メイン | 吾子の成長記
吾子の成長記(ako054.html)

前の日記| 目次 |題名目次 |後の日記
このファイルの末尾へ

2002/4/19(金) →題名目次
欠伸でお出迎え 生後924日(2歳6カ月11日)

 今朝は6時半頃に起きてきた。覚悟していた私は、起き抜けから子と遊ぶ。妻が出かけた後、ウサギと遊ぶ時間を考えて、心持ち早めに出かける。出ると分かったら、子のせっつくことせっつくこと。
 ただし、外に出たからと行っていそいそと保育園に向かうわけではない。抱っこの要求は今日は盛んであった。
 残念ながら、ウサギは簾を被っていた。子も、構うのを諦めた。ジュウシマツをしばらく眺めて、金魚の水槽の前のソファーにしばらく寝ころんだかと思うと、いきなり保育室へ駆けだした。いつものように荷物を置く間はまとわりついて、いってきますと言うと、友達の輪に飛び込んでいった。
 今日の仕事は夕方から夜にかけて。車を飛ばして帰ると、ぎりぎりで子は起きていた。うれしいことこのうえない。子は、ビデオを見ながら毛布を枕にして完全に横になっている。帰宅した私を一瞥さえせず、ふぁーと欠伸をした。
  「パパにチューは?」
というとけだるそうに私の首を手で引き寄せて、チューしてくれた。横に添い寝しようとすると、枕となっている毛布を指して、
  「吾子ちゃんのっ!」
と怒って寝かせてくれない。パパの毛布なのに....。
  「眠いよー」
照れながら言う。妻によれば、眠くて怒っていたところで、私を見て少しは機嫌良くなったそうだ。ホントかよ。
 病院の検査の結果、「肺炎球菌」が多くて、先生も驚いたそうだ。ただ、現在見るからに快方に向かっている。鼻水もずいぶん少なくなった。知らないうちに峠を越していたのだろう。
 私との睦み合いはほとんどないまま、寝室に行ってしまった。でも、話が出来ただけで父親は幸せである。

 形容詞の否定は、たとえば「痛くない」は「痛いしない」のように表現する。動詞も、たまに「食べるしない」のようにいうが、だいたいは「いやない」という。「にゃんにゃんいた」の否定は、「にゃんにゃんないねー」だ。少なくとも、「いた」と「あった」の区別は付き始めているようだ。

↑翌日へ

2002/4/18(木) →題名目次
ウサギウサギ 生後923日(2歳6カ月10日)

 起床は6時であった。
  「パパ? パパ?」
と妻に訊いている。パパはいるのか?という意味だろう。昨夜、寝る前に会ったのを覚えていないのかも知れない。妻は、無言。つまり寝たままだ。子がこちらに来るときに布団に潜り込んでいたら、パパはいないと思うだろうか?
 布団の盛り上がりから歴然だった。まだ寝てようとすると、やはり、「うわーん」と泣くのだが、いつも正座したまま泣かれるのでこたえるのだ。
 今日は妻は遅刻せずに行くらしい。私は隙を見ては睡眠をとった。
 妻が出た後、我々も出かける。今日は時間の余裕がある。今朝も、ウサギは園庭に出て、囲いの中にいた。そこで、20分ほど時間を過ごして、結局は定刻を大幅に過ぎて保育室に入ることになる。
 前に公園で会った5歳児(向こうは覚えてないようだった)とちょくちょく公園で見かけるたぶんこれも5歳児(こちらを認識した)が話しかけてきた。餌のキャベツを、子は、ちぎって、ウサギの口元にではなくて、背中とか頭とかに置く。その子たちが、柵の中に入るのをうらやましがったので、子も入れてやった。怯えこそしないが、ウサギが近寄ってくると困っていた。子は、その子たちには無関心で、ウサギばかり見ている。私ゃその子たちが吾子を見放すのではないかとお話に努めた。
 ウサギと過ごせて楽しそうだった。やっとウサギから離して建物の中に入ったが、水槽の横の椅子に寝ころんで、動かなくて困った。保育室に連れて行くと、昨日と同じく保母さんの手なしで仲間の輪に入っていった。
 迎えも私。保育園園庭で20分ほど砂遊び。アリに、
  「どうじょ」
と皿一杯の砂を与えて生き埋めにしていた。
 公園に移動して30分ほど。今日は、強制的に連れ帰らない覚悟でいた。エビ見に行こう、と公園を連れ出した。
 さすがに伊勢エビは片づけられていた。
 今日は、往復の間に、タンポポの綿毛がたくさんあり、5本ほど空に飛ばしたのではなかろうか。また、「いしいし」することはなかったが、猫にもたくさん巡り会えた。
 曇っていたこともあって、いつもより遅くなって帰宅したときはあたりは暗かった。こうして子とゆったり帰ってきたもの、こうして迎えに行くことがしばらく不可能になるからだ。最後のお迎えをしみじみと味わったわけだ。それに呼応して、夜の時間を共に過ごす機会も減少する。ゆっくり夜を過ごしたかった父の気も知らず、いつもの就寝時間より心持ち早く、いきなり、
  「ねんね!」
と訴えて、妻を連れて眠りに入った。また明日も早起きするのだろう。パパもそれに対抗すべく、早く寝ます。じゃ。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/17(水) →題名目次
えー、もうちょっと 生後922日(2歳6カ月9日)

 今朝も異様に早く起きてきた。もうちょっと寝かせて欲しいと思っていたら、昨日と同じで怒る。昨日もそうだったのだが、「うわーん」と泣くのだ。
  「ちっちー」
  「ちっち行ったらまた寝る?」
子はうなづいたのだが、ウソであった。第一に「ちっち」は出なかったし、二度と寝たりしなかった。
 妻は遅刻。でも、子を送ってゆくのは私。今日うちを出たのはかつてなく遅い時間だった。強風が今日も吹いているので、子はずっと抱っこ希望であった。それでも、到着したのは10分も過ぎてだった。
 ウサギを構っている。やっと玄関に至ると、餌を見つけたが、
  「今日はもう時間が遅いんだよ」
というと理解したようだ。いつもは保育室で、保母さんに「渡す」という感じだが、今日は手すきの保母さんがいなかったもので、子供達の溜まっているところに子を私が送り出すと、たかたかっと適当なグループに入って私に手を振った。もう友達と遊ぶ方に身も心も入ったようだ。
 保育園で、初めて食事を全部食べたらしい。保母さんによると、これも友達との関係が築き上げられつつあるからだ、ということだ。心ないかもしれないが、私も時々、
  「今日は誰と遊んだの?」
と訊いてみる。でも、いつも話をはぐらかされている。子は質問に答えず別のことをするのだ。吾子は吾子なりに、新しい友達にとけ込めないのを苦しんでいるのだろう。前の保育園でも友達の名前が出るまでずいぶんかかったものだ。
 そうしてストレスが減ったのか、今日はうちで大便をしたそうだ。

