| 2001/9/13(木) ↑↓ →題名目次 | 泣きながらバイちゅーのディレンマ 生後706日(1歳11カ月5日) |
昨夜、私が寝る前に顔を見ると、汗をかいて熟睡していた。妻も驚いていたが、寝相が変わっていない。不動の姿勢で仰向いて静かに寝ていた。もっとも、一回転しおわったのかもしれないが。 朝見るとやはり動いていた。そっと出勤。今朝は小雨が降っていた上に、子が飯をなかなか食わなくて遅れ気味になったので、タクシー登園をしたらしい。タクシーを拾えるところまで、子と急ぎ足で歩いたらしい。子には、小走りだったかも知れない。想像すると、かわいい。 帰宅すると妻が寝室に引っ込んでいる。帰宅の最も遅い日だから、まさかまだ寝付かせているなんてはずはない。どうやらしばらく前にぐずったらしい。パパーパパーと言いながら、まだ眼を開いているというので、いそいそと、久しぶりのご対面! そのへんに私の写真がちらばっているのは、パパーパパーいう吾子をなだめたものだろう。しかし、子は、私を見て泣きわめく。あああ、人見知りしているー! 私では火に油。妻が来ると、子は、泣きながら右手をぐるぐる回し始めた。手を握ってー!といっているのかとおもったら、違ったらしい。・・・・バイバイってやっているのだった、超高速で。それでも、妻の薦めで、ちゅーをしてみると、一瞬泣き声を止めて、例の神妙な顔で唇をすぼめて、終わったらすぐに泣きながらバイバイをしはじめた。どうも、父ちゃんに会えてうれしいが、眠くて眠くてご機嫌斜めというディレンマに直面しているらしい。おやすみ。父ちゃん、明日ものんびりできるが、こんな時間に起きたのだから、残念ながら、お前の目覚めは遅いことだろうなあ。 さまざまな角度から繰り返し見せられた、航空機がビルに突っ込んでゆくシーンの反復には、「時計仕掛けのオレンジ」で、アレックスが暴力映像を強制的に見せられているときに流れていた「歓びの歌」がBGMに流れているような気がしたのは私だけだろうか。 ↑翌日へ |
| 2001/9/12(水) ↑↓ →題名目次 | 暗合?英語のおもちゃ 生後705日(1歳11カ月4日) |
昨夜、台所を探しまくると、私のために準備されかけたとおぼしき食材を発見した。めしにありつける。調理(といっても温めるだけだが)をしおえるころ、寝起き悪く妻が起きてきた。食後、間もなく、私は、こっそり寝室に入って寝た子を撫でて消灯したが、そのわずか直後、台所のしきりが慌ただしく開いて、私が横にになっているのを見てか、すぐに閉じた。 帰宅してから、ネットで知った例の大事件を知らせようとしたのだと聞いた。私が例の、アメリカ同時多発テロの報を知ったのは、朝刊を見た時。電車の中で食い入るように新聞を読んでいると、夜通しTVを見ていたという労務者風のおじさんに、新しい情報はないかと尋ねられて、世間の関心の程を知った。 勤務先に着いて、誰もいないのをいいことに、TVサーフィンをする。見るべき映像はすべて見たろう。最中に、第3のビル崩壊が起こった。フィクションでさえ作り得ないプロットですべての特撮を越えた衝撃映像。いまだリアリティを感じられない。教育TVと東京12chだけは平和に朝の子供番組。 帰宅。雄と英語の発音が出るおもちゃがあった。子の伯母から贈られた物だそうだ。子が寝ているので、試して見られないのが残念。大喜びで遊びまくって、妻によると、寝るときの寝言が、「ABCD・・・・」といっているように聞こえたという。 昨日、風呂に入れるためにおむつをはがすと、おしめに茶色が見えるのにうんちがない。尻にうんちの固まりが貼り付いていたそうだ。慌ててお尻拭きを取りに行って戻ると、うんちは床に転がっていたという。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/11(火) ↑↓ →題名目次 | ヒモジ 生後704日(1歳11カ月3日) |
