| 2002/3/8(金) ↑↓ →題名目次 | たまには保育園を休んで 生後882日(2歳5カ月) |
いつもと同じ順序(子→私→妻)でかなり遅めに起きるが、動じることはない。今日は、たまには保育園を休んで、ばあちゃんちに、私と子で遊びに行くのだ。 第1の難関。バス停まで歩いて行くことは、つつがなく遂行できた。律儀に赤信号で、 「赤、ストップ!」 と言って待っていると、バスが通過していった。Shit!(くそっ!)と思ったが、正直の頭に神宿る、続いてもう一台やってきた。小走りで乗り込む。 渋滞でバスは簡単には進まないが、子は、一度、吊革につかまりたがったのをたしなめると、いい子で膝の上に座っていた。いい天気である。もう春だなあ。 電車も、正直の頭に神宿る、ちょうどいいのがわずか待っただけでやってきた。少し混雑気味だが、父子の席はキープできた。ここでも子はいい子で、パパの隣席にちょこんと座って、すれ違う電車や外を見ている。第2の関門クリア。向かいのおじさんが新聞を読んでいるのを見て、 「しんぶん!」 と言う。うちの朝刊を持参していたので、子に渡す。 「吾子のっ!」 と握りしめて離さないが、読む気配はない。 改札を出るときは切符を自分で通したがった。そういや、切符を買うときにも、 「おかね!」 と言っていたが、自分で買いたかったのだろう。改札を出るとき、子をドアが直撃しないように、抱き上げて通す。 第3の関門。道草を食わずにばあちゃんちに行けるか? 線路沿いの道をたらたら行くが、久しぶりの自由に、まっすぐ歩かない気配。しかし、そこで、道路と線路を隔てる柵の線路側から何やら気配が。 「吾子ちゃん、吾子ちゃん!」 道路から見える駅のホームから、じいちゃんが手を振っている。とたん、子は怯えた表情。 「バイバイ、バイバイ」 と小刻みに手を振って小走りでばあちゃんちに一目散。じいちゃんはなじめないと見える。 ばあちゃんちの近くでちょいと放し飼いにしてやろう。と、急に現れた謎の人影が吾子にカメラを向けてシャッターを切る。ばあちゃんであった。挨拶もなしでいきなりかい。なぜ我々の接近を察知できたのか? 驚愕の再会であったが、ばあちゃんには簡単になじんでしまった。2時間ほどいたが、途中帰ってきたじいちゃんには相変わらず怯えていた。でも、帰路、電車の中で、 「じいちゃん怖い?」 にはうなづいていたが、 「じいちゃん嫌い?」 にはうなづかなかった。 「怖がったらじいちゃんかわいそうだよ」 と言い聞かせると、神妙にうなづいてはいましたよ。 昼飯は、ばあちゃんと私の二人掛かりでもそんなに食べなかった。帰宅するや大便をひりだしたところを見ると、キャパシティ(許容量)一杯だったのだろう。外では大便をしないのだ。 帰る間際の応接間の惨状は、さすがの私を持ってしても目を覆うくらいで、ばあちゃんに申し訳ない。 ばあちゃんちから離れて行く間、ばあちゃんが見えなくなっても、何度も何度も振り返る。そのたびに角に姿を消したばあちゃんが顔を覗かせるので、子は「バイバイ、バイバイ」を繰り返し、永遠といっていいほど振り返って手を振っていた。登場の仕方といい、忍者みたいなばあさんである。 切符売り場は空いていたので、切符を買わせるところから始める。切符を握りしめて離さない。電車の中で、 「おかね、ちょーだい!」 と叫ばれたときは恥ずかしくて死にそうだった。電車は結構混んでいて、終始、膝の上に子を乗っけていたから、子は最後のあたりは退屈して、膝からずり落ちまくっていた。それでも、ばあちゃんちでもらった、「おじゃ魔女」のビニールバッグ、中に、子供用安全なハサミ4本入りが入っているバッグを、絶対に手放さなかった。それと新聞と。 地元の改札を、子の手で切符を通して抜けると、妻が待っていた。どうして複数ある中でこの改札を通るとわかったのか? 油断のならない能力者ばかりである、我が一族は。 子は、妻の自転車に乗って先に帰っていった。寄り道をしていた私が帰ると、大便直後に寝入ってしまったという。まだ寝てる。 ↑翌日へ |
| 2002/3/7(木) ↑↓ →題名目次 | 黒髭公パパ I 世 生後881日(2歳4カ月27日) |