 私は夕方から夜にかけて横浜で仕事。具合が悪くて、子を送って帰ってずっと寝ていた。子を迎えに行ったら、ぎりぎり遅刻しそうなタイミングなので、泣く泣く子の顔を見ずに出勤。
 順調に帰っても、子が寝るかどうかの時間。なるべく急いで帰る。・・・・寝室は閉まっていた。もう寝たらしい。・・・・と思ったら、妻が顔を出し、ちょうど寝ようとしていたところだ、という。ラッキー!
 今日もうちに着いた瞬間から、「パパー」といっていたそうだ。ただ、「パパお仕事よ」というと、理解して静かになったそうだが。そんな子である、どんなに父親の帰宅を喜んでくれるか?
  「ただいま! パパ帰ってきたよ」
子は、寝室出口を指さし、
  「ママー・・・・」
とつぶやく。もう寝るから、父ちゃん出て行って、ママを呼んでこい、といっているのだ。えー、もうちょっと睦み合おうよ。あんまりだよ。・・・・しかし、やむなくチューをしただけで寝室を出る父親であった。体調もすごく悪い。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/16(火) →題名目次
いたいのいたいの、おわけ 生後921日(2歳6カ月8日)

 妙に早く起きてきた。あ、妻も。私が寝ていると怒る。でも、眠い。
 ちんたらと寝たり起きたりさせてもらって、妻が出かけたあと、子を連れて登園。
 風が強い。昨日は、ウサギに餌をやったが、食べてもらえなかったようだ。今日もウサギにご執心。それを見た園長が、ウサギに餌をやることを許可してくれた。キャベツを一切れもらって、子に手渡す。
 茶色のウサギの籠のふたを開けると、すべて抛り込んでしまった。ウサギが食べるのもろくに確認せず駆けだしたので、満足したのかと思ったら、もう一匹の黒いウサギの餌を確保しに行ったのだった。
 ウサギから離すのに一苦労して、子を保育室に連れて行くと、例の、そっけない挨拶で追い払われた。
 今日は妻が迎えに行った。風の強さに、散歩は不可能と思ったから。しかし、階下で私を呼びつけ、散歩コールをしている。しかたなく近所を回った。20分ほど歩いたか、急に、
  「ぴょんぴょん見るー」
と泣き出した。なんぼなんでも保育園まで逆戻りもできない。抱っこして連れ帰る。どうやら、空腹でやさぐれていたようだ。
 入浴中、水道水を蛇口から出すことに執念を燃やし、妻に強制的に風呂から追い立てられたので、裸のまま泣きながら私の所にすっ飛んできた。しかし、ふすまの敷居に足の甲をぶつけて、涙がいっそう増量した。そこで、
  「いたいのいたいの、飛んでけー!」
といいながら、おむつを宙空にふっとばすと、面白かったようで、痛くなくなっても泣き真似をして、
  「いたいよー」
といって、私におむつ投げをやらせた。次に、自分でもそれをやるのだが、いくらいっても、
  「いたいのいたいの、おわけー(おばけー)!」
が直らない。
 「おばけ」だが、
  「いっしょにおわけ」
といいながら、掛け布団を頭から被る遊びは、ここのところ毎日所望される。が、首が疲れてきた。おまけに今日は蒸し暑い。なんとか回避せねば、と、条件として肩もみを望んだ。しかし、1〜2回おざなりにもみもみするだけ。そこで、肩踏みをしてもらおうと思った。
 だが、肩踏みを理解させるのが難しい。倒れないように壁に掴まって肩を踏ませるという方法を。背中で足踏みするところまでしか説明しきれなかったところで、子がうつぶせになって、
  「吾子(に)やってやって!」
というのだが、まさか私が子の背中に両足で乗るわけにも行くまい。子を宥めて、片足で済ませた。
 と、子がやり方を理解して、ちゃんと壁に手を掛けたまま肩踏みをしてくれた。なかなか具合いい。子も面白くなって、汗を掻いて踏んでくれた。
 その興奮か、いつものようには簡単に寝付かず、3度も、
  「パパ、ちっち」
とトイレに連れて行かされた。うち、最初の1度だけだ、出たのは。
 その後も寝ようとしなかったらしい。妻が、久しぶりに奥の手を使った。
  「ホネ来るわよ」
子は、手を顔の上にかぶせて、目を開かないようにして、寝た。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/15(月) →題名目次
無浣腸 生後920日(2歳6カ月7日)