嵐が来る。しかし仕事は休みにはなるまい、そうみずからに言い聞かせつつもちょいと期待しつつ、いつもより遅めの起床。子が起こしに来てもよいはずの時間だが、妻の足下で寝ている。休日になったので起きる気配もない妻の足下で。意外にも、平日の子の睡眠は、妻と連動しているらしい。 もっとも激しい雨だったのは、10時過ぎぐらいだったろう。今日の職場はうちからそんなに離れていないので、大幅には天候は違っておるまい。いくら遅くとも、暴風雨の前に登園はしていただろうと思う。保育園から帰るはずの時刻には、雨が上がっていたから、自転車で迎えに行ったことだろう。保育園からの連絡帳を見る限り、保育園には行ったようである。2歳児とかくれんぼなどをしたようだが、吾子にかくれんぼの概念はあるのだろうか。ルールを理解せず、場を台無しにしてたりして。 と、歯切れの悪い書き方をしているのは、まだ妻とミーティングしていないからだ。職場が近いので、帰宅も早い。夏前は、子の寝かし付けが完了しているかどうかの時間だが、最近は8時にみずから寝室に向かうくらいだから、とっくに寝ているだろう、と思って帰宅したら、寝室が閉まっている。寝かし付けの真っ最中らしい。ここで物音でも立てたら大変な目に遭う。・・・・息を殺して妻の登場を待つこと45分。 結論:妻も寝てしまったに違いない!! うがいもせず、着替えもせず、ひたすら時を待っていたのに。 さらに20分待って、こっそり寝室のふすまを開けて覗いてみる(もしかして失踪でもしてたら大変だからね)。 結果:おやすみでいらっしゃる!! このままいけば、妻の(起きた)顔を、48時間拝まないことになる。まったく、翌日が休みだからといって夜更かしするんじゃない!・・・・私の夕飯はどうなるのだろう。ひもじい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/10(月) ↑↓ →題名目次 | ママにご用で 生後703日(1歳11カ月2日) |
いつものように早朝出勤。子の姿も見ず。 台風は刻々と近づきつつある。前回と同じく、朝あたりが危なそうだ。もっとも、前回はのろのろ進むうちに縮んでしまったが。奥さんは、今日は半ドン、明日は休みだそうである。保育園はどうなのだろう。 つつがなく帰宅。服とかを脱いでいると、がらりとふすまが開いて、蛍光灯にまぶしそうな顔で吾子が立っている。私に会いに起きてきた? 吾子は、地団駄踏んで呻り泣いて、妻の顔をにらみ、寝室に促すように半身開いた。ママにご用なのね。・・・・私の方へは、一瞥もしなかった。ま、まあ、顔を拝めたからそれでよしとするか。寝る前にもう一度寝顔を眺めたいものであるが。・・・・明日があるさ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/9(日) ↑↓ →題名目次 | 夜間巡回員 生後702日(1歳11カ月1日) |
これは何時だかわからない。ふすまがからりと開けられた音で目を覚ますと、子の立ち姿。いつものように私のもとに来るかと思ったら、そのまんま戻っていった。父がいるかどうか、夜間巡回に来たようだ。 7時半くらいか、起こしに来たのは。子が空腹でむずかりだした8時半頃に、意外にも妻が起きてきて、食事を与えた。引き続き私がヨーグルトを食べさせている間に、私の朝食を用意してくれた。なお、ヨーグルトと匙は子が持ってきたのだ。またも台風が来つつあるとかで、天候が不安定。私の食事中から、妻はベランダに出て洗濯物をなんとかしているようだ。グラスのお茶に、妻が氷を入れて置いてくれたが、氷が子に見つかったら掬い出されてしまうので、キッチンの別のグラスに取り分けて置いた。 食事中から子が私にまとわりつく。食事が終わっても、一時たりとも私から離れない。タバコが喫えない。妻のベランダでの雑事が終わったらなんとかなるだろう、と耐えること十分ほど。気付くと、妻はとっくにベランダから戻って、布団で二度寝していた。素早い。 この注意を逸らすために禁断の手。氷の入ったグラスを子に渡した。すると効果覿面。2本ほど立て続けに喫煙できたのだった。子は、氷が溶けるまで弄んで、そのままお茶をお飲み干したらしく、おかわりを求めてグラスを差し出してきた。 実は、今日は休みではなく仕事なのだ。午後だけだが、早めに出る。子は、起きている私ではなく寝ている妻のもとにほとんどしけこんでいたが、妻を起こして私が出勤準備を始めると、時間的に、散歩に出ると思ったらしく、身支度をしたがった。