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吾子の成長記(ako047.html)

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2002/2/24(日) →題名目次
腹筋運動義務化 生後870日(2歳4カ月16日)

 玄関から入ると、ちょいと顔だけ出して、おままごと遊びの続きに戻っていった。お皿を3枚出して、それぞれにスプーンかフォークを乗っけて、大きなフライパンを借り受けて、スプーンで何やらかき混ぜている。ニンジン料理らしい。
  「はい、どーじょ、ニンジン
と言って皿を渡してくる。食べるマネをすると、別の皿からスプーンで足してくれたり、いったん空になった皿を受け取ってフライパンから中身を開けてくれる。ことわっておくが、おままごとだから、本当は何も入っていないんですよ。

 昨日は、妻から焦げ茶色の紐ピンクの紐をもらって遊んでいたが、今日はそれに黒色の紐白色の紐水色の紐が加わっていて、子は、それらを並べて何やら作っている。
  「わんわん」
  「ママ。・・・・ヒヒーン」
最初のはもちろんイヌ、次のは、「母親〈ママ〉ではなく、ヒヒーンと鳴く方の『馬〈マ〉』」ということだが、審美眼のない私には、どうにもタイトルどおりには見えないキュービズムの芸術であった。

 風呂に一緒にはいると、「あっちゃん」はすでにマジックインキで書いた輪郭が消えていた。風呂から出て、再び描かされたが、線がつながっていない部分があると、すぐに描き直しを命じられる。チェック厳しい。あとで消えたのに対する描き直しも入れて、4度ほどマジックインキを取りに走らされた。風呂のおもちゃとしては、パソコン周辺機器の緩衝材として使われていた発泡スチロール様のケースが、スプー達の舟になっている。廃物利用で経済的である。

 今日は、私が、食パンマンの小さなぬいぐるみを買って帰った。しかし、それよりも、妻が買ってきた、垂れシロクマとでもいうか、そば殻が少な目に入ったたらたらしたシロクマのぬいぐるみ、なんでも香料を滲ませて、目の上に置いて寝るのが本来の用途だが、私の遊び方の工夫により、こちらの方が遊び相手として重宝された。子に向けて、「飛び付かせる」事実は投げつけるとか、「背中に潜り込ませる」とかやると、耳がキンキンするほど歓びの悲鳴を挙げるのだった。
 私が寝そべっているところを、
  「パパ、はっち、はっち」
と起こそうとする。
  「じゃあ起こして」
と言って、手を差しのばすと子が手を取って起こしてくれる。それが面白いらしくて、何度も「起こしてもらう」のだが、シーソーじゃないけれど、私を引き起こした子がそのまま倒れ込んで、それを私が引き起こす、というゲームになってしまった。子の方は、全体重を私にゆだねているが、私の方は、もちろん子の腕力だけでは起こせない。起こされるたびに、腹筋を振り絞って起きあがる。事実上、腹筋運動の強制。ああ、明日がこわい。うそ、あさってがこわい。年を取ると筋肉痛が来るまでの時間差が長くなるのだ!

 かように、寝る前にはしゃいだもので、寝付くまでに多少時間が掛かったようだ。でも、楽しかったよね。おやすみー。

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2002/2/24(日) →題名目次
子別れ 生後870日(2歳4カ月16日)

 私が出かける準備をしているのを見て、自分も連れて行ってもらえると思ったらしい。私がしきりに、
  「パパ、お仕事でおでかけだからね、チューしよう」
とか事前に吹き込んでおいたのに効果はなかったようだ。
  「吾子、あやない」
と、布団の中に足が隠れていることを言っているのかと思ったら、玄関まで駆けていって、自分の靴を指し示す。頼みの妻、布団に横になったまま意識がとぎれているようだ。
  「早く気を逸らしてくれー」
と思うのだが、子は、お出かけモードに入ってしまった。私が上着をとると、子も、自分の上着を引っ張っている。なんとか妻に起きてもらって、子をなだめさせるが、時すでに遅し。泣きわめいて、つれてけーつれてけー、という雰囲気。涙の出勤。鼻水を流している子にチューすると、子も、わんわん泣きながらもバイバイしてくれている。戸を閉める。しかし、外に出ても子の泣き声は聞こえてくるのであった。しばらく立ち止まって足が前に進まない私であった。

