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吾子の成長記(ako050.html)

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2002/3/13(水) →題名目次
関西弁・吾子 生後887日(2歳5カ月5日)

 昨日も歩いたおかげでかなり疲れていたはずだが、布団に入ったのは遅かった。眠りに落ちるのは早かったが、起きるのは案外早かった。
 私の方は、昨夜、子が眠りに落ちるころ日記を書き終え、そのまま眠りの世界に引き込まれてしまった。そのあいだ、
  「日記をウェブにアップしなければ・・・・」
と思いつつ、眠りの浅瀬を浮きつ沈みつしていたが、体が動かない。1時間ほど経ってやっと体を起こし、アップ完了。そのままこんどは眠りの深瀬に沈み込んでしまった。古典の引用4つめだから、衒学ペダンティック四重奏だな、と洒落にほくそ笑みながら。
 午前1時、目覚めて日記の修正をして、在宅の仕事に取り組んだ。3時半まで。

 子は、あまり機嫌も良くなく食欲もない。朝から母さんにずいぶん怒鳴られていた。
 ハサミで小さな色紙に切れ目を入れる。適当に切れ目を入れているだけかと思ったら、幼児畏る可し、
  「おわけ(おばけ)」
といって切れ目を入れた数枚は、すべて、下辺から垂直に上方に向けて中央辺りまで3〜4本の切れ目を入れて足に見立て、右辺から1本、左辺から1本、それぞれ中央辺りまで切れ目を入れて、顎に見立てる、そういう形になっていた。

 昨晩からそうだったと思うが、今まで、
  「わんわん!」
と名詞を裸で用いていたのに、
  「わんわんヤ!」
と断定・陳述を表す語尾を付け始めた。「だ」とうまく発音できず「や」になっているものだと思われるが、どこからか関西弁の影響を受けたものであるとの若干の可能性も否定しきれないでもない。そうすると、
  「あーなたのお名前は?」
に対して、
  「吾子ちゃんでしゅ!」
といっていたのが、
  「吾子やんでっせ!」
とかになるのかもねん。
 関西関係の方、でたらめ書いて申し訳ありません。
 お詫びに、時間が掛かりますが、ここをクリックしてごらんになってみてください。

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2002/3/12(火) →題名目次
お花くんくん 生後886日(2歳5カ月4日)

天平勝宝二年三月一日の暮に、春の苑の桃李の花を眺矚めて作る歌 大伴家持
春苑 紅尓保布 桃花 下照道尓 出立孅嬬

(春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つをとめ)
--------------「万葉集」(巻19・4139)

 またも言いくるめられて私がお迎えに行く。今日も散歩で帰ろう。
 昨日、図らずも「せせらぎの里」に通じる道に出ていた。今日は、より直接「せせらぎの里」方面に向けて、浄水場の上をまたがる跨線橋を越えて、昨日とほぼ同じルート、桃源郷ルートを経て涅槃ルートを通って帰宅した。子は、ネコに会いたいらしく、あまり寄り道をしなかったので、30分で帰宅できた。
 そう、ネコ。保育園を出ると、やはりネコがいて、それを追いかけて走ったおかげで、かなり距離を稼いだ。あとは、
  「昨日のニャンニャンに会いに行こう!」
と声を掛けると、思い出したように、
  「ニャンニャンどこー!」
と駆けだしてくれた。また、走る時は、いったん立ち止まり、
  「よーい、どー!」
と自分でいって走り始める。この時は非常に速いのだ。

 桃源郷ルートは、人が通ったばかりと見えて、スズメの軍団はいなかった。ネコも見あたらない。セキセイインコしかいなかったので、子は落胆していることだろう。抱き上げて、セキセイインコの籠に近づける。人狎れしていて、私が手を近づけると、かじりついてくるが、子は、
  「こわーい、こわーい!」
と、小鳥にまで怖れを感じている。困ったものだ。
 そこでその場を離れようとすると、隣の家のドアが開いて、三輪明宏似のおばあさんと昨日のネコが出てきた。おばあさんは見かけと違って優しい人で、ネコの話をしてくれた。群棲しているスズメを襲わないわけではなく、これまでにも数羽捕らえているらしい。
 さて、ネコだが、やっぱり子はネコを怖れて近づこうとしないので、その場を離れ、しばらく歩いて振り返ると、スズメが集まっていた。子が駆け戻ろうとしたら、人が来て、スズメは翔び去ってしまった。