そういえば、朝のそれらしい時間に保育園バッグを肩に掛けていかにも登園を促しているようだったっけ。自分は出かけられないと知ると泣き出したが、ちゃんとバイバイして見送ってくれた。私が下まで下りると、「きゃー!きゃー!」というご機嫌な歓声が住宅街に響いた。恥ずかしいが、ありゃたぶん吾子の声だろう。 私がいない間、「パパー」とあまり叫ぶものだから妻に叱られたらしい。雨が降ってきて、「あめーあめー」といいながら雨を見ていたそうな。昨日、ビデオに雨のアニメが出たときに「あめー」というのを私も見ている。昨日は、パパ、ママの区別を教え(ママは専用、パパは汎用であるようだ)、ついでに吾子を指す名称を教えてみたが、「あぅおー」に近い言い方は出来たかも知れない。 手を洗わせるのに、ぎりぎり洗面台に手が届くのでそれで洗わせていると、急に妻の手を振り払ったかと思うと、いつも使う椅子を持ってきて自分でよじ登ったらしい。上に敷いて置いた座布団をわざわざはたき落としたらしいが、その座布団、昨日、吾子が持ってきて、自分で下に敷いて正座していた。 子の就寝ぎりぎりに帰宅。これも台風の影響か、電車が遅れていて、おかげで待ち時間乗り継ぎ時間なしに電車に乗れた怪我の功名である。10分ほど遊んで抱きしめ合ったら、子は眠いらしく、勝手にバイバイして寝室に向かおうとした。私が寝かしつける役を買って出ていたのに、追い払われた形だ。急いで後追いすると、泣いて泣いて母を求めていた。うーむ、父ちゃんじゃあだめか。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/8(土) ↑↓ →題名目次 | パパを見て莞爾と笑う 生後701日(1歳11カ月) |
昨日、病院には、鼻水が出る件で行ったわけだが、診断を下して先生が、「もう大丈夫でしょう」といったとたん、吾子が、ずびっ、と鼻水を垂らしたそうだ。先生、曰く、「わざとやったね」と。 たぶん4時前だろう、吾子が寝ている私のもとにやってきて、そのままごろんと横になった。子の寝相の悪さで、私は布団から押し出されてしまったが、仕方ない。十数分くらいはそうしていただろう。急に起きあがって、自分の寝床へ帰っていった。5時前にトイレに目覚めたときに見ると、妻の足下あたりで力つきて倒れて寝ていた。わずかな時間も惰眠を貪って、もう一度寝て、5時半ごろに出勤。 仕事が再開されるのを待っていたかのように秋の涼しさがやってきた。疲れ方が違う。しかし、秋とともに、またも台風が近づいているらしく、天候が不安定だ。地元のバス停までは濡れずに済んだが、バス停から自宅に向かっている途中に雨が激しくなり、小走りに走る結果になった。雨を怖れて寄り道しなかったおかげで、吾子が寝かしつけられる寸前に帰宅できた。 吾子は西瓜を食べている最中。私を指さして「パパー」と甲高い声で叫ぶ。何度も「パパー」と言ってくれる。妻に訊くと、案の定、外でも見知らぬ人を指して「パパー」というそうだ。ただし、後ろ姿を見てのことだそうだが。 私の帰宅で乱されたデザートを再び食べ始めた。眼が合うと、莞爾と笑って「むふー」と言う。もうとびっきりの笑顔だ。父ちゃんはそんな顔を見せて貰えて至福の喜悦の中を漂う。後に、子が、「むぎゅー」と言って抱きしめてきたのを抱きしめ返すこと10数度に及んだ。ただ、その前に、どこで覚えたか、拳固で顔を数発殴られ、仰向けに寝そべった私の腹に本気で尻餅を何度も突かれてしまったが。 バイバイもせず、チューもせず寝室に入ってしまった。あああ。でも、妻が、「オリーブ毛布、そっちにない?」と言ったのにかこつけて寝る前にご挨拶しようと、必死に探した。あってくれ、あってくれ、なかったら再開できぬではないか! 見つかりました。寝室に入って挨拶をしようとすると、子が、ぎゃー、と手を伸ばす。おお、もしや寝かけた子を起こすという妻の怒りを買う結果を招いたのでは、と心配しつつ、即時退去。するとおさまった。もしかして、寝るから出てって!と追い払われたのかも! ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/7(金) ↑↓ →題名目次 | 落ち着きのある吾子 生後700日(1歳10カ月30日) |