 職場に到着寸前、ポケットに手を入れると小石がある。先日、子が抛り込んだものだろう。それを握りしめて、子を感じながら仕事をしたのであった。
※ 妻によれば、私の出勤後、すぐに泣き止んだという。

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2002/2/24(日) →題名目次
日曜日にも関わらず 生後870日(2歳4カ月16日)

 8時前、
  「ママ、おはよー」
と妻に声を掛けている。その後、二人そろってコン、コンと咳の合奏。子の咳は昨日と同じように断続的に、
  「コン・・・・。コン・・・・」
なので心配だ。子に「おはよー」と言って起こされたのは初めてだと言って起きざるをえなかった、とは妻の弁。
 今日は昼から横浜でお仕事なのだ。さっきから何度もゆきやこんこんを私に歌わせてお遊戯している子を置いて、日曜日にも関わらず、一家早めに起きて出勤である。先週に引き続き、「刑事ナッシュブリッジス」を見るのは諦める。見ると、子に食事を食べさせた妻はまた横になっているじゃないか。日曜日だねえ。では、そろそろいってまいります。

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2002/2/23(土) →題名目次
アメリカナイズド吾子 生後869日(2歳4カ月15日)

 Blue's Cluesばかりみているせいか、身のこなしがアメリカンぽい気がする。音楽を聴きながらの身の揺らし方とか表情とか。
  「イェーイ!」
とやるときの指付きなんか堂に入っている。
 子が帰宅してからのお守りからはさすがに解放されない。むしろ接する時間が短かった分、密度濃く遊んだかもしれない。
 前の日記を書いていたのは湯上がり時で、私は裸で寝そべっていた。子は、妻に倣って(?)「マッサージ」やら「整体」に取り組んでいた。子の体重でも、私の足を間接と反対に曲げて全体重を掛けると、思わず悲鳴が上がるほど痛い。まさに「整体」ぽかった。
 子が、鼻から取った小さな鼻クソを渡してきたので、ゴミ箱に捨てに立った。まもなく子が追いかけてきて、
  「ふん! ふん!」
と得意げに指先を突きつける。子の親指の爪大の茶色のかたまり、最初はなんだか分からなかった。子が得意げに突きつけたもの、それも鼻クソであった! でかっ!
 私をずっと立たせておいて遊具代わりに使う。手をつないでの「木登り」、その態勢から「体落とし」、手をつないだまま鉄棒のように前転。もうふらふら。ちょうどよい時間に、
  「ママ! ねんねー!」
と眠たがってわめきはじめて、すぐに眠りに落ちた。
 ちなみに今日の晩飯は、子もカレーであったが、その前に、フルーツトマトを3つ食い、口元と手の甲と頬が汁でかぶれたようだ。寝る前に、妻から化粧液を分けてもらい、「お化粧」をしていたが、滲みるようで、
  「痛い! 痛い!」
というので頬を濡れティッシュで拭ってやる。痛みがなくなるとまた、「お化粧」をして、
  「痛い! 痛い!」
とわめいていた。肌に悪くても化粧をやめないサガというものを感じた。

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2002/2/23(土) →題名目次
セブンイレブン 生後869日(2歳4カ月15日)

 妻の仕入れてきた情報によると、3月から我が家の最寄りのコンビニ「セブンイレブン」が「セブンイレブン」でなくなる、正確には、「7:00a.m.〜11:00p.m.」の営業ではなくなるということ。そのセブンイレブン店舗は、これまで本当に午後11時に閉店していたのだ。「コンビニ=終日営業」というイメージがあるが、最寄りのそれは違っていたのだ。高崎駅前のコンビニで、夜12時に閉店するところがあるが、それより閉店が早い、いったい我が家はどんな辺鄙な地にあるというのか!