子の呼びかけに応えて家を出る。まずは3階のベランダから見下ろす。子が私を見上げて、 「パーパ!」 踊り場を巡って、2階のベランダから見下ろす。ふだんは、2階の私を見上げない吾子が、上を見上げている。 1階まで下りて、自転車から子を抱き取る。真上をヘリコプターが低空飛行して通り過ぎた。どうも、パパではなくてヘリコプターを見上げていたようだ。 子の脇に寝ころぶと、私の顔面に張り手が決まる。メガネの上からなので、フレームの直撃と梃子の原理で、声も出ないくらい痛かった。キレやすい○○に張り手をかましていたら、今頃、子は噴っ飛んでいたかもしれないが、私ですから諄々と因果を含める。しゅんとした顔で聞いている。これ以上たしなめると泣きそうだな、というところで勘当終了。 子が、消えたままのTVを指さして、 「たちゅー!」 と叫ぶ。うちにピカチューのビデオなんてないし、今、ピカチューが放映されているわけでもないよなあ。新聞のTV欄を見てみよう。・・・・7時、約2時間後から放映されるじゃないか! 子は、曜日の概念があるのだろうか。さらに、TV欄の右端辺りを指して、 「たちゅー!」 とまた叫ぶ。ピカチューを放映する東京12ch は、右の方に掲載されているのだ。まさか字も読めるのか? 「ピカチュー」の文字なんて出てなくて、「ポケットモンスター」になっているというのに! と思ったら、新聞のTV欄の右端の全然関係のないところを指さしていて、妙に安心した。なお、そのときは7時になったら見せるつもりだったが、「たちゅー!」のたの字も出なかったので、すっかり忘れてしまった。 母子の残り湯に入る。外での仕事がなくなって約10日ぶりに髭を剃る。10日で結構伸びるものだよ。最近は保育園に行くのも恥ずかしかった。かくて黒髭公パパ I 世は歴史の舞台から姿を消したのだ(まもまく復活しそうだが)。 入浴前後の父親の違いに子がどういう反応をするか楽しみだったが、なんの感慨もないようだった。ただ、あとになって、私の顔の部品を探りながら、 「めめ・・・・。はな・・・・。くち・・・・」 と確認していたから、もしかして髭に埋もれて父親の顔の部品の区別がつかなくなっていたのだろうか? あんなに起きるのが遅かったくせに、わりと早くから眠そうだった。寝る直前には、風船で遊んだ。風船に空気を入れて手放すと、ぴゅーと子に向けて飛んで行く。さんざんぱらそれをやって、新たに、吹き込んだ空気を子の頬に噴射してくすぐったがらせる、という遊びを始めたところで、寝室への誘いがあった。子は、もっと遊びたくも思ったようだが、素直に寝室に向かったということは、やはり眠かったのだろう。 昨日、耳鼻科帰りに子が持ち帰ったおもちゃは、「黒髭危機一髪」と同じ仕組みの、「プーさん危機一髪」。樽に剣を差し込んで、差し込んだ場所によっては、樽の中の人形が飛び出すというもの。順番に差して遊ぶという概念はないようで、差し込んでも何も起こらないときに、 「はい、ダメー」 というのが気に入ったらしく、子も、 「ダメー」 をけらけら笑いながら発していた。 昨日の仕事をプリントアウトしてないのに、またもさみだれ式仕事が舞い込む。これももう大半は終わった。明日は何もできないかもしれないから、これからちょっと頑張りまっす。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/7(木) ↑↓ →題名目次 | あなたにタッチ 生後881日(2歳4カ月27日) |
三寒四温。今日は「温」どころか「熱」といってもいいくらいの陽気。子が起きて私を起こして妻を起こしたときは、もう保育園に行けないかもというような時間。ところが、妻が、これまで一度も見たことのない手際よさで、子に食事を食べさせ、着替えまで終えてしまった。やればできるじゃないか! 実力を隠していたな! 暖かい日なので、敢えて暖房は点けないでおいた。 カチン ボワッ! シュシュシュシュシュー 急に暖房が点火される音。 「吾子ー、吾子ー」 そこには得意げに自分を指さす吾子がいた。ありがとねー、暖房が点いてないから点けてくれたんだねー。 時間が時間だけに、ごく軽い二日酔いの私が、当然のように送りに行かされる。そんなこともあろうかと、昨夜、最後の1本(ビール大瓶5本目)を飲もうか飲むまいか逡巡して、断念していた。 こんな時に限って、意外に順調に保育園に到着した。道草度合いもまあまあ。三色スミレの前にしばらく立ち止まって、 「花、つんつん」 と花を指先で突いているのを見守る余裕が充分あった。 またも急に保育園に向けて駆けだした。T字路に飛び出す直前で、 「ストーーップ!」 と言ったが、停止したのはT字路を渡りきってからだった。道幅が車1台分しかない道だが。もっと強く条件付けねば。ね、パブロフ先生。 