よくわからないが6時過ぎだろうか、吾子が遠慮がちに私を起こしたのは。めずらしく妻がさっさと起きたので、機を見るに敏な吾子は、いぎたない私を見限って、妻にまとわりついていたようだ。おかげでよく眠れたわい。昨日の、「パパーパパー」は何だったのだろう、という感じ。喉元過ぐれば熱さ忘れる、か。 とはいえ、普段以下というわけではない。今朝は靴下を手に穿きながら朝食を摂っていたが、私を見てうれしそうにしてくれていた。もちろん、ぎゅー、と抱きしめも、ちゅうもしてくれる。それにしても、ちゅうをするときは、まじめくさった顔で眼を開いているのだが、どういう気持ちだろう。他の時のようににこにこ顔で迫ってくるのではなく、きまじめそうな顔なのだ。 普段以下ではない、といっても、五月蠅いくらいまとわりついてきたり遊んで欲しがったりもしない。遠慮がちで落ち着いているのだなあ。なんか物足りない。 母子が出るわずか前に出勤した。泣くのではないかと心配したが、全くの杞憂で、玄関で、立ったままバイバイをして冷静に見送ってくれた。よかった、よかった....(ふぅ)。 「雨」が言えるようになったらしい。こうしてひとことひとこと覚えてゆく時期に、あまり一緒にいてやれないのが悔やまれる。教えたことを覚えてもらえる歓び、共有したいものだぜ。 帰りに病院にまた寄ったそうだ。鼻水が出るから。先生も、もう大丈夫だろうとおっしゃるし、鼻水でも垂らしている方が子供らしくてよいと思うが。 明日はどうかなあ、帰ったときはもう寝ているだろうか。寝ているだろうなあ。起こしたら奥さんに叱られるでしょう。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/6(木) ↑↓ →題名目次 | パパの呪縛 生後699日(1歳10カ月29日) | |||||||||||||||||
たぶん、2001-7-28以来だと思う、起きている吾子に終日会えなかったのは。 昨夜、子が寝付いてまもなく私も意識を失って、午前4時に眼を覚ました。久しぶりの出勤準備をおそるおそる(母子を起こさぬように)終えて、早めの5時過ぎに出勤。妻子とも、熟睡していた。 子は、起きると同時に、「パパ、パパー」と父の不在をいぶかしんでいたそうだ。私の寝ているはずのところに来て、指さして「パパ、パパ」と言っていたという。昼間「アコモオキルナリパパパパイッテフビンダヨ」というメールが妻から入った。周囲は知人ばかりなのに、淋しい。吾子に会いたい! 保育園の前でも、パパーパパーと騒いで、(昨日まで送りに来ていた)父ちゃんに夜逃げされたとでも勘違いされないかと妻は恥ずかしかったそうである。 保育園から迎えて帰って、自転車が家の下に止まると、上を指さして「パパー」と言ったという。ここのところ、妻子が自転車で出かけて帰ってくると、ちりんちりんのベルの音で私は呼び出されて、迎えに下りる。踊り場から見下ろすと、子が上を見て、「パパー」と叫び、私は子を自転車から抱き下ろして部屋まで連れて帰るという段取りだった。今日も、パパが下りてくると思いこんでいたのだろう。 夕食の時も、私の写真を指さして、パパーと叫んで何かを訴えている。写真立てから写真を取り出して渡すと、食卓椅子に私の写真を置いて食事を始めたそうだ。パパと一緒にご飯・・・・。もう涙なしには聞けない話だ。 寝るときにはすんなり寝たそうだ。早くも8時に。気疲れでもしたのか。しかし、保育園からのおたよりは、「とびらを開閉して中をのぞき込んで『ニャァ〜!』と大さわぎをしていました」だそうである。保育園にいるあいだは、パパの呪縛も解けるようだ。 ※ 身長、体重の推移(保育園報告による)
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| 2001/9/5(水) ↑↓ →題名目次 | おむつ替えの最中に 生後698日(1歳10カ月28日) |