 お迎えも妻が行った。妻、なんてやさしいのだ。そういえば今日は雨が降りそうな空模様だ。このやさしさはいつまで続くのかなあ。へへ、かあさん、今晩、晩酌1本つけてくんないかい、え?今日のご飯はカレー?・・・・うーん、酒は合いそうもない。てやんでぇ。断酒でー、断酒。
 二人が帰ってきた。いつもの、
  「パーパ、パーパ!」
という呼びかけが下から聞こえる。ああ、久しぶりだなあ。
 夜、咳き込みがちだったので(たしかに、「コン。・・・・コン。・・・・コン」と断続的に咳をしていた)、病院に寄ってきたそうだ。また少し喉が腫れ気味だとか。薬漬けの生活がまだしばらく続く。
 妻が、ドキンちゃんの小銭入れを買ってきた。小銭入れ全体がドキンちゃんの顔で、下にファスナーが付いている。開くと、ガバアと口を開いているようにも見えるので、子は、
  「こあい!」
という。私の指を小銭入れに入れて、
  「いたいよ。いたいよ」
というと子が笑う。そこで、親指を入れてから出し、
  「あっ! 親指がなくなった!」
とよくある人の悪い子供だまし、親指を内側に折り曲げて甲の方だけ見せて指がないようにみせかける悪戯をやってみた。もしかしてびっくりして泣き叫ぶかな、と思ったが、案に相違して、子は「にやり」と笑って、折り曲げてある方に回り込んでのぞき込む。うーん、一発で仕組みを見破られた。
  「もっかい、もっかい!」
と要求したあとで、自分も同じように指を財布に食わせて、
  「いび(指)、いび、吾子のいび、ないなー」
と言って、子も指を折り曲げる。でも、指を一本だけ曲げることができず、数本同時に曲がっていた。

 風呂は私と。今日も陰部を痛がった。目下、子は妻の買ってきたアンパンマン食器類でおままごとをしている。

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2002/2/23(土) →題名目次
解放 生後869日(2歳4カ月15日)

 妻も驚くくらい早い帰宅だったが、その後、うちでビール2本開けて寝るのが遅くなってしまった。今年4度目の飲酒。主として、先日までこの日記を掲載していた、www.wakwak.net の様子を見ていたのだ。というのも、おとといになってやっと、「25日で閉鎖される」というメールが来たので、それで初めて知った方たちがさぞおたおたしていることだろう、と思ったもので。偶然の発見がなかったら、それが私の姿だったはずだ。

 朝、子が繰り返し繰り返し、
  「ママ。ママ。・・・・マーマ!」
と妻に声を掛けている。酔っぱらって気にしていなかったが、そういや、妻も寝るのが遅かったなあ。妻、休みだし。いつもの日曜日のように負担はこちらに来るのかなあ、と心配していたが、子は、父はまだいないものと思っているらしく、私の方にやってこない。・・・・で、静かになった。

 昨夜、寝ている子に牛乳を飲ませる時、私も酒臭い息を吐きながら子の横に添い、手のひらに私の指を握らせてみた。退散するとき、もう片方の手を、バイバイさせながら、
  「パパ、いない」
とか言っていたそうだ、私には聞こえなかったが。

 しばらくして、子が現れた。うー、頭痛い。妻に起きてもらう。それでも応分の家事負担が要請されるだろうとおどおどしていたが、なんと、保育園に(遅く)出かける時間まで私は寝かせてもらったのだ、母子に!朝の家事から解放されるのは何週間ぶりだろう。子の水疱瘡、妻の試験期間で、子供担当主夫の任に就いてきた。もしかしたら、今後しばらくは解放されるのだろうか、妻に追試がなければ!解放される一方で、実動している間は隠然と高まっていた家庭内での発言力が、いっきに低下するのではなかろうか。影響力が排除されてしまうのは必定?

 今朝も我々の会話を耳にして、
  「じぇんじぇん!」
と復唱していた。妻によれば、昨晩、スープを飲ませているとき、
  「スプ」
と復唱していたそうだし、昨日、子を連れ帰るとき、
  「はちブンブン、はちブンブン」
と、数日前に見たとおぼしきハチの目撃体験を口にしていた。言葉が増える。でも、妻が、
  「私とあなたとの掛け合わせで、なんでこんなかわいい子が生まれたのだろう」
と親バカを発揮したとき、
  「WHY?」
と言ったのは、まさか「なんで」を英訳したわけではあるまい。ただ、
  「これ食べて」
  「NO!」
程度のことは言うが。

 保育園にも妻が連れて行く。ああ、こんなにのんびりさせてもらっていいのだろうか。バチが当たりそうだ。ああ、怖いくらいだ!子は、自転車の後ろに乗って、悲しいことに私を振り返ることなく、両手をひらひらさせながら----おほしさまぴかり、のお遊戯でもしているかの様子で小さくなっていった。