2階の保育室に預ける。今日はTカちゃんはいないかなあ・・・・おっ、いた。来い来い、お兄さん(自称)と今日もハイタッチやろうぜ・・・・今日はアイコンタクトの力が弱いみたいだ、こっちを見ているが近寄って来やしねぇ。しおしおと戸を閉めたところで、 「お父さん、お父さん!」 と保母さんの呼びかける声。再び戸を開くと、 「吾子ちゃんが、手、パチンしたがってますよ」 子が駆け寄ってきて、私とハイタッチ。余所の子より、自分のこと出来た方がもちろんうれしいに決まっている。 そのまま車を代々木に走らせて、昨日連絡のあった仕事の残滓を片づける。本来なら今日、祝杯というところだが、もう昨日飲んぢまってるし、昔ほど独り酒も楽しくないなあ。前は、他人と飲むより独り酒の方が大大大好きだったのに。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/6(水) ↑↓ →題名目次 | それは自首なのか、吾子? 生後880日(2歳4カ月26日) |
母子は帰りに、他の母親から耳にした評判の耳鼻科に寄って来るという。いつも話題にする名医は、小児科・内科だが、その名医が紹介する耳鼻科は、極近の耳鼻科で、そこも流行っているのだが、小児科・内科の名医との落差は大きい。私も2度、子を連れて行ったことがある(1・2)。医者の世界にもいろいろあるのだろう。「近所づきあい」も大変である。 新しい耳鼻科から帰って来たのは、何かあったんじゃないかと思うほど遅かった。異様に混雑していた上に、医薬別業で、薬局に寄る必要があったからだそうだ。しかし、あの口の悪い妻が、口を極めて絶賛していたから、第2の名医を発掘し得たということであろう。時間のこともあり、久しぶりに私が入浴させた。申し遅れたが、私自身は今日から完全復活といえるだろう。 ところで、朝から続いていた紛争は夕刻になってやっと収束に向かった。火種となったハサミ問題では国連平和維持軍の指導のもとで我が方の活動は正常化された。子も、予想通り飽き方に向かっている。それも私が再び体育系の遊びに付き合うことが可能になったからだろう。 母子の帰りを待ちわびる間に、散発的在宅ワークをほとんど1作仕上げた。あとはプリントアウトして送るだけ。しかし、昼間、電話があり、昨年度の仕事の残滓に手をくわえなければならなくなってしまった。したがって、昨年度の仕事は完了しているとはいえないわけだが、快気祝いに、遅めの忘年会と称して一人、ジョッキを傾けることにした。「僕達の正月は三月だ」。もちろん子と遊ぶ隙を縫って。 入浴の時、気付いたのだが、子の左肘に絆創膏が貼ってあり、剥がすと痣になっている。妻が聞いてきたところによると、外遊びの時に転んだのだそうだ。私が、入浴中に、 「Aっくん?」 と訊くと、 「うん、Aっくん」 と応えたが、冤罪である。現に、後に、 「今日Aっくんに咬まれたところどこ?」 と訊くと、さっきと違う場所 ---- 昔咬まれた指を指していた。 保育園の連絡帳。 園庭に出ると「Sゅんちゃん!!Sゅんちゃん!!」と保育者にSゅんすけくんがころんでしまったことを知らせてくれました。 Sゅんちゃん、ってどの子だろう。Sょうちゃんとの関係は? 疑問はさておいて、子に、 「今日Sゅんちゃん転んだんだってねぇ」 と訊くと、意外な告白が! 「Sゅんちゃんねー、どーんとなってねー、えーん、えーん」 「どーん」のところは両手で突き飛ばす仕草、「えーん」のところは泣き真似が入っていたが、これってもしかして、 「Sゅんちゃんねー、どーんって私が突き飛ばしたら転んで、えーん、えーんと泣き始めたからしぇんしぇー呼びに行ったのー」 って犯行を自白しているのではなかろうか。非常に嬉しそうに、3度ほど身振りを交えて話してくれた。 寝る前に今日2度目のおにぎりうんち。帰宅が遅れてずれずれで寝たのは午後10時半だけあって寝入るのは早かった。寝室で何なら話していたが、妻によると、こういう会話だったらしい。ちなみに、「U太クン」というのは、たまたま今日、耳鼻科で出会った1年上級のギャル男で、妻の説では、前から子が気に掛けていたあこがれの先輩で、「イェーイ!」を吾子に教えた子である(今日の吾子の彼に対する対応は脈無しであったそうだ、それも妻によれば照れたからこそだという。んなアホな。ちなみに、U太は、吾子を見て、『あかちゃん!』と言ったそうな。カレって年下は歯牙にも掛けないんだね)。 「吾子ねんね、ねんね」 「パパ、ねんね」 「ママ、ねんね」 「U太クンもねんね?」 「・・・・U太クン、ねんね」 「Aっくんは?」 「Aっくん、ねんね」 「Tカちゃんも?」 「Tカちゃん、ねんね」 「先生は?」 「しぇんしぇい、バイバーイ!・・・・ぐー Zzzzz」 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/6(水) ↑↓ →題名目次 | 第3次ハサミ紛争 生後880日(2歳4カ月26日) |