 がもう咲いている。春だねえ。今日は父子ともに上着なし。道ばたに多く花が咲いている。水仙らしい花に、
  「お花くんくんしてごらん」
と教えると、その後、花を見るたびに鼻を近づけていた。非常に丈の低い花の臭いを嗅ぐときは、地べたにはいつくばって嗅いでいた。都忘れ、仏の座、タンポポなどの野草が咲いていて、他にも園芸植物がいっぱい咲いていたが、園芸植物の名に疎いのでわからない。野草もろくに知らないが。

 車が前から来るのを必要以上に怖がる。
  「ぶーぶこあい!」
といってその場にしゃがみ込む。もっと道幅があるところまで移動して避ければいいのだが、子供にそんな巨視眼的発想を求めるのは無理というもの。しかし、自転車が来ても
  「ぶーぶこあい!」
としゃがみ込むので、帰路の後半は遅々として進まなかった。また、老若にかかわらず男性が前から来ると、
  「あーちゃん(おじちゃん)こわい!」
としゃがみ込むので、最後の5分は子を抱っこして帰宅せずをえなくなり、昨日よりずっと疲れた。

 喉が渇いたのだろう。ジュースを飲み終えた後で、
  「いじゅ! いじゅ!」
と求める。水のことかと思ったらさにあらず、「ミルージュ」という飲み物のことであった。

 ビデオで、「たろうちゃんのあかちゃんがかぜひいた」をやっている。子は、人知れず、所作を真似ていた。いずれ、我々に披露してくれることだろう。楽しみである。

 寝る前、自分の足の親指の爪が黒くなっているのに気付いた。もちろん、爪と肉の間にカスが詰まっているだけなのだが、子は、
  「ピンクー、ピンク取ってー」
という。どうも、ピンク色に塗って欲しい、といっているようだ。弥縫びほう策としては悪くないが、当然、爪のあいだのカスを取ってやることで対処した。

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2002/3/12(火) →題名目次
あなたのお名前は? 生後886日(2歳5カ月4日)

掲諦、掲諦、波羅掲諦、波羅僧掲諦、菩提、薩婆賀
(至らん、至らん、涅槃に至らん、究極の涅槃に至らん、完全に成就せん。)
--------------「般若波羅密多心經」より

 呆然とした状態で、再面接時間を決めてしまったので、しわ寄せが吾子に来てしまった。ここしばらくの吾子の登園時間とかぶってしまっているのだ。
 というわけで、朝6時半に妻を起こして、私は2度寝。追試に出かける妻が食事を与えて出かけたあと、そんなに経たずに子を連れて出る。
 もしかしたら、子は、父親の雰囲気を察する力があるのかもしれない。今日みたいに時間が押しているときは、寄り道も控えめだ。・・・・そんなことはないか。充分いままで困らされてきたか。喉元過ぎれば、だ。
 まだ1歳児たちが2階に上がっていない時間に到着したのは久しぶりだ。私への挨拶もそこそこに、放映されているTVかビデオの列に向かう。今日も楽しく過ごせよー。

 帰宅して車を駐車場に戻した私は、一路、新しい保育園へ。
 保育園の梯子。昨日通ったルート(桃源郷ルート)は、一昨日、カンで発見したルートだが、もっと近くて安全ルートを発見した。かつて子が近寄るのを避けたお寺さんの脇を通るルート、名付けて「涅ねはんルート」である。昨日、子と彷徨っているとき、涅槃ルートと桃源郷ルートを股に掛けていたのだ。子の歩くにまかせて進んだ成果。人生も寄り道や道草は大切だろう。
 そういえば、昨日、近所の顔見知りのおばさんにあった。そういうとき、よく、
  「いくつ?」
とか、
  「お名前は?」
と訊かれるようになったが、ろくに対処を教育していない。昨日は、「お名前は?」の方だったが、ふと思いついた。
  「お遊戯会の時のやり方をすればいいのだ」
お遊戯が始まる前に、子供たちの紹介の意味があるのだろう、保母さんが、
  「あーなたのお名前は?」
と歌う。すると子が、
  「吾子ちゃんでしゅ!」
と答えるように刷り込んであるのだ。家でも何度もやらされた。私は、この歌を人前で披露したのだ。これで子が答えてくれなかったら、いい恥だが、ちゃんと自分の名前を告げてくれて難を逃れた。
 子は、おそらくまだ自分の名字を知らない。両親の名前も知らない。その証拠に、
  「パーパのお名前は?」
  「パパでしゅ!」
なのだ(だが、先日、私が妻を名前で呼び捨てで呼ぶと、子も復唱し、母親を呼び捨てで呼んでしまっていた)。
 そのおばさんに人なつこく、
  「ベェベェ(バイバイ)」
を繰り返してその場を去ったが、子は、興が乗ったら見知らぬ相手にいきなり「ベェベェ」をかますことをするようになった。昨日も、家屋解体工事のお兄さんにやっていたが、上野動物園に行ったときも、ベンチや芝生で昼食を召し上がっている方々に「ベェベェ」を乱発しながら通っていた。まあみんな無視していたが、ホームレスとおぼしき方々だけが、子に手を振り返してくれた。昨日もお兄さんが手を振り返してくれたようだ。