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2002/2/22(金) →題名目次
根も深ければ木も高し 生後868日(2歳4カ月14日)

 ※以下は、酔って、かろうじて「午後様」で帰ってきたときに、夕方書いた手書き原稿を忠実に起こしているものです。

 そろそろ出勤。今日は一度もチューしていないのだ。子がそばに寄ってきたので、チューしようといたら嫌がられてしまった。
  「パパ、これからお仕事でお出かけなんだよ」
と言っても知らん顔。妻も、
  「パパはお仕事なのよ、夜は会えないよ」
と助け舟を出すが、意に介さない。
  「こいつ、全然聞いてないよー」
と私が言うと、子が、
  「じぇんじぇん!」
と復唱する。普通ならムカつきそうなセリフだが、子は、父親をからかっているのではあるまい。「ちゃんと聞いてるよ」というアピールだろう。その証拠に、そのセリフを言ったあと、隣室へ入って、私のネクタイ群の中から、1本を引っ張って持ってきた。
  「パパはもうネクタイしてるからいいよ。ありがとね」
と多少当惑しながら言うと(というのも、今日みたいにうちからネクタイをして出かけるのはそう多くないから。まして、保育園に連れて行くときにネクタイ姿を見せたことなどまずないだろう)、
  「吾子のっ!」
と言って、何本も何本もネクタイを自分の首に巻き付けた。私が仕事でお出かけすると本当に理解しているのだった。

 妻が子を抱いて階下まで見送る。1〜2階の間の踊り場に立って見送る。その場所で、キューしてチューだ。バイバイして地上に降りて振り返ると、子が、両手を広げている。
  「もっかいキューと抱きしめて!」
のポーズだ。階段を駆け上がり、強く強く抱擁。
 通りに出て振り返るたびに、子はしだいに小さくなりながらも、私の後ろ影が見える限り手を振っていた。ずっとずっと振っていた。道の曲がりで私の姿が見えなくなるまで振っていた。陽の長くなった春のなま暖かい夕暮れ。

※帰宅すると子はもちろん寝ていた。ただ、なかなか寝付かなかったという。「パパばいばい」「ホネばいばい」と言っていたそうだ。起きたらパパ、いますよ。

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2002/2/22(金) →題名目次
贖罪----子を迎えに 生後868日(2歳4カ月14日)

 妻が書け、というので書くが、昨日、初めて子が納豆を食ったのに感動したそうだ。2口ほどだが。
 私は、納豆を食べない地方で育ったので、成人近くまで納豆を見たことがなかった。それでも、
納豆という食品は、地方によって食べるところと食べないところがある。

という知識は持っていて、
  私の知っている納豆とは、甘納豆。たぶん、あんな感じで、そんなに甘くないやつが納豆だろう。あれをご飯に掛けて醤油を垂らすのか。なるほど、好き嫌いの出そうな食い物だ。
本気で思っていた。独り暮らしをして、スーパーマーケットで納豆を売っているのを見て、それが非常に安いので試しに買ってみて、愕然としたものだ。トライしたが、もちろん食えなかった。3回目の挑戦で食うことが出来た。
 妻は幼少時から納豆を常食としていたはずだから、私とは違った感動があるのだろうが。

 さて、これから子を迎えに行く。半日、その時間を思い暮らしてきた。子は、父をどう思っているだろう。父にどう対するだろう。心配しいしい、いってきます。

 昨日もそうだったが、園庭で子を待っていると、2階から声が聞こえる。
  「吾子ちゃん! 吾子ちゃん!」
ふふ、保母さんを困らせているんだなあ。でも、潮垂れていたりはしないようだ。元気である。私は、反省して、少し優しく接してあげようと思っているが、子も、今朝の父を見て、なめてかかってはなるまいと、少しはおとなしくしてくれるだろう。ああ、子が下りてきた。朝とは違う服装だ。なんでも水分をこぼしてぬれたそうだ。さあ、優しく優しく。子もおとなしいかな・・・・。

  どっちもどっち

であった。別に子は父を疎んじている風はないが、このうえなくわがままであった。今日ほど連れ帰るのに苦労したことはない。私も、朝の心情に何度立ち返りそうになったことか。園内の隅といってもよいところに入り込む、地べたに寝そべる、キーホルダーを欲しがる。家に連れてはいるのに、4回は強制連行、そのたびに泣きわめいて世間体の悪いこと悪いこと。今日は、妙に陽気が良いのも、私の疲労を倍加させた。昨日までよりずっと暖かい。
 ま、うちに帰るといつもと同じ。ただ、これから夜のお仕事。いってきます。ママを困らせないでね。