古来、ふとしたことがきっかけとなって、大紛争に発展する例は枚挙にいとまがない。たとえば、暗闇から放たれた一発の銃弾が惹き起こした「廬溝橋事件」が「日中戦争」として拡大していった例など。 今朝の「きっかけ」は、吾子の発言だった。 吾子が起きているのに気付いたのは、寝室から聞こえる、 「う、うう〜ん、う〜ん」 という息みから。そういえば、もう丸2日、大便をしていない。大変な難産のようだ。妻も私も、それぞれの場所で、息を凝らして子の息みを聴いている。 「がんばれー、がんばれー」 声にならない励ましが家中を満たす。・・・・ふぅ、やっと出産なさったようだ。取り上げた妻によると、 おにぎりのようなうんこちゃんでした。 ということだ。 後門の狼を駆逐して身軽になった吾子は、私の所に飛んできて、 「はさ、はさ!」 ハサミを要求しているのだった。子の熱望に応えて、ハサミを用意しようとしたのが、第3次シザーズ(ハサミ)紛争の勃発であった。 「ほらごらんなさい。ハサミを使えるのが当たり前になって勝手に持ち出すようになったらどうするの!」 ---- 普段は手の届かないところにしまっておけばいいと思います。 「あなたがいないときに、私に要求するようになったら困る!」 ---- きっとそれまでに飽きると思います。 「まだ年齢が早すぎる。○○○○○に訊いてごらんなさい!」 ---- うっ、永世中立国を引き合いに出してきた。その人はたとえ私の意見に賛成でも、それを表明するはずがない。 「保育園の保母さんに訊いてごらんよ。まだ早いって言うに決まってるから!」 ---- 次には国連を持ち出してきた。まもなく脱退するとはいえ、自分が常任理事国であるのを笠に着て。・・・・訊いてもどうせこちらに有利な答えは引き出せまい。しかし、最初から権威を恃むつもりはない。父親として、ちょっとしたケガくらいは成長の付き物、失敗を怖れるな、やらずに後悔することを怖れよ、の意気で、クリエイティブ(創造的)ないきかたへの道筋を身につけるきっかけを作ってやりたい。ふだんは、日曜日にしか顔を合わせることができない父親が、いまだからできることをしてやりたいのだ。 ・・・・この後、紛争はあたり一面に飛び火して、泥濘化してしまった。超大国の物量作戦に敵うはずもない。自分が火種だと察した子も、いつのまにやらハサミのことはいわなくなった。パパを見捨てないでおくれ。・・・・私は地下に潜伏するしかない。 追放の憂き目に遭った私が、今日も子を連れて登園することに。表で隣の奥さんと出くわした。うっ!朝からの大騒ぎを聴かれていたろう、恥ずかしい。子に、 「『おはよう』、は?」 と促すと、珍しくちゃんと「おはよう」はいえるし、バイバイもしていた。外面のいいやつ。さっきまでガードレールに取り付いて進む気配もなかったのに。 とろとろ園に向けて歩いていると、担任の保母さんの出勤に追いつかれてしまった。急に進みの早くなる吾子!まったくもって外面のいいやつ。 保母さんは、先に行くこともなく我々の歩みに併せて並行してくれているので、間をつなぐつもりで、自虐的な意味もなく、素直な疑問として訊いてみた。 「ハサミって何歳くらいから使えるもんですかねぇ」 「2歳ですね」 「じ、じ、じ、じゃあ、うちの子はもう大丈夫ってことですか?」 「うち(保育園)では、1歳児クラスでは扱いませんが、気をつけていれば大丈夫です」 ・・・・なんてこった。国連は超大国の権益代理機関かと思っていたが、我々虐げられたたみを救ってくれたのだ! 足取り軽い私は、子を、2階の保育室に送り込んだ後、目でTカちゃんを呼び寄せ、ハイタッチをかましたくらいだ。それを見た吾子も、いったん近寄った保母さんを離れて、私にハイタッチをしに戻ってきた。 階段の壁には新しい絵が貼ってあった。子が、自分のだと指し示した絵は間違っていた。もしかしたら絵ではなくて、位置で指し示しているのかも知れない。最近、Aっくんの他に、Sょうちゃんの名も口からでる。私はどいつだか知らない。