今日はどうなるかわからない、吾子の体調が悪くて保育園を休ませるかも知れない、昨日のように迎えに行かざるをえないかも知れない、そして在宅の仕事の締め切りも迫っている。すべてを引き受けられるために体調は万全に整えておきたい----というわけで、昨日と同じく睡眠と体力の温存に努めたが、妻にはただだらけているようにしか見えなかったらしい。夫の心妻知らず。 しきりに体温を計るが、高くはなさそうだ。でも、体感的には少し熱く感じる。何より問題は、いつもの朝に比しておとなしいことだ。ここ数日、狂乱といっても良い体をなしていたのに。妻が出かけたあと、あらゆる徴候を見逃すまいと傾注した。 機嫌も悪くない。登園の準備をしてみて少しでも嫌がったら中止しよう。・・・・子はいつものように進んで着替えをして、靴を履きたがった。決行だ。 うちの前のアスファルトでいきなり転んで泣き始めた。半ズボンなので、右膝に少し出血。唾を付けておいたら、すぐに泣き止んだが、しばらく患部に手をやっていた。 電話が鳴るたびに呼び出しではないかとびくびくしたが、すべて妻からだった。私は仕事に没頭。年に何度もない風景だ。 迎えに行って病院に立ち寄って妻が帰ってきた。問題なし、との診断だそうだ。子の夕食前に、私の仕事は一段落ついた。精魂ともに尽き果てた。 私の夕食中に、子がお尻拭きを持って現れた。おむつを交換せよとのことだ。そういえば、子の入浴前にも求められたっけ。どっちかは忘れたが、おむつをはずして拭いている最中に、子がいきんだかと思うと、ぷっ、と音を立てて肛門が開いた。屁は、かように肛門から出るものだ、という実景を初めて目の当たりにした。 今日もかくれんぼを求められた。子のオリーブ毛布は、座った私をぎりぎり隠すだけの大きさ、普通のタオルより若干大きめでしかないが、それを広げもたげて姿を隠してみると、面白いことに子は私を見つけられなかった。パパ、パパ、と母に助けを求めに行ってもう一度戻ってきたときになってやっと発見した。よっぽど感心したのだろう、私の隠れ具合を披露するために妻を呼びに行った。 今日は存分に遊んでやれただろうか。量的には大したことはないが、情的には充分だったかなあ。寝る間際に、子に語りかけた。そしてむぎゅと抱きしめ、ちゅをして、子はバイバイしながら寝室に去っていった。最近、寝付きが良くてよろしい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/4(火) ↑↓ →題名目次 | 単身で強制帰宅 生後697日(1歳10カ月27日) |
朝の時間割は昨日と変わらずだが、妻がわりとしっかり起きてくれたので、私は子の登園備えて体力の睡眠の温存が出来た。妻が出かけた後、熱を計ったが、なさそうだ。ただ、体感では少し熱く感じる気もするが、問題なさそうなので登園決定。 登園時刻までもう元気で元気で遊んで遊んでかわいくてかわいくてたまらない。このままうちで遊んでようかなーと思ったくらい。でもまあ行くか、と思って準備。髪を結わえてやるのも、数回目となるとなかなか堂に入ったものだ。子も、自分で車内に乗り込めるようになったし、チャイルドシートも着けたがる。 園内に入るとすぐにあった水たまりでばちゃばちゃやりはじめる。今日の連絡帳によると、あとでもそれを楽しんでいたようだ。子の状態を保母さんに話して園を後にする。子もバイバイしていた。9時半。 1時に電話が鳴る。園からで、下痢を2度した、熱は37.2℃くらいだが、心配だから迎えに来て欲しいとのこと。昼飯は済んだし、これから昼寝の時刻だから、寝かしつければ妻の帰宅を待っていられる。 すぐに迎えに行くと、他の園児はもう昼寝していて、仰向けに寝ている吾子を副園長と保母さんが二人して見下ろしているので、何事が起こったのかと戦慄した。どうやら、他の子は昼寝しているのに、これから帰る吾子を遊ばしておくわけにもゆかず、もてあまして昼寝のまねごとをしていたようだ。私を見た吾子は一瞬顔をくしゃくしゃにしたが、私が近寄って来るのに気付いて満面の笑顔で飛びついて来た。誰が病人やねん!という風情。もう元気元気。安定しない天候で、園を出るころにぽつぽつと、それがすぐにざーざー雨に変わった。車まで抱いてダッシュ! 車庫から家まで子と荷物と傘を持って階段を駆け上がったので、雨よりも汗でびしょびしょ。 すぐに寝かしつけるつもりが、子の体調をおもんぱかってエアコンを止めたので汗だくでままならぬ。