もないのだが、これがまあ簡単にはまってくれた。まあいずれ母親を見習って利かなくなるでしょう。今日は、駐車場一面分、車が10台横に並べられる距離を離れたところで、やっと泣きながら私を追いかけて来てくれた。その後、抱っこすることになるのだが。
 うちに帰るとすぐに母親と入浴。
 食後、1時間以上、子と横になってTVを見た。いや、私はまったく見る気もなかったのだが、ビデオを消したら志村けんの番組をやっていて、ビデオを巻き戻す間見ていたら、子も私にもたれかかって見ているので、そのまんま点けておいただけのことだ。子は、面白がっていたかというと、
  「TV面白い?」
  「わんわん見る」
Blue's Clues(ブルース・クルーズ)のビデオを見たがったので、セットした瞬間、妻が、
  「さ、吾子っち、寝よ!」
と姿を現したら、未練もなくTVを「ぱっちん」して、ちゅーしてぎゅーして寝室に行ってしまった。おとなしかったのは単に眠かっただけであった。

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2002/4/3(水) →題名目次
泣かないで吾子 生後908日(2歳5カ月26日)

 何時か知らねど、目覚ましが鳴っている。妻、起きる気配なし。
 ずいぶん経って、子が、妻に、
  「ママ、ちっち出た」
と言っている、これで妻も起きないわけにはいかまい。
 ・・・・ふすまが開いて、おしめを両手で捧げ持ち、お尻拭きを小脇に挟んだ吾子が出現。どうやらおむつ換えは私に押しつけられたようだ。
 妻を起こすが、開口一番、
  「もう間に合わないからあなたが行って」
面と向かって文句を言えないから日記というメディアを使って訴えたのに、全然こたえていないようだ。昨夜あれほど強く、自分が送りに行くと言い放っていたのに簡単に前言撤回である。わずかに立場が上になった(と思った)のを好機に、妻をたしなめると、昨日の昼寝のあとに散歩に私が遅刻したことを責め立ててくる。まったく関係がないと思うのだが、理屈は通じない。我々の早朝からの喧嘩で、子も泣き出す。

 もちろん歩いて登園。もう2度と車で送迎しなくて済む(というかできない)のは心休まる。車の乗り降り運転中、子という守るべきものを抱えていると相当な心理的・肉体的負担になるのだが、運転しない人にはわからないかもしれない。車の方が楽なのに、と思うかも知れないが。
 いい天気である。桜草が咲き乱れている。タンポポもあるが、子の口の届く範囲には綿毛はなかった。
 保育園の門をくぐる、と、
  「いやない、いやない(いらない、いらない)!」
と、子が泣き始めた。保育園に行きたくないのだ。目の前に水槽がある。
  「アップン、いやない、いやない!」
金魚でさえ子の気を引くには不十分だ。やむをえない。無理に手を引いて入って行く。前の保育園では、子と荷物を保母さんに渡して終わり、というお手軽さであったが、ここでは、それぞれの子に、おむつ入れ、靴入れ(靴箱とは別に庭遊び用の靴)、エプロン入れ、ロッカーがあり、ロッカーの中に、さらにパジャマ入れと着替え入れがある。他にもあったかもしれない。事前に妻からレクチャーを受けていたが、想像以上の複雑さで、保母さんに助けを借りるしかなかった。その間、あちこちに分散した物入れの間を右往左往行き交っておろおろする父親の足下で、泣き止んだ子が私の後をアヒルの子のように付いて回っていた。
 まあこれで準備はよかろう。保母さんに子を引き渡す。・・・・当然のように泣きわめく。保母さんに手を引かれながらも、
  「パパー、パパー!」
と泣きながら、それでも手をバイバイしていた。

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2002/4/2(火) →題名目次
行き違い 生後907日(2歳5カ月25日)