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| 2002/3/5(火) ↑↓ →題名目次 | 忍法、大きい葉っぱ 生後879日(2歳4カ月25日) | |||
帰ってきたので飛んで迎えに下りる。大きな葉っぱを持っている。 「大ちい葉っぱ!」 2語の組み合わせでものを言えるのだなあ。先日も葉っぱを持ち帰ったが、それを自分の頭頂に乗せて、指で印を作っていた。忍者のマネである。妻はいたく感動していた。 先日、100円ショップで買った100円縦笛。指が届かないので子に見えないところに隠しておいたのだが、あっさり見つかり、一発で用途を見抜いて、悦に入って吹いていた。穴をおさえられないので、音は単調だ。もしかしたら、穴をおさえると音程が変わることを理解していないのかもしれない。私が吹いてみせると(幼い頃は笛だけが友だち・・・・独り河原沿いの道を「ドナドナ」を吹きながら帰っていたものだ<ごめん、嘘です)、うらやましそうな顔をして私から笛を奪い返すのだが、教えても穴をおさえないから、やはりわかっていないのでしょう。 昨夜、ダウンロード制限の掛かっているサイトから、時間を掛けて、Blue's Clues小音楽集をダウンロードして置いた。機会を見て、子に聴かせてみると、予想以上に気に入って、 「もっかい! もっかい!」 とリクエスト。寝る直前にも堪能してから寝室に入った。「機会を見て」というのは、私がパソコンに向かっているときに、子が私と遊びたいと思うと、 「ないない!」 と言ってノートパソコンを、ぱたん!と閉じに来るのだが、今日はその瞬間を見計らって音楽スタート。子にとって、パソコンが初めて自分の役に立つものだと知った瞬間。せいぜい乗っ取られないように、有用性は小出しにしてゆくのだ。 今日もハサミトレーニング。このトレーニングについては、かなり妻ともめた。危ない、早すぎる、管理が大変、と弾圧する妻に、敢然と立ち向かい、じゃなくて既成事実を盾に乗り切った。 子の腕前は、ひと晩で目を疑うほど上達している。昨晩は、大きな色紙に、1〜2cmくらいの切れ目を入れるのがやっとだったが、今日は小さな色紙を、バラバラに切って紙吹雪を作れるくらいになっていた。それに糊を付けて、新聞紙に貼るのである。 その間、子の見張り以外の仕事のない私は、「小さなBlue の足跡」を6つ作り、その後、紙細工をしていた。まあ20ほども作ったろうか。そのひとつが、冒頭のハチぶんぶんの切り絵である。 それを見た妻が、無礼にも、 「まあ上手・・・・というか、あなたの切り絵は下手だけど、味があるわ」 ・・・・「下手だけど味がある」・・・・そういえば、昨日の私の作品と、Blue's Clues Charactersを見比べて、 「まじまじと比べると全然にてないね、ウフフフフ・・・・」 と言ってたなー。上等じゃないか! 「そ、そ、そんなに言うならお前作って見ろ!」 で、妻が作ったハチぶんぶんの切り絵である。私は何も言うまい/何も言えない。
作家の半村良氏の訃報が朝刊に載っていた。生前、半村氏の求めで、私の専門分野に関する指導をしたことがあるというのはごめんなさい、言い過ぎました。間違いではないが、人を通して、私の専門分野に関する用語の確認を2〜3なさったことがあった。そのお礼、として、拙宅に、高い洋酒を贈って下さったことがある。畏れ多いことである。ちなみに、一冊も御高著を拝読したことはない。 ※ 訂正:上記写真が逆に掲載されてしまったことを深くお詫びいたします。正しくは、冒頭の作品が「妻作」、途中の作品が「夫作」です。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/5(火) ↑↓ →題名目次 | 園児に愛されている私 生後879日(2歳4カ月25日) |