 子は、相変わらず咳き込んで夜泣きをした。明け方は早くから起きていたようだが、私を起こしに来たのは7時半。今日も妻は遅刻をするようだ。8時15分ごろ起きてきて、子の食事。
 少し遅れ気味に登園。前と違って近所だし、何よりも歩いて行けるから少々良いのだ。園に着くと、ウサギ小屋の糞掃除をしていた。日曜日ウサギはどうしているのだろう。掃除の間、園庭に作られた柵の中にウサギはいる。2匹いるウサギのそれぞれに子は構って、なかなか園内に入らない。まあいいか。そうこうしているうちに、ジャングルジムに取り付いて、3段目あたりで足を滑らせて、落ちはしなかったものの、頬を2段目の横棒で打って泣き始めた。それを契機に中に連れて入る。園付きの看護婦さんが、泣いている子を見て、月曜日で園が久しぶりだから泣いているのね、とおっしゃった。違うんです。
 月曜日には、シーツのセットをしたりいろいろやることがあるが、なんとかこなせた。その間私にまとわりついてバッグにまたがったりベッドマットにダイブをきめていたりしていた子は、準備が終わるや、素っ気なく手を振って仲間の輪に飛び込んでいった。
 午後から30分だけ、柏で仕事。終わってうちに向かうと、ちょうど園から子が帰る時刻になる。母子を驚かせてやろう。いそいそと園に向かう。靴箱を見ると、もう帰った後だった。今日に限って早いことだ。
 たしか小児科に行くといってたっけ。その足で小児科に向かうと、自転車が止まっていた。待合室に行くと、荷物が置いてある。ちょうど診察の最中だった。子は、私を見たが、なんの感慨もなく、最初から私が一緒だったかのようだ。妻が保育園に迎えに行って
  「パパが来た方がよかった?」
と聞いたら、「うん」といって、その後も、「パパーパパー」いってたそうなのだが。保育園で、ウサギに葉っぱを食べさせたそうだ。
 子と二人で散歩しながら帰る。川沿いの公園に子が行きたがったので、神田川を少々さかのぼる。滑り台を最上段まで登ったが、なぜか滑らずに、階段を下りてきた。登るときと逆に、梯子段を背にして降りてきた。滑るのが怖いのだそうだ。私も一緒に登ると、ちゃんと滑った。
 帰りたがらない子を、新しい道を歩こう、と宥めてなんとかうちに向かわせる。クレーン車をしばらく眺める。八百屋でパイナップルやタケノコを見る。もちろんふつうの野菜、人参やジャガイモも見たが。中学校の校庭脇を通ると、葉桜から盛んに花吹雪が舞って雪のように道に積もっている。子が片手で掬うとごっそり掬えた。母へのおみやげにする。
 小児科で便秘の話をすると、保育園での反応と違って深刻な対応をしたそうだ。そこで、妻と、毎晩、綿棒浣腸をしよう、朝晩お腹をさすってみよう、などと対策を練っている最中に、子が寝室にひとりで籠もってしまった。珍しいなあと思いながらそのままにしておいたが、物音もしない。そっとふすまを開くと、寝室の奥にでもいると思っていた子は、ふすまのすぐ脇にいた。それで、
  「はな、はな」
というので洟をかんでやると、
  「バイバイ」
と私を追い払う。もしやと、股下にそっと触れてみると、そう、うんちんの真っ最中だった。しばらくなかったので忘れていたが、子がひとり閉じこもったら大便のサインであった。おかげで子は浣腸されずにすんだのだった。なお、妻がおむつを取り替えようとしてもかたくなに拒むのであった。
 今日も風呂は、妻と入れ替わりで子と共に入る。私がまだ入浴中に、子がお茶をこぼして非道く叱られていた。
  「パパーパパー」
と泣き叫んでいるが、私の出る幕でもないし出られた状況でもない。息を潜めていると、
  「パパいなーい」
と泣きながら諦めていた。風呂から出るとまだ泣いていたが、まもなくけろっとした。
 そろそろ寝る時間。私と遊んでいた吾子が、突如泣き声を上げながら妻のいる台所の戸を叩く。まるで、私が虐待でもして子が逃げてきたようにさえ見える。・・・・子は突如眠くなったのだった。私を追い払って、妻と寝てしまいました。
 今日は、便秘が治ってよかったよ。前のように、一日一便、めざしましょう。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/14(日) →題名目次
2度のお散歩 生後919日(2歳6カ月6日)

 日曜日らしく、7時半に起きてきた。昨夜は寝汗を掻いて夜泣きもしていたようだが、体調が悪かった私はほとんど覚えていない。妻は、そのせいかくたばっている。起きてきそうもないから、食パンを用意。しかし、3分の1も食べない。
 子は、昨日とうって替わって元気満々である。TVなど見ていたが、9時半近くになって、妻の邪魔にならずにうちにいるのも限界だろうから、
  「お散歩行くか?」
と尋ねると、うなづいたので、出かけることにした。
 いい天気だ。駅まで歩くことにした。線路が見えるところで、しばらく電車を眺める。
 父子でハンバーガーショップに入るなんて夢を実現していいのではないか。マックに行く。・・・・10時前には子の食べられそうな無難なものがない。ロッテリアに行く。
  「ほしー、ほしー」
子が、セットに付いてくるおもちゃを欲しがる。よろしい。チーズバーガーと飲み物とポテトのセットを2人分注文。
 食パンしか食べていない吾子なのに、オレンジジュースしか口にしない。私のコーラを欲しがったので、飲ませてみたが、
  「すっぱーい(まずい)!」
といって、それ以降オレンジジュースも飲まなくなった。
 書店に入ったり、文具屋に入ろうとして拒絶にあったりしながら、10時半のフレーベル館(子供のおもちゃや)の開店を待つ。最後の10分のために、また抱っこして電車を眺めたり。
 フレーベル館に入ると、おままごとセット--マジックテープで貼り合わせた木製の野菜を木製の包丁で切るやつ、同趣旨のものが、シマジロー絵本の付録に付いていた--を抱きしめた。他にも欲しいもの、より欲しいものがあるだろうと、15分ほど店内を巡るが、他のものに関心を示しても、結局はそのおままごとセットに帰ってゆく。2〜3品買ってあげてもよいつもりだったのに、他のものは、
  「いやない・・・・おうち帰ろう」
と、早く帰って遊びたい気配。紙袋に入れてもらって店を出ても、袋から出した箱を両手で抱えて歩く。足下が見えないので、案の定、駐輪している自転車に2度もぶつかった。無理矢理紙袋に入れて提げさせる。
 本屋に寄って、最近出来た路線バスに乗る。始発のバス停だ。2つ目で降りればちょうどよかったのだが、1つ目で降りてしまった。帰宅は11時半前。
 さすがに妻も起きていて、昼食。そして1時半頃から昼寝。
 3時半頃起きて、
  「お散歩行くか?」
と尋ねると、またもうなづいたので、出かける。今度は、保育園の方へ足を向ける。当然といえば当然だが、保育園裏の公園で遊びたがった。私としては、もっと遠征したかったのだが。日曜日も子供はあまり多くない。
  「海老見に行こうか」
先日のことを思い出したらしく、素直に公園を離脱した。
 伊勢エビの殻だが、心配したとおり、大変なことになっていた。見かけはそのままだが、異様な異臭(重言になるが、重ねたい気持ちをわかって!)が漂っている。子が、
  「こあい!」
とすかさず飛び退いたのは、臭いのせいもあろうと思う。その家は雨戸が閉まっており、不吉なものを感じさせた。
 チェシャ猫ならぬ黒猫を子がまた見たがったので、同じルートを行くが、黒猫は屋根の上におらず、隣の駐車場に2匹の猫がいた。駐車場に入ろうとすると、隣家のイヌが、ワンワン吠えるので、子が怖がって中止。
 かように、ストレスなど発散させまくっているはずなのに、子の言動は粗暴でわがままだ。これが反抗期なのだなあ、としみじみ感じさせられる。例の木製のおままごとセットなど投げられた日にはたまらない(もう投げつけられました)。すぐに叩くし、たしなめると泣くし。ただ、その時、自分自身を同じように叩いてみる、自傷行為を行っているところを見ると、自分でも気持ちの制御ができないのだろうか。
 帰宅して、妻が風呂に入れたが、子を残して妻が風呂から出たあとで、子に呼ばれて、私も入浴。いつも私より子が先に出るわけだが、体を拭いてもらった子は、私の下着を持って、
  「すむい(寒いよ)」
と、パパに早く服を着せようとしてくれる。今日は、私の突然の入浴で妻が下着の準備をしてなかったので、子は、私の脱ぎ捨てたやつを持ってきてくれた。心根は優しい子なのです。おとうさんは大好きです。
 しみじみとさまざまな思いに駆られて、子としみじみ遊んだ。疲れた体を引きずって。最近、「おとうさん」と言えるようになってきた。そう呼んでもらいたいな。2度の散歩の疲れで、子はすっと眠りに落ちた。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/13(土) →題名目次
飛んできたが 生後918日(2歳6カ月5日)