親の心子知らずで激しい遊びをしたがる。何とか布団に横にならせることができたところで妻帰宅。選手交代。 昼寝から起きて妻が連れて病院へ。腸蠕動が激しいことを除いて特に問題はなかろうとのこと。そういうわけで、後は普通に。ただし、今日の風呂は妻に任せた。 今日は、頭におむつを乗せて滑り落とす遊びを覚えた。我々にも強制する。後、夕暮れから夜にかけて、外の景色を見たがった。なぜだろう、外を見ながら、「パパ、パパ」と指さしている。時に「ママ、ママ」とも言ったが、わけもなくせつない気分になった。 寝付かせるのも妻の担当。泣いたかと思ったら、またも大便をしていた。今日は4回くらいしたっけ? ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/3(月) ↑↓ →題名目次 | 体が熱いぜ?吾子 生後696日(1歳10カ月26日) |
妻の近くで6時の目覚ましが鳴る。起きているのだろうか? 結局私も寝てられない。 8時に妻が登校。10時登園目指して、子と遊んでいる。とにかく元気である。しかし、心なしか体が熱い。熱を計ろうとしても、3種類あるはずの電子体温計のうち、舌下で計る1台は使ったことがない種類、耳で計る1台は全然あてにならないタイプ、腋下で計る私の使い慣れた体温計は見あたらない。仕方なく、見つかった2台でそれぞれ計るが、そんなに高めには出ない。体感では熱い。それでも元気だ。うちに置いておいてもどうにもしようがない。 登園。昨日と打って替わって、進んで登園した。お別れの時もにこやかにバイバイを。でも、手は熱い・・・・。 帰りに、風船を買ってみた。昼寝中に夢を見る。熱が高いから迎えにくるようにと保育園から連絡が入るという夢。現実には電話など掛かってこない。よかったよかった。 妻帰宅。お迎えは私。定刻に行ったのに、すでに1階に下りてきて奥の部屋で待機しているようだ。保母さんが現れて、現在おむつ替えの最中だから待つように言ってきた。しばらくして、また一人保母さんが、吾子のした大便を盛ったおむつを持ってやってきた。固形の茶便とゼル状の白っぽい緑便が混じったものを示し、こういう便は体調を崩す前兆ですから気をつけるように、匂いもきついし、とのお話。なるほど、すごい匂いだ。私はむせそうになったが、赤の他人の大便を、目の前にして平気な保母さんの前で私がそれをやるわけにはいかず、堪え忍んだ。 奥の部屋から吾子が連れられて出てくる。私が迎えに行ってこんなご機嫌で帰宅できるのは初めてだ。・・・・でも手は熱い。 帰宅して奥さんに話すと、病院に連れて行ってみるという。 結果、問題なし。治りかけには体温が高くなることがあるそうだ。喉の腫れも引いているし。体を触ると、不思議と体温も下がっている。病院で計ると37.6℃だったそうだが。それで熱めの湯に入浴。長めに入るつもりが、私もたぶん吾子も、熱さにかえって耐えきれず、やや短めで出る。 気疲れか、後述のように結果的に子とシンクロしたせいか、元気いっぱいの吾子と違って私はへたり気味。子は、本当に陽気で、目をつむったまま後退したり、きゃーきゃー叫んだり、本当にかわいい。バナナを見つけて「バナ!」と確かに叫んだよ。私は眠いし、めちゃ早い時間の7時半に寝付かせに入った、どうせ無理だろうと踏みながら。 ・・・・しかし、あにはからんや、子もあっさり寝てしまった。結果的に、子も疲れ気味だったと見える。寝る前に、私を何度も抱き寄せて「きゅー、きゅー」と抱きしめ合う。幸せだあ。子が寝付いた後で、私もあっさり、11時半まで寝てしまった。その間、子は、ひと言ふた言、うめくぐらいで夜泣きもなし。 妻が寝室に来て、代わりに私は追い出される。しばらくして、夜泣き気味。妻がいう、「風邪をひいたかもしれない、鼻水が出ている」。でも、医者は・・・・。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/2(日) ↑↓ →題名目次 | いつか終わる夏休み 生後695日(1歳10カ月25日) |