タコ(吾子作)


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2002/3/11(月) →題名目次
桃花源 生後885日(2歳5カ月3日)

阡 陌 交 通、鶏 犬 相 聞。
(阡陌せんぱくこもごも通じ、鶏・犬 相あひ聞ゆ。)
-------------- 陶潜(陶淵明)「桃花源記」より

 今朝、駐車違反で車を持って行かれるを見た。子に、
  「パパ、車ないねー」
と言われる情けないだ。夢見を畏れて、今日のお迎えは徒歩で行く。
 Rさちゃんのお母さんに、
  「転園なさるんですってねぇ」
と言われて、なんて言えばいいか困っちゃった。Tカちゃんは、おばあちゃんに迎えに来てもらって、本殿の上で身だしなみを整えている。ばあちゃん居たって平気だ。ハイタッチ。
 そもそも1年前、子の送り迎えを私がするときは、おおむねベビーバギーを使っていたから、徒歩でしていたわけだ。もうこの保育園まで送迎するのはあと何度だろう。そう思うとしみじみとした気持ちになり、加えて、昨晩の「迷子感覚」の快感を思い出し、歩いたことのない道----しかもどこに続いているか分からない道を、子とともに帰ることにした。
 さまよっているうちに、今朝、面接に訪れた保育園の前に出た。運命なんてものではなくて、途中から、ああ、こう行けばあそこに出るなあ、とカンが働いた結果だ。
 今朝、通った道筋に、セキセイインコの籠を表に出している家があった。帰りの今もその家の前にさしかかったが、道路にスズメがうようよ群れている。子が、
  「ぴーぴーー!」
と駆け寄ると同時に翔び立ってしまってかわいそうだった。
 ふと、見ると、彫像のようなネコがセキセイインコの籠の下に寝そべっている。スズメがいた手前だ。コンクリートの風景に溶け込んだ保護色で、子に、
  「にゃんにゃんがいるよ」
と1m前のネコを指さしても、周囲をきょろきょろ見回して、2〜3度注意を促す30秒ほどは気付かなかったくらいだ。
 そのネコは、私がなでても動きもしない。人狎れしている。しかし、子は、怖れて、1m以上近づこうとはしない。それでも、ネコにバイバイして去って20mほど行っても、3度もネコの前に戻ってきたから興味津々だ。
 陶潜「桃花源の記」に、後世、桃源境と呼ばれ、理想郷として知られるその村は、「畑の条里はしっかり区切ってあり、犬の鳴き声も鶏の鳴き声も聞こえる」とあるが、も咲こうかという季節、路地の途中に現れたその場所は、スズメが目の前にいてもネコは襲わず、頭上のインコを守っていて、人を畏れない夢のような場所である。
 帰宅まで、1時間かかってしまった。

 早速、一緒に入浴。私が子にお湯を掛けるマネをして、重いはずの洗面器一杯のお湯を肩から掛けてくれる。浴槽の中では、ガーゼを使って、カメを模して見ると喜んでくれたが、中に空気を入れて、タコとやると、
  「こわい、こわい! ないない、ないない!」
とすぐに止めさせられてしまった。

 入浴後、歯を磨きたがる。いつも、妻のを使っているので、それを渡すと、
  「はたろーシュッシュ」
という。どうも、自分専用の幼児用歯ブラシを求めているようだが、ハム太郎の歯ブラシだっけ?・・・・見ると、その通りであった。よく見てるなあ。
 子が、「かもい!」というと「カモン!」のことで、英語なのだ。呼ばれるとすぐ行かねばならぬ。そのくせ、こちらのリクエストはなかなか聞いてくれず、ばあちゃんちで味をしめたチーズだが、いっぱいあるくせに(飴のようにひとつひとつセロファンでくるんだチーズ)、パパにはひとつもくれない。子の目を盗んで、ひとつ失敬した。