 朝から子に、
  「今日はママが迎えに来るからね」
と強く念押ししておいたのも、お尻の件で病院に行く予定だったから。朝から保母さんに、必要がないと言われて、私が子を受け取って、買い物に行った妻と公園で合流することにした。
 保育園には藤の花が先日から咲いている。前の庭には山吹が。旧暦感覚だともう夏になろうとしているのか。
 保育室に入ると飛んできて、私の股にぎゅっと抱きついてきた。お帰りの準備をするが、すでに髪留めがついているので髪に触りもしないのに、頭の方に手を伸ばして、
  「いやない! いたい!」
と髪留めを着けるのを拒否している。繰り返すが、すでに髪留めは着いていて、私は着けようともしていないのにだ。どうも情緒不安定な様子だ。
 しばらく園庭で遊ぶ。その後、公園に移動。
 土曜日。予想と違って子供がほとんどいない。あの子供達は、保育園帰りの子供達なのか? それとも世間では土曜日は家族でお出かけでもするものなのか? 誰もいないおかげで、ブランコを満喫できた。しかし、立ちこぎはやらない。
 滑り台の梯子も、全く登ろうとしない。冒険心が失せたのか?
 妻、登場。25m先では自信がなかったようだが、あと5m歩み寄ったところで、母親だと気づき、20mを掛けてゆく。私は荷物番に早変わり。
 見ていると、ほほえましく母子で遊んでいる。メリーゴーランド状遊具に、妻が乗って、子が回している。楽しそうだ。私はまたも体調が悪く、あまり乗り切れないでいたのだ。
 妻と交代。妻が帰ろうとすると、子が泣きながら追いすがる。妻の自転車に子は乗って、3人で帰宅。
 何かと機嫌が悪い。熱がありそうなのだが、なきわめいたり暴れたりで計らせてくれない。風呂は見送った。
 食後、私とパソコンで遊んでいるうちから眠そうだった。妻が寝室に連れて行くと、あっというまに眠りに落ちた。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/13(土) →題名目次
スミレおじさん 生後918日(2歳6カ月5日)

 珍しく妻が早起きしている。子も、7時過ぎに起きてきた。空腹ゆえかあまり気むらがある。
  「ちっち行くー」
というので連れて行くと、排尿後、
  「いたい、いたいー」
とお尻をさする。トイレットペーパーで押さえてみたが、出血はない。
 妻が出かけた後、再び、
  「ちっち行くー」
今度はお尻の痛みはないようだ。ちぎったトイレットペーパーを渡すと、丁寧に折り畳んでいる。
  「ほいきえん(保育園)、ちっちー」
保育園で拭くときの指導法であるようだ。そういえば、先日、トイレのまねをしたとき、後ろから拭いていた。うちでは、洋式トイレに子供用便座を置いて使っている位置的理由で、前から拭いていたが、保育園での指導だろう。
  「保育園ではどうやって拭くの?」
と尋ねると、案の定、後ろから拭いて見せてくれた。
 涅槃ルートのサブルートとして、お寺のところで折れる道と、駐車場を抜ける道がある。後者の方が心持ち近いし、子がそちらを選びがちなので、駐車場を抜ける場合が多かったが、今朝はお寺の方の道を選んだ。曇り空なので、影が薄い。
  「影、ちっちゃーい」
といっている。
 お寺の門のところに、タンポポの綿毛。子がしゃがんでふーふー吹いていると、背後の古い木戸が開いて、おじいさんが顔を出して、話しかけてきた。タンポポの綿毛を吹いているというと、
  「スミレが咲いてるよ」
と、庭から植木鉢に咲いたスミレを出してきて、
  「一本あげよう」
と手づから一輪折って子に手渡してくれた。人見知りするんじゃないかと心配していた子も、待ちかねたように手を出して受け取って機嫌がいい。その後にすれちがったおばあさんに愛想良く手を振っているくらいだ。
 小径を車が占領しているので、回り道して行く。保育園に入ると、小学生とおぼしき少年がいて(弟か妹を連れてきた母親を待っていたようだ)、ウサギの餌用小窓を開けて、子に覗かせてくれた。子供を大切にする社会こそ、すばらしい社会だろう。子は、みなに愛されている。
 私と登園したとき、園庭で砂いじりをすることが多く、中にはいるとすぐに手を洗わせているせいか、今日は砂いじりもしなかったのに、手を洗いたがった。手洗い所に、ヒメジオンか何か白い花を活けている。そこにこっそりスミレ一輪をまぜておいて、子に、そのむね伝えておいた。
 今日は合同保育。園児の数は極端に少ない。見慣れぬ保母さんばかり。職員室に、担任の保母さんがいたので、子の、ケツの具合を報告しておく。すると、看護婦さんまで呼び出してくれて、子供にはよくあることで別に病院にまで行く必要はないでしょう、と20分ほど相手をしてくれた。ありがとうございます。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/12(金) →題名目次
大糞闘45分! 生後917日(2歳6カ月4日)

 「妻が迎えに行くと主張 → 二人で行くことに → 私単独でお迎え」
 曲折を経て迎えに行くと、保母さんが、
  「吾子ちゃん、『パパ来る、ママ来ない』っていってたけど、本当でしたね」
吾子には予知能力があるようだ。雨上がりの保育園園庭の滑り台で少々遊ぶ。ジュウシマツの籠に近づくと、たぶんひとつ上の学年の子供達10名ほどが、柵から身を乗り出して私に口々に声を掛ける。この子達の方がジュウシマツみたいだ。やれ、この紙飛行機作ったんだよー、私コレ作ってもらったのー、とか。圧倒されましたぜ。
 裏の公園に行く。4台あるブランコの真ん中が空いていて、子は、私の支え無しで立ち乗りができたのだが、私が近くにいるのが嫌らしい。前後にいてもだめで、端に追いやられてしまった。従って、子にもしものことがあっても飛んで行けない位置なのだが、まあ大丈夫だろう・・・・大丈夫ではなかった。ブランコから降りた子は、いきなり横に歩き出し、2〜3度、隣のブランコに撥ねられそうになった。その都度、そのブランコに乗っていたほぼ同年の子の母親がブランコを止めてくれて事なきを得たのだが。最後の時は、私のたしなめかたのせいか泣き出してしまった。

 滑り台に向かうと、小1の少年がやたら子に構ってきた。縄ばしごの登り方を教えようとしたり、梯子を先に登って呼び寄せようとしたり、一生懸命努力するのだが、子は怖がって、
  「パパー、パパー」
と逃げてくる。満更でもないが、親離れもさせないと。その子が、
  「こっちおいで」
と手を引こうとして子が体を交わしたのを、その子の方へ連れて行く。
 石の滑り台にその男の子は誘ったのだった。案外にも、子も登ってゆく。最上段に着く惜しいところで、
  「パパ、こあい、抱っこー」
が出て、さすがにその男の子も見放してしまった。まあ、振られたのは向こうってことだが。

 なんとはなしに遠回りして帰宅。とある花壇にさしかかったとき、
  「あっ! いび!」
海老なんているかよ・・・・いた! 巨大な伊勢エビの殻を花壇にいけている家があった。子は、怖がっている。別の意味で私も怖い。
 黒猫が屋根の家にいて、動かない。「不思議の国のアリス」のチェシャ猫なら笑みを残すところだが、この猫は時折、金色の目を開き、ゆっくり閉じる。見るからに無愛想だが、子は、
  「にゃんこ、いしいし」
と届かない手を伸ばしていた。天使である。

 保育園の連絡帳に刺激され、妻もようやく子に自力で食事をさせる方向に歩んでくれた。外圧に弱い日本、って感じ。その食事が済んで、寝る前のひととき小1時間が、通常なら父と子の幸せタイム(その間、母は後かたづけやら寝る準備で忙しい)なのだが、子がいきなり、
  「いたい、いたい」
とお尻を押さえはじめた。最初はうんち前の儀式かと思ったが、尋常でなく痛がる。
  「抱っこ抱っこー」
と私に抱きついて、体を前のめりにしていないと、痛さでのたうち回っている。腹痛ではないかと心配するのも当然だが、痛いのはお尻らしい。ぽんぽん痛いか、と尋ねてもうなづかないし、押さえるのはお尻だけだ。数日便通がないのに符合する。
 しかし、それが十数分も続くと、不安になる。鼻水と涙で顔はくちゃくちゃ、脂汗は体中に滲んでいるし、なんといっても、切れ目なく、
  「いたい、いたい、いたいよー、パパー、いたい」
と叫んでるし。それなのに、妻は結構涼しい顔してやがる。綿棒に油を付けて浣腸してくれたが、効果はない。私は、いったい何をきっかけに救急車を呼ぼうか、と考えていた。こんなに長時間苦しむ吾子を見るのは初めてだ。
 30分ほどしたところで、「人払い」が始まった。妻を完全に部屋から追い出し、私も追い払われた。たまたまタイミングから妻と別室に追いやられた私は、ふすまから顔を半分出して、子と見つめ合う。実は、ほっとしていた。子が直立してふんばりはじめたからだ。おお、単なる糞づまりだったのだ。
 15分の間、子が、
  「はな、はな」
と呼んだときだけ、さーっと近寄って洟をかんでやり、また子に追い払われる。最後は、ピカチューのぬいぐるみが所望で、それを持たせて、しばらくしてから、
  「もううんちん出た?」
の問いかけに対して、首を左右に振らなくなった。無事、排便完了である。
 おむつを取り替えた妻によると、便に血が滲んでいたそうだ。
 戦い疲れた父子はともに横たわり、子は妻の手から西瓜を食わせてもらってから、瞬時に眠りに就いた。私は30分は子を抱きっぱなし、15分は子と同じ姿勢をしていた。私も疲れたのだ。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/12(金) →題名目次
傘差して登園 生後917日(2歳6カ月4日)

 昨夜はおねしょこそしなかったが、ひとりで寝ているときに、
  「じゅしゅ(ジュース)」
とひとこと言ってまた寝た。妻が添い寝してからは、
  「しゃめ、しゃめ(サメ、サメ)」
と、謎の寝言。

 子は、私と同じで、そこにあるはずのものがないと不安に感じるようだ。アンパンマンのおねしょシートが、子の嘔吐で汚れて洗濯しているあいだはそれはもう、「アンパンマーン!」と泣き叫んで大変だったものだ。洗濯が終わったのを見つけたとき、
  「あめ、いたい、こんこん、げー」
と、トローチを口に入れられて喉に引っかかって咳き込んでいるうちに嘔吐して汚してしまった、と、経過を説明してくれた。深夜にもかかわらず記憶がはっきりしている。
 さて、昨晩も、子が咳き込んでいる。妻が、トローチを舐めさせようとしたようだ、子が、
  「あめ、いたい、いやー」
と、先夜のことを持ち出して拒否している。夜中でも意識ははっきりしているのだ。結局、水飴を舐めさせた模様。

 それもあって、子が7時半に起きたときは妻、まだ寝ていた。今日も遅刻か。雨が降っている。子に食事を食わせるが、まったく食わない。ヨーグルト半分しか食べなかった。なんでも、もう10時頃から間食が与えられるらしく、それを恃みにしている節がある。困ったものだ。
 残念ながら長靴を取り出せなかったので、傘とカッパでおでかけ。手をつなげないのがさみしいが、子は寄り道もせずにちゃんと歩んでくれた。お得意の、「抱っこー」も出ない。抱っこもできないからね。いつものように私にバイバイして、ぴゅーっとおもちゃのレールが敷いてあるところに走って遊び始めた。実に楽しそうだ。これからお迎えに行くが、お迎えに行くのが気の毒なくらい?

 

↑翌日へ →題名目次

2002/4/11(木) →題名目次
妻、倒る 生後916日(2歳6カ月3日)

 未明、またも寝室で騒ぎが。あとで聞くところによると、子の寝小便が漏れたそうだ。「トレパンマン」はおむつ替わりにならない。夜にも、起きているときだが、漏らしてしまった。
 私も体調悪く、昨晩は10時台に寝たのだが、さしもの子が7時半に起きてきて、(もう妻、遅刻だな)と思いつつ起こしに行くと、「今日一日寝ていたい」という。妻は、よほど体調が悪くても、「起きる」と口にするのだ(あくまで口にするだけだが)。その妻が、空元気さえ見せない。これはたいへんなことだ。
 昨夜のうちに登園準備ができているようなので、妻の手をわずらわせずに登園することにした。私ではしかたなくシリアルとヨーグルトしか用意できない。子に、
  「ママ病気だから寝かせておいてあげようね」
というと、ちゃんと理解したようである。
  「ママねんね」
といって、寝室に入ろうとしなかった。
 子が、「あめー、あめー」と、ラムネ菓子を求める。そのへんにあった、黄色いヤツを渡すと、
  「しろー、しろー、白のあめー」
と色指定。
  「パパどこにあるかわからない」
というと、子は台所に案内して、戸棚の一つを指さす。戸棚を開けるが、見あたらない。子が、アルミにくるまれたパッケージを指さす。これ、中身違うだろう、と思ったら、正解で、
  「あお、しろー。あお、しろー」
青色の字が印刷されたパッケージには白のラムネ菓子が、緑色の字が印刷された方には黄色のが入っている。よくご存じである。

 少し遅刻気味に登園。もはや私との別れは、ふつうにバイバイで終わりだ。実に、なじんでいる。
 妻も風邪だが、私もだめだ。それでも私の方が軽症である。うちに帰って、私も寝た。

 迎えに行くと、私の方に駆けてきた。保母さんが、
  「走らなくても大丈夫よ」
と声を掛けた甲斐もなく、太股をテーブルにぶつけて片足をひきずってやってきた。全然泣きもしなかったが。
 しばらく保育園の片隅で遊ぶ。梯子上の遊具を、そんなに高くはないが、するする登る。他の年長の子たちの動きを見ていると、目を回すくらい活発だ。こういう環境で過ごすから、子もサルのように登れるのだろう。良いことである。
 保育園裏の公園へ移動。気の周りを囲むベンチがあり、席を区切るための手すりがあるが、子は、ベンチにまたがって、その手すりをつかんで、
  「うんちん」
なるほど、おまるのようだ。うーん、うーん、とふんばるので、本当に排便しているようだ。それはいいのだが、
  「パパも、パパも!」
怖れていたことだが、私にも「うんちん」を強制する。恥ずかしかった。
 ブランコに移動。最初は坐って漕いでいた。必ず自分で漕いで、私には押させない。顔見知りの女の子(5歳、父親はサーファー)が、立って漕いでいるのを見て、子も真似をしはじめた。ブランコが揺れないように鎖を押さえると、子は立って漕いで、そこそこの角度で動く。止まるときは、鎖を持ったまま足を地に着ける。ちょっと危なかしいが、またも成長を見せられた。

 帰りは、地下駐車場の前で叫んで、反響を楽しんでいた。抱っこして帰る時は、
  「ないしょ、ないしょ、ないしょの話はあのねのね」
を歌いながらひそひそ話のふりをするが、私が子の耳に口を寄せると、髭が痛いらしい。子は私の耳に口を寄せると、
  「あむ!」
と頬を甘噛みしてくれる。快感。

 夜になると、重態度が私と妻で逆転。ビールを口にするだけでこんなになるのかと情けなくなる。子が、一番元気である。食欲はあまりないのが心配だ。今日は、安らかに眠ってくれるかなあ。最近、毎晩何かしら事が起きる。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/10(水) →題名目次
深夜トイレ 生後915日(2歳6カ月2日)

 さみしくひとり缶ビールを飲みながら誕生日の感慨に耽っていた深夜1時半ごろか。子が、長い間、咳き込んでいるなあ、と思ったら、ふすまが開いて、
  「ちっち」
と子が起きてきた。寝ぼけているわけではなさそうだ。灯りを点けると、
  「まぶちい」
と目を覆うので、手探りトイレ。おむつは濡れていない。ちゃんとおしっこもした。私は、ちょうど子専用パソコンのセットアップをしていて、画面には、Blue's Cluesの壁紙やスクリーンセーバーが用意されていた。目ざとく気付いた子は、しばらく見入っている。寝ようと促すと、
  「ないない」
と2台のパソコンを閉じさせて、寝室に行った。
 その後も咳き込んでいた。妻を起こして、
  「ちっち」
といっているが、トイレに行った報告をしたのだろう。しかし、どうやら妻は子がトイレに立ったことを知らないらしく、おむつを換えて、
  「濡れてないじゃないの!」
と怒っている。妻が、せき止めにトローチを口に含ませたようだが、変なところに引っかかったようだ。激しい咳き込み、
  「すっぱい、すっぱい(まずい、まずい)、いたい、いたい」
と騒ぎまくったあと、またももどしたようだ。ただ、今回は液体だけ、パジャマのズボンが濡れただけだった。背中に貼るせき止め薬によって眠りに就いた。

 さすがに起床は遅く、7時半。妻も風邪を引いたようだ。私が子を保育園に送ることにして、妻は遅刻して登校。子は、まったくと言っていいほど朝食を摂らない。シリアル8粒とヨーグルトだけだ。
 途中、タンポポの綿毛があった。曇り空で湿気が多いので、子が吹いてもなかなか飛ばなかった。保母さんに渡してお別れの時、平気で私にバイバイしていた。完全に慣れたようだ。

 夫婦でお迎えに行く。そのまま病院へ。母子が診察を受ける。私は行く必要はないのだが、一緒に散歩したかったし、噂に聞く、待合室の水槽を見たかったのだ。色鮮やかな熱帯魚が泳いでいる。子は、病院に入るときに、
  「あっぷん、あっぷん(いるよ)!」
と興奮していた。
 診断。もしかしたら、緑なんとか菌が鼻に巣くって鼻水が止まらない可能性もあるとか。
 妻は買い物。父子で手をつないで帰る。ディスカウントショップで、シベリアンハスキーのぬいぐるみを売っていたが、子は欲しがらない。子が欲しがったのは、シャボン玉製造鉄砲。買ってやろうとレジに持ってゆこうとすると、
  「ほね、こぁい!」
といって店内に入ろうとしない。例の、ホネのオブジェを買った店で、子もそれを知っているのだ。金を払わずに持ち去ろうとするので、店内に入るかおもちゃを諦めるか、選ばせると、おもちゃを諦める方を選んだ。そんなにこわいのか。

 昨日、例の「お化け」を、自分で作って、私は妻の顔の近くに持ってきて、
  「おあけー!」
といって怖がらせたり、我々が「お化けだぞー」と子に近づけると、
  「おあけ、こあいー!」
と逃げ回って隅に隠れたりしていた。

 ヤクルトを一本飲み終えた後で、
  「おかわり!」
ともう一本所望した。

 私は聞いていないが、妻と入浴中、
  「まっててねー、おいしいご飯、まっててねー」
と歌っていたそうだ。そのわりには、食は進まなかったが。

 妻のことを、「おかあさん」と呼ぶことが出来るようになった。「おとうさん」はどうもだめだ。「おじちゃん」になってしまう。私は、「パパ」という柄ではないので、「おとうさん」とか「おとっつぁん」とかがいいのだが。
 食事中、妻が、
  「パパ好き?」
と尋ねると、
  「しゅき」
と応える。返礼に、今度は私が、
  「ママは?」
と尋ねる。
  「ママ、こあい」

 寝る前は、パソコン画面を二人で眺め、妻のお呼びですぐに寝てしまった。今日は無事に寝てくれるかなあ。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/9(火) →題名目次
私の誕生日 生後914日(2歳6カ月1日)

 睡眠中にまた嘔吐した。裸にして、私とシャワーを浴びた。暖かいと助かる。あと10分で午前0時というところであった。誕生日前夜の儀式としては厳しいものがある。
 朝は、何事もなかったように7時前に起きてきた。今日は私がお見送りする。妻が出かけてまもなく、二人で出かける。「なぜなにQAしょくぶつ」を持って、春を探しに行こう、という趣向だ。
 上水道の上の公園まで足を伸ばそうと思っていたが、意外に進まず、数種の野草を確認するにすぎなかった。3月中の方がバリエーションが多かった気がする。ネコはいなかったが、美輪明宏似のおばあさんはいらした。
 早めに園についたので、入り口のウサギを見る。前の保育園でのマークがウサギだったので、
  「吾子ちゃん、ぴょんぴょん!」
と主張する。次に、ジュウシマツを見る。玄関から入った突き当たりには、金魚がいる。ゆっくりそれらをひやかしながら、保育室へ。保母さんに引き渡すと、前の保育園でもそうしたように、私にあいさつもなしに部屋に入って行こうとする。慣れた証拠だ。保母さんにいわれて、今度はずっと、私が見えなくなるまで手をバイバイ振っていた。

 お迎えも私。空模様がよくない。走って部屋から出てきた。保母さんが、
  「大好きなパパがお迎えにきたよ」
というと、子が強く頷いた。面はゆいものだ。
 いつ降るか分からない雨だが、保育園裏の公園へ。さすがに子供の数は少ない。めずらしくブランコが空いていた。子は、ブランコに乗って、自分で揺すっている。私が手伝おうとすると、信用ないのか、やらせてくれない。子が、ブランコにこうして乗っている姿は初めて見た。
 ブランコのところに、母娘がいて、子は別段関心も払っていなかったのだが、娘さんの方が席を外したとき、母親の方を子が指さして、
  「○○ちゃんのママ」
という。あーもーでたらめなことを、、と思ったら、その母親が、
  「まあ、よく知ってるわね」
どうやら、でたらめではなかったようだ。その娘さんは5歳なのだそうだが、どういう接点があったのだろう。
 その後、他の母親とか父親が現れたとき、調子に乗ったか、
  「ばあちゃん! おじちゃん!」
ひとりひとり指さして言い始めた。「ばあちゃん」に見えない歳の人を指してそういっているから、さすがにでたらめだろう。いたたまれなくて、
  「やめなさい!・・・・もう帰ろう!」
  「やだ!」
でも、にゃんにゃん見に行こう、と誘うと、急に、
  「はい!」
といういい返事。残念ながら、ネコもおばあさんもいませんでした。

 うちに帰って、先日中古で買ってきたパソコンを吾子用にしたてようとした。いまだ思い通りにいかない。子は、すでに自分のだと認識していて、マウスポインターが動くだけで、けたけた笑って喜んでいる。父ちゃん、がんばるぞ。

 日記更新がいつもより遅れたのは、私の誕生日の祝いがどんなものであったかを報告しようと思っていたから。妻から何のひとこともないので、
  「ははーん、子が寝てから何か考えているのかな」
と思っていた。今日は、午後にいさかいがあったが、誕生日は誕生日。・・・・子が寝た後で、あたらめていさかいが。そのまま11時過ぎて、少し落ち着いたところで、今日は私の誕生日だったね、というと、妻、驚く。明日だと思っていたそうだ。昨年も忘れられていたことは、妻に言われて日記を確かめて知った。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/8(月) →題名目次
保育園に慣れたか? 生後913日(2歳6カ月)

 就寝時間には関係ないのだろうか、6時50分に起きてきた。今日は、奥さんが学校をサボることにしたので、急遽、奥さんが送りを担当することになった。逆はあっても、こうしたことは珍しい。いや、月曜日は保育園に持ち込んでセットしなければならないものが大量にあるので、本当にありがたい。多謝!
 お出かけの時、また泣くんじゃないかと思ったら、元気翌飛び出していった。また、保育園にも、ぴゅーと駆け込んでいったそうだ。土曜日の合同保育で、年長の「友達」あるいは「ガキ大将」が出来たようで、それが影響しているようだ。保育園に慣れてくれたようだ。救われた気がする。なにせ子の意向に与らない転園ですから。
 お迎えは、妻が先行して連れ出し、園の前で落ち合って、私が公園に連れて行くという段取り。しかし、私は、昼過ぎに風邪薬を飲んでしまい、夜になった今に至ってもぼぉーっとしている始末なので、とても楽しく遊んでやれたとは言い難い。慚愧に耐えない。
 公園では、主として、ハトとアリとを追い回していた。ハトは、逃げるから追いかけるのであるが、アリは、後ろでジャンプすると慌てるのがおもしろかったようだ。両者とも気の毒ではあるが、他意はないので大目に見て欲しい。それでいてアリは怖いらしく、夜、ふとんにアリじゃなくて小さなハエ系の虫がいたのを見つけて、
  「アリ! アリ!」
と顔色を変えて私に除去を訴えた。復讐にでも来たと思ったのかな。
 先日は登れた、大きい滑り台の梯子が登れなくなっていた。先日は恐怖した石の滑り台を滑ろうと思ったようだが、上に子供達がたかっていて諦めたようだ、
  「じゃま!」
と上の子を指さして私にささやいていた。やめなさい。
 薬で反応が鈍くなっていた私は、例によって帰ろうとしない子の腕をつかんだとき、「雑巾絞り」にしてしまったようだ。周囲が振り向くほど子を泣かしてしまった。泣いている子に、
  「パパ、メだね。メッしていいよ」
というと、泣きながら私の目を指さした
 望みどおり子の手を引いてうちに向かう。ネコはいなかったが、わりと簡単にその場を去ってくれた。後半、おおむねだっこして歩いたが、先日読んだ、氏家幹人「江戸奇人伝」に、小者をひとり連れただけの母親が、2歳と4歳の子を連れて、大分から江戸まで旅した話があったが、2歳の方はずっと抱きっぱなしだったに違いなかろうが、ずいぶん大変だったろうなあ、と我が身に知った。
 私の不調は、薬のせいだけではなかったようだ。子と入浴中(久しぶりです)、むやみに飢渇して、風呂の中から妻に食膳の用意を頼んだくらいだ。飯食ってもぼぉーとしたままだから、薬の影響の方が大きいのだが。
 この調子ではまともに子の相手ができない。妻に、Blue's Cluesの新作「The Babys Here!」を卸してもらい、妻が風呂から出るのを待った。
 子が、またも私をばんばん叩くので、叱ったら、泣いてしまった。今日は2回泣かせた勘定になる。
 9時ごろ就寝。今日は何かと子に悪いことをした。明日は、パパが送り迎えともして、楽しく過ごすよ。そのために、体調を整えなきゃ。じゃ、おやすみ。

↑翌日へ →題名目次

2002/4/7(日) →題名目次
総力戦の前では平和維持軍も形無し 生後912日(2歳5カ月30日)

 7時に起きて起こしに来た。日曜日に、この時間に起きてくるのは久しぶりではなかろうか。生活のリズムが早めに前倒しになっている。健康的でよいが、大人はちょっと。
 遺伝子を操作した食物が人間に有害かどうか、という話題で夫婦に論争が始まったとき、
  「だめ!」
と子が制止したのだが、
  「あはは、パパとママは喧嘩してるんじゃないよ。お話ししてるだけ」
といって論争を続けているうちに、収拾がつかなくなり、妻が戸を乱暴に閉めたがさつな行為をたしなめたところで、総力戦に入った。もう子が泣こうがわめこうが聞きゃあしない。
 妻が、ふすまの向こうに閉じこもったあと、子が、
  「ママ、ぴしゃっとしたから、メねー」
と、手で戸を閉める真似をした。喧嘩の原因がわかっているのだ。
 1時間ほど、子と遊んで、私も出勤の時間。子を、妻の閉じこもっている部屋に入れると、だーと駆け込んで、妻にすがりついて、
  「パパ、パパ、パパー」
と泣いている。私としては、抱き合って別れを惜しもうと思っていたのに、意外な言動に当惑しながらうちを出た。

 地元の駅で、なぜか私の父と遭遇した。夫婦喧嘩の後なので、バツが悪いことこの上ない。喧嘩の話などしないが、肉親といるだけで癒される気がして、しんみり。

 うちに入れてもらえるか心配しつつ帰宅。子は、オーバーオールを着ていて、私が帰宅と同時にトイレに駆け込むと、子が、優先権を主張。オーバーオールを脱がせると、
  「ジュボンないなー」
と不思議にしている。オーバーオールの下にズボンは穿かないよ。よほど窮屈だったのか、
  「赤、赤のジュボン」
といって、履き替えを望んだ。

 食事の時、妻が、白鳥のオブジェ(懲りもせずチョコエッグのおまけ)を、食卓椅子の端から、
  「いないいないばあ」
と覗かせて見ると、子が大喜びしていた。
 ピカチューのぬいぐるみを横抱きにして、
  「ねんね、ねんね」
と赤ちゃん扱いしている。私が、子を横抱きにして、それをやると、大喜びで、何度も所望された。あの体重を横抱きにすると、たいそうな重量感だ。余計な知恵を付けてしまって、我が身に災難が帰ってきた。
 ふとんの上でだが、いきなり前転をしたのは驚いた。ただ、まだ確実ではなく、5回に4回は、そのまま横倒しになる。
 最初に、足を開いて腰を落としてがに股にしたときは、なんて下品な格好だろう、と思ったが、その姿勢で、
  「カンカンカンカン」
と言い出す。踏切か何かのつもりで、股下をくぐれ、と言っているようだ。もちろん、頭でさえくぐらせることはできない。私がその姿勢をすると、喜んで何度も私の股下をくぐり抜けた。油断して、私は急所をしたたかやられた。
 子が、また、踏切の姿勢になったとき、ピカチューのぬいぐるみをくぐらせてやった。何度か目に、ピカチューを股下で直立させたら、
  「いたーい」
と言っていたが、お前が痛いはずはないだろ。この遊び、保育園で習ってきたのだろうな。

 ばあちゃんに電話。今日は、二人で長いこと話していた。
  「ばあちゃん・・・・じいちゃん・・・・もしもし」
などと。もしもしは今日初めて言ったのではなかろうか。
 うちの中でお出かけごっこをする。子が帰ってきたときに、
  「ただいまー」
と言うのを予想していたら、
  「お帰りー」
と言って帰ってきた。そういえば、最近、
  「いらっさーい」
とよく言う。どうも、「こんにちわ」の代わりのようだ。

 妻が入浴して子を待っているあいだ、全然私を解放してくれない。奥の手として、早速、今日買っておいたシール絵本2冊のうち、1冊を取りだして渡すと、無言・・・・じゃなくて、独り言を言いながら、シール貼りに没頭した。
 シールを貼るといっても、小さな子には簡単ではない。子も、昔は、「ここに貼る」と場所が決まったシールしか貼れず、場所が決まっていないと、貼るのに難渋していた。次には、無秩序に、「ただ貼るだけ」になるが、今日の貼り方には秩序があった。バスの中に、動物たちを乗せる形で貼っていたのだ。独り言も、おそらく、この動物はここ、というような内容を喋っていたのではなかろうか。

 妻と買い物に出たとき、ブラシを持ってきて、
  「吾子の」
と欲しがったそうだ。ママのブラシと兼用ではなく、自分専用のが欲しいという主張だったそうだ。
 昼寝がやたらずれたらしく、早めに前倒しになっていた生活習慣がもはやくずれ、寝たのはさっき、10時半。最近平均で1時間以上遅い。明日は私が病身を押して保育園に送るのだが、都合良くゆっくり眠れるかもしれない。それはそうとして、子と手をつないで外を歩く、これに越した幸せはないと思う。出退勤の途中で、そういう親子を見ると、うらやましーなー、と思ってしまうのだ。明日は楽しみだ。

↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ

メイン | 吾子の成長記
前の日記| 目次 |題名目次 |後の日記