たぶん6時半くらいだろう、最初の訪問を受けたのは。次の訪問は8時前。それで私も起床する。寝た子に起こされ。 妻、寝てるし、食パンがあったので食わせてみる。パンの耳は私が食べて、白いところだけ。すると、ちぎって遊んでいるだけかと思ったら、結構食べる。2枚用意して、たぶん1枚ちょっとは食べたと思う。私の朝食は、パンの耳とトマト一つ(A tomato a day keeps the doctor away.)。 今朝は割と話せば分かるヤツ。チャレンジ精神に旺盛で、いろんなことをやろうとするのだが、叱れば中断する。たとえば、パソコンあたりを触ろうとしたときに、「だーめ!」というと、ちゃんとやめた。パン食足りて礼節を知る。 妻を起こすよう頼んだが、だめそうなので一度はあきらめていた。妻を指さして私の方を見て、わうわう言っている。だみだこりゃ、とでも言っているのだろう。しばらく経って起きてもらって、私は外出。いつもなら引き留められる気がするが、母さんが起きてくれたおかげか、快く手を振って私を送り出した。案ずるより起こすが安し。 帰宅。ずっとパパパパ言っていたらしい。ドアを開けると久しぶりに「おっ!」の声。昨日の水溶性ペンでお絵かきしていた。下に敷いたシートは極彩色。私が取り替えたおむつのうんこはキーマカレーであった。「刑事ナッシュ」が始まる。子も私も食事。TVが終わってそろって昼寝。親も望んで食休み。 昼寝後、買い物に行った母子を迎えて一緒に公園へ。今日は久しぶりにビデオカメラなぞ携行したもので、遊びに専心できなかった。子の方は、前はカメラと見るや突進してきて触ろうとしたものだが、昨日の記念写真撮影の様子から察するに、「カメラで写す」ということに理解を寄せているようだ。親がいうのもなんだが、可愛い写真が撮れた。親の目はひいき目。あ、通りがかりの見知らぬ爺さんも、「可愛いねえ」といいながら杖代わりの乳母車を押して去っていった。爺さん、見る目ある。亀の甲より年の功。 入浴前に大便をした模様。今日は2度か。ただ、かなりゆるかったという。浴室で待っているあいだ、お風呂おもちゃを浮かべたり沈めたりしながら、中性浮力について実験していた。捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。(<--おっ!係り結びだ。) 風呂から出てビール。日のあるうちのビール。ひさしぶりだなあ。私の休日も終わろうとしている。私のための素麺を、子は遊び食いしている。つゆが一面に飛び散っている。後で叱られるのは私だ。でももはやほろ酔い加減。後は野となれ山となれ。(<--おっ!放任法だ。) 存分に叱られた後で、子用の夕食、蕎麦飯を食わせると、遊びながらも全部食った。食遊同源。 妻の入浴中、かくれんぼ。かつてない大々的なかくれんぼで、3部屋すべて使う(+トイレ)。真ん中の部屋のレースのカーテンの後ろに隠れていると、なぜか子は気付かずに、素通りしてゆく。それを後ろから驚かすのが面白かった。二人して汗だくであった。寝なくなるのじゃないの、と妻に叱られてしまった。All work and no play makes ako a dull child. それが案外にも、これ以上のかくれんぼを禁止された直後は泣きまくったが、あきらめたあとは眠そうになり、自ら寝室に籠もっていった。二人ともまだ体がほてっているので、牛乳を一気飲みした後、子はここ数日なく、寝相を変えながら寝てしまった。明日の保育園は祭りの後、ということで時差登園を望まれている。ということは、朝はたっぷりパパと遊ぶぞ。(私は飲酒の続き)果報は寝ても醒めても。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2001/9/1(土) ↑↓ →題名目次 | 涙の保育園 生後694日(1歳10カ月24日) |