 子に起こされた妻が、急に、私に子を送って行けという。さすがにそれはないだろうと思ったから、寝る前に一献きこしめしたというのに、心外なことである。というのも、たしかにどうせ子が出かけるのと同じ時間に私は外出する予定ではあったが、まだ様子とか予定のよくわからない保育園登園2日めに、まもなく送迎ができなくなる私よりも、主として送迎する妻が行った方がよいだろうという判断があったから、ふつうなら怖れて要請を受け容れる私も、不平を言われながらも抗ったのであった。・・・・私の朝食はなかった。
 今日の慣らし保育は、昼食が終わるまで。昼もだいぶ過ぎて、私が所用を済ませて帰宅すると、帰宅していた吾子がちょうど昼寝に入ったところだった。
 妻の話によると、案の定というか、今日も別れ際に子は大泣きしたそうだ。やはり私が送りに行かなくてよかった。ただ、保母さんによると、妻の姿が見えなくなると、ぴたりと泣き止んだそうだ。昼飯のカレーは、
  「からい、からい」
といって、ご飯しか食べなかったそうだが、口内炎のせいだろうか。明日は昼寝後に迎えに行けばよいそうだ。
 私も昼寝。子は、起き抜けに私のところに来たが、なぜか私を見て泣き始めた。妻がなだめて公園に連れ出す。私もすぐに合流する予定に。なんでも保育園の裏に公園があるとかで、そこで待っているという。
 長いことこのあたりに住んでいるが、そんな公園があることを知らなかった。わりと広めの公園で、滑り台が3種類ある。1台は、非常に巨大な滑り台で、フィールドアスレチックもかねている。1台は、非常に小さな滑り台。残り1台は、コンクリートの、球をえぐり取った形の滑り台だ。この形の滑り台は、私が幼少の頃よく遊んだ覚えがあり、最近とみにそういう滑り台、幅が広いので垂直に滑らなくても横になってごろごろ転がることもできる滑り台で遊ばせてやりたいと思っていたところだから、天の配剤というところだろう。保育園の裏手という場所柄もあるのか、子供達がわらわらと遊んでいる。・・・・が、肝心の我が妻子がいない。途中で追い越すなんてことはありえないほど遅れて出たので、帰ったか、どこか別の所に行っているのだろう。しばらく待って、いったん帰宅。
 留守電にはメッセージもない。妻のPHSを呼び出すと、なんと「せせらぎの里」まで足を伸ばしているとのこと。子が、
  「さくらのはな」
といって、「せせらぎの里」まで行きたがったのだそうだ。さすがにそこまで足を伸ばす気がしないので、そもそもの待ち合わせ場所である保育園の裏の公園で合流することにして、再び家を後にしたのであった。
 妻を帰して、子と遊ぶ。滑り台は3台とも滑った。フィールドアスレチックになっている滑り台は、上が迷路みたいになってもいるのだが、そこに、吾子より少し小さいくらいの男の子がいた。
  「Aっくん!」
といって子が顔を確かめに行く。たしかに雰囲気は似てなくもないが別人だ。子は少しがっかりしたみたいだ。保育園を替わったので、もしかしたらもう一生、Aっくんと会うこともないかもしれないと思うと、酷なことをしているな、と思ってしまう。早く忘れて新しいお友達を作ってね。
 その男の子が、滑り台の真ん中を貫いて生えている木に手を置いて、
  「こわーい、こわーい」
と吾子の方を向いて大声で叫ぶ。子は、びびって、私の後ろに隠れる。こわいのはお前の方だろ!
 コンクリートの滑り台を滑る前に、5歳の男女が話しかけてきた。Mずきちゃんとカタキン君(実はよく聞き取れなかった)で、吾子と同じ保育園である。Mずきちゃんが、あの滑り台はこわいんだよー、といって模範に滑って見せてくれた。子は、他の子がその滑り台にたかっている間は寄りつきもしなかったので、関心がないかと思ったら、人気がなくなるとすぐに滑り台に登り、あれよあれよというまに滑り降りた。しかし、切り立った角度から急に平坦な角度になるので、子は、したたか後頭部をぶつけたらしく、それに懲りて二度とそれで滑ろうとしなかった。
 ずいぶん遅くなった。ネコのいる桃源郷ルートは避けてまっすぐ帰ろうと思ったのだが、桃源郷ルートとの分岐点で子が、
  「ピーピ、ニャンニャン!」
といって、ネコのいる道だと気付いている様子。いつもとは違う方向からその分岐点にさしかかったというのに、また、別段特徴のある場所でもないのに、子はよく覚えているものだ。その道を覚えている証拠に、途中にある、サカナの形をした表札、これが草に隠れて見えなくなっていたが、
  「あっぷん(魚)ないねー」
といっていた。
 美輪明宏似のおばあさんが、玄関の木の剪定をしている。我々を見て、ネコを呼び出してくれた。子が、ぶしつけに近寄るのでネコが逃げてしまったが、おばあさんはまた呼び出してくれた。子は、
  「にゃんにゃん待ってー」
と追いかけて、やっと静止したネコを、いしいし(よしよし)することができた。今日もありがとうございました。
 うちの近くから抱っこ。なぜがチューを迫られ、
  「うーん・・・・ま!」
のリズムでくっつき合った唇を離しながら帰る、すごい大きな声で。パパはずかしいけどうれしいよ。

 うちに帰るとわがままで、皿を投げたもので、私が強く叱ると、泣き出した。泣き止んだあとも、
  「お皿ポーンしたから、パパ、めっ」
と、叱ったのを恨んでいるのか反省しているのか、そういう発言をしていた。
 先に風呂に入って、子を呼ぼうと思ったら、子が激しく泣いている。あとで聞くと、子がお金を踏みつけて、なんど注意しても止まないので、妻に膝をぴしりとやられたのだそうだ。お金を踏みつけるのはとんでもない。
 食事の時もわがままである。妻がスプーンで口に運ぼうとしているのに、両手で口を押さえてふざけたりする。ついに、妻がキレて、子のおもちゃを奪って床に投げつけた。子、それを見て異常を察して泣き出す。しかし、ついせん、子がものを投げたのを叱ったばかりである。妻、反省して、子に、
  「ママ、おもちゃポーンしたから、ごめんなさい」
といって頭を下げる。すると、子も、泣きながら頭を下げている。どうも、子は、誤解したらしく、自分が叱られて、ごめんなさいを言えと強要されていると思ったようだ。
 「なぜなにQAしょくぶつ」をデビューさせる。タンポポの綿毛の写真を見て、
  「いたーいたー」
という。妻によれば、「せせらぎの里」でタンポポの綿毛をふーしたそうだ。ちゃんと覚えているんだね、と感心したが、その後、ひまわりやら松茸やらの写真にも、
  「いたーいたー」
を連発。松茸があったんなら持って帰ってくれ!
 寝る直前まで二人で図鑑を見てお勉強して、寝室に入って行きました。おやすみ。明日は保育園、昼寝までいるんだそうだね。早く馴れてね。お友達作ってね。

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2002/4/1(月) →題名目次
パパは帰心矢の如し 生後906日(2歳5カ月24日)

 玄関を開ける。妻の、
  「パパ帰ってきたよ」
の声に促されて、
  「パパー、パパー」
でも、迎えには来てくれない。鍋をスプーンでかんかん叩いて、謎の歌を歌っている。あー、やっぱりうちが一番だ、とオッサン臭いことを感じる。
 外泊のせいか、妙に疲れた私は動きたくない。子が、例のベビーベッドの足下の仮想動物園に、鍋とスプーンを持っていって、
  「にゃんにゃんいない」
といったのに乗じて、
  「にゃんにゃんここにいるよ」
と私の脇を指さすと、乗ってきてくれて、スプーンで餌を与えている。こらこら、ネコの餌をお前が食うんじゃない。

 私をうつぶせにして、妻が肩や腰をもんでくれる。子も参加して、もんでくれる。
 今日は、入園式というより、いきなり慣らし保育で、事前に聞いていた話だと、母子両方ともが滞在する、ということだったのに、実際は、子を置いて帰宅、2時間後お迎え、ということになったそうだ。前の保育園は管理者の管理下ですべてことが運んだが(だいぶいきあたりばったりであるが)、今度の保育園は現場の発言力が重視されるようだ。
 子を置いて帰るとき、なんと子は泣き出したそうだ。置いて帰るに忍びなかったという。しかし、迎えに行くと平気でいたそうだ。

 子がハサミで私に来たダイレクトメールを切り刻む。ほぼ四角形に切って、
  「しょっぱんまん(食パンマン)」
といって見せてくれた。
 私がうつぶせていると、先ほどのマッサージを思い出したらしい、肩や腰をもんでくれた。これがバカにならない。結構、うまいのだ。そういえば、握力はかなりのもので、私を立たせて、私の親指を手のひらで握りしめて私の太股を足でよじのぼり、股の付け根あたりまで登ったところで逆上がりの形で落下するのだが、その時、親指が折れるんじゃないかと思うくらいしっかり握っている。
 子が、傘を広げて(洗ったから室内で広げる許可をもらったのだそうだ)、妻の布団の方に向けて、ママがねんねしているときになんたらかんたらと言っている。妻が寝ているときに、傘を使って起こしたということだろうか?
 あとで妻に確かめると、昨日、妻だけが寝ているとき、子が傘を振り回して遊んでいたので、傘をひったくってぶんなげたのだそうだ。どうもその経過を説明してくれたようだ。だいたいあたっている気がするが。
 私が「うんちん」していると子が乗り込んできて、
  「ちっちちっち」
毎度のことである。自分でズボンとおむつを脱いだので、便器に跨らせると、
  「ちー」
といっているうちに放尿が始まった。うちでは、「うーん」と力んで放尿する指導をしている。「ちー」といいながら放尿をするのは初めて見たから、今日、学習したことなのだろうか。

 寝る前、新作のBlue's Cluesを見ていた。英語字幕が付いている。このテレビデオは、妻が学生時代に買ったものだ。字幕表示機能が付いているなんて、二人とも知らなかった。得した気分だ。でも、映像でなくて字をつい追ってしまうから、ヒアリングにはよろしくないかもしれない。
 子は、静かに見ていて、時々歓声を上げて私に注意を促す。一本見終わったところで、妻の呼びかけに応えて、すーと寝てしまった。
 繰り返す。やっぱうちが一番だ。(今日はエープリルフールだが、もちろんこれはウソではない。)

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2002/3/31(日) →題名目次
妻からの報告を主に 生後905日(2歳5カ月23日)

 そういえば、昨夜は、2度ほど激しい夜泣きをしていた。案の定、7時に起きた吾子は、鼻水ずるずる気味だったそうだ。それどころか、朝から嘔吐したそうだ。夜ならともかく、覚醒時には嘔吐したのはちょっと覚えがない。
 薬を飲ませたそうだ。耳鼻科からもらった薬は、私もそう思うのだが、興奮作用があるようで、今日、昼寝しなかったのはその薬のせいかもしれない。とにかく、次第に元気になってきたそうだ。明日は、入園式のあとで、その耳鼻科に連れて行くそうだ。

 私との電話を切った後、しきりに、「パパ、パパ」言っていたそうだ。ここんとこ毎日遊んでたから無理もない。

 雷雨が轟いていたとき、妻が、「怖いか?」と問うと、首を左右に振ったそうだ。セキセイインコなんかより、羽虫なんかより、はるかに怖いよ、稲妻は。

 このまま明日起きると元気になっていればいいな。
 明日から環境が変わって新しい保育園。人生は、出会いがあれば別れもある。しかし、別れはそれでおしまいというものではない。将来、再び人生の道と交わるかも知れないし、何よりも、君の心の中に、はっきりと刻印されているではないか。古い殻を捨てないと新しい殻は付けられない。ヤドカリなら脱ぎ捨てるだけのことだが、人は殻の記憶というものを持っている。そしてその記憶が層をなして年輪となって君を育むのだ。新しい環境におじるなかれ。昨日より今日、今日より明日。よりよい時間が君を待ち受けている。未来は君を受け入れてくれる。たとえ意にそぐわない未来のように見えても、どこかで調整されるものさ。それも足を踏み出してこそのこと。だからその一歩踏み出そう、吾子!

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2002/3/31(日) →題名目次
高崎の夜は更けて 生後905日(2歳5カ月23日)

 今晩は最愛の家族から離れて遠き群馬県高崎で夜を過ごす。朝は、妻子二人とも私の出勤に気付かなかった様子だ。
 妻からの情報は後回しにして、私が夕刻電話を掛けたときのことから。

 妻と話していると、電話口の向こうから、
  「ばあちゃん、ばあちゃん」
という子の声がする。ふふふ、実はパパだよ。子に替わってもらおうとするが、
  「いにゃない」
と言って照れているという。背後から、聞き慣れない音楽が。先日のシマジロー絵本の付録から音が出ているらしい。妻の、「パパだよー」の声に被さって、子の、「シマ・・・・」という声。私は虎なのか。
 妻と話をして、子は昼寝をせず、妻だけが昼寝していたそうだが、気が付くと、濡れたおむつが脱ぎ捨ててあり、子は、ズボンもおむつもちゃんと装着している。状況から判断して、子は、自分で濡れたおむつを脱ぎ捨てて、新しいおむつを着けて、そのうえにズボンまで穿いたということになるらしい。また、例の仮想動物園、ベッドの足下のネコに麦チョコを10粒ほど「お供え」していたそうだ。
 そんな話をしているうちに、子がやっと受話器を口に当てたらしい。
  「むふーむふー」
という鼻息が聞こえる。
 こういうときのために、先日から温めていたアイディア。おもむろに歌う。
  「あーなたのお名前は?」
  「吾子ちゃんでしゅ!」
  「パーパのお名前は?」
  「パパでしゅ!」
・・・・成功である。子が、
  「ちょうちょ、ちょうちょ、はな・・・・」
と歌い出す。私がそれをリードして歌う。次は、
  「ハチぶんぶん!」
である。歌い終わると、
  「パーパ!」
と呼びかけて「はーい!」返事をさせる。声に高低強弱のバリエーションを付けて呼びかけてくる、私もその高低強弱に併せて応える。特に、重奏低音(?)で、「パーパ!」「はーい!」とやるのがよいようで、何度か反復させられた。
 電話を切るときには、
  「またね、じゃーねー、ばいばい!」
と、これは子のセリフである。ちゃんと挨拶できるのだなあ。感激してしまった。

 その後、外で食事をしてからもう一度電話しようと、その前にメールをチェックしてみると、昼寝をしなかった吾子は、さすがに眠かったらしく、妻の入浴中に寝入っていたそうだ。東京では、雷雨が荒れているという。こちらでは、夕刻激しい通り雨があったが、今ではそれもウソのよう。
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2002/3/30(土) →題名目次
口内炎が出来ていた 生後904日(2歳5カ月22日)

 今の保育園にお別れを告げ、小児科に寄って診察してもらうと、例の右頬の内側は口内炎によるものだった。やはりシロートの判断(この場合わたしですが)はあてにならない。

 布団に転がっていると、足に見覚えのないキャップ状のものがあたる。子に、
  「これ何?」
と訊くと、
  「ペン」
と応えるが、見覚えはないしペンのキャップにしてはなんか変だ。起きあがって探すと、子の具申通りペン、しかも赤いサインペン、私が初めて見るペンであった。私のシーツは一部真っ赤に染まっている。すかさず妻の顔色をうかがうと、
  「吾子とあなたが悪いんだけれど、怒らないでいてあげる。・・・・優しいでしょ」
とのたまう。
  「ぼくはそもそもこんなペンがあるなんて知らなかったよー」
そういいわけしたあとで気が付いた。たぶん、本当は、新しいペンの存在を私に知らせなかったうえ、ペンを子に渡したままで監督してなかった自分の責任だと自認しているから妻は叱らなかったのだろう。真っ先に自分に責任があるかと怯えたぼくって、もしかして人が良すぎるのか(ただし対・妻に関してだけだが)。
 その後、子が、シーツのその部分を指さして、
  あかー
といっている。
  「だれがやったのかなぁ?」
  「吾子、吾子!」
得意げに応えて、呑気なものである。

 私の顔をかなり強く平手で叩いて咎めてもやめないので、強く叱ったとき反射的に私の手も挙がった(挙がっただけで降りはしないけどね)。今日は情緒不安定なようで、それで顔をゆがめて泣き始めた。強く叱りすぎたかなーと思って慰めていると、泣き声を一層強め、より顔をゆがめて、平手で私を叩くべく振り下ろしたが、寸止めをすること2〜3度。叩きたいけれど叩いちゃいけないという気持ちが抑制させたのだろうか。ま、なんにせよ、外で人様に、気に入らないからと言って手を挙げる子にだけはなってほしくない。

 妻と話していると、子の悲鳴。
  「いやー、めめー。いやー」
さほど切迫している気もしなかったのだが、悲鳴が何回か繰り返されたところでやっと二人して目を向けると大変な状況になっていた。棚の端にある ISDN ルータが落ちかかって子が顔面で受け止めているのであった。重いものじゃないし、ケーブルでぶら下がっていたから痛くはなかったろうけどね。

 口内炎の薬をもらったのだが、塗り忘れたまま寝てしまった。ふう。明日は君は休みだが、パパは仕事だよ。次に君と遊べるのは・・・・。

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2002/3/30(土) →題名目次
最後のお見送り 生後904日(2歳5カ月22日)

 夜中に目覚めたときはまだ強い雨が降っていた。仕事が始まるととたんに「夜尿」といっても寝小便ではないで目が覚めるようになったなあ。
 朝起きると、対照で室内が真っ暗に感じるほど晴れていた。

 「シマジローのおとうさん」ということばを理解できている。「パパ」から「おとうさん」に変身する好機かも知れない。
  「パパは『おとうさん』だよ。言ってごらん」
  「おとちゃん」
まあよかろう。
  「ママは『おかあさん』。呼んでごらん」
洗面台の妻に声をかける。
  「おばちゃん! おばちゃん!」
洗顔に忙しい妻にはよく聞き取れなかったのが子の身の幸運だったろう。なお、「おばあちゃん」と「おばちゃん」が混同するのを避けるため、、
  「おばあちゃん」ではなく「ばあちゃん」
  「おばちゃん」ではなく「おばさん」
と言い分けさせておいたのだが、発音の隙間「おばちゃん」がこんなところで顔をもたげる結果となった。

 はみがきを手伝わされた。頬の内側の痛みはまだあるようで、食い物が滲みるようだ。周囲が明るいので口の中がよく見える。大人と同じように生えそろっている気でいた歯だが、乳歯は奥歯の数が少ないのだということを改めて知った。

 口先妻だけあって、私が今の保育園への最後のお見送りをすることになるのは予想がついていた。
 外に出ると、誇張の全くない快晴だ。最後の道のりを一歩一歩、足で歩いて行くのがよいだろう。時間もある。そう思ったのだが、意に反して子は車に乗りたがった。さもなくば全行程抱っこか。
 まあいい。車で送迎するのもこれが最後だろう。新しい保育園は、車で往来するのは不可能なのだ。
 いつも車を止める場所に止める。その位置にある家のおばさん、時々、子に声をかけてくれるおばさんが、2階から我々を見つけて声をかけてくださる。家の前にいつも車を止められて快いと思うはずはなかろうが、止めさせてくれていつもありがとうございました。もうここに車を止めることはないでしょう。さようなら。お元気で。そう心の中で感謝した。
 道を昇りかけると、子が、
  「あ、にゃんこ!」
最初見えなかったが、とある家の玄関に続く草むらの生えた道に、トラ猫が保護色に包まれてこちらを見ていた。二人して近づこうとしたら、逃げ腰になったので、子もきびすをかえして保育園に向かう。
 ・・・・静かだ。土曜日だし年度末だもんな。靴箱に向かう。
  「あ、吾子ちゃんぴょんぴょん・・・・」
子が絶句する。私もすぐに気付いた。子の靴箱には、名前とともに子のトレードマークであるウサギの絵が描いてあるのだが、それが新年度にそこに靴を置くことになるとおぼしき子の名前に替わり、トレードマークもネコになっていたのだ。子が深く考えないようにさっさと靴を入れるように促し、2階を目指す。1階は、すでに入園式の準備が整えられて椅子が整列されていた。
 踊り場に貼られている、保母さんが描いた絵も替わっている。ハチやチョウやウサギやタヌキやキツネやブタの絵。子は、タヌキ以外は認識した。この絵を見るのも、最初で最後なのだ。子が、絵を触って感想を述べるのに付き合った。
 保育室には、保母さんと子供が他に2人だけ。
  「今日よろしくお願いいたします」
」に特別な思いを込めて保母さんにお願いしたのが伝わっただろうか。過去を年頭に入れて、「過去と同様に今日」であり、通常なら未来への期待も込めていう「明日以降」が含まれていない「」の意味が!

 松前健氏(神話学研究者)が24日、誤飲による窒息で死去。享年79歳。

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2002/3/29(金) →題名目次
成長の兆しは今日も 生後903日(2歳5カ月21日)

 帰宅すると、妻の顔が真っ白だ。妻の体調はより悪くなっているようだ。そこで、私が子と入浴。
 湯船の中ではいつも立っていて、もはや水面は乳より下に来ているので、肩まで浸からせるのが一苦労。最近、風呂から上がる寸前、十まで数を数える間、湯船にしゃがませるように妻がしつけるのに成功している。
 私は、スプーのおもちゃやハトの水温計を水中深く沈めて、
  「いないいないばー」
といって手を離し、水上まで浮かび上がらせる。すると、子がそれをまねするのだが、深く沈めるためには、子はしゃがまねばならず、結果的に肩まで浸かることになる。
 また、あまりきれいな方法ではないが、子が、湯船のお湯を口に含んで、ぴゅー、と噴き出すのを容認している、それどころか、ときにはし向けたり。お湯を口に含むために、やはり結果的に肩まで浸かるから。・・・・時々、子は意図的にお湯を飲んじゃうのが悩み。
 今日は、突如、湯船に子がひざまづいた。そうするとちょうど下唇の下までお湯が来る。これが習慣になってくれるとずいぶん助かる。みずからひざまづいたのは、成長の兆しである。

 今日は、シマジロー絵本が届いた。茶封筒に入って届けられるのだが、子は、いちはやく、
  「あ、しま!」
と発見し、
  「あけるー、あけるー」
という。これは、自分で開けるのではなく、パパが「あけるー」なのだが。
 付録の一つは、立体的な家に、シマジロー一家のぬいぐるみを配置して遊ぶ、おままごとセット(リカちゃんハウスの廉価版を想像すればよろしい)みたいなもの。初見で、どこが寝室でどこがバスルームで、とすぐわかったもよう。
 付録のビデオの内容のひとつに、「便意を告げて大便をする」というのがある。
 子が、「シマちゃんハウス」の洋式トイレにシマジローを坐らせて、
  「シマ、うんちん」
てやってるので、
  (ビデオで見たように)うんちんしたくなったらパパに言ってね」
  「うん。うんちん・・・・ヴ・・・・ヴーン、むーん
と、直立した背がピンと伸び、ガニ股気味になり、急に顔が険しくなる。話題に触発して、大便をひりはじめたのだった。

  「ちっちでたー」
というので、おむつを替えようとしたが、ひとりでトイレに向かい、ドアノブに手を伸ばした。「あれぇ、まだ出るのかなぁ」と思いながらおむつに手を当てるとしっとり重い。これ以上の排尿はなかろう。しかし子が、自分でドアを開けた成長ぶりに敬意を払い、とりあえず便器にまたがらせてみた。
  「ちっちでないー」
そうだろう、出ないだろうなあ。それでも、
  「じゃあ、『うーん』してごらん」
それで出なけりゃもうトイレから出そう。
  「うーん、うーん・・・・(じょろじょろ)出たー!」
なんかうれしそうだった。

 子が、頬を押さえて、
  「いたい、いたい」
という。まさか虫歯?
  「どこが痛いの?」
  「ここ」
と自分の指を口に突っ込み、右頬の内側を押さえる。その位置は、歯ではなさそうだ。(ほぼ)的確に患部を指摘する能力。今度は私が指を入れてみても、いやがらずに受け入れる。なにかごりごりしたものがあるが、口内炎ではなかろう。だったら触ると飛び上がるほど痛いもんね。噛んだかどうかしたのだろう。

 明日が今の保育園最終日である。知ってか知らいでか、子はもう寝ている。明日はよく心に焼き付けておいで。子が、「お別れ」を経験する初めてのとき。

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2002/3/29(金) →題名目次
雨の日登園 生後903日(2歳5カ月21日)

 今の保育園も今日明日である。昨夜、子に、新しい保育園について言い含めたわけだが、今となっては今の保育園で寂しい立場にあるんじゃないかと心配になり、
  「あした保育園行く?」
  「うん」
  「楽しみ?」
  「うん!」
というわけで今朝を迎えた。雨が降っている。たぶんそうなるだろうなあ、と半ば観念していたが、やはり私がお見送りすることとなった。妻は友達と映画に行くとかで、準備に勤しんでいる。体調悪いのに心配だなあ。

 登園準備が整ったが、もう30分ほどたらたらしていられる。
 「花のもふ」と呼ばれる私の「花柄の布団」。先日、子が引っ張ってこようとして、
  「できにゃい」
と匙を投げたので見てみると、布団の上に毛布と枕が載っている。どけてやると、軽々引っ張っていった。
 今朝も、「花のもふ」をパオ(ゾウ)のぬいぐるみに掛けてやろうと引っ張ってこようとしたが、
  「できにゃい」
  「なんか載ってんじゃないの?」
というと、布団をあらためて、枕が載っているのを発見して降ろしてから引っ張ってきた。確実に進歩している。

 カッパに傘を持って登園。室内で広げることを禁じられた傘を堂々と広げられる喜びからか、嬉しそうに歩くので、車に乗るまでも車から降りてからもまっすぐ歩いた。
 パパはこれからお仕事です。いってきまーす。・・・・例によって子はそっけなかった。

 27日、葛野辰次郎氏(アイヌ文化伝承者)が、慢性呼吸不全で亡くなられたそうだ。享年91歳。ずいぶん前にご指導賜ったものだが、この歳までご存命であらせられたのだなあ。心からご冥福を祈る。

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