妻は休みである。子が私を起こし、妻を起こす。子は、私のところに来ると開口一番、 「てぃんてぃんてー!」 である。気分いいなあ。お!喉の具合がずいぶんいい。昨夜の夫婦会談で、休みだからこそ妻が子を保育園に連れて行くという取り決めをあれほど固く締結したというのに、 「あんたも診てもらいなさい!」 と軽く言を翻す。もう治っていると言うのに! ま、いつものことさ。 子がたらたらするのを計算に入れて出たら、開院20分前に着いてしまった。しばらくこそ病院の前で看板を読ませて時間をつぶすことができたが、大通りに面していて危険だし空気が悪い。それに、今日は三寒四温の「寒」の方のめぐりあわせだし、少し離れたところで遊ばせて時間をつぶす。 ふと見ると、爺さんが病院の前に陣取っている。早く着きすぎたことが完全に裏目に出てしまった。そろそろ開院の時間なので、病院の前に着くと、子が、爺さんの前に出て、「自動:押してください」を押してしまった。自分の権利を分かっているなあ。でも、ここは客観的には爺さんの方に優先権があろう。お譲りした。 私はやはり治りかけで、この扁桃腺は遺伝するそうだ。子も喉が腫れていたが、保育園は問題なし、とのこと。 いつもの腰の高さの駐車場でしばらく遊ぶ。なぜか屹立して、天を仰向いて柏手を拍っている。神社付属の保育園だからだろうか。拝殿に向けて拝礼する姿もしばしば目撃している。その柏手を私にも強要するので、通行人の目が恥ずかしかった。まるで通行人を、手を打ってからかっているかのよう。 保育園・・・・。転園が決定しているので気まずいなあ。こんな時に限って、普段、朝は見かけない副園長が玄関にいる。でも幸いに、他のお母さんと立ち話をしているので、気配を消して2階へ。園に入る前に、ハイタッチのTカちゃん母子と遭遇していたが、我々を見て、にやりとした。吾子よりも私を見てにやりとした気がする。さすがに母親に負われているTカちゃんにすり寄ってこちらからハイタッチするのははばかられた。 今までめんどうを見ていただいた保母さんたちとも遭遇。まだ知らないのかなあ。申し訳ない気持ち。帰りがけに、Kのちゃん母子と遭遇。Kのちゃんは、先日のお遊戯会で、演技は手拍子の繰り返ししかしなかったが、一番派手で目立っていた子だ。それが私を見て、 「吾子ちゃんのパパ!」 送り迎えを繰り返しているうちに、いつのまにか園児たちに愛されている私だった。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/4(月) ↑↓ →題名目次 | 転園決定 生後878日(2歳4カ月24日) | |||||
「パーパ!」 最初の「パ」が高く、長音は低く、最後の「パ」は軽く添えるいつもの声が聞こえたので、迎えに出る。3階から見下ろすと、にこやかに手を振っている。これ、初めての経験。 部屋に入ると、私の手製のNotebook(ノートブック)を目ざとく発見。 「てぃんてぃんてー(thinking chair)!」 子にとって、表に描いてある「肘掛け椅子」で記憶されているらしい。すかさず手に取り、クレヨンで何か書き始める。子の手に取ったクレヨンは、緑のクレヨンだったが、途中から、黒のクレヨンに持ち替えた。ビデオを確認して気付いたのは、スティーブ(Steve)の使っているクレヨンは、持つところの色は緑だが、線は黒なのだ。うーむ、よく見ている。もう何度も、 「てぃんてぃんてー!」 と言って、ずっと持ち歩いてくれている。100円ショップの品がこう化けて寵愛されると、父親冥利に尽きるなあ。 ばあちゃんに電話したときも、吾子はひたすら、 「てぃんてぃんてー!」 しか繰り返さなかったので、何だか分からずに困ったことでしょう。ここまでくれば、完璧目指したいのだが、難問である。ホンモノは、ノートを閉じる針金の輪が、ペンホルダーになっているのだが、子は、そこまで分かっていて、クレヨンを差し込もうとするのだ。でも輪が小さすぎて入らない。ちなみに、黄色クレヨンの補修は失敗。 その、「てぃんてぃんてー」に、いろいろ描かせるのだが、 「しって、てーて(描いて)」 と要求する「しって」正体はついに分からず、子はヒスを起こして、のたうちまわり、ノートもクレヨンも放り投げ、果てはビデオのコントローラにも八つ当たりしてぶん投げ、自分から両足で私を蹴りまくっていながら、「痛い痛い」と自分の足をさする大立ち回りを演じた。物に当たるのは、妻の影響である。私は決して物に当たらない。 入浴を待つ間、ハサミの修行をする。危険だから厳しいのは前と同じ。TVの方に体が向いていると、どうしても気を取られてそちらによそ見をする。 「ハサミを持っている間はよそ見しちゃだめ!」 と叱って、手で頭蓋をつかんで前に向かせる。 「ひぇーん」 とべそを掻くこと2度、それでも子は、ハサミ遊びを止めなかった。ただ、叱られる理由が分かっていないようで(TVに気を取られるのは反射によるものらしい)、自分が叱られるのはハサミのせいだと思ったらしく、よそ見して叱られる都度、柄が青いハサミと柄がピンクのハサミを交互に交換させた。 