 今日は、私が疲れさせたせいか、寝るのが非常に早い。子が、掃除機のホースを持って掃除のマネをするのを妻に禁じられて大泣きしたとき、
  「今日、ニャンニャンいたねえ」
と話しかけると、泣き止んで、夕刻のネコやらスズメやらの話を、身振り手振りを交えて話し始めた。これまでは、こういうとき、気を逸らすのに、モノで釣っていたが、必ずしもその必要がなくなったわけだ。ことばで解決できる。それでこそ、人類である。



アンパンマン(吾子作)


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2002/3/11(月) →題名目次
しっかり吾子さん、だめだめ父さん 生後885日(2歳5カ月3日)

 やはり私が駆り出された面接。時間ぎりぎりだ。ほぼ、全行程を、子を抱っこしたままで小走りに行く。
 先方の手違いとかで、母子手帳など携行品を知らされていなかったし、事前に渡されて記入して持参するはずの書類も渡されていない。母子手帳などを持ってきてもらうよう、うちにいる妻に必死で電話をするが、出ない。何をやっとんだー!
 母子手帳などは後日にしてもらい、書類などはその場で書くことになったが、実は、私はふだんから現住所さえちゃんと言えないのだ。不審尋問でもされたら不審度アップ間違いなし。先日も、実家で書類を書いたときに、実母に、
  「その住所は昔のでしょ」
と指摘されて、よく見ると、前の前の住所を書いていた。ふだんからそんな始末だから、
  ・パニックと緊張
  ・老齢による記憶力減退
  ・もともと世事に疎い専門バカ
  ・スーツのタグが付いたままであるのに気付いた(後述)
などの複合原因により、現住所はおろか、子の誕生日まで思い出せない、勤務先電話番号を知らないで凍り付いてしまった。
  「ご自宅でゆっくり書かれて、明日、またいらしてください」
「宿題」を言い渡されてしまった。
 上記、「スーツのタグが付いたままであるのに気付いた」というのは、今日のために、今朝になって新品のスーツを卸したのだ。我が家には、意外に新しい衣装がストックしてあり(無意味!)、今回のは、1年ものの熟成品(1年前に買って一着も箱から出していない。他に、2年ものも貯蔵されている)で、充分調べてタグの類を外したはずなのだが、首根っこのところでタグがひらひらしているのに面接中に気付いた。隙を見て外さん、と思ったが、なかなか機会がなく、その間上の空状態だった。
 その間、子は、その辺にあるおもちゃを使ってひとり静かに遊んでいたようだ。「ようだ」と言ったのは、私はただもうパニくっていて、視野狭窄状態にあって、応対している保母さんが、注意を促してやっと子がひとりでしっかり遊んでいるのに気付いた始末。子は、フェルトで作られたさかなをきれいに一列に並べていた。そのさかなは、目がボタン、尻尾にボタン穴があり、のちに、ボタンをボタン穴に入れておさかなたちをすべて一列に繋げていた。
 それにしても、保母さんも園長もプロである。保母さんは一瞬で、園長も会った瞬間は子を身構えさせたとは言え、すぐに子をうち解けさせていた。外ではあんな人見知りなのに。
 看護婦さんが登場して、体重身長頭周胸囲を測ることに。裸にすると、体重計にも身長測定器にも、何も言われずとも乗ってじっと計測を受け入れている。メジャーで頭周、胸囲を測るときも、静かである。看護婦さんが、
  「まあ、まあ、1歳児なのにしっかりしてますねぇ!」
3度ほどこれを口になさったところを見ると、本当に驚かれていたみたいだ。おうちの住所も言えないダメな父さんに比べて、本当にしっかりした吾子さんだ。・・・・しかし、うちでのやんちゃさと比べて、なんと外面のいいことだろう。
 ものの10分ほどで済むと高をくくっていた面接は、1時間掛かってしまった。妻を呼びだして、遅れながらも、現在通っている保育園まで送ってもらうべく引き渡した。私の緊張はその時も続いていたようで、ずいぶん離れてから、自転車の後ろから私を振り返っている吾子を見て、
  「いってらっしゃいも言わず、目も合わさずに送り出しちゃったな・・・・」
と淋しくなって小走りで追いかけて声も掛けたが、妻には聞こえず二人の姿は見えなくなってしまった・・・・。

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2002/3/10(日) →題名目次
春宵一刻値千金 生後884日(2歳5カ月2日)

春 宵 一 刻 値 千 金
花 有
清 香月 有

(春宵一刻値千金、花に清香有り月に陰有り。)
-------------- 蘇軾(蘇東坡)「春夜」より

 明日、新しい保育園の面接で、なぜか妻は行かず、ジェントルな私が駆り出されるのだが、場所を知らない。それで、下見を思い立ったのだが、うちを出て気付いた、「保育園の名前をはっきりと覚えていない!」・・・・地名を冠したありきたりの名前なので、そうなのだが、近所にそんなに保育園が乱立しているはずもないから大丈夫だろう。
 結婚前からこの地に盤踞しているのだが、表通りに面したところに家があるので、ちょっと裏手となるとほとんど足を踏み入れたことがない。現に、たぶんこうもあろうと思われる小道を野生のカンで進むのだが、うちから十数mほどしか離れていない場所なのに、見たことのない光景が左右に立ち並び、初めて歩く道であることに気付く。しかし、時は午後六時台、もはや薄暗い春の宵。暑からず寒からずの穏やかな気候。こんな空気の中を散歩できる歓びに心から感謝したい。「春 宵 一 刻 値 千 金」月は有明でまだ出ておらず、桜の便りもいまだ知らないが、下町風の小道を、道に迷うことも構わずにどきどきしながら進んでゆく胸の高鳴り。あんまりカンが冴えすぎていて、一発で保育園を発見してしまったのを残念に思う。もっと道に迷いたかった。

 子は、3時半から6時まで昼寝。起きたらハスキーボイスになっていたが、動物園で野獣のように叫んでいたからだろう。私の帰宅とともに一緒に入浴。食事も順調。それなのに就寝は11時前になってしまった。明日への一抹の不安(遅刻したりして・・・・)。
 寝るまでの間、主として、私はへたったまま、使い魔のように子を動かして遊んだ。うまく誘導すれば、言葉だけで遊べるものだ。もっとも、頭を使う分、そちらがラクとは限らないが。

 動物園の追記。
 両性爬虫類館で、子がもっとも気に入った、ふつうのありふれたサカナの水槽。自分の見たいポジションを確保するために、ほぼ同体格の女の子を両手で突き飛ばしたのを目撃した。見てはいけない凶暴な一面を見てしまった。その子は、
  「いた〜い」
といっただけで、泣いたりしなかったので、これ以上事を荒立たせる必要もないとの判断で軽くたしなめるだけで終わったが、もっと強く叱っておくべきだったかも知れない。

 昨日、卒園式のおみやげとして、ケーキと子の描いた絵とかをもらってきた。その中に、おそらく誰もが自分の所属機関で期限切れ品を押しつけられたことのある兵隊さんの絵の付いた三立製菓製カンパンがあったのだが、今朝見ると開缶してあった。もちろん、中身も減っているのだが、学校とかもらったその場で開缶して食べている人が必ずいたものだが、うちでまじめに食べている人を初めて見た。

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2002/3/10(日) →題名目次
今年も「動物園へ行こうよ」 生後884日(2歳5カ月2日)

 さっき確認すると、昨年、動物園へ行ったのは、2日前のことのようであるから、本当に、図らずも、季節の巡りとともに人は生きているのだと感じさせられる。
 6:50 の目覚ましが鳴り、起きない妻をたたき起こして、再び休ませてもらう。その妻に起こされたのが、8時過ぎ。当初予定より時間が押しているが、9時過ぎにうちを出て、開園間もない、上野動物園に到着。
 着いてまもない10時半ごろだろうか、妻が空腹で苛立ち始めた。
  「私は朝ご飯食べないの知らないの?」
といって、上野近辺で食事を摂ることを主張する。春休み間近の日曜の昼に、上野で昼食を摂る事態になることを避けようと思って早く来たというのに、とんでもないことをおっしゃる。たしかに妻は起床以来ずいぶん時間が経っているわけだが、しかし、今日はいざ知らず、ふだんの日に、起床とともに口にしているお菓子っぽい食い物の類は朝食ではなかったのか。「お菓子は別腹」とか「ケーキは別腹」という、それを地でいっているのだろうか。
 どういう返事をしたにせよ、妻が私を罵倒することには変わりがないので、父子は当初予定どおりの行動を決行する。妻の空腹を満たすため、後にしばしの別行動を取ることにして。子も私もきちんと朝食は食べてある。

 はお留守なので、まずはゾウ。なかなかいい雰囲気だ。一年前とは大違いでゾウに反応している。それを皮切りに、フクロウ(意外にも見とれていた)、そして、
  「シマ(シマジロー)がいるよ!」
と、に連れて行くが、実物を見るまでは駆けて一目散だったが、遠くにいるを怖がって近づこうとしない。しかし、の頭蓋骨には興味津々で、
  「ホネ! ホネー!」
と言って離れなかった。次のゴリラにも怖れて近づかず、頭蓋骨に興味津々であった。
 、これは昨日と同じく好評。オカピを経て、ホッキョクグマノワグママレーグマヒグマも、好評。子が、
  「クマー、クマー!」
と呼びかけると反応するヤツがいて楽しそうだった。周囲の観客に笑われていたが。

 目立たないラマとにらめっこして、「こども動物園」へ。ここは動物が放し飼いになっていて、昨年、子が動物を平気で虐待していた場所である。当初、父子二人だったが、懸念どおり、ヤギが近寄ってきても、
  「こわいよー、こわいよー!」
と逃げ回る。実に昨年の姿は、「物怖じしない」というふうであったが、今年はびびりになりさがっている。柵の向こうのポニーを見ながら、なでなでするよう促すと、
  「わんわん、いしいし、わん!」
と説明してくれた。イヌをかまって吠えられた時のことを繰り返しているんだろう。
 ヒツジが「うんちん」するのを見たり、小屋から突進してくるブタに怖れたり、カモ類の水飲みを真似ているうちに、妻と合流して、妻の指導でなんとかヤギをひとなでしたが、その後、ヤギがすり寄ってくると、ぴゅーっと全力で逃げ去って、泣いていた。
 それから、寝ているカバが運良く欠伸をしたのを見て、尻を向けて寝ているサイを後目に、
  ワニー!
を繰り返す子に、しあげとして「両生爬虫類館」に。昨日と同じく、水槽の生物が多く、どうも子は、こちらの方がお好みのようだ。オオサンショウウオワニオオトカゲゾウガメなどが気に入ったようだが、もっとも気に入ったのは、ふつーのイワシ様のさかなであった。

 帰りは直通に近いバスに乗って帰宅。もう2時前なので、充分空腹な子は、私の手から昼食を食べて、しばらく前から昼寝に入った。今頃、動物たちの夢を見ているだろう。帰宅後、「はっけんずかん どうぶつ」で復習をしたことは言うまでもない(でも、「なぜなにQAさかな」の方をより開きたがったが)。



まんぼう


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2002/3/9(土) →題名目次
吾子、マル秘報告 生後883日(2歳5カ月1日)

 たぶん吾子が昼寝に入ったのは4時半ごろ。その前、私がうとうとしている間も、吾子が徘徊している足音がしていた。
 突如、添い寝(実は先に寝入っていた?)していた妻の怒号がして部屋から出てきた。子も、母を追って出てきて、
  「はよー!(おはよう)」
と私のもとに来る。??妻の怒りと子のにこやかな顔のアンバランス。子が、私に、
  「牛乳こぼれちゃった」
と報告したのですべてが明るみに。「こぼれた」じゃなくてお前が「こぼした」んだろ! 自動詞と他動詞の使い方を間違えている。
 そのまま寝ずに私の部屋をうろうろしていたが、急に、
  「うんちん出たねー」
と報告。子は、便意があるときは眠れないのだ。今回もそうだったようだ。大便処理後、わりと速やかに就眠。

 というわけで、「昼寝」から醒めたのは6時半。おそろしいことである。取り急ぎ、私と入浴。
 妻が食事を与えているときに、ご飯の固まりをお茶の中に落としてしまった。子が、
  「パパ、いちゃ(お茶)! いちゃ(お茶)!」
と、コップの中を指さして妻を糾弾する。もう、パパはわかっているったら。

 使い切りカメラに興味がある。もう使い切ったから渡してやると、
  「パパ、チーズ!」
といって、ポーズを取ったり取らせたり。チーズといえば、昨日ばあちゃんに食べさせてもらったチーズが気にいったらしく、水族館から帰宅後の昼食で要求されて困った。うちにはないし、妻がいないので買い出しにも行けない。ところでチーズは、ハム太郎のガチャポンに入っていた「立て札」の色がチーズ色していたことから思い出したようだ。そのガチャポンの中身は、小園芸で、人工土と花壇と種と「立て札」のセットで、ハム太郎フィギュアは入っていない。子のがっかりしたこと。ふざけんな、こんなもの入れとくんじゃねえ! 子が、チーズ代わりに「立て札」にかじりついていたのは不憫であるのお。