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2002/2/22(金) →題名目次
吾子を泣かせて罪悪感 生後868日(2歳4カ月14日)

 妻を起こす必要もなく、吾子の明け方泣き2度で起きていたようだ。
 8時前に、私、そして子は起こされ、母の手で食事をいただく。ダノンは自力で食べ終えた。
 その姿勢でママにバイバイしたのだが、しばらくぐずぐずバタバタしている妻に気付き、子がそちらを気にしている。
  「ママにもう一度『いってらっしゃい』言うか?」
と訊ねるとうなづいて、食卓椅子の上から下りようとするのだが、自分がまだよだれかけを着けているのを気にして、私に取らせる。早く行かないとママいっちゃうよーと思いながら外してやり、子が玄関に通じる戸を開けると、妻の気配はもうなかった。
  「ママいっちゃった・・・・」
と言うのが気の毒であった。

 どうやら妻は、子のお出かけ服を出して行き忘れたようだ。大体は分かるのだが、子の髪留めが見つからない。妻の定位置は未定位置だ。髪留め様のもの....妻が先日買ってきた「静電気防止リストバンド」が見つかった。
 代用品で髪留めにして、布団にかくれんぼして、
  「吾子いなーい」
としばらく遊んで、心持ち早めにうちを出る。午前中に所用を入れたのだ。静電気が防止されているせいか(!?)うちを出るまでは素直であったが、三輪車に目を付けて、横にしゃがみこんでしまった。わめくのも構わず抱き上げて下まで降ろす。閑静な朝の住宅街に響く泣き声に、ふり仰ぐ人影ちらほら。
 いつも仮に車を停める場所がダンプカー数台に並ばれて確保できない。いつもの腰の高さの駐車場で子は遊びたがるが、所用の時間が迫るのと車のことが気になって集中できない。でも、三輪車から引き離した代償は必要かと思ってしばらく遊ばせる。陽の当たる駐車場でくるくる回っている。
 保育園到着。門の脇に遊具があるのだが、私が送り迎えした時はいまだかつて関心を示したことがない。それが他ならぬ今日、遊具に取り付く。静電気がないせいか。
 まずは淋しげに独り鉄棒にぶらさがる。・・・・まあよかろう。
 次に滑り台に登って、とろとろ滑り降りる。・・・・もう1回くらいいいか。しかし、
  「おっかい、おっかい」
と言って登ったのは、滑り台ではなくその脇のジャングルジムの中だ。閉所恐怖症気味のある私には、自分が入ったら身動きのとれそうもない枠内に子が入っているのを見るだけで胸が悪くなる。
  「さ、もう出ておいで。早く、早く」
「早くしなさい」という言葉はなるべく子に言いたくない言葉だが、どうしても出てくる。子は、まったく動じないで、ジャングルジムの中の棒にぶらさがったりまたがったり。
  「早く出てこないと、パパ、怒りますよ」
ああ、こういう脅しもあまり口に出したくない。子は、少しも意に介した様子がない。そうだ、目の高さに下りて言い聞かせて見よう、としゃがんで、
  「みんな待っているよ、早く出てきなさい」
おお、この、「みんなが〜だから」というセリフも吐きたくなかったのに。典型的に子供が嫌がるような言葉を発している自分が嫌だ。おそらく、私の顔は、子が危機に瀕しているとき以外には子に見せたことのない形相だっただろう。自分で言うのもなんだが、おそらくほとんど子を怒りにまかせて叱ることはなかったと思う。
  「は・や・く、来・な・さ・い」
尋常ではない父親の怒りの表情に、子の顔は見る見る赤く歪んで、下唇を突き出し、
  「ひぇーん」
そしてジャングルジムから出てきた。その後、手を引いて建物に入り、2階で保母さんに引き渡したときも、ついぞ飛び出した唇と悲しげな目元はもとに戻ることはなかった。いつもなら泣いた後、自分から、
  「はな、はな」
と言うのだが、それも言わない。それでも洟は拭いたが、それでハンカチが汚れたので目は保母さんに頼んで拭いてもらった。いつもと同じように、バイバイで送り出してくれるのだが、恨めしげな目で私を見ていた。これならまだ素っ気ない方がよい。
 子の、涙をこらえて下唇を突き出しているあの顔は、今に至るまで脳裏に刻みつけられて消えない。今日は夜のお仕事だが、出勤ギリギリになっても、罪滅ぼしにも子のお迎えを買って出たい。いつもの何の憂いもない顔をしっかり見ておきたいのだ。ごめんよ。