母子の入浴中に電話が掛かってきた。私は事情に疎いのだが、妻は現在の保育園に不満満積で、転園の希望を出していたのだが、ついに今日、転園が認められたのだ。 手作り玩具が、しかも、Blue's Cluesがらみのそれが好評を博しているわけで、第3弾企画。「Blue の足跡」を、子の食事中に作り上げた。先ほど、ハサミの練習で犠牲になった色紙を廃物利用して、セントバーナードほどもある、イヌの青い足跡を作ってみたのだ。食後に披露するつもりが、目ざとく見つけられ、 「わんわん おてて」 というので、やむなく食事中にデビュー。これも好評で、いろいろなものに、----ピカチューやゾウのぬいぐるみやママの背中----貼り付けて悦に入っている。でも、なぜか「てぃんてぃんてー」ほどではないのである。 そうして、Blue's Cluesの中で、子は床に就いたのでした。おやすみー。
※ Blue's Clues Charactersと比較下さい。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/4(月) ↑↓ →題名目次 | ちょっと工作でも 生後878日(2歳4カ月24日) |
子が真っ先に起きてきて私を起こす。早く起きる、と宣言していた妻は、その私に起こされる。ハム太郎ふりかけご飯と妻の手作りコーンポタージュスープの朝食は、妻から引き継いで途中から私が食べさせる。その間に妻はフェイドアウト(つまり出かけたということです)。 「スップ、スップ」 子は、スープが気に入っているようです。 「自分で食べる?」 と問うと、強くうなづく。私は何もしなくていいわけではなく、スープが垂れないように器をうやうやしく捧持する役目。 「ぴっく! ぴっく!」 「ああ、ぴっくだね」 何だかわからないけれど適当に話を合わせる。 「ぴっく! ぴっく! ぴ!・っ!・く!」 どうもテキトーなのがばれたようだ。「『ぴっく』を取ってくれ!」と言っているのだろうが、なんだかわからず、適当なものを渡しているうちに、だんだん子の苛立ちは強くなり、声を大きくなる。 ・・・・ぴっく、ピック・・・・ピンク! 子は、ビデオの登場人物がピンクの服装をしていることを指摘しているのだった。 「ああ、ピンクの服を着ているね」 子は満足そうにうなづいて、これで苛立ちは収まったわけだが、具体的な事物を手に入れるのではなく、知的な知識の確認に情熱を燃やす強い好奇心にパパは感動したよ。 登園はなかなか肯んじない。 「いかやい!(行かない)」 というのだが、いつもの意地悪だろう。虹色上着を見て目を輝かせ、 「黒だよ、黒。黒い靴だよ」 と、一昨日くらいに買ってもらって、うちの中でさんざん履き回したけれど、昨日、表デビューしてしまったもので、室内では履けなくなってしまったにもかかわらず、昨夜、室内で履きたがって手を焼かせた、その新しい黒い靴を見せると、行く気満々になった。 珍しくまっすぐに車に乗る。三寒四温。今日は「温」の方のめぐりあわせ。 園の近くに着いてからも、道草の度合いは少ない。ただし、目を離すと逆走をしようとする。植木鉢製ピノキオの方の道を行く。 「はなー、はなー」 見ると、玄関先に、色とりどりの ちいろ、むらさき、赤、白 花に魅入っていた子が、急に園に向かって一目散に掛けだした。三叉路に出る瞬間に、 「ストップ!」 と命じたが、命令が足に伝わった時には、少し飛び出していた。・・・・いや、何事も起こらなかったのだが、最低、「ストップ!」と言ったときには、条件反射的に体が制止するようにしておきたいのよ。 ちょうどいいものが見つかったので、うちに帰って、Blue's Cluesに出てくる、Notebook(ノートブック)を作ってみた。表紙に、黄緑色の色紙を貼り、「てぃんてぃんてー(thinking chair = 肘掛け椅子)」の絵を描いたのだが、子が気に入ってくれるかどうか。あと、今朝折れた、黄色クレヨンの補修を試みているが、どうもうまくいかぬ。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/3(日) ↑↓ →題名目次 | はたろー 生後877日(2歳4カ月23日) |