 子をおんぶしたまま手を離す(むろん、布団の上でだ)と落下する。楽しいらしく、何度も要求されたが、そのうち1度は、落ち方が悪かったようだ。子が、自分の鼻を押さえて
  「あや(足)」
と言い始めたときは、何かと思ったが、身振り手振りを交えて、その押さえた鼻を、私の足にすりつけて、「バーン」と報告したところから、落下したときに私の足で鼻をこすったことを伝えたかったようだ。

 Blue's Cluesのビデオは、だてに見ているわけではないようだ。これから起こる番組内容を身振りで予告したり、複雑なダンスをそれなりにまねている。寝る前、こっそり見ていると、ひとりでビデオの前でスティーブのマネをしていた。器用である。

 ちゃんと寝てくれるかどうか心配したが、11時過ぎた今、寝付かせ完了した、との妻の報告があがった。
 今日は、子が、みずから報告することで、状況を理解できたことが多かった。成長していることを噛みしめる。

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2002/3/9(土) →題名目次
水族館へのいざない 生後883日(2歳5カ月1日)

 昨日寝た時間が時間だけに、今朝は何時に起きてくるか気が気でなかった。当初、土曜日は家族3人で動物園へ行こうと決めたが、妻はなんかサイン会があるのを忘れていた、とか言って脱落。そこで、そのサイン会に近い、サンシャイン水族館に決めたのだが、昨晩になって強硬に中止を言い立てた。まったくもう、毎度ながら気分と思いつきで人の鼻面を振り回すのは慣れっこだが、人をその気にさせておいて、滑走をして離陸しかけたところで叩き落とすのだけはやめてほしい。私はどちらかというと、不言実行型で、エンジンが掛かったら行動を止められないのだ。こうなったら、父子二人で行く。昨日からそのための準備(「なぜなにQAさかな」による予習)をしていたのだ。
 したがって今日の行動は、ほとんど独断による暴挙である。何があっても私の責任、細心の注意を払わねばならない。

 8時頃、私が目覚める。子は、まだ寝ているようなので、昨晩仕上げた仕事類を投函しに行こうと服装を整えてからもう一度、子の様子を見ると、寝ころんだまま目を開いてこちらを見ていた。
 妻を起こさないように、手真似で子を招き寄せるが、ぼーっとしたまま動こうとしない。しばらく見ていると、
  「ふん!」
と鼻水を噴き出す。
  「おいで、拭いてげるから・・・・」
やっと呼び寄せることに成功。8時40分。サンシャイン水族館の開館は10時。獅子奮迅の働きで、子にシリアルと食パンを食わせ、服を着せ、髪を留めてやり、体温が平熱であることを確認し、9時40分にはうちを出た。寝たきりの妻には、我々を止める気力はないようだ。あえて起こさなかったのは正解だった。うちを出さえすれば、もう誰にも我々を止められない!

 10時過ぎには水族館に入館していた。順路を無視して、まっさきにイルカ、アシカの水槽、マンボウの水槽を見せたのは失敗だったかも知れない。あまりのおどろおどろしさに、子が、
  「こわーい!」
を連発して、近寄ってくれなかったのだ。小さい奴らから見せるべきだった。順路無視ついでに、マンボウを背景としたプリクラを撮る。
  ・・・・ただいま作成中です・・・・
がたっぷりの時間表示されて、写真が出てくるか、と思ったら、チャリン、チャリンと硬貨が返却されてきた。
  ・・・・用紙が無くなりました。係員にお知らせ下さい・・・・

うるせえ!


 ケチがついたところで、正当な順路に戻る。小さいさかなたちには、恐怖を感じないようだ。昨日、「予習」しておいた魚類がふんだんに登場する。
  「パパ、見てー!」
と私を呼び寄せる。歓喜で興奮状態だ。あー連れてきて良かったー!動物園ほどのダイナミズムはないと思っていたのが、そうではなかった。最近の水族館は魅せてくれるのだ。
 10:30 からの「水中トーキング餌付けショー」は見ることができた。エイはいつ見ても不思議なやつである。11:45 からアシカショーがあることはわかっていたが、その15分前に離脱。
 水族館の入場料は、大人:\1,600、4歳以下無料だが、60F展望台券付きは、\1,900。私自身は、この建物の59Fでバイトをしていたことがあるので、展望に興味はないが、快晴で見晴らしはいいし、子の高所適応具合を確かめて見たい。
 水族館から展望台の移動は、けっこうめんどうだが、子はあまり疲れていないようなので、挙行。さすがに、窓に顔を押しつける度胸は持ち合わせていないようだ。ごくフツーの高所適応具合にすぎないようだ。3分ほどで離脱。子が気に入ったのは、耳抜きが必要になるスピードのエレベータの昇降で、
  「おっかい!おっかい!」
といわれても、そのためだけの出費はねー。なお、最上階のハム太郎のガチャポン(\200)を買わされたが、今日の出費は、プリクラ(別のマシンで撮り直し)代を併せて、\2,700である。駐車料金は \1,000 になるはずが、タバコを買って無料にしてもらえた。