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2002/2/21(木) →題名目次
満身創痍か吾子 生後867日(2歳4カ月13日)

 迎えに行く。園内で肩の高さからジャンプ。先日は私の介添えなしに転んだところだ。園長が出てきて話しかけてきた。子は園長には人見知りするのだ、幸いに。早々に退散する、が、また葉っぱを求めるので、抱いて園内から脱出。
 気のせいか右足をひきずっている。靴を逆に履かせたか?・・・・そうではなさそうだ。やがて普通の歩き方に戻ったので、そのまま忘れていた。
 今日は比較的道草無しで車までたどり着いた。いつもなら飛び降りる、腰の高さの駐車場には子ネコがいて、
  「いしいし(よしよし)しておいで」
と勧めたのだが、やはり動物には近づきたくないらしく、
  「にゃんにゃんバイバイ」
と車に乗り込んだ。ジャンプする気満々だったのではないかと思うが、ネコに妨げられた形だ。
 駐車場からうちまでもほぼまっすぐ。階段もずんずん昇ってくれる。2階の踊り場を廻り、3階に行く途中で、
  ガン!★
  「いたいよ。いたいよ」
配電盤の縁で打ったのか角が刺さったのか、戦慄したが、どうやら縁で頭を打ったようで、そこがちょうど水疱瘡の跡だったようだ。火の点いたように泣き叫ぶ、などということはなく、患部を押さえて、「いたいよ。いたいよ」というのが気の毒だった。少し瘤になったみたい。前は気をつけていたものだが、げに、「あやまちはやすきところにてつかまつるものなり」である。

 空腹なのか、ミニトマトを4つ、まるままで食べてしまった。妻のお呼びが掛かったら子を風呂に連れて行く予定になっていたが、お呼びが掛かった時には、仁王立ちのまま真っ赤な顔を強烈にゆがめてばっているところだった。およそ10分は苦しんでいたと思われる。そのあいだに妻は風呂から出てしまった。おむつは、取り替えている私は息が出来ないほどの惨状だった。ウェットティッシュで拭くと、
  「イタイ! イタイ!」
と悲鳴を挙げるので、あまりのフンばりにケツが裂けたのだろうと思っていた。つまり「痔」ですな。
 急遽、私が風呂に入れることに。浴室に向かう吾子が、再び右足をひきずっている。調べてみるが、どうも、朝の部屋の敷居での打ち身が長引いているだけのようだ。足のそこここを押さえてみても、痛みでどうこうすることはない。それより、陰部を洗うと、
  「イタイ! イタイ! ヒー!」
であった。肛門ではなくて陰部らしい。
 風呂から出ると、左手の親指の爪先を指しだして、
  「いたい、いたい」
と言う。棘でも刺さっているのか、と見ると、確かに何かがある。しかし、どうもミクロン単位の逆むけみたいで、妻に渡されたとげ抜きで毟ると、もう痛くなさそうだった。それより、とげ抜きに興味を持ったらしく、どうみても何も問題なさそうな、人差し指などを、
  「いたい、いたい」
って突き出してくるので、適当にとげ抜きでいじってやると、「痛み」は消えるようだ。そして、手の甲を出して、
  「いたい、いたい、アッパー」
というので、アンパンマン消毒液を塗ってやる。のちに、足のつま先を出して、
  「Aっくん」
というが、まさか彼が足のつま先を噛んだとは思えない。
 子は、今日、満身創痍であったかもしれないが、ウソも混じっているようだ。

 アンパンマンの必殺技、「アンパンチ」というのがあるようで、今日、妻が買ったアンパンマン皿にその絵が描いてあった。ピカチューに
  「アンパーンチ!」
とやらせると大喜びであった。今日もピカチューをかわいがっていたが、時に放り投げたりして、寝る前はやはり「バイバイ」で置き去りであった。

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2002/2/21(木) →題名目次
淋しい父ちゃん 生後867日(2歳4カ月13日)

 自分の所有物であると主張するのに、あるいは自称として、
  「吾子の!」
と言っていたが、昨日は、
  「吾子ちゃんの!」
と発言している。うちで子を呼ぶときは、
  「吾子」
と呼び捨てにするか、
  「吾子っち」
と指小辞付きで呼ぶかであって、
  「吾子ちゃん」
のように、接尾辞付きで呼ぶことはめったにない。これも保育園での影響か。

 昨夜、妻が私に隣室から、
  「アンパンマンの冷却枕どこ?」
と訊いてきた。ろくに探しもしないで。私は
  「そっちの部屋にさっきあったよー」
子が、
  「ここー」
と、部屋の隅にあったそれの所在を指摘。・・・・大人の会話をなにげに聞いて理解している。めったなことは言えないと改めて。

 ここ数日と同じく、6時半に妻を起こして二度寝。今日は夢のようにゆっくり夢を見られた。子も、機嫌良く8時に起こされてそれで私も起こされた。
 そこまではよい。食が進まないのだ。妻の手で、コーンポタージュを与えられ、たっぷり食べた後で、食パンを食べてもらおうと思ったのだが、結局1枚の4分の1の半分ほどしか食べない。ダノンを用意したが、
  「いやない!」
と顔を背ける。
  「ご飯にする?」
と、米飯を勧めようと思うが、通じたかどうか。「ご飯」では、総称としての昼食を指すか、具体物として米飯を指すかわかりにくかろう。でも、そのままずばり、
  「ふりかけにする?」
と言えば、食べもしないのにふりかけだけ欲しがる心配があったから、その言い方を避けたのだ。
 やはり首を左右に振る。チョコも食べない。

 うちの中で走って、部屋の境で転んで、3cmほどの高さのところで向こうずねを打った。さすがの子も、泣き続ける。さすってやっても泣き止まない。
  「立てる?」
と訊いたら立ち上がり、何事もなかったように駆けはじめたが、車に乗った時にも、足が痛むと愁訴していた。
 そういえば、その向こうずねに、たぶん水疱瘡のなれのはてのかさぶたがあるのだが、それを指して、
  「Aっくん」
と言っていた。額面通り受け取れば、「Aっくんが噛んだ」ということになるが、まさかそこを噛むのは無理だろう。
  きず = Aっくん
という公式が出来ているのか。

 さて、その後も食い物を口にせず、私の見た中でかつてない小食のままで登園。今頃、腹を減らして機嫌を損ねているのではないかと心配である(午前11時)。

 車を停めてから園まではやはりだらだら。自動販売機漁りをしたがったので、抱き上げたのをよいことに、そのまま、「チュー」とかして気を逸らせたまま歩いてずいぶん距離を稼いだ。そのまま園まで連れ込むのも選択肢の一つだが、少しは父子仲良く手をつないで歩きたいじゃないか。
 園まであと少し、のところまで来て、来た方向に戻り始める。
  「しぇんしぇい待ってるよ。パパだけ行くよ。バイバイ」
と言うと、子は私にバイバイ手を振って、とぼとぼ道を戻り続ける。ほんとうに、とぼとぼという感じでゆっくりで淋しげだ。よくあるフロックとして、親が子を振り返らずにどんどん進むと子が、「待ってー」と泣きながら追いかけてくるという手が考えられなくもないが、子に、「見捨てられた(かも)」という不安な気分を味わわせることは、なるべくなら、したくない。また、結果から見て、そうしたところで無意味だったろう。
 私は、その場に立って、子の後ろ姿を見ていた。子は、相変わらずとぼとぼ道を戻り続ける。一切うしろを振り返らないし、うしろに注意も向けていない。完全に安全な道なので、少々離れても、とは思うが、家の外でここまで子と離れるのは異例だ(室内でも異例だ。そこまで離れられる奥行きがない>自虐)。
 そこで、足音を立てずに----ちょうど子は風上にいる----近寄るが、気付く気配も背後を気にする気配もない。見捨てられたのは父親の私の方だ。妙に淋しい気分。
 通りから園までの道のりの半分ほどを戻ったところで、私の立てた物音に気付いて振り返った。

 同じ道を戻るのも芸がないか。そこで、途中の道を折れる。ところが、子は、こんなときになって元の道を行こうとする。
  「この道でも行けるよ」
というと、納得して手をつないで歩き始める。塀の上に、植木鉢を組み合わせて作った、ピノキオ型のオブジェが見える。と、子は、手をつないだまま顔をうつむける。
  「こわいの?」
と訊いたら、「うん!」だって。

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2002/2/20(水) →題名目次
ピカチューショック 生後866日(2歳4カ月12日)

 迎えに行くと、私を見留め、階段の下から2段目から飛び降りようとして保母さんに制止されていた。
 園庭に出ると、地面を指さす。拙い線やら円やらがあたりに一面にある。吾子のしわざらしい。そして「自分が書いたのだ」とアピールしているのだろう。
 またも園内の自分の遊び場を案内したいらいくて、私を引き回す。一番のお気に入りは、今朝も立ち寄った、幅の狭い5段くらいの石段らしい。さらに奥の木の葉をむしりはじめた。数枚むしったところで、副園長に見つかり、
  「葉っぱむしらないでー」
と遠くから叱られてバツが悪かったのだが、子は梃子でも動かない。無理矢理抱き上げて連れ出す。
 それでも歩みは遅々として進まない。今度もネコのおかげで助けられた。ネコを追いかけて走り出した勢いを利用して、車を停めてある表通りまで連れ出す。そこに、退勤してきた保母さん(たぶん担任)が追いついてきた。
  「吾子ちゃんは活発で誰とでも仲良くして明るくて可愛いですよ」
と誉めてくれる様子は社交辞令とは思えないのであるが、一方、当事者である吾子は、私と二人切りの時と違って、それこそ借りてきたネコのようにおとなしい。ネコは、うちで会っているときと外で会ったときとで反応が違うように思うが、吾子もそうなのかもしれぬ。
 そのまま、通り沿いの腰の高さの駐車場でのたくっている時に、上級生と思われる2人の女の子(とそれぞれの母親)が、
  「あー、吾子ちゃんだー!」
と声を掛けてくれたが、これに対しても、私が、
  「吾子、バイバイは?」
と促してやっと挨拶する素っ気なさだ。
 その駐車場で30分くらい遊ぶ。朝と違って影はできていない。くるくる回ったり、夕月を指して、
  「ほし★」
と言ったり、飛び降りたり。落ちている小石やアスファルトの滓を拾って私のスーツのポケットに入れたがるので、入れさせておいてあとでこっそり捨てた。そういう収穫物をあとで検討する習慣はないようだからバレやしない。
 手をぱちぱち拍手するのに喜びを見いだした。昨日以来、時々、
  「はか!」
って言っているのは何だろう。拍手しながら「はか!」と言うのは良いとして、保育園の隅の小暗い所の木を指して「はか!」と言うのは不気味である。
 やっと満足したのか、車に乗ってくれた。駐車場に着いてもなかなか帰ってくれまいと諦めていたら、帰ってこない父子を迎えに妻が下りてきていて助かった。
 うちでは、30cm長のピカチューのぬいぐるみが待っている。昼間、妻が買って来たのだ。ピカチューの手を握ると、
  「ピ・カ・チュー」
と鳴くのだが、慈しげにぬいぐるみを抱いていた吾子が、ふと手を握った瞬間、
  「ピ・カ・チュー」
と鳴いて、みるみる子の顔が、恐怖というか不快というかそういう表情に歪み、ぬいぐるみを投げ出したのだった。それから、
  「ないない!」
と言って、ホネのフィギュアに対するのと同じ扱いをしている。関心を持ちつつも表に出したがらない。

 入浴中は、「あっちゃん(赤ちゃん)」の独擅場。こんな手製の玩具が喜ばれるとは父親冥利に尽きる。風呂から出て、ピカチューのぬいぐるみで遊ぶ試みをする。最初は嫌がっていたが、だんだんとなついてきて、
  「カチューねんね」
とか布団をかぶせてやったりするようになった。成功。

 昨日のバイキンマンの手真似についで、ドキンちゃんの手真似もできることが発覚。これは、バイキンマンと同じ形状の角が1本なので、両こぶしを頭頂で重ねて表すのだ。

 ピカチューと一緒に寝るのかと思ったら、
  「カチュー、バイバイ」
と言って寝室に入っていった。


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