私の3食目は、納豆ご飯(途中で納豆除去)と冷や奴(ショウガ抜き)と唐揚げとお吸い物。これでも喉をやっと通したという感じ。頭もガンガンする。今日は寒かったからなあ。でも、子の晴れ舞台に参加できるのは初めてなのだ。ここは親として無理の一つも通さねば。 子は、食後も食卓椅子に陣取って、いろいろ持ってくるように指図する。病児の世話をするより、病時に幼児の世話をする方がしんどいぜ。 「はたろー、てってー!」 というのは、「ハム太郎、取ってー」である。最近、アンパンマンふりかけとハム太郎ふりかけを交互に食べ分けており、ハム太郎ふりかけには指人形大のフィギュアが付録についている。これもコンプリート(すべてを収集すること)されるんだろうなあ。 「ミッキー、てってー!」 何を言ってるかわからず、子がヒスを起こし、私も対抗ヒスを起こしたが、文字通りであり、「ミッキーのお絵かきボード、取ってー」が正解。だって、ミッキーマウスのことは、「ちゅーちゅー」以外に聞いたことがなかったから。ハム太郎との差異を表現する必要上から使い分けているのだろうか。先日の亀のこともある。子は、語彙を出し惜しみしているらしい。 昨日もそうだったが、触ると熱がこもっているようだ。しかし、体温計には現れない。妻と鶴首協議の結果、今日は入浴させることに決定した。 風呂から出て、ボタンが並ぶ服を着せる。途中から、自分でボタンを留めることにこだわり始めた。がんばれ。 「ボタンどこー」 ボタン穴を教えてやるだけで、延べ3つのボタンを留めて満足してくれた。なぜ「延べ」かというと、1つ留めたのが外れて、それに気付かず、また留めたから。その間、ちょいとはみ出した私のナニを指さして、「あっ!」と言われてこっちこそ「あっ!」で恥ずかしい・・・・。 その後、寝るまで、Blue's Cluesのビデオと、自分の今日のビデオとを同時に見ながら、おゆうぎを演じることに余念がなかった。昨日とかおとといとか練習すればいいのに、今になって。 Blue's Clues(イヌのブルーの残した手がかり)を見ながら、 「クルー!(手がかり)」 「てぃんてぃんてー(thinking chair = 熟考のための椅子)」 とか、英語を口にするようになった。将来が楽しみである。 昼寝を3時間ほどしたにもかかわらず、今日は疲れたのか、早々と寝てしまった。父は、お遊戯会が終わって帰る前に、肩の高さの石段から補助無しで飛び降りて、べちゃ!とカエルのように倒れた姿を思い出しては思い出し笑いをしている。いけないお父さん。 ↑翌日へ →題名目次 |
| 2002/3/3(日) ↑↓ →題名目次 | 雛祭り=お遊戯会「ふたあつ」 生後877日(2歳4カ月23日) |
昨夜も昼寝の時も、まるで悪魔の咆哮である。 「寝ろってんだろ!」 「動くなてるだろ!」 普通ならそれで寝るとは思えないが、割合、効くのが不思議だ。 が、昼寝の時は違った。子は寝る気配もなく、やがて、 「それじゃない! もっと奥だってるだろ!」 というような叫喚が聞こえた。後で聞くと、寝ずにふらふらしていた子が、大量の大便をして、私でさえいつも探しあぐねる大便用おむつを子自身に探させていたのだという。 午前中の大業、お遊戯会の主人公を務めた吾子よりも、輜重しちょう部隊として後方支援した両親の方が明らかに疲れていた。 私は徒歩で、斥候隊として乗り込み、場所取りをしておいた。母子は自転車でやってくる。 お遊戯会開演に先立ち、園長の挨拶。 「今日の主人公は園児さんたちですが、後ろにいる先生方にも感謝下さい」 の、「後ろにいる先生方」のところで、最前列に陣取っている園児たちが、いっせいに後ろを振り返ったのには噴き出しそうになった。もちろん「後ろ」とは、「舞台裏=裏方」こと。 先日リハーサルを見ている私は、ビデオを撮りながらも今度は全体を見ることができた。10人ほど居並ぶ1歳児の中で、とりあえずでも音楽に合わせて体を動かしているのが4人ほど、1人は吾子よりも目立つ派手な動きをしているが、よく見ると単調な動作を繰り返している。きっとこの子は要領よく自分をアピールできるのだろうな。吾子ともう1人は、似た複雑な動きをしているが、子の方が遙かに動きが大きい。見かけは荒削りだが、おそらくこれが演出者の意図を最も体現した振りであろうと、父親は感動するのであった。 早々に戻ってきて、昼飯。私の食べようとしたうどんの半分は食べた上にハッシュドビーフを食べたので、朝からお茶漬けとうどんの残りしか食べていない私より大食いだ。 私の喉は最悪で、寝ている間に、飲み物を飲むだけで焼け付くような痛み。必ずうがいをしないと飲み物も飲めないのだ。 ↑この日の先頭へ ↑↑翌日へ ↑↑↑ファイルの先頭へ ↓↓前日へ |