 帰りの車は、近道を狙って、かえって急がば回れになってしまった。卒園式を終えた保育園に立ち寄り、記念品を貰って帰ると、12時半。家の前で、11時半には池袋でサイン会に出ているはずの妻と出くわした。これから出かけるそうだ。意味不明である。
 うちに帰って「復習」。子の印象に残ったのは、マンボウハコフグ、次点はカエルカメのようだ。うちを出てから帰るまで、何も口にしていないし、車中以外は歩きっぱなしだったが、元気が有り余っている。お出かけはこうあるべきだ。ヒットエンドラン、早めに出かけて早めに帰る。
 2時過ぎて、無意味に出かけていった妻がうなだれて帰ってきた。これから昼寝だ(家族揃って。妻は午前中いつまで寝ていたのか恐くて訊けない)。

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2002/3/8(金) →題名目次
いぼ養生 生後882日(2歳5カ月)

 昨夜、「これからちょっと(仕事が終わるまで)がんばります」と書いたが、実は日記を書いた直後に意識を失ってしまっていた。ツケが今日に回ってきている。

 ところで、ばあちゃんちからの帰路に、「寄り道をしていた私」は、本屋で、「なぜなにQAさかな」(世界文化社)という書籍を買って帰っていた。昼寝、といっても夕方までぐっすり寝ていた吾子は、起きると同時に、ばあちゃんからもらった「吾子の」ハサミに飛び付いたが、しばらくチョキチョキやっていた。そして、私に切り絵のリクエスト。ホネを3体、お化けを3体その他を作らされた。最初、
  「うわけー」
とリクエストしてきたときには、お化けのことだとはわからなかった。子が、
  「ぶーぶ」
というもんで、そういや今日は大きいぶーぶ、バスに乗ったな、と思って乗用車の切り絵を作ると、すごく不審な顔をしている。あっ!「ぶーぶ」とはブタのことか!

 適当なところで、「なぜなにQAさかな」に注意を促す。子にとって、一番ウケたのは、フグであった。お互いにほっぺをぷーと膨らませてちゅーをする。これは寝る直前まで何度も繰り返した遊びだ。
 まあ結構元気よく暴れ回り、11時過ぎた今に至るまで困ったことに眠りに落ちていないが、それまでに、急に、
  「もっかい(もう1回)!」
と言ったら、「なぜなにQAさかな」でお勉強すること。ただし、パパにお勉強させるのだ。「なぜなにQAさかな」を、こちらに向けて開いて、
  「じゃじゃーん」
と子が言う。写真を見ながら、
  「これはなんですか?」
と吾子先生に質問するのだ。で、時間が経つと、
  「おしまい」
と、「」を高く発音して本を閉じるのだ。

 時間を戻して入浴タイム。子は、いつものチョコランタンメンバーと「あっちゃん」に加えて、プラスティックのコップを持って入ってきた。それで、スプーなどにお湯を掛けてやるのだが、私の左肩には、いつの頃からかいぼがある。といっても、できてたぶん数年は遡るまいが、当初、潰れる前の水疱瘡のような小さな白いいぼだったのが、白いままでだんだんと膨らんできて、今や、大きさも色も成人女性の乳首のようになっている、見たことないけれど。形状から考えても、我がうちなる母性の現れだと確信しているが、子が、そのいぼに丁寧にコップでお湯を掛けてくれた。まるで養生してくれるかのように。

 そうそう。ばあちゃんちでのこと。ばあちゃんが折り紙で作ったお雛様が吾子を待っていた。お内裏さまとお雛様のほかにも三人官女や五人囃子の一部からぼんぼりまで揃った、一体一体何枚もの折り紙を重ねて折ったお雛様で、まだ子には理解できないかも知れないが、最高に心のこもった雛祭りであろう。子は、お雛様を、「ひめ」、お内裏様を、「との」と呼ぶ。大外れではないが、どうかなあ。

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