妻の6時の目覚ましは気付かなかったが、子が私を起こしに来た。当初の目論見では、昨日までのように子が8時ごろ起きるのと入れ替わりに妻が登校、私もそのころ起きて、子の食事等の世話をして保育園へ、という計画で、それに併せて1時半に寝たのに、のっけから挫折である。起きない妻に業を煮やした子は私を起こすし、飛行機の音がずっとしており、あまりに長く続くのでエアコンの音かと思いなしたその爆音がうるさいしで、子を構うしかなくなった(爆音はTV局のヘリコプターの音で、歌舞伎町上空を跳び続けていたのだった。例の火事である)。 妻が出かけてから、子の登園まで2時間以上ある。今日はお祭りとやらで特別な保育になっている。そういうわけで、子が起きてから登園までの4時間の保育が私の肩にかかってきた。当初2時間の予定が、である。したがって、のんびりやることにした。で、私は寝てみた。 しかし、TVの振り付けに併せて、子が動いて、それを私にアピールする。1時間くらいはそんな感じ。なんか必死さに気の毒になってきたので、本格的に遊ぶ。それで1時間は経ってしまった。一度、コンビニ袋を頭から被って「いないいないばあ」というものだから、叱ったが、意に介していないようなので、乱暴に取り上げたところ、泣き始めた。 写真を撮るというので10時半に来い、とのこと。その後、ほんの一部の子だけが残されるわけだ。だから、早く子を連れて行くと、人が集まったときに自分の父母がいないことに気付いて泣きわめくだろうという深慮で、みんなが集まる時間に登園させるわけだ。顔見知りの子に、子は手を振っていた。いい調子だ。あわよくば子の普段の姿も見られる、などと算用していたが、人が集まっているところで子は私にしがみついて離れなくなった。写真の時も、1歳児クラス5〜6名の他の子はおとなしく立っているのに、吾子だけがだめで、私もついて写真に写るはめになった(これを危惧して昨夜一週間ぶりに髭を剃っておいてよかった)。 あまりにしがみつくので、預けるのをやめようかなとさえ思っていたら、保母さんが、「吾子さんもお残りですね」と促されて、2階に連れて行く。2階に行くと取り残されるのを悟ってか、あがろうとしない。同時に連れられた男の子も泣きわめいていたが、それは保母さんが受け取ってあやしはじめた。私はそれに並んで吾子をあやしている。泣き止まなければ連れ帰ろう・・・・。しかし泣き止んだ。保母さんが片手にもう一人抱いたまま、吾子をも受け取ろうとした。そんな小さな体で大丈夫? と思ったら吾子が泣いて暴れ出す。保母さんは、もう一人の子を部屋に置いてきてから戻ってきて吾子を受け取った。子は泣きじゃくる。どうしよう。バイバイしてみたら、泣きながらもバイバイを返してくれた。後も見ずに逃げ帰って泣き寝入りした(ただ寝直したともいう)。 夕方、合わせる顔のない私に替わって妻が迎えに行った。帰ってきた音がしたので迎えに下りる。仏頂面の吾子が見える。私の顔を見ると、破顔一笑。なんでも、帰宅最中「パパパパ、パパパパ」言っていたそうだ。保育園では、同時に取り残された子とよろしくやっていたそうだ。うちでは言わない「ちょーだい」とか言って物をもらっていたそうだし。 妻が買ってきた、水で消せるペンの絵本で遊ばせる。充分遊んだところで入浴。それから食事。このあたりから大変であった。食わなくて激怒した妻に替わって私が与えるが、やはりほとんど食わない。なんとかパンの白いところを食わせた。 冷蔵庫を開けた妻の脇から手を伸ばし、吾子の貴重な風邪薬の大半をこぼしてしまった。妻激怒。まあ当然である。子はいったん私の元に避難してきて、妻の機嫌取りに戻る。ゴミをゴミ袋に捨てに行って、私の所に戻らずに、妻の前に行って、自分の頭をなでなでして「ほめてほめて」と要求していたが、これは怒りに油を注ぐ行為だよ。でも、午前中、子を保育園に放り込んだ罪悪感があるから、私は子を宥め続けた。子にとって、安全パイには用はないらしい。母の機嫌を直させるのに必死であった。 般若に徹しきれない妻の機嫌を取り結んだ後で、またもしでかした。同じく冷蔵庫を開けた妻の脇から手を伸ばし、今度は生卵を割ってしまったのだ。二の腕をぶたれていたが、まあ仕方あるまい。妻の怒りは当然である。それでもちゃんと機嫌を直させていたが。 今日も、妻の懸念を払って、早めに私が寝かしつける。案の定、10分もかからず寝かしつけた。この事実からかんがみるに、夕食以降の乱行は、眠かったせいではなかろうか。なんせ、ひさしぶりの早起きであったから。明日も早く起きるだろう。